進行ダイジェスト『石田峠連続事故――吹利の人穴』
初期状況
石田峠で何かが起こっている。その事は間違いなかった。 1995年1月7日付けの旭新聞の朝刊の記事にはこんなものがある。 -------------------------------------------------------------------- 【事故頻発、石田峠】 5日未明の事故により、石田峠の事故数は、今月だけで二桁に乗ることになっ た。事故を起こしたのは、志村信二さん(吹利学校大学部二回、23歳)。バイ クで自宅に帰る途中で、カーブに突っ込み崖下に落下して、全治3ヶ月の重傷 を負い、市内の病院に担ぎ込まれた。ブレーキを踏んだ後がない事などから、 警察では不注意による事故と見ている。 だが、志村さんは、バイトでバイクによる宅配をしており、日頃から安全運 転を心掛けていたために、上司からにらまれていたほどの慎重派であるとの事。 知り合いも、なぜ事故が起きたのか分からない、と口々に言っている。 -------------------------------------------------------------------- 昼休みに図書館で新聞を読んでいた綾重基務は、その記事に目を留め、超常 現象が原因であると解釈した。さっそく調査に乗り出す綾重。 ついでに、この調査で実績をあげる事が出来たら、超常現象研究会を生徒会 に承認させることができることになった。 オカルトマニアらしい突飛な解釈と行動であったが、これが彼を日常と非日 常との狭間に引きずり込む事となったのである。 ちなみに、この事が決まる事になった時に、土木工事のバイトは昼飯の休憩 時間だったため、家基津周作も話を聞いていたが、その時点では彼は何等興味 を示さなかった。 同時期に記事を読んで、興味を抱いた男が居た。 志村信二の友人、中田天馬である。 彼は綾重の親友喜田正浩が副部長をしている吹利電脳倶楽部の後輩であり、 その縁で情報交換をしながら独自に調査をする事になった。 てんてんのハンドルで通信界ではそこそこ有名で、優秀なハッカーでもある 彼は、新聞社の端末にアクセスしてハックし、このような情報を得た。 -------------------------------------------------------------------- 【新聞記事原稿・取材住所データベース】 ・先月の事故数は、2件だけ。それも、月末。 ・事故を起こしたのはいずれもバイクで、男性。 ・事故のおきた時刻には、規則性は見られない。 -------------------------------------------------------------------- そのほか、事故を起こした人々の住所などの、個人データが手に入った。
現場捜索
放課後、綾重は自転車で現場に向かう。すると、カーブ自体は通行禁止にこ そなっていないものの警官が落下現場への立ち入りを禁止していた。 不審に思う綾重であったが、しかし生徒会長の遥もここに来ている事には気 づかなかった。 「昨日事故にあったのは僕の友人でして。家族の人の話だと、なんでも彼、現 場でガールフレンドの写真を入れたペンダントを落としてるらしいんです。 で、学校の帰りにでもちょっと見てきてくれないかって頼まれたんですが」 などと警官を言いくるめて、現場を見に行こうとすると、水地と名乗る謎の 少女があらられて、付いてくると言う。彼女には警官がやけに協力的であった が、現場に心が飛んでいた綾重はたいして不審に思わなかった。 「事故を起こした志村さんは、私の兄の知人なんです。他に適当な人間の手が 空いていないので、私が遺留品の確認に駆り出されたの」 こんな苦しい言い訳を信用してしまう綾重。 峠の崖下にたどり着き、捜索を開始。草陰に金色に輝くものがある。長径 6cm、短径2cmほどの、金属製の楕円体。 さっそく手に取ろうとしたら、「それは志村さんの……」と、水地嬢に奪 われてしまった。 バイクの部品だと勘違いした(自転車少年)綾重は、手掛かりが無かった事 を残念がりつつも、本屋で関係しそうな記事の載っていた週刊旭を買って帰っ た。そして、週間旭の記事と蔵書と付き合わせて検討してみると、興味深い 事がわかったのである。 -------------------------------------------------------------------- 【週間旭の記事】 34才のカメラマン、大田良夫(おおたよしお)氏は、吹利中央病院の取材の帰 りに右前方に金色に輝くリングを発見。とっさに撮影する事に成功した。 -------------------------------------------------------------------- で、その写真がカラーで掲載されている。比較的鮮明な写真である。 この大田というのは週間旭専属のカメラマンで、「精神医療の実体!!」とい うシリーズの取材のかえりでした。 この金色のリングは、「U.F.O.−その飛行の秘密−」という本に、メ ビウスリングによって飛行する、最も簡単なUFOの構造として、上げられて いるのである。 「今回の一連の事件は新型兵器の実験を行う米軍かCIA、それともユダヤの四姉 妹の策謀かもしれんな。 ここはひとつ、俺以外の優秀な頭脳に協力を求めて早急に解決する必要があ る。よし、明日は人材を捜さねば!」 ひとりで盛り上がって寝床につく綾重。 そんな彼に、彼の予想とは異なるものの異常な事が起こっているとは、知る 由も無かった。
被害者の証言
夜になってバイトも終わり、家基津周作が道場を兼ねた自宅に帰ると、従妹 の美樹が待っていた。 美樹の兄、周作の従弟である大樹が石田峠で事故を起こしたのだそうだ。 次の日(1995年1月8日)、吹利中央病院に従弟(美樹の兄の大樹)の見舞いに 行く。事故が起きた状況について尋ねると、 「突然目の前が緑の光に満たされて……あれからずっと考えていたんだけど、 その時に歌が聞こえたような気がする。……カゴメカゴメ、かなぁ……」 などと答えた。はたして何が起こっているのだろうか? 同様に、中田天馬も志村信二の見舞いに行っていた。 「お前何で事故ったりしたんだよ」 「急に目の前に光があらわれて、耳鳴りがしたんや。そんでから、ハンドルが 効かなくなったんで、あわくってブレーキ踏んでしもたんや。 で、気がついたら、崖のしたに転がっていたってわけ。わけ分からん」 「で、怪我はひどいのか?」 「全治3ヶ月やそうや。しばらくバイトもできんし、バイクは壊れてもうたし。 散々やわ。 まあ、テストまでには一応出歩けるようになるそうやから、留年はせんでも 済むけどな。これがもうちっと後やったら、やばかったで。不幸中の幸いって やつやな」 「そうだな。まあ、気を落とすなよ。ところで、目撃者はいなかったのか?」 「あの時まわりには誰もおらんかったはずや。あの時分のことやから、誰もお らんかったってのも、変な話やけどな」 中田は見舞いを終えると、以前事故を起こした人のある人の家を回って情報 収集することにした。しかし、どうやって住所を知ったのかを、聞かれるなど して、不審な思われてしまっただけで、収穫らしいものはなかった。
図書館調査
同日……一月八日。 綾重基務が登校すると、珍しい事に生徒会長は休みだという。風邪で寝こん でいるとの事。 喜多と情報交換をすると、有事ネットの書き込みのプリントアウトをもらう ことができた。 -------------------------------------------------------------------- 【有事ネットの書き込み】 > ねえねえ、やっぱり石田峠が妖しいんじゃないかな? (^^; > 誰か、あそこの伝説かなにか知んない? >おおる そうですねぇ……。 地図を見ていたら、あそこって吹利の人穴に、結構近いんですよね。 手元の「日本の民話」によると、吹利の人穴から入って、地下の国を放浪 したという話があります。 「800の国をへめぐりて」なんて書いてますし……。 異世界とのゲートだったりして。(^^;) あ。吹利山には天狗が住んでいて、役小角に封じられた、 って話もあるから、もしかしたら天狗の仕業だったりして。(^^;) ft -------------------------------------------------------------------- また、頼りになる人材、との事で、大学部の特殊物理学教授、新谷俊介を紹 介された。有事ネットのメンバーなのだそうだ。 勇んで放課後に大学部にいってみると、新谷教授の講座には休講が出ている。 聞くと、ここ数日連絡が取れないらしい。 居ないのではしかたなく、大学部図書館で資料探しを始める事になった。 調べていると、紙の挟まった本を発見。 題名は「吹利民話拾遺」。発行は……紅雀院大学出版会。 昭和38年12月1日発行。 紙片がはさんであったページは、吹利の人穴に関する民話のひとつ、「歌う 鬼は、さらい鬼」である。この話に出て来る鬼たちは、歌を歌いながら犠牲者 の家の回りをまわり、鬼門の方角から中の人を連れ去るという事になっている。 この鬼から身を護るためには、鬼門の方角に尖ったものを置いておかなけれ ばならないという事である。 この「尖ったもの」については、正確な形状などが定まっていたらしいが、 民話を採録した時点では既に忘れられていたという事である。 そして、紙片にはこう書いてあった。 「招き歌と護身の杉か?」 紙片そのものは本とは違い黄変していたりはしないが、新品という感じでも なかった。いつのものなのだろうか。 丁寧で流麗な筆運びで、特に女文字というわけでもない。 これを書いたのが誰であるかも、謎であった。 綾重が片っ端からその辺の人に 「この筆跡に見覚えはありませんか?」 と訊いて廻るが、当然のことながら誰も知らない。そのうちに、 「静かにできないなら、出ていってもらおう」 と、態度も身体も大きな司書の人に連れ出されそうになった。しかしちゃっ かり本を借り出すことに成功する。 「図々しい奴だな。今度からは、うるさくするなよ」 といいつつ、男が貸してくれる。根は、親切なのかもしれない。 綾重は念のために、該当ページのコピーをとり、紙片に書かれた文字は生徒 手帳の方に書き移しておいた。用意周到である。 例の紙片の文字を知っている人がいないかどうか、図書館内をはじめとして 大学部内を駆け回って捜索の手を広げる。あちこちまわっていると、一人の大 学生が反応た。中肉中背よりも少し太めか。丸顔で、童顔。にこにこ笑ってい るのが地顔のようである。 「ふーん。どこで見つけたんや、これ」 「さっき大学部の図書館で調べものをしてたら、この本に挟んであったんです」 「本にはさんであった? そっか。 招き歌ってのは知らないけど、護身の杉なら知っとる。 俺は石田村の生まれやからな。鬼門に埋める杉のお守りやで、それは」 「鬼門というと……あの、北東だったかの方角ですよね? すると、これは魔 除けの方法と云うわけですか……」 とりあえず色々話をしたあと。 「さて……それじゃ、取りあえずもっぺん事故現場覗いてみて……。現場百遍 は捜査の基本!」 「そかそか。それやったら、俺も行くわ。手伝ったろ。そういうのに目がない んや。俺は。 お、そうや、名乗るの忘れ取ったな。俺は賀茂俊郎(かも・としろう)。吹利 大理学部応用物理学科の三回生や。よろしくな」 「……お兄さん! えと、加茂さん! 超常現象研究同好会設立期成会に入っ て貰えませんかっ! だいじょーぶ、高等部のクラブですけど、参与とか指導担当とかで、大学部 の人も人数に勘定できるんです!」 「ふーん。そんなことやっとるのか。ま、いいけど。手伝っても。来年は卒研 で忙しいから、無理っぽいけどな」