エピソード『拾得人物』


目次


エピソード『拾得人物』

登場人物

鬼李(きり)
影猫。
本宮友久(もとみや・ともひさ)
空間操作能力者。
鬼崎野枝実(きざき・のえみ)
影使い。
宮部晃一(みやべ・こういち)
超能力者。

拾いもの

夕暮れ過ぎ……大通りではだんだん人の流れが大きくなっていく。そんな中、人気の無い路地を一匹の黒猫が音もなく歩いていた。影猫ながらも、いっぱしの猫。鬼李は猫らしく夕方の散歩を決め込んでいた。
  その時……いつもの排気ガス臭い街の空気の中に、いつもと違う匂いに感づいた。かすかに……鼻をつく匂い、懐かしい……匂い。

鬼李
「……血の匂い?」

  騒々しい街に似合わない匂いに、不審な面持ちで匂いの元を探っていく。
鬼李
「ここか?」

  そして、表から見えない、裏手のビルの隙間で、男が一人うずくまっていた。黒髪に薄汚れたシャツ、薄手の半袖上着を着て、腹を押えじっと動かない。よく見ると、腹部は赤黒く染まっている……おそらく匂いの元の血だろう。傷を押えている指の間に赤黒い血が凝り固まっていた。
鬼李
「まさか……死んでいる?」

  鬼李の気配に気づいたのか、もそり……と男が顔をあげた。どうやら生きてはいるらしい。短い黒髪、薄汚れてはいるが端正な顔、そしてその両目は……澄んだ青い瞳。鬼李と目が合うと、目を見開いて驚きの表情を浮かべる。
友久
「お前……」
鬼李
「いつぞやの」

  いつぞや、とある事件で知り合った男、本宮友久だった。はじめは誤解から争った事もあるが、最終的には協力者として一時仲間だった男。
友久
「妙な所で会うな」
鬼李
「……人間がこんな所にいる方が妙だが。しかしその怪我 は?」
友久
「これか? ちょっとばかし仕事でドジってな。ま、労災 さ」
鬼李
「その様子だとかなり深手のようだが」
友久
「いや、傷はふさがってる。こいつのおかげでな」

  腹を押えている手に握られていたのは、一枚の呪符。
友久
「ちょっとした、術がかけてあってな。ちっとやそっとの 怪我ならこいつが何とかしてくれる。あとは……体を休めておけばいい」
鬼李
「それで、ここでうずくまってたと」
友久
「ああ、さすがにこの格好で歩けないからな、こんな姿が 人目につくと色々面倒が起きる」

  泥だらけ、血まみれのシャツを引っ張りながら嗤う。ふざけながらも、その顔には疲労の色が濃い、まだ十分に休めていないのだろう。
鬼李
「体を休める、か。よければ家にくるか? 寝床くらいは 貸せるぞ。少なくともここよりも快適に休めると思うが」
友久
「……家主がなんていうだろうな」
鬼李
「いや、かまわないだろう。私が言っておく」
友久
「そうか……すまんな。……しかし、猫に拾われるとはな」
鬼李
「不満か?」
友久
「いや、おかげで助かる」
鬼李
「随分素直だな」
友久
「つまらない意地で命縮める気はない」
鬼李
「いい心がけだな、野枝実にも見習って欲しいものだ。…… 動けるか?」
友久
「……少しなら……」
鬼李
「さすがに、人一人は運べないか……」
友久
「こいつを持ってってくれ、こん中に入ってく」

  差し出したのは、そこらに捨ててあったと思われるメガネケース。
鬼李
「便利だな、あいかわらず」
友久
「こんな時に便利ってのが情けないが」

  すいっ……と友久の体が縮み、メガネケースの中に吸い込まれる。
鬼李
「さて、少々揺れるが我慢してくれ」
友久
「おかげさんで三半規管は強い方だ、気にしなくていい」
鬼李
「わかった」

  ひょいと、メガネケースをくわえ、もとの路地を歩いていく鬼李。
鬼李
「(さて、野枝実に何と言うか)」

懐に入れば……

扉のところでかりかりと音がする。本を読んでいた野枝実は、眉を顰めた。

野枝実
「自分で入ってきなよ、鬼李」
SE
 かりかりかり。
野枝実
「こら」
晃一
『お姉ちゃん、鬼李、誰かを連れてきてる』
野枝実
「誰か?」

  しょうがない、と立ちあがる前に、ノブの鍵がかたりとまわり、そのまま扉が開く。
野枝実
「こら少年」
晃一
『でも急げって、鬼李が』

  隙間からするり、とはいってきた黒猫は、無言で二人の間を擦り抜け、口にくわえていたメガネケースを部屋の中央にそっと置いた。
野枝実
「何、それ?」
鬼李
「客人だ。顔馴染みの」

  言いながら鬼李はメガネケースを開けようとした。上手くいかない。
鬼李
「野枝実、これ開けられるか?」
野枝実
「……何か変なもん出てこないでしょうね」
鬼李
「相棒が信じられないか?(憮然)」
野枝実
「……だから信じられないの」

  言いながらも、ぱちん、と蓋を開ける。と。
野枝実
「!?」

  しゅるっと、人が拡大しながら転がり出て来る。その様子に、覚えがあった。そして、異臭。
野枝実
「あの時のっ!」
晃一
『お兄ちゃん?!』
友久
「……お久しう」

  皮肉げな声を野枝実は聞き流し、腹部の傷を見やった。
野枝実
「何やらかしたのか知らないけど……鬼李、これが死体に なる確率は?」
鬼李
「無い。しばらく休めば大丈夫なんだそうだ」
野枝実
「……じゃ、放り出せないか」
鬼李
「……何だそれは」
野枝実
「死体になる確率が90%越えるなら放り出してたのになあ」
鬼李
「お前って奴は(呆)」
野枝実
「仕方ないわよ。死体って捨てるだけで犯罪なんだから」

  ……問題点がどうもずれているようである。
野枝実
「で、鬼李。これをどうしろと?」
鬼李
「窮鳥の首でも絞めるか?」
野枝実
「……」

  三秒ほどの沈黙の間、野枝実は鬼李を睨み付けていたが、つい、と立ち上がり、押し入れの戸を開け、布団を引っ張り出した。

明かりの消えた部屋で

部屋の電気は、既に消えている。住民の過半数が眠る必要があるから、と、考えてのことだったが、……そうすると何も出来ない。

鬼李
「釣瓶取られて、貰い水、ってとこか?」
野枝実
「あいつが朝顔って風情?」

  布団には友久が寝ている。晃一を寝袋に寝かせてしまうと、六畳一間には、そも、場所が無い。ほんの20cmほど張り出した窓のところに腰掛けての会話である。
野枝実
「しかし、何だってあんな格好になってるの?」
鬼李
「労災、だそうだが?」
野枝実
「……ふうん?」

  ほんの一時的に協力しただけだったが、相手の力量は解っている。ここまで手ひどい怪我を負わせられる相手、と考えると。
野枝実
「……なんとも頭の痛い話だわ」
鬼李
「まあ、労災ということは、我らには関係ない、というこ とだろう」
野枝実
「確かこの前も、向こうは仕事だったんだよなあ」

  そう言われると、鬼李も言葉が無い。開けた窓から、風が吹き込んだ。
野枝実
「血の匂いがする」
鬼李
「仕方ないだろう」
野枝実
「余り有り難くないけど」
鬼李
「昔の愚行を思い出す、か?」
野枝実
「……何であんたが知ってんのよ、そんな事」
鬼李
「花澄に聞いた」

  人に無い力があると知った頃。これが、何の為にあるのか知りたかった。この力の限界を知りたかった。ただそれだけのことで、何度も喧嘩を売りつけた。叩きのめした記憶。叩きのめされた記憶。そのどちらにも、この匂いは染み付いている。
鬼李
「……で、どうする」
野枝実
「どうするもこうするも、今のとこ待つしか無いでしょう」
鬼李
「いやだから、本宮君が元気になったらどうする」
野枝実
「追い出す(きっぱり)」
鬼李
「……行くところが無いような顔をしていた」
野枝実
「じゃ、どっか探すことね。うちは満員。……で、何、そ の恨めし気な目は」
鬼李
「拾っておいて追い出すっていうのは、辛いものだぞ」
野枝実
「拾ったのはあんたでしょうが! 追い出すも何も」
鬼李
「声が大きい!」

  言われて野枝実は、声を飲み込んだ。しばらくして口を開いたのは、鬼李の方だった。
鬼李
「お前のことを、飼い主って言うんだよ、この御仁は」
野枝実
「……訂正してやったら? あたし、あんたのこと飼って る積り無いからね」
鬼李
「では、何だ?」
野枝実
「まあ……相棒かな」
鬼李
「では、相棒の発言権も認めて欲しいものだが」
野枝実
「そう来る?! ……ったくっ」
鬼李
「駄目か?」
野枝実
「却下!」

酒盛り

つい、と立ち上がると野枝実は眠っている二人を避けて、台所まで直行した。冷蔵庫から瓶を一本、引っ張り出す。

鬼李
「何だ?」
野枝実
「酒」
鬼李
「……おい」
野枝実
「呑まずにいられるかって話題振っといて……」

  そして……友久。二人の声が聞こえたのか、わずかに身をよじる。
友久
「う……」

  薄く……目を開く、澄んだ青い瞳。疲労のため、心持ち青ざめた顔。ゆっくりと顔を上げる。見知った顔がコップを片手にこちらを見下ろしている。
鬼李
「起こしてしまったかな」
友久
「いや……大丈夫だ」

  のろのろと起き上がる、まだ動きはぎこちない。
野枝実
「よくまあ、人んちでグースカ寝てたわね」
友久
「……どれくらい寝てた?」
野枝実
「あんたが転がり込んできた時には五時まわってたから、 五時間弱くらいね」
友久
「そうか……」
野枝実
「何やったか、とは聞かないけどね」
友久
「まぁ、聞かれても困るしな」
野枝実
「とりあえず、元気になり次第とっとと放り出すからね」

  遠慮のない言葉に肩をすくめ、嗤う友久。
友久
「正常な反応だな……ところで、それは?」
野枝実
「水に見える?」
友久
「なんでもいいさ、一杯もらえんか」
野枝実
「怪我人が何言ってんのよ」
友久
「清めだ」
鬼李
「何をだ(汗)」
野枝実
「高いわよ」

  コップをうけとり一気にあおる。日本酒だぞ……おい。
友久
「サンキュ、人心地ついた……」
野枝実
「無造作に飲むわね」
鬼李
「……水みたいに飲むな……」

  壁によりかかり、一息つく。
友久
「ところでお前ら、寝ないのか?」
野枝実
「どこに寝るのよ、人の布団占領しといて」
友久
「そういやそうだ……」

  周りを見回す、六畳一間の狭い部屋。はしっこで寝袋にくるまった晃一が寝ている。そして部屋の半分を埋めた布団、何をどうしても場所が無い。
友久
「なんなら一緒に寝るか?(にや)」
野枝実
「今すぐ放り出すわよ」
友久
「まあ、冗談だ」
野枝実
「趣味の悪い冗談は嫌いだ」
友久
「まあ怒るなよ。布団はともかく……場所くらいはなんと かするさ」

  キィィィィィン。青い瞳が一瞬きらめくあっという間に、六畳一間の部屋が一瞬にして二十畳程の広さになる。
鬼李
「ほお」
野枝実
「そういや、そんな技使ってたわね」
友久
「ま、今はこんな程度だがな、一応礼だ」
野枝実
「一応、か」

  異様に広くなった部屋を眺め……ているうちに、野枝実は見上げている鬼李の視線に気付いた。
野枝実
「……鬼李、あんたこれ以上喧嘩売るつもり?」
鬼李
「……いいや(溜息)」
野枝実
「ならいい。……ところで……気分悪くならない?」
友久
「別に」

  窓から入って来る灯りでははっきりしたことは分からないが、別段怪我の具合が悪化した訳でもないようなのは、判断できる。
野枝実
「じゃ……付き合う?」

  ひょい、と一升瓶を持ち上げて見せる。
友久
「へえ、いいのか?」
野枝実
「綺麗どころじゃないのが残念だけど」

  とくとくとく。透明な液体がコップに注がれる。薄暗い部屋で、窓からの明かりを反射して、淡く表面が光る。
友久
「じゃ、遠慮なく」
野枝実
「もともと遠慮するようなタマじゃないでしょ」
友久
「ごもっとも」

  コップを傾ける、透明な液体。するりと喉を抜け心地よく体にしみていく……。
友久
「結構いけるな」
野枝実
「まあね」
友久
「……どこの酒だ?」
野枝実
「下北あたりの地酒みたいね『関の井』っていう」
友久
「ほお、覚えておこう」
野枝実
「あんたも結構好きね」

  それからは、お互い無言でかわるがわるコップをあおる。これといった会話も無ければ、甘い雰囲気もない。ただ、酒を飲み交わすだけ。
  それからどれくらい時間が経ったのか……すでに一升瓶の半分以上は開けている。
友久
「そういえば……ガキは元気か?」
野枝実
「見てのとおり」
友久
「へんな教育してないだろうな」
野枝実
「どういう意味よ」
鬼李
「……心配するのも分かる気もするが」
野枝実
「あんたまで」
友久
「飼い主のことはお見通しか?」

  肩をすくめて嗤う友久。
野枝実
「それ、訂正。あたしは鬼李の飼い主じゃない」
友久
「?」
野枝実
「強いて言うなら相棒」
鬼李
「そう。発言権は無いは、生殺与奪の権は握られてるは、 まあそれでも一応相棒だそうだ」
野枝実
「……あんたって」

  髪をかきあげた手の下からじろり、と睨み付ける。鬼李の方はけろっとしたものである。
鬼李
「まあ、だから晃一少年はここにいるし、そこそこ元気で やっている。あれ以来、異変らしきものも無い……ただ」
友久
「ただ、……何だ?」
鬼李
「霞が池は、祟るかもしれな」
野枝実
「鬼李」

  すっぱりと切り落とすような鋭い声に、鬼李は口をつぐんだ。
野枝実
「とにかく、乗りかかった船だから、そちらの怪我が治る まではここにいるのは構わない。それをことさら急かす気も無い。ただ、それ以上は……別に関わることも無い。どう?」
友久
「異存無し」
野枝実
「……なら、いい」

  肩を竦めるようにしてそう言うと、野枝実はまだコップに半分以上残っていた酒を一息に飲み干し……て。
野枝実
「……酔った」

  言うなり、すくっと立ち上がって台所に行き、コップを洗って伏せる。そしてそのまま押し入れに直行し、夏がけを一枚引っ張り出すと部屋の隅まで行って、ころん、と丸くなった。その間、無言である。
友久
「……何だ今のは」
鬼李
「だから、酔ったんだろう。相手がいると飲みすぎる性質 だから」

  味も素っ気も無い酔い方、ではある。

賢者の一言

鬼李
「体調が悪い時に、友久にも無理をさせたかな」
友久
「いや、別に」

  そのまま、しんとする。それが完全な沈黙に代る前に、鬼李が口を開いた。
鬼李
「野枝実はああ言うが、私はあんたにはここに居て欲しい と思っている」
友久
「……何故」
鬼李
「少し、我々の手には負えない状態になりそうだ。自分自 身だけでも相当なのに、晃一君が加わった」
友久
「自分自身って、お前ら」
鬼李
「我々も、そうそうのんびり暮らしている訳でもないので ね」

  金の目が、友久の青い目を見あげる。
鬼李
「野枝実の能力……影猫を作り出し、死ぬ筈の生命を生か し続けるっていうのが、数年前から狙われている」

  他人事のような、口調だった。
友久
「って、お前か」
鬼李
「そう」
友久
「にしては、呑気だな」
鬼李
「逃げるだけ無駄なのを知っているからね。私も野枝実も」

  鬼李は軽く伸びをした。
鬼李
「最初のうちは、引越しを繰り返したりもしていたんだが、 その度に『これからもよろしゅう』なんて手紙が来れば、いい加減莫迦らしくもなる」
友久
「楽しい相手だな」
鬼李
「それに、野枝実も私も、自分のことならば何とかなる。
……ただ」
友久
「晃一、か」
鬼李
「今更野枝実は手を放さないし、放せるものでもない。そ ういう意味ではあんたがこちらから恩を売れる体勢で転がっていてくれたのは実に有り難かったな」

  堂々と言ってのける。要するに……恩と思うならば、助けろ、ということである。
友久
「……あの瞬間、そこまで考えたのか、あんた」
鬼李
「まさか。流石に見た瞬間は『これは助けないと』と思っ たよ。確かに家に連れて来るまでにはそこまでくらいは考えたがね」
友久
「あいつより余程考えてねえか?」
鬼李
「当たり前だ。猫は基本として人間よりも余程考え深いぞ」
友久
「何故」
鬼李
「安心してぐうたらする為には環境を整える必要があるか らね」

  賢者の一言……だったかもしれない。

解説

プレイエピソード『水を恐れぬ超改研』の直接の続編。この話によって、鬼崎野枝実と本宮友久、鬼李に宮部晃一による、日常話へと進展していくことになる……わけですか。


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