プレイエピソード『I WISH ... TO DIE』


目次


プレイエピソード『I WISH ... TO DIE』

プロローグ

白い雲母は心の色。
  紅い夕日は血の色。
  黒い夜闇は夢の色。
  願いは虚飾。夢は虚言。全ては虚無。
  水はそれを暴き出した。
  マンションの屋上から眺める景色は、とても綺麗だった。いつもは光を見せない太陽なのに、沈むにつれて辺りを紅い色に染めていく。青い空も、白い雲も、灰色の町並みも、私の肌も。血の赤に染めるのだろうか。
  願いは全てかなってしまった。150cmしかなかった身長も、いまでは165cmまで伸びた。プロポーションもよくなって、大人っぽくなったって言われるようになった。ラクロス部のレギュラーにも選ばれたし、成績だってよくなった。憧れの先輩も私のことをみてくれる。親にもよく褒められて、小遣いもあげてもらった。願いは全てかなってしまった。
  だから、もういい。全ての願いは消え去って、この世界にもう意味はない。……もう、いい。
  そして、少女は空へと飛び立った。

設定

発端
 少女の自殺(未遂)。マンションからの飛び降り。
ニュースには……なるかな? 
原因
霞が池の力を利用した「願いのかなう水」です。なぞのセー ルスマンが女子高生を対象に売っています。#「水を恐れぬ〜」で売っていた人だったりするんだろうか……。願いがかなう代わりに、生きる気力が減っていきます。その時に願ったことが全てかなったとき、自殺します。
黒幕
不明。
目的
不明。

  自殺者を止める、仕事で水の調査、などで参加できるでしょう。

本編

宙を舞うもの

松崎渾は夕暮れの住宅街をさまよっていた。今夜の宿はまだ決まっていない。吹利本町に行けば、知り合いの家に泊めてもらえないでもなかったが、同じ家に何度も泊まることは、出来ればしたくない。
  アクション物よりホームドラマの似合う旧友に、厄介ごとを背負わせたくはなかった。

松崎
「仕っ方ねぇなぁ……今日はこのへんで寝るか」

  住宅街には公園がある。ちょっとした植え込みさえ確保できれば、とりあえず寝ることは出来る。そう思いながら、町内の番地案内の地図を見上げたところで、妙な動きが視界の端に映った。
松崎
「お……おい……ちょっと待てって」

  口の中で呟きながら、視界の中心に影を捉え直す。8階建てのビルの屋上から、鉄柵を超えて、人が一人大きく身をを乗り出していた。
  短いスカートがなびいているのがここからでも見える。華奢な体型からみても、恐らく女、それも少女だろう。鉄パイプの手摺に片足をかけて、乗り越えようとする姿が、夕焼け空をバックに黒々としたシルエットになって見える。
松崎
「(止めねば……しかし、間に合うか?)」

  思考が頭の中で言語になるより先に、体が動き出していた。ザックをその場に放り出しながら、非常階段の真下に向けて全速力でダッシュする。
松崎
「止まれえええっ!」

  腹腔の共鳴を使って、はるか上まで声を響かせる。
  しかしその声は、ビルのガラスを震わせるには十分だったが、生きる気力をなくした少女の耳には届かなかった。
  1階の手摺から身を乗り出して、3階まで登ったところで。真上に見えていた少女のシルエットが、中空に向かって飛び出した。
  自分の肉体の耐久性を考える余地さえ、最早存在しなかった。片手で手摺をつかんだまま、反動をつけて壁を蹴り、のけぞった胸に落下する体を捉えた次の瞬間、手摺を放して、自らも一緒に落ちる。
  二人分の体重と落下の加速がかかった右の肘関節が、嫌な軋みを上げる。それを苦痛として感じる前に、頭を庇って丸めた背中がアスファルトに打ち当たって、気が遠くなる。
  スキップした時間が再び流れはじめて、松崎がうすく眼を開けると、目の前の路上に、動かない少女が転がっていた。
松崎
「おい……大丈夫か」

  右腕はまだ痺れている。激痛の走る左手で首筋を探る。脈はしっかりとしていた。
松崎
「なんとか……間に合った……か」

  さっきの松崎の声を聞きつけたのだろう。マンションのあちこちから、ちらほらと人の顔が覗きはじめる。漸くその場に立ち上がった松崎と、横たわったままの少女を遠巻きに囲んで、何事か囁いてはいるが、決して近寄ろうとはしない。
松崎
「済まん。誰か……この子に、救急車を呼んでやってくれ」

  野次馬の一人が、電話をかけに家に入ったのを見届けると、松崎はさっき投げ捨てた自分の荷物のほうへ、覚束ない足を向けた。
少年
「あ、あのっ、大丈夫ですか? 動かない方がいいんじゃ」

  野次馬の一人が心配そうに声をかけてくる。
松崎
「……荷物を取ってこなくちゃいけないんでね」
少年
「何処にあるんですか? 僕、取ってきます」

  一瞬、断ろうかとも思ったが、意地を張ってもつまらないと思い、少年に頼むことにする。やがて、救急車がやってきた。

水道局、動く

水道局内。1階の事務的なフロアとは、少し離れた所にある会議室

加賀
「どぅも、お久しぶりです」

  ぺこり、と一礼する。口調は軽めだが目はいつもと違う鋭さがあった。
「(くす) 相変わらずだな、新は元気かい?」
加賀
「ええ、そりゃあもう!(にこにこ)」
「(くすくす) それはなにより。そうそう、君が担当して る姫君は元気かね?」
加賀
「……ええ、そりゃあもう(げっそり) 今日は定期連絡の 日じゃないですよね」
「ああ、ちょっと頼みたいことがあってね」

  ばさっと目の前に書類をだす。数人の写真付き調査書類。目を引くのは、全員が女子高生なところか。
加賀
「……ひょっとして美少女コンテストでもやるんすか?」
「閑哉君……ウチと美少女の関連性は?」
加賀
「言ってみただけですって。で? これは……」
「最近、頻繁に女子高生の自殺未遂が起こってね。資料は 零課からの提供」
加賀
「ふぅん……零課のサポートが今回のウチの仕事ですか」
「名目上はそうなっているが、まぁ期待しない方がいいな。 霞ヶ池の事は……知ってるな」
加賀
「まぁ……あんまり勤勉なほうじゃないんで、概要くらい なら」
「ほんとに相変わらずな男だな、君は。その霞ヶ池の水を 加工した品が出回ってるそうだ。頼みたいのは加工した品を一部でいいから回収して貰いたい」
加賀
「……回収? 水は研究所行きですか」
「どうとでも取ってくれてかまわんよ(くす)
私が聞きたいのは受けるか、受けないか……それだけだよ」
加賀
「そーいう、お役所特有の縦板に水的な所は治した方がい けいと思うどなぁ、人として。受けますよ、経費はそっち持ちでよろしく」
「気には止めとこう。では、よろしく頼むよ。閑哉君」

  ばたんと後ろ手に扉を締め、通用口に向かって歩き出すと見慣れた人影を見かける。
加賀
「んーーーー? おぅ、勤労大学生・川中!」
川中
「……ども」
加賀
「相変わらず無愛想な奴だなぁ、おい(笑)」
川中 :「……いふぁい(訳
痛い)」

  うにーーっと川中の顔を引っ張る。
加賀
「お前がここにいるって事は、霞ヶ池関連でかりださたク チか?」
川中
「さぁ、これから話を聞きに行くところですからね」
加賀
「そか。なんかあったら手伝ってやるよ……っとぉ! 
……上司からラブコールが入った(汗) んじゃな」
川中
「ええ、また」

  加賀の出てきた会議室の扉をノックする。
「隆君か。入りたまえ」
川中
「……ども。で?」
「そこで閑哉君に会わなかったかね?」
川中
「えぇ」
「君の今回の仕事は彼のサポートだ。どうだい?」
川中
「理解」
「彼には本業の方もあるからね(にこにこ) 何かと大変な 彼を助けてやってくれんか? 
あ、むろん、彼にはなにも言う必要はない。気を使わせたら良くないからな」
川中
「(何がサポートだか……)」
「これが、閑哉君にも渡した資料。詳細は中に書いてある」
川中
「……了っ解。いつも通りに」

  それだけ聞けば充分と、きびすを返す川中に男が声をかける。
「そうだ。臨時手当がつく」
川中
「ありがたく」

  振り返りもしないで川中は答える。そして、吹利の街へと消えていく。
加賀
「ここ、か」

病室の子ら

とある病院の405号室。資料によれば、ここに自殺未遂の女子高生が数名いるはずだった。

加賀
「お邪魔するとしますか」

  気配を巧みに消しながら、ドアを開ける。
中原
「おや、こんにちは加賀さん。面会ですか?」
加賀
「なっ、ど、どうして(気配は消していたぞ?)」
中原
「ああ、ここはバイトみたいなものです」
加賀
「いや、そうじゃなくて……」
中原
「加賀さんこそ、どうしてこちらに?」
加賀
「あ、俺は……ちょっと、見舞いに」
中原
「でも、面意は謝絶されていますよ。ドアに書いてありま せんでした?」
加賀
「……すいません、よく見なかったんです」
中原
「(嘘はもっとばれないようについて欲しいですけれど……) まあ、ここで話すのもなんですし、あちらへ……」
加賀
「ええ……っと? ああ、すみません」

  といって、しゃがむ。ほどけた靴紐を直しながら、病室をみる。生気のない顔。ぼーっと天井を見ている、顔。あの状態で話を聞き出すのは無理だろう。
加賀
「(場所は解ったし、今日は引くか) お待たせしました」
中原
「いえ、では行きましょうか」

  病室から少し離れた所にある休憩室。自販機の明かりと非常灯の光が周りを照らす。
中原
「コーヒーでいいですか?」
加賀
「ええ……中原先生」
中原
「なんでしょう?」
加賀
「先ほどバイトと言いましたけど、ここって……」
中原
「病院ですが」
加賀
「……(時々解らない人だな(^^;) ま、いいですけどね」
中原
「加賀さんは、あの病室の人に用があったんですか?」
加賀
「え? まぁ、ちょっと。しかし面会謝絶か……」
中原
「残念ですか?」
加賀
「それは、まあ(さて、問題はどうやって水を回収するか…… だな) コーヒー、ごちそうさまでした」
中原
「おや、もう行かれますか?」
加賀
「新を家に残してますんでね。そろそろ帰らないと」
中原
「では、ここで」

  中原に手を振り、その場を後にする。そのころ405号室では……。
  空調から薄い靄が出てくる。靄はどんどん人の形を成してくる。
「もー。しづってば僕に何にも言わないで、行っちゃうん だもん! ここでびょうしつ、あってるのかなぁ?」

  きょろきょろとベットをのぞき込む。資料にあった顔。でも、写真の顔とは違いまるで生気がない。印象はまるで別人のようだ。新が入って来たこと事態にも気づいてないのか、じっと一点を見つめたままだ
「願いのかなう水をのんじゃったんだよね、このおねぇさ んたち。ねがい、かなったのに何でうれしそうじゃないのかなぁ」

  さわ……とのぞき込んでいた女生徒の髪を撫でる。一筋髪を取ると、根本に手を当ててぷつんと抜く。ゆっくり目線が動き、新をみつめる
「いたかったかな、ごめんね。僕は、新ってゆーの。お ねぇさん、なまえは?」
女生徒
「……」
「……またくるからその時は、なまえおしえてね!」

  にこっと笑うとまた、すうっと身体が靄状になる。靄は来たときと同じように空調から出ていった。

一回休み

窓から吹利の町並の見下ろせる病室。4人部屋に入っている患者は、いまは一人しかいない。
  全身を包帯とギプスで真っ白に固められた男が、ベッドの上で吠えている。

松崎
「うををををひまだあああっ! 頼む、一っっっ刻も早く、 退院させてくれえっ!」

  ベッドの脇のパイプ椅子に腰掛けていた和服の男が、本日43回目のその叫びを聞いて苦笑する。
訪雪
「だぁ〜め。儂が許しても医者が許さんよ。
マンションの三階から落ちて、命があっただけでもめっけもんだ。ま、たまにはおとなしくしとることだね」

  突然の電話で救急病院に駆けつけたのが、一昨日の夕刻。負傷して救急車で担ぎ込まれたはいいが、所持品に身分を証明するものがなくて、病院側が手帳の住所録の中から、一番近い訪雪に連絡をとったらしい。
  おかげで昨日は、東京まで新幹線で保険証を取りに行かされた。
松崎
「こんな辛気臭え、飯の盛りの少ねえところなんか、いつ までも篭ってられるかよ」
訪雪
「三度の飯の他に差し入れまで食うといて、よく言うよ…… ん? 誰か来たようだね。じゃあ儂は、店に戻らにゃ」

  空のタッパーを重ねて風呂敷につつみ、訪雪は席を立つ。ちょうど入口のドアに差しかかっていた、ダークグレイの三つ揃いを着た若い男が、かるく身を引いて会釈した。
訪雪
「これはどうも。あなたも、お見舞いですか」
「はい。この度は、先輩が随分とお世話になったそうで」
訪雪
「いいんですよ。これも縁というものです。では、私はお 先に失礼します」
「それでは」

  入ってきた男の顔を見るや、松崎は苦い顔をした。
松崎
「田能村。横浜から、説教の出前か?」

  まだ温かい椅子に腰を下ろして、田能村と呼ばれた男は穏やかに笑った。普段でさえ細い目が、笑うとますます細くなった。
田能村
「そんなにしてほしければ、いくらでも説教してさしあげ ますよ、松崎先輩。さっきの方は、お友達ですか?」
松崎
「大学の同期だ。(枕元の和同開宝を顎で指して)
あれを見てくれた鑑定士だよ」
田能村
「なるほど。あの人が、長沢先生のお弟子さんですか…… まあ、それはさておき、説教を参りましょうか」
松崎
「はいはい、お受けしますよーだ」
田能村
「全く、ただでさえあなたの言動は悪目立ちするのに、今 回はあんな派手な真似までして下さって」
松崎
「そう言ったってなぁ。俺がやらなきゃ、あの嬢ちゃん、 死んでたかも知れないんだぜ?」
田能村
「確かに、目的は立派でしたし、人命を救えたという結果 も素晴らしいものです。でも」

  顔は笑ったまま、目だけが鋭く光って。
田能村
「とった手段は、最低ですね。相手と自分が助かる保証も、 知性のかけらもない」
松崎
「悪かったな。どうせ俺は脳筋だよ」
田能村
「そのピンク色の脳細胞でも、いつもはもっとなにかしら 工夫なさっているでしょう。詳しい状況は知りませんが、焦りましたね。あなたらしくもない」
松崎
「らしくない、か……流石に、疲れてるのかな。齢だし」
田能村
「かも知れませんね。まあその怪我が直るまでは、此処で 療養して疲労をとっておくことです。では、私は横浜に戻りますので」
松崎
「なんだ、もう帰るのか?」
田能村
「あなたがその体たらくでは、どっちみちこちらでの仕事 は進みませんよ。うちで論文でも書いています」

  思い切りよく椅子から立って、廊下に出たところで振り返る。
田能村
「そうそう、松崎先輩」
松崎
「何だ?」
田能村
「入院期間は欠勤扱いにしておきましたから(にこ)」
松崎
「お、おい、ちょっと……」

  立ち去る田能村を追おうと乗り出した上体を、点滴の管に引っ張られて、松崎は無様にベッドに突っ伏す。
松崎
「ちっくしょおおこの冷血野郎があああっ!」

  廊下にこだまする悲痛な叫びを聞きながら、田能村はもと来た方をちょっと振り返って、笑った。

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