エピソード『影の影』


目次


エピソード『影の影』

登場人物

鬼李(きり)
影猫。
鬼崎野枝実(きざき・のえみ)
影使い。
叶野紗耶(かのう・さや)
裏影社の実質的な長。傀儡使い。

本編

初めてその店に転がり込んだのは、三年前のことだった。

野枝実
「ここ、だったっけか」
鬼李
「ああ。……どうする、先に入ろうか?」
野枝実
「いい」

  あの夜のことは、よく憶えている。本当は忘れたいことの筈なのに。古めかしいドアも、寂れた外見もそのまま。
『忘れるのは勝手。その方が楽なのよ、野枝実ちゃん』

  女の、声。柔らかな、そして冷たい声。
野枝実
「……鬼李」
鬼李
「ん?」
野枝実
「三年前より、強くなったろうか、あたしは」

  三年前の、あの夜。会ったことも無い男達と、聞いたことも無い結社の名。そして、『叶野』と名乗った女。
鬼李
「一人分は、強くなったろう」
野枝実
「一人分?」
鬼李
「晃一君の分くらいは」
叶野
『試したくはあるんだけどな。残念』
野枝実
『……何を』
叶野
『そこの猫さん。あんたが死んだ後、どうなるのかってね。 そこをクリアしないことには使い物にもならないって言ったのに』
鬼李
『好きなことを言ってくれるな』
叶野
『強者の特権には、言論のさらなる自由が含まれてるって もんで』

  永遠を有することが可能なほどに、強い人間がいるのだろうか。
野枝実
「……畜生、ってね」
鬼李
「どうした」
野枝実
「テスト前に、ああもう一日早く手をつけてりゃよかった、 って嘆く学生の心境」
鬼李
「……(苦笑)」

  三年前、裏影社の叶野、と名乗る女に会った。その時初めて、自分に攫われるだけの価値があることを知った。
  逃げようとして、男の一人に車の影をぶち当てた。潰れた男の顔も、自分は知らない。ただ、もう、抜けられないのだ、と思った。
  闇雲に逃げた先が、この店の中だった。そして、女に会った。ゆるいソバージュの長い黒髪、ハッキリとした目鼻立ちの整った顔。人懐こそうな笑みを裏切るような鋭い気配が忘れられない。
『半端に関わるからしんどいのよ。素人のまま逃げ切るの も手』

  名前は教えたげない、と、口の端で笑っていた。半端者に教える名はない、と。ただ、この店を嗅ぎ当てて潜り込んだことに免じて、一つだけ教えてあげる、と。
『裏影社の叶野。鬼女の家系の一人。狙われてるわよ、野 枝実ちゃん……貴方の、影猫を作り出した能力がね』

  昨日かかって来た電話は、取って名乗った途端に切れた。切れる直前の笑い声は『叶野』のものだった。
鬼李
「良い言葉を教えてあげようか」
野枝実
「何」
鬼李
「引きずられて入った門からは逃げ出せないが、自分で入っ た門ならば抜け出せるかもしれない」
野枝実
「鬼李曰く?」
鬼李
「大当たり」

  ほっと息を吐いて、野枝実は少しだけ笑った。そして扉に手を伸ばした。

解説

裏影社と野枝実+鬼李との因縁を示すためのエピソード。
  舞台は FROZEN ROSES だとは思いますが、文中では明言されていません。


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