エピソード『料亭にて』
吹利市内の料亭「ちゃんちき」。閑静な奥座敷に、ナップザックを背負った大男が上がり込む。およそ場にそぐわないその男の風体と、埃で真っ黒になった足の裏に、案内の従業員は露骨に嫌な顔をする。
青畳に荷物を放り出して、どっかりと胡座をかいた男、松崎渾の前に、女将が現れる。
- 女将
- 「お連れ様は遅れるそうです。お先に召し上がってお待ち
になりますか?」
- 松崎
- 「ん〜。じゃ、冷やで持ってきてくれ。つまみは要らん」
運ばれた冷酒をちびりちびりやりながら、ポケットから出した銀貨を眺める。鑑定を頼んだ知り合いの店から、今朝受け取ってきたところだった。
ガラスの銚子を一本空けたところで、待っていた相手が来た。猛暑の中、三つ揃いを着込んで汗一つかいていない相手に向かって、松崎はかるく会釈した。
- 男
- 「どうも、遅れて済みません」
- 松崎
- 「こちらこそ、わざわざ足を運んでもらうかたちになって
しまってて、済まないと思ってる。一杯やるか?」
- 男
- 「いえ、下戸ですので。例の品は……見つかりましたか」
- 松崎
- 「んにゃ。転売ルートの途中までは突き止めたんだが……
首をすくめて) ぷっつり糸が切れちまったよ」
- 男
- 「そうですか。引き続き捜索をお願いします」
漸く運ばれてきた料理に箸をつけながら、男はふと、松崎の持つ銀貨に目を留めた。
- 男
- 「和同開宝ですか。銀銭とはまた、珍しい」
- 松崎
- 「な、いいだろ? 聞き込み先の骨董屋で、ひと山いくら
の古銭に混じってた」
盃を持っていない方の手で、銀貨を男に投げてよこす。
- 松崎
- 「今朝方鑑定が済んで戻ってきた。本物だからいい値段が
つくだろうが、出土地不明で史料的価値はゼロだとさ」
- 男
- 「ひとつの品を、遺物として見るか、商品と見るか……。
その辺が、古物商と我々の違いですね」
- 松崎
- 「美術史屋なら、そいつを作品と見る。メソッドの違いは
超え難いよ」
- 男
- 「確かにね」
二人は顔を見合わせて、屈託なく笑った。
冒険野郎な考古学者、松崎渾(まつざき・こん)の紹介エピソード。
明記されていないものの、おそらく相手は文化庁特殊遺物室非常勤職員、風騎りの田能村駿一(たのむら・しゅんいち)であろうと思われます。このあと、コンビを組んで活動しています。
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