エピソード『幕間――野枝実と花澄』
- 平塚花澄(ひらつか・かすみ)
- 元野枝実の家庭教師。料理は得意。
- 鬼李(きり)
- 影猫。
- 鬼崎野枝実(きざき・のえみ)
- 影使い。料理は……。
- 宮部晃一(みやべ・こういち)
- 超能力者。
某日、野枝実の部屋。かたかた、と、食器の音が止まって。
- 花澄
- 「はい、どうぞ」
- 野枝実
- 「頂きます(笑)」
いつもは使わない食器まで動員しての食事風景である。
- 花澄
- 「晃一君、だっけ? どうぞ(にこにこ)」
- 晃一
- 『ええと、はい』
- 野枝実
- 「あんたの注文した料理だもん。しっかり食べて」
- 晃一
- 『うん』
こっくり頷いた少年を見やって、花澄は一つ、溜息を吐いた。
- 野枝実
- 「なに?」
- 花澄
- 「野枝実もねえ、このくらいのお料理人に聞かずに作れる
ようになって欲しいんだけど」
- 野枝実
- 「……でもさ」
- 花澄
- 「ハンバーグなんて、小学校の調理実習でやるでしょ?」
- 野枝実
- 「あの時は、……えっと、ジャガイモの皮むいた記憶はあ
るけど(汗)」
- 花澄
- 「それは付け合わせ」
形勢不利、と見て取って、野枝実は料理の方に逃避する。鬼李が笑った。
- 花澄
- 「今度、わかりやすいお料理の本買ってきてあげるからね」
- 野枝実
- 「……なんであたしが」
- 花澄
- 「晃一君の為、だよね?(にこにこにっこり)」
- 野枝実
- 「……(冷汗)」
- 晃一
- 『え、あの(汗)』
- 花澄
- 「晃一君は気にしなくていいの。大体この歳になって料理
の一つも出来ないまま、一人暮らししてる野枝実が間違ってるんだから」
野枝実は無言である。鬼李は、転がって笑っている。
- 花澄
- 「一緒に暮らすって決めたんなら、それ相応のことを考え
なきゃ。今からよく考えたって遅くはない筈よ」
- 野枝実
- 「……はいぃ……」
- 花澄
- 「野枝実だもん、出来るって」
にっこり笑ってこう言われると、野枝実に勝ち目が無い。
- 花澄
- 「晃一君も、遠慮したら駄目よ。野枝実って口は悪いし性
格も悪いけどいい子なんだから、言ったら判る。気がついたら何でも言ってやってね」
- 野枝実
- 「……花澄、その誉めてるんだかけなしてるんだか分から
ない文、何?」
- 花澄
- 「あら、思いっきり誉めてるつもりなんだけど」
- 野枝実
- 「どこがあ」
- 花澄
- 「基本前提を、野枝実はいい人、と置いての発言なんです
けど?」
- 野枝実
- 「その、いい人ってのが」
- 花澄
- 「私の悪友に、悪い人っていないの(きっぱり)
……でしょ、晃一君?」
- 晃一
- 『うん』
ごく素直に頷かれて、野枝実は皿と皿の間に沈没した。
- 野枝実
- 「……花澄ぃ」
- 花澄
- 「なに?」
- 野枝実
- 「あたしで遊んで楽しい?」
- 花澄
- 「そりゃもう、最高に(にこにこ)」
溜息をつく野枝実と、ころころ笑う花澄を、鬼李は笑いながら、そして晃一は首を傾げながら見ている。
食事も終わったし、帰るね、と言った花澄を野枝実は送っていった。残ったのは影猫と少年だけである。
- 晃一
- 『ねえ、鬼李』
- 鬼李
- 「何か?」
- 晃一
- 『お姉ちゃん、あんなによく話す人なんだね』
真面目に言われて鬼李はこけた。
- 晃一
- 『え、だって、野枝実お姉ちゃんって、あんまり話さない
し、話しても短いし(汗)』
要は人見知りがえらく激しいだけなのだ、と、説明しかけて鬼李は止めた。人見知りもあれだけ無愛想になれば立派である。
- 鬼李
- 「まあ、花澄は特別だから」
- 晃一
- 『ふうん?』
- 鬼李
- 「野枝実が一番安心して喋れる相手なんだろうな」
- 晃一
- 『鬼李よりも?』
- 鬼李
- 「……比べるのが間違ってるよ(苦笑)」
戦友、と、野枝実が呼ぶのは伊達ではない。
- 鬼李
- 「花澄はね、春の日だまりみたいな人だから」
- 晃一
- 『……いい人?』
- 鬼李
- 「勿論」
言葉は途切れ、そのまま沈黙になった。
平塚花澄と鬼崎野枝実の、繋がりというかなんといいますか、関係を示すエピソードです。野枝実が素直になれる、数少ない相手、なのかな。
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