エピソード『雨……心流して』
- 宮部晃一(みやべ・こういち)
- 強化超能力少年、自分で歩けず、言葉を話せない
- 鬼崎野枝実(きざき・のえみ)
- 影使い、現在の晃一の保護者代り
- 鬼李(きり)
- 野枝実の相棒の影猫
- 本宮友久(もとみや・ともひさ)
- 空間操作能力者、野枝実の家に居候
糸のように細かく降りしきる雨の日。
野枝実のアパートにて……晃一は窓に張り付いて外の景色を見ていた。朝からずっと……である。傍らでは友久が本を読みながら、晃一の様子をちらちらと見ていた。
- 友久
- 「(朝からずっと、よく飽きないな……こいつ)」
じっと……無言で外を見つめている晃一。遠くを見詰めるような……虚ろな目。
- 友久
- 「晃一、なに見てるんだ」
- 晃一
- 『雨見てるの』
- 友久
- 「雨……ねぇ」
一言答えたきり、また窓の外に見入ってしまう晃一。
- 友久
- 「楽しいか? 雨見てて」
- 晃一
- 『わからない』
- 友久
- 「(よくわからんガキだな)」
ハッキリしない答えの晃一に……何か思いついたのか口元に笑みを浮かべる友久。
- 友久
- 「そういえば……晃一、知ってるか? 雨には浄化作用が
あるんだぜ」
- 晃一
- 『じょうかさよう?』
- 友久
- 「そう、雨はな……洗い流してくれるんだ」
- 晃一
- 『何を?』
- 友久
- 「寂しいことや哀しいことを……心から洗い流してくれる
んだ」
この言葉にどうやら興味を持ったらしい、目を丸くして聞き返してくる。
- 晃一
- 『さびしいこと……も、かなしいことも?』
- 友久
- 「ああ」
- 晃一
- 『……そう……なんだ』
そのまま黙り込んでしまう晃一。しかし、あいかわらず雨を眺めている。あきらめたように壁にもたれかかる友久。
- 友久
- 「(やれやれ……手強いガキだな) ま、信じるか信じない
かはお前の勝手だ。……俺少し寝るわ、野枝実の奴が帰ってきたら起こしてくれ」
- 晃一
- 『うん』
寝転がって、程なく寝息が聞こえてくる。
- 晃一
- 『雨……かぁ』
窓の外を見やる晃一、雨はまだ……降り止まない。
そして……晃一は一人、外を歩いていた……いや、歩いているように飛んでいた。とめどなく……降りそそぐ雨。髪からしずくが滴ってくる。道に人の姿はほとんどない。ただ晃一が浮かんでいるだけ。
雨は本当に洗い流してくれるだろうか……
- 晃一
- 『おかあさん……』
雨の空を見上げる、空にはよどんだ雲が渦巻いていた。
一方、野枝実のアパート、大学から帰ってきた野枝実。一人ごろ寝をしている友久をたたき起こしている。
- 野枝実
- 「ちょっとっ!」
- 鬼李
- 「おーい起きんか」
- 友久
- 「う……ん」
- 野枝実
- 「……いい加減起きろっての」
揺すろうが叩こうが起きない。
- 友久
- 「なんだよ、おまえら」
- 野枝実
- 「なんだよじゃない」
- 鬼李
- 「晃一は? どこに行った?」
- 友久
- 「ん? あいつか? そこで窓の外見てなかったか?」
窓辺、しかしそこには誰もいない。
- 鬼李
- 「いないぞ」
- 友久
- 「あ? 俺が寝る前には確かにそこにいたぞ」
- 野枝実
- 「あんたどんだけ寝てたのよ」
- 友久
- 「……ああ、結構経ってるな」
- 野枝実
- 「……しみじみ役に立ってないっ! 何の為にここにいる
んだあんたはっ?!」
- 友久
- 「俺はガキのお守り役か?」
- 野枝実
- 「きちんとお守り役やってから言ってくれ……ったくっ」
- 鬼李
- 「ちょっと待て、晃一がどこに行ったか捜す方が先だ」
- 野枝実
- 「確かに」
- 鬼李
- 「なにか心当たりは」
- 友久
- 「心当たりって言われてもな……って」
そういえば……さっきの話。
- 友久
- 「そういや……寝る前に……」
雨は……洗い流してくれる……寂しいことも哀しいことも……
- 野枝実
- 「子供にいいかげんな事を教えるな!」
- 友久
- 「本気にするか! 普通」
- 鬼李
- 「とにかくなんとかして捜さないと」
- 友久
- 「そんなに遠くには……いけるか、あいつなら」
晃一が本気になれば、街のひとつやふたつひとっ飛びだろう。
- 友久
- 「しょうがねえ、とにかく……手当たり次第に捜してくる
か」
- 野枝実
- 「ちょっと」
雨の中、駆け出そうとする友久。一応責任は感じているらしい。
- 野枝実
- 「鬼李、あんたも手分けして」
- 鬼李
- 「わかった」
- 友久
- 「見つけ次第、連絡する」
こうして……雨の中駆け出す一同。
その頃……晃一。
- 晃一
- 『雨って……冷たい……な』
雨に打たれてる晃一。不意に寒さを覚えた。濡れた手で体を抱きしめる。
- 晃一
- 『帰ったら、怒られるかな……』
着ていた服もすっかりずぶぬれになってしまっている。
- 晃一
- 『(くしゅん)……寒い』
その時、晃一の影が突然、波打つように揺れた。見覚えがある……動き。
- 晃一
- 『あ……』
しゅるっと影から浮き出してくる姿……黒猫。
- 鬼李
- 「晃一! やっと見つけた」
- 晃一
- 『鬼李?』
- 声
- 『いたか?』
同じく響く……心の声……友久の声が聞こえる。
キィィ……ン。それと同時に目の前の空間に現れる人影、黒髪に青い双眸。
- 晃一
- 『お兄ちゃん……』
- 友久
- 「まったく……捜させやがって」
- 晃一
- 『あの……お兄ちゃん……ぼく……ごめんなさ……』
- 友久
- 「うるさい、今はとっとと家帰って風呂入って寝る!」
答えを聞かず、問答無用で晃一を抱えあげ、転移する。そして……
- 鬼李
- 「まったく……人騒がせな」
- 晃一
- 『ごめんなさい……』
- 鬼李
- 「いや、晃一のことじゃない」
- 友久
- 「悪かったな」
- 野枝実
- 「見つかったからよかったというもの」
- 友久
- 「さっきからあやまっとるだろうが」
- 野枝実
- 「反省の色がない(キッパリ)」
- 友久
- 「ああ、悪かったよ俺が。ホントにっ」
バスタオルで荒っぽく晃一の頭をこする友久。部屋が全身ずぶぬれの一同が水を滴らせながら言い合いをしている。
- 野枝実
- 「今、お風呂わかしてるからね」
- 晃一
- 『うん』
- 友久
- 「まったく……融通が利かんというか、馬鹿正直というか」
- 鬼李
- 「疑うことを知らない子供に、適当なことを教える大人の
方に問題があるのではないか?」
- 野枝実
- 「風邪でもひいたらどうする気」
- 友久
- 「ああ、はいはい俺が悪者だよ」
- 野枝実
- 「開き直るな」
あれやこれやと周りのやりとりをを聞きながら……
- 晃一
- 『……(くす)』
不思議と……顔がほころんでくる晃一。
雨に濡れて寒かったけど、頭がちょっと……いや、かなり乱暴にタオルでこすられてても……不思議と不快感を感じなかった。
本当は冷え切っていて寒いはずなのに……なぜだか暖かさを感じる。
- 鬼李
- 「どうした? 晃一」
- 晃一
- 『ううん、なんでもない』
- 野枝実
- 「晃一、お風呂わいた。あんたちゃんと入れてやるのよ」
- 友久
- 「はいはいわかってる」
- 晃一
- 『(こそっと) お兄ちゃん』
- 友久
- 「ん?」
- 晃一
- 『お兄ちゃんの言った事……本当のような気がする』
- 友久
- 「(にや) そうか、良かったな」
雨は……洗い流してくれたのかもしれない。
晃一くんが、じょじょに人間としての生活というか、感情になれていく過程を描く一作ですね。
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