エピソード『帰郷に関する風景』
- 宮部晃一(みやべ・こういち)
- 強化超能力少年。
- 鬼崎野枝実(きざき・のえみ)
- 影使い、現在の晃一の保護者代り
- 鬼李(きり)
- 野枝実の相棒の影猫
- 本宮友久(もとみや・ともひさ)
- 空間操作能力者、野枝実の家に居候
金曜、夕刻。食事の用意をしている最中に。
- SE
- TELTELTELTELTELTEL........
- 野枝実
- 「はい、もしもし……え? おばあちゃん? ……あ、は
い」
晃一が首を傾げた。
- 野枝実
- 「うん、そう……ううん、そこまで忙しい訳じゃ……うん、
わかった、そうする」
かちゃん、と、受話器を置く音までいつもよりは大人しい。
- 野枝実
- 「……この手で来たか(苦笑)」
- 晃一
- 『お姉ちゃん?』
- 野枝実
- 「ああ、晃一……あのね、明日私実家に帰る用事が出来た
んだけど……構わない?」
- 晃一
- 『うん、平気だよ』
- 野枝実
- 「鬼李は置いていくし、友久もいるし、せいぜい一日だ
し……ああ全く」
苦笑すると、野枝実はまたまな板に向き直った。
- 鬼李
- 「弱みを見事に突かれてるな」
- 野枝実
- 「放っとけ」
言葉と一緒に、ジャガイモを包丁で突き刺す。
- 晃一
- 『……野枝実お姉ちゃん……(汗)』
- 野枝実
- 「しかしこういう時にあいつはどこに行ったんだか」
- 鬼李
- 「で、明日は早いのか?」
- 野枝実
- 「向こうに午前中に着くぐらい……しまったなあ、祖父の
墓参り、すっぽかすつもりはなかったんだけど」
- 鬼李
- 「それでか」
- 野枝実
- 「うん」
突き刺したジャガイモを改めて抜き取ると、野枝実は皮をむきはじめた。
翌日。手を掛けた扉を内側から押されて、友久はバランスを崩しかけた。
- 友久
- 「お……っと」
- 野枝実
- 「あ? ……ああ良かった、間に合った」
- 友久
- 「って……何があった?」
- 野枝実
- 「何がって何が……ああ、今日、家に帰る用事が出来たん
で少年と鬼李だけ残すのが不安だったんだけど」
さらさら、と言う野枝実は、見慣れない格好をしている。
- 野枝実
- 「どうせ明日には帰って来るつもりだけど、何かがあって
からでは遅いから……で、何」
青い目をちょっと見開いて、まじまじと野枝実を見る友久。言わんとしていることは容易に想像がつく。
- 友久
- 「いや……ただ……な」
- 野枝実
- 「女の人に見えるっていう突っ込みなら既に晃一少年がやっ
てるから、わざわざ言う必要無いからね(苦笑)」
生成色のワンピース。取りたてて飾りがある訳でもない、単純な形のものだが、ブラウスとジーンズ姿に慣れているぶん……見慣れない。
少し慌てて、晃一があたふたと思考を伝える。
- 晃一
- 『あのね、でも、お姉ちゃんがいつも男の人だって言うん
じゃなくて』
- 野枝実
- 「大丈夫、判ってるから。……仕方ないんだ。釘刺された
し」
- 鬼李
- 「墓参りにそんな格好で来る人がありますか、って?」
- 野枝実
- 「そんなところ。それに……家に帰るってのも」
ふと、語尾が消える。静かな無表情のまま、野枝実は口をつぐんだ。
- 鬼李
- 「で、どうやって帰る?」
- 野枝実
- 「最寄りの駅の一つ手前まで影を渡って」
- 友久
- 「……親は知らないのか」
- 野枝実
- 「知ってるんだか知らないんだか……とにかく影渡って家
まで直行する訳にもいかないし」
言いながら、時計を見る。まだ、時間はあるらしい。
- 野枝実
- 「鬼李は残るから、何かあったら連絡して」
- 友久
- 「わかった」
返事に一つ頷くと、野枝実はスカートの裾を払って、床に正座した。軽く目をつぶる。晃一が少し心配そうにそれを見やった。
- 友久
- 「御白州に引き出される前、ってか?」
揶揄を含んだ口調に、野枝実は目を上げた。
- 野枝実
- 「……かも、しれない」
苦笑とも、泣き出す手前、ともつかない表情が、一瞬よぎる。
- 野枝実
- 「じゃ」
するりと立ち上がり、玄関で靴を履き。そのままその姿が、影の中に滑り込んだ。
野枝実の日常系エピソード……になるのでしょうか。野枝実って異能ゆえに日常から離れようとしているところがあるけど、それでもまだ日常の根っこを強く引きずっているところがあって、そこがまた魅力なのかも知れませんね。
居候組は、鬼李は猫だからまあ良いとして、晃一は結局のところ両親の元から逃亡したわけですし、友久にいたっては死亡したことになっているので、両親・親族との繋がりは切れてしまっているわけですが、野枝実はまだそこまで行ってないわけですよね。離れて暮らしてはいるものの。これが今後はどうなっていくのかは、『敵』の動きと巻き込まれる事件にもよる……のかな。
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