エピソード『飯……か?』
- 鬼崎野枝実(きざき・のえみ)
- 影使い、現在の晃一の保護者代り。
- 鬼李(きり)
- 野枝実の相棒の影猫。友久を拾ってきた。
- 長谷川伴緒(はせがわ・ともお)
- 友久の相棒。長谷川郷の武芸者。
- 宮部晃一(みやべ・こういち)
- 強化超能力少年。
- 本宮友久(もとみや・ともひさ)
- 空間操作能力者、野枝実の家に居候。
- 鬼李
- 『サンハイツ吹利、ここだな』
- 野枝実
- 「103号だったっけ」
木造モルタルのアパートに、友久の相棒は住んでいた。
- 伴緒
- 「そうでしたか……拾っていただけたとは好運でした。御
迷惑をおかけします」
事情を聞いた後、頭を下げる伴緒に、野枝実は少々慌てた。
- 野枝実
- 「いや、別に」
- 鬼李
- 「拾ったのは野枝実じゃないからな」
- 野枝実
- 「鬼李」
鋭く制するが、その必要はなかった。
- 伴緒
- 「いや、何にしろありがたいことです。しかし、すると
あいつを拾って下さったのは……」
- 鬼李
- 「私だ」
- 伴緒
- 「猫に拾ってもらったわけか……」
- 鬼李
- 「珍しい話ではあるな」
しれっとして言う鬼李に、伴緒が破顔した。笑えば、それなりに愛敬がある。野枝実は面白くなさそうな顔で、茶受けのおはぎを食べていた。
- 野枝実
- 「(……結構おいしいかもしれない)」
田能村のクッキーには多少劣るが、なかなかいける。つぶし餡のおはぎは大きめだったが、あっさりなくなった。
- 伴緒
- 「まだあります。よろしければめし上がっていって下さい」
- 鬼李
- 「気に入ったみたいだな、野枝実」
- 野枝実
- 「鬼李、余計なことを」
- 伴緒
- 「猫君、君はどうだ?」
- 鬼李
- 「鬼李、という名前がある」
- 伴緒
- 「失敬」
- 鬼李
- 「それにしても、沢山あるようだな」
- 伴緒
- 「なに、作り過ぎただけだ。
……鬼李君、すまないが本宮にも持っていってやってくれないか」
- 鬼李
- 「それは野枝実の仕事だな」
- 伴緒
- 「お願いできますか」
結局、帰る時にはおはぎ入り重箱を持って帰る野枝実だった。
野枝実、不在。そうなると困るのが、食事である。
- 伴緒
- 「飯くらい作れないと困るぞ、本宮」
呆れながらも、伴緒は手際良く昼食を作っていた。晃一が、もの珍しそうに殺風景な伴緒の部屋を見回している。
- 晃一
- 『お姉ちゃんの部屋ほど、ものがないね』
- 友久
- 「あれは散らかってるっていうんだ」
- 伴緒
- 「いいからタマネギを刻め。味噌汁の具にするからな」
茶色の皮ごと刻む友久。
- 伴緒
- 「……‥大根下ろし、作れるか」
これはなんとかなる……と思ったが、最後の一かけまでおろそうとして自分の手までおろしてしまう友久。
- 伴緒
- 「……人肉はいらんぞ」
さんまがうまそうな匂いを立てて焼けはじめる。
- 伴緒
- 「レモンくらいは切れるな?」
これはさすがにできたが、洗うのを忘れていた。
- 伴緒
- 「……」
炊飯器のスイッチが切れ、米が炊き上がった。冷蔵庫に入っていた煮物と昆布の佃煮、それに野菜を出して、昼食の準備が整う。
- 友久
- 「まともな飯だ……」
- 晃一
- 『まともって、どうして?』
- 伴緒
- 「……普段は何を食っているんだ」
呆れ顔で、伴緒が言った。
夜……夕飯時を過ぎて。サンハイツ吹利103号室、伴緒宅の玄関。
- 友久
- 「じゃいつも悪いな、伴緒」
- 伴緒
- 「お前も少しは精進しろよ。じゃあな晃一」
- 晃一
- 『お兄さん、さようなら』
今日は野枝実はバイト、伴緒宅で夕食を食べさせてもらい帰路につく。もう……外はすっかり夜になっていた。
晃一を負ぶって、鬼李を懐に入れ夜道を歩く。街灯の明かりが白々と照らす。こつん……と晃一の頭が背中にあたる。きっと眠いのだろう。
誰かを負ぶって歩く……何年ぶりの事だろう。昔は、よく弟を負ぶって家に帰ったことがある。まだ自分の周りが賑やかだった頃……もう……気の遠くなるほど昔。
- 晃一
- 『お兄ちゃん…お魚、おいしかったね』
- 友久
- 「ああ、野枝実の奴もあれくらいできればな」
- 鬼李
- 「君が言えるか?その言葉」
- 友久
- 「…ほっとけ」
- 晃一
- 『ふふ、僕も今度お料理教えてもらう』
- 友久
- 「期待してるぜ、シェフさんよ」
小さく笑う……懐かしい安堵感。忘れてた心の記憶。
路地を曲がり、河原の脇にさしかかる。途端に街灯の明かりが弱くなり、月の明かりがほのかに照らす。もう、晃一は寝息を立てている。
誰もいない日々……。一人だけで生きていくこと……選んだのは自分。なのに……なぜ揺らぐ? ……さみしい? 俺が?
『もう……これは血の呪いね、あんたのとこの家族の』
突然、思い出す。昔なじみの女に言われた言葉。
『あんたってどんなに悪ぶったってさ、結局世話焼きのお人好しなのよ、誰か世話する奴がいなきゃ、寂しくてしょうがないの』
そうかもしれない……それが……晃一?
- 友久
- 「さて、帰るか。あんまり遅いとあいつにどやされる」
- 鬼李
- 「ああ」
伴緒の料理のまともさ(料理11)と、野枝実の料理技能(8)の低さを印象付けるためのエピソード……だと思います。
そのほか、友久の孤独を捨てることへの違和感のようなものの演出になるエピソードをこの話に組み入れときました。エピソード『戻る――誰も居ない部屋』も組み入れるべきかは悩んだのですが……。
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