エピソード『自制』


目次


エピソード『自制』

登場人物

宮部晃一(みやべ・こういち)
強化超能力少年。
本宮友久(もとみや・ともひさ)
空間操作能力者、野枝実の家に居候。
鬼李(きり)
野枝実の相棒の影猫。友久を拾ってきた。

本編

吹利、すっかり外は夜。野枝実のアパートにて。
  今日は野枝実はバイトで遅い。晃一、友久、鬼李は留守番をしている。暇をもてあまして、煙草をくわえる友久。

鬼李
「子供の前だぞ」
友久
「わかってる、……ちっと一本だけ吸ってくる」

  煙草一本に火を付け、外に出る友久。テーブルの上にライターと煙草を置きっぱなしのままで……
鬼李
「煙草は健康に悪いぞ」
友久
「無理してやめる方がはるかに健康に悪い」
鬼李
「やれやれ」

  部屋を後にする友久、友久を見送って晃一の側で丸くなる鬼李。その間、晃一は興味深げにライターを見つめていた。
晃一
『……らいたぁ』

  ライター……火をつける道具。知ってはいるけど、使ったことは一度も無い。火は熱い、知っているけど……ほんとに熱いのかはわからない。
  火は危ないから触っちゃいけない……わかっている、でも……
  カタッ……テーブルの上のライターがひとりでに浮き上がる。そおっと、眠ってる鬼李に気づかれないように、そろそろと晃一の手元に舞い下りてくる。手に取ってみる、冷たい金属の感触。
晃一
『どうやって……使うのかな』

  カチカチ……見様見真似であちこちいじっても……火は付かない。中を覗き込もうとしても、中は見えない。
晃一
『……確か、こうやって……あっ!』

  シュボッ! いきなりライターが大きく火を噴き出す。
晃一
『わああっ』

  ライターを取り落とし、悲鳴をあげる晃一。炎は危うく顔には届かなかったが、わずかに前髪を焦がし、消える。手に刺さるような痛みが走り、前髪がちりちりと焦げるいやな匂いがした。
鬼李
「どうしたっ! 晃一」

  慌てて飛び起きる鬼李。転がったライターに目を留める。
鬼李
「晃一! それは……怪我は?!」
友久
「何だ?!」

  晃一の心の悲鳴と鬼李の声に、すぐ外にいた友久が戻ってくる。晃一の足元に転がったライター、そして……かすかに髪の焦げた匂い……
友久
「馬鹿野郎っ! 何やってたんだっ!」

  鋭い平手が晃一の頬を打つ。頬を押え、びくっと首をすくめる晃一。
鬼李
「本宮君……あんまり」
晃一
『……ご……ごめんなさい』
友久
「見せてみろ!」

  晃一の両手を掴み、顔を覗き込む。顔に怪我はない、手もわずかに赤くなっているが、酷い火傷はしていない。ふっと肩の力を抜く友久。
友久
「大した事ねえな、冷やしておけばすぐ治る」
鬼李
「よかった」
友久
「よかったじゃねえ! 火事にでもなったらどうする気だっ たんだ!」
晃一
『ごめんなさいっ!』

  叩かれて真っ赤になった頬を押え、両目に涙を溜めて、必死に謝る晃一。
友久
「……もう、二度といたずらするなよ」
晃一
『はい……ごめんなさい……』

  涙を浮かべたまま、こくん……と小さく肯く晃一。
鬼李
「手は痛くないか?」
晃一
『ちょっと、痛い』
友久
「大丈夫だ、冷やしてバンドエイド貼っときゃ直る」

  後は何も言わず、晃一の手当てをし、寝袋をだす。
晃一
『……お兄ちゃん、ごめんなさい』
友久
「ああ、わかったから……もう寝ろ」
晃一
『うん』

  くしゃくしゃと晃一の頭を掻き回し、寝かしつける。
  そして……しばらくして……晃一が寝息を立て出す。眠りもせず、壁に寄りかかって座る友久。その脇で同じく起きている鬼李。
友久
「畜生……」

  手の中のライターをきつく握り緊め、溜息をつく。うずくまった晃一、焦げた髪の匂い、思い出すだけで背筋を冷たいものが走る……
鬼李
「どうした」
友久
「いや」

  そのまましばらく黙り込む。……しばらくして遠慮がちに鬼李が声をかける。
鬼李
「怯えていたのか」
友久
「……多分な」

  意外なほどあっさりと答える友久。
友久
「危ねぇんだよ……あのガキは」
鬼李
「わかっていないからか?」
友久
「ああ……火は危ないもんだって、知識では理解してる…… でもわかっててもな……頭でわかってても、やっちまうんだよ……なんでも見て触って確かめたがるんだ」
鬼李
「晃一は……特に、だな」
友久
「だからって、いつまでもそのまんまでいられるか? 
人を傷つけちゃいけないって……わざわざ人を傷つけるか? 火が危険だって教えるのにわざわざ自分で火を触わるか? 違うだろ」

  だんだん口調が荒くなってくる。
友久
「今はまだいい……今はな。でも、今キッチリ教えておか ねえと、後で後悔する事になるのは奴だ」
鬼李
「……」

  握り緊める手に力を込める。ただ……何も言わず友久を見つめる鬼李。
友久
「遅えんだよ」

  苦々しげに……吐き捨てるように言葉をつむぐ。
友久
「取り返しのつかないことしでかしてからじゃ……遅えん だよ」
鬼李
「……何か、あったのか」
友久
「昔……な。取り返しのつかないこと、やらかしたことが ある」
鬼李
「……」
友久
「あいつと同じさ……試してみなきゃわかんないって気持 でな」

  言ったきり、疲れたように……遠くを見詰める友久。
鬼李
「君が何をしたのか、私にはわからないが」

  しばらく考え込んでいた鬼李が口を開く。
鬼李
「私は人間のやることに意味のない事なんてないと思って る。良いことも悪いことも」
友久
「……」
鬼李
「君がやらかした事も……今の君にとって必要なことだっ たかもしれないぞ。この先、君が丁寧に生きていく為に」
友久
「丁寧に……な」
鬼李
「今、君が後悔しているからこそ、晃一にも同じような思 いをさせたくない……そう、思ったんだろう」
友久
「……そうかもしれない」
鬼李
「もう、寝るか……」
友久
「そうだな」

  ちらりと、眠ってる晃一を見やる。ひっぱたいた頬がかすかに赤く腫れて、かすかに涙の筋が残っている。
友久
「ちょっと……強くやりすぎたな」

  そっと晃一の頬をなで、涙の跡をぬぐう。
鬼李
「君がいてよかったな、晃一のために」
友久
「けっ……冗談じゃねえよ」

解説

晃一の子供らしさというか、自分でなにができるのか、何をしてしまいうるのかを理解していないことの描写と、友久の「過去の失敗」を匂わせるためのエピソード。
  はたして晃一は「取り返しの付かないこと」をしてしまうことになるのでしょうか……?


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