HA16:「南北古都奇譚」プレストーリー


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HA16:「南北古都奇譚」プレストーリー

―― Hot Starting ――

 一陣の風のように、一台の黒いバイクが走り去る。それを追うRVが、突如パトカーに変わった。回転する赤い光と唸るようなサイレンが、夜の闇を引き裂く。

 RVを振り切ろうとするバイクと追いすがるRVの間は、まだ100mばかり離れている。時速80kmを超えるチェイスでは目と鼻の先のようなものだが、しかしその差は縮まらない。見る見るうちにスピードメーターが上がっていく。

「京都に入っちまったぞ。越境だ」

 RVのハンドルを握る木村圭一が怒鳴る。しかし諦める様子は微塵もない。高速で走るRVの車体を確実に操り、しっかりとバイクの後を尾けている。

「構うか。後から広域指定すりゃいい。どのみち、証拠が残らなければそれで終わりだ」

 助手席のアキラ熊谷がきっぱりと言い放つ。

「それとも、追うのをやめるか?」

「冗談言え」

 高速道路もかくやと言う速度のまま、2台は木津の町中に爆音をあげて突入した。

 点滅信号を渡りかけた一般人が驚いて身をすくませ、信号を守って交差点に入ってきた車がサイレンよりも早く突っ込んでくる2台にぶつかりそうになって抗議のクラクションを鳴らす。泉大橋を渡り、さらにカーブで狭い町中を抜けてから、国道24号線は直線に入った。

「人目が無くなった……やるぞ。上を開けてくれ」

 木村がサンルーフを全開にする。彼の車はそこそこ型落ちなためにそれが可能だ。型落ちと言っても、彼は自分の車に絶大な自信を持っている。

 熊谷は、後部座席から長大なライフルを取り出した。装備課特殊事物対策係から配備されている、彼専用の狙撃ライフルだ。慎重に、しかし慣れた手つきでサンルーフからその長物を突き出し、続いて助手席に立ち上がってサンルーフから身を乗り出す。木村に敬意を表して、靴はシートの足下に転がした。その間、5秒。

 銃床を肩に当て、前方のバイクを狙う。

 木村がサスコンディションを「SOFT」にする。とたんに、固定された地上でスコープを覗いているかのような、静かな走行に変わった。スコープの中で、映画の遠景のようにスムーズにバイクの姿が流れる。

「いい感じだ」

 熊谷はサイトの中央にバイクを捉えた。狙いを定める。

 ドンッ

 手応えはあった。……しかしバイクは、倒れるどころか姿勢を崩した様子すらない。

「実弾を使ったんじゃないだろうな」

「実弾だよ」

「遊ぶな! 一発で仕留めろ!」

「遊ばせろよ」

 熊谷は胸のポケットから特殊なサインのついた弾丸を取り出した。空の薬莢を捨て、それをライフルに込める。特殊事物対策係の特製弾。係では俗に「破魔矢」と呼んでいる。

 ヴンッ

 銃声以外に、耳には聞こえない独特の音を立て、弾丸が射出された。それに気付いたらしきバイクの乗り手がちらりと後ろを振り向いた……ように見えた。

 肩から上、ヘルメットに覆われた頭があるはずのところには、何もなかった。

 直後、弾丸が乗り手の背に突き刺さった。首のない乗り手の上半身がタンクに突っ伏し、大きく姿勢が乱れる。

「ナイッシュー!」

「ふふん」

 転びかけたバイクが危ない姿勢で持ちこたえる。

 バイクが倒れそうになる方に寄り添うように、バイクの陰で何かが蠢いていた。

 いや。

 バイクから伸び出た触手が、本体を支えて路面を「走って」いるのだ。

「ようやく正体を現しやがった」

 2弾目、3弾目をすかさず撃ち込む熊谷。そのたびに、バイクとその乗り手“だったもの”は劇的に変化を遂げていった。

「追いついて止める! 後は俺に任せろ!」

「ちっ」

 その時熊谷は、前方の路肩に一台の軽自動車が止まっているのを発見した。そばには、一人の女性が立っている。

「一般人だ!」

「やべぇ!」

 バイクは見る見る軽自動車に近づいていく。木村はアクセルを一杯に踏み込む……が、間に合わない。

 しかしその女性は、まるで待っていたかのように落ち着き払って、バイクに正対した。

  ----『国栖(くず)のもの、疾く出でましてその力を与え給え』----

 女性は、筆を走らせた白い紙札を鋭く前方に投げた。紙札は、一直線にバイクを迎え撃つ。

 その時木村と熊谷は信じられないものを見た。紙札が空中で消滅すると同時に、巨大な虫がバイクの面前に現れたのだ。

「土蜘蛛?!」

 土蜘蛛は、驀進してくるバイクと正面から激突した。前4本の足がバイクを突っぱね、後ろ4本の足がアスファルトをえぐる。女性は平然として、眼前で行われる力の拮抗を見つめていた。土蜘蛛の強大な力はがっしりとバイクを受け止め、ついにバイクは完全に停止した。

 傍らに緊急制動をかけつつRVが滑り込む。運転席から飛び出した木村の右手にはひと振りの刀。

「悪霊退散!!」

 もはやバイクとは呼べない、人型と機械の入り混じった「もの」が、鋭く触手をくり出してくる。しかし切り払いもせず、木村は刀を一閃した。木村の霊力に応えた刀が燃えるような光を放ち、光に触手を一掃された妖怪は、一刀のもとに両断された。

 断末魔の声が響きわたる。熱した油が沸き上がるように蒸発した妖怪の骸は、周囲の空気と触れることも許されないかのように消滅していった。

 やがてそこに残ったのは、首無しの死体などではもちろんなく、錆び付いてタイヤのゴムすら裂けて原形を留めていない、バイクの単なる残骸であった。しかしそのバイクには、きっと何かしらの怨念……あるいは無念……が残っていたのだろう。木村は複雑な思いで残骸を見つめた。

 その様子をじっと見ていた女性は、やがて手を伸ばすと小さな気合いを発して土蜘蛛を手元に戻した。土蜘蛛は見る間に只の紙切れに戻り、そして消えた。周囲の現実に引き戻されて、あわてて木村は女性の方を見た。

「お怪我はありませんか」

「ええ、全然」

 初めから全く姿勢を変えない落ち着いた様子で、にこやかに女性は応えた。おそらく30代後半くらいだろうか? 年相応のぬか味噌臭さがない、あか抜けた感じの都会的な印象の女性である。

「一つ初めにお願いがあります。ここでご覧になったことはどうか口外しないでいただきたいのですが……」

 そこまで言って、木村は自分の言葉の滑稽さに苦笑した。女性も、おかしそうに自分を見ている。口外できないことは、彼女もしていたではないか。

「府警の方?」

「……申し遅れました。私、奈良県警の木村圭一と申します」

「ああ、奈良の。……てっきり府警の零課の方かと」

 気さくにころころと笑われて、二人は呆気にとられた。

「……そうです。奈良県警捜査零課に所属しております。彼は、同僚の熊谷アキラです」

「……なぜ、ここにいらっしゃったのですか?」

 熊谷が単刀直入に問う。

「私の家は、この近くですから。遠くで霊力を感じたので車を止めて、様子を見計らって待ちかまえていたのです」

 木村と熊谷は顔を見合わせた。二人の疑念に気づいた女性は、腕をほどいてすっと背筋を伸ばした。

「私も申し遅れましたね……私は、桂言音と申します。そこの井手町に住んでいます」

 熊谷が目を見張った。

「桂……符術の、桂家の?」

「……よく知ってるな、おまえ」

「基礎知識だ。日本に来る時に聞いた」

「ほんとかよ」

 言音は面白そうにほほえんだ。悪戯そうな、しかし悪気のかけらもないであろうその笑みに、木村は面食らった。彼女が若く見えるのは、おそらくこの表情のせいだろう。

「職業は、そこの同志館大学の講師です。……今後ともよろしくお願いしますね。県警の刑事さん」

「……本当ならそう言う機会がないに越したことはないのですが……ともかく、ご協力ありがとうございました。感謝いたします」

 傍らのバイクの残骸を一瞥してから、言音は右手を差し出した。木村が、続いて熊谷も、それに応える。

「けれど……おそらくまた、こう言う機会はあるでしょうね。近いうちに」

「……ええ」

 今宵もどこかで、二千年の闇が目を覚ます。

プレストーリー キャスト

 桂言音(かつら・ことね)(GM専用キャラ)
符術士   同志館大学歴史学教室助教授

 木村圭一(きむら・けいいち)(NPC)
霊刀使い  奈良県警捜査零課刑事・剣道部員

 アキラ熊谷(あきら・くまがい)(NPC)
狙撃手   奈良県警捜査零課刑事・射撃教官

作者等

「語り部」デザイナー   :sf(古谷俊一)氏

「狭間」ワールドメイク  :sf(古谷俊一)氏

              語り部通信倶楽部 参加諸氏

              語り部メーリングリスト 参加諸氏

 「HA16: 南北古都奇譚」舞台設定  :ごんべ(堀田拓司)$$


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