エピソード003『担任の居ない日々』


目次


エピソード003『担任の居ない日々』

登場人物

鈴掛真一(すずかけ・しんいち)
メガネの男子高校生。いつも平静な語り手。
赤碕大悟(あかさき・だいご)
ごっつい男子高校生。鈴掛の友人。
加賀見みよし(かがみ・‐)
女子高校生。鈴掛の友人。

担任の居る教室

なんとか教室にたどりついた。今日の校門はめんどうな迷路で、遅刻寸前。しかしまあ、無事たどりつけたし、良しとしよう。

担任
「それでは、出席を取る。赤碕」
大悟
「はいっ!!」

……点呼が続く。来ているものも、来ていないものもいる。《学園》の登校環境は厳しいから、いつも一割は出席しそこねているし。その半分は既に死んでいるのが通例だ。

担任
「鈴掛」
真一
「はい」

大怪我をするくらいなら自殺したほうがやり直しが効きやすいというのも、死亡率に拍車をかけている。どうせ夜の12時からやりなおしできる、万全の調子の自分で再挑戦したほうが得だというわけだ。
 貴重な平穏な一日。授業を受けられることが嬉しいなんて、無限都市に来るまでは思っていなかったものだが。

担任の居ない教室

なんとか教室にたどりついた。今日の校門には人喰いトラが群れていた。協力して戦った知らない学生に焼いてもらったトラ肉を食べてみたが、あまり美味しくないようだ。残念。弁当の代わりにはならないようだ。

みよし
「先生くん、きてないね(心配そうに)」
真一
「そうみたいだな」
大悟
「珍しいのう」
みよし
「気になるわね〜」

担任の先生ともなれば、けっこうな強者で。そうそう事故に出くわすものでもない。とはいえ、来れない日が有るのは、全くないわけでもなかった。
 だから。みんな、それほど心配しているわけでもないだろう。

みよし
「まあ、自習ね」
真一
「よーし、この機会に、それぞれが居なかった時の勉強でも
教えあいしてみっか」
みよし
「そうね〜」
大悟
「なんや、のんびり昼寝でもできるかと思ったんやがな」

そう言いつつも、大悟もあまり不満ではなさそうだった。
 ……そして。今日は結局、最後まで担任の先生は、来なかった。

また担任の居ない教室

なんとか教室にたどりついた。今日の校門は手ごわかった。機関銃の十字砲火はありがたくない。

みよし
「先生くん、きてないね(心配そうに)」
真一
「そうみたいだな……」
大悟
「珍しいのう……」
みよし
「……気になるわね」

担任の先生ともなれば、けっこうな強者で。そうそう事故に出くわすものでもないとばかり思っていたのだが。二日続けてとは。

みよし
「まあ、自習ね」
真一
「よーし、この機会に、それぞれが居なかった時の勉強でも
教えあいしてみっか」
みよし
「そうね〜。昨日のぶんだけでは足りないし」
大悟
「なんや、今日ものんびり昼寝はできんのか」

そう言いつつも、大悟もあまり不満ではなさそうだった。
 ……そして。担任の先生は、今日も来なかった。

今日も担任の居ない教室

なんとか教室にたどりついた。今日の校門は平和だった。死体も見かけなかったし。門柱が奥行き1kmもあるのには閉口したけど。
 今日は赤碕が来ていないようだ。事故に出くわしたのか、校門を抜けられなかったのか、通りすがりの殺人同好会にでも刺されたのか。

みよし
「赤碕くん、きてないね(心配そうに)」
真一
「そうみたいだな」
みよし
「と・も・だ・ち、なんでしょ。少しは心配してやりなさい
よ。なによ、そのそっけない返事」
真一
「加賀見は心配してるのか」
みよし
「もうっ!!」
真一
「つま先を踏むのは痛いから、よして欲しいぞ」
みよし
「(じーっ) ……まーた。顔色も変えずに、そんなこと言っ
てる〜。それがやなの(ぶんぶん)」

肩を怒らせて、みよしは席に戻った。困ったものだ。
 むろん、これが今生の別れで二度とであえない可能性は有るのだが。それくらいは覚悟するべきだと思うのだけど。
 ……まあ、その情感を保ってるのが、加賀見の良いところなのかも知れない。
 ……そして。担任の先生は、今日も来なかった。

さらに担任の居ない教室

なんとか教室にたどりついた。今日の校門は平和だった。死体の一つも見かけない、ただの校門。通過時間の九割はトラップを警戒して過ごした時間だった。少し拍子抜けである。

みよし
「あー、鈴掛だ〜」
大悟
「今日はちゃんと来たようやな」

人の机に座る癖はどうにかして欲しいものだ。二人とも。

真一
「あー、昨日は居なかったのか、俺」

どうやら、昨日は途中で死んでしまったらしい。12時に復活したのが、いまの俺というわけだな。つまり、丸一日の記憶が抜けた勘定になる。

大悟
「心配しとったで、みよしが」
みよし
「えーっ、そんなこと言うんだ、だいごー(ぽくぽく)」
大悟
「あほ、なにすんねや」
真一
「その調子で先生も心配してやったらどうだ」
みよし
「……あいかわらずね〜」

……そして。担任の先生は、今日も来なかった。

無任所教師の来た教室

なんとか教室にたどりついた。実は遅刻だ。今日の階段は下りエスカレータを百メートルばかり昇らないと入れないというシロモノだったのだ。
 ……教室が妙に騒がしい。授業中ではないようだ。……ということは、今日も先生は来ていないのだろうか。

みよし
「おそいぞー」
大悟
「生きとったか」
真一
「めでたくな」

着席して気がついたが。教壇には見知らぬ教師が居るようだ。
 眼鏡の女教師。40ちかいだろうか。

女教師
「このクラスの担任をわたくしが行うことにしようと思うの
ですが、みなさんいかがでしょうか」

無任所教師が、このクラスに担任がしばらく来ていないことをかぎつけたらしい。しかし、みんな口々に拒否している。

女教師
「あきらめたわけではありません。また来ますよ」

お高くとまったまま、去って行った。

みよし
「なによあれ」
大悟
「難儀そうなやつやな」
みよし
「あんなのより、先生のほうがずっといいひとよね」
真一
「しかしまあ、いつまでも担任不在というわけにもいかないからなぁ」

生徒であること。それが我々のアイデンティティをなす、重要な要素であることは。誰もが痛感しているのだ。町で出くわす意思のない自動人形のような存在になりたくなければ、自分を強く保つしかない。ここに長い我々は、無限都市の掟を身にしみて認識している。
 いつかは、新しい担任を迎えなければならないことは、わかっていた。
 ……しかし。担任の先生は、今日も来なかった。

そして担任の居る教室

なんとか教室にたどりついた。今日の校門は古典的な針の山であった。幸い破壊力抜群な生徒が先行してくれたので、なんとか通り抜けることができた。
 ……教室が妙に騒がしい。授業中ではないようだ。……ということは、今日も先生は来ていないのだろうか。そう思ったが。

担任
「ひさしぶりだな。それでは、出席を取る。赤碕」
大悟
「はいっ!!」

……点呼が続く。みんな嬉しそうだ。

担任
「鈴掛」
真一
「はい」

担任は左腕から血を流していた。妙な折れかたになっているところをみると、骨折しているのだろう。
 こんなとき、自殺して「完全な体の自分」で再出発するのがふつうなのだが。あえて教室に来て、点呼を取ってくれている。
 そう思うと、なんだか先生のことが誇りに思えてくるのだった。悔しいけど。

解説

日々の繰り返しを使って、無限都市の《学園》の日常的な毎日と、その価値観の一面を描こうという狙い。

基本構想

意図:担任と生徒との微妙な共感を示す。無任所教師のクラス探し。舞台:いつもの教室異常:担任が数日こない。自習。日常:教室の情景。落ち:新しい担任を拒む生徒。大けがした後もありつづけることを選んだ担任。


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