仕事から戻る途中でスーパーに寄って、一旦家に帰ってから暫く近くの本屋 で立ち読みして……というのが、普通なのだけれども。 その日は丁度欲しかった新刊が出る日で(それも人気があるからすぐ売り切 れる)帰る途中で本屋に寄って……で、結局2時間立ち読みをしてしまった。 (……しんどいな) 食事を作る気力が、何だか無い。だからといって、どこかで食べて帰るとい うのも面倒だし、何よりお金がかかるし……それに。 (人が、話しているし) どうして人は、一人で外食をしないんだろう。必ず誰かと一緒で。 人込みと、話し声。それがどうにも苦手で。 (……でも夕ご飯作るの、面倒だな) 結局、そういう日には、足がまっすぐにコンビニに向いてしまう。 家から歩いて五分のところにある、コンビニ。それなりにお握りの種類もあっ て、それなりにお弁当の種類もあって。 コンビニが増えるにつれて独身者が増える理由が、こんなとき判る気がする。 切実に。 時折、思う。 何で私は、ここに残っているんだろう。 何の脈絡も無く、鋭い影が射し込むように。 コンビニへと足を向ける、その一歩分の時間に。 ふっと思考に射した影は、でもなかなか消えなかった。 期間限定のお握りと、野菜ジュース、牛乳1リットルのパック。ご飯が尽き ていたので、朝食用の食パンを追加して。 「いらっしゃいませ」 さほどに混んではいないレジには、若い男性が一人立っている。手早くかご の中を取り出しては計算して。 「お握り、暖めますか?」 「いえ、そのままで良いです」 「はい、では……」 601円、と、耳に聞こえた気がした。 財布を出して、小銭入れを開ける。小銭と、今日買った本のレシートが詰っ ている。 500円玉一枚、100円玉一枚、一円玉一枚。 あまり……それでも小銭が減った気がしない。 それだけ出して、財布を閉じる……と。 「あの、すみません…」 小さいわけではないのに、あまりはっきりとしない声。顔を上げると店員さ んが、ちょっと困った顔で小銭をこちらを等分に見やっている。 もさ、と長い前髪が、ふと目に付いた。 レジに打ち出された数字は……607円。 「すみません」 慌ててもう一度、財布を探る。6円ならばある筈だと判っている。 一瞬、レシートが指にからむ。 「あ」 引っ張り出したレシートと一緒に、小銭が数枚宙を舞った。 「あ……すみませんっ」 口走りながら、慌てて小銭を追う。私の後ろに落ちた二枚は、やはり後ろで 並んでいた人が拾って渡してくれた。三枚は近くに落ちたのを拾う。 「…いえ」 もご、という響きと一緒に、レジの前の青年が、二枚の小銭をこちらによこ した。 五円玉と一円玉。丁度6円。 「……すみません」 言いながら……改めて相手の顔を見る。 目の上まで伸びた前髪。切れば良いのに、と、ふと思ってしまう。 手はけれども勝手に動き、こちらに滑らせてよこした6円を、そのまま相手 の前に戻している。 「……はい、607円丁度お預かり致します」 その声だけは、妙に鮮明だった。 拾った小銭を財布に入れ、相手の差し出したレシートを受け取る。 くるくると、ビニール袋の手の部分を丸める。流石にでも、相手はこちらが レシートを財布に収めるまで、その袋を手元に留めていた。 財布を鞄に落としこむ。と同時に袋が差し出される。 「ありがとうございました」 「……ありがとうございました」 今度、もごもごと言ったのは、私のほうだった。 コンビニのドアを開ける。 「ありがとうございました」 その声に送られて。 外は……既に暗い。 袋を持ちなおす。持ちやすいようによじったビニール袋の持ち手が、手首に 食い込むような気がして。 重み。 私は何をしているんだろう。 私は、一体何をしているんだろう、今、ここで。 つん、と鼻を突く焦燥感。 私はそのまま、家へと向かった。
妖怪橋姫の、ごく日常の風景です。
しかし、鬼に出会っている割に、全然気がつかないあたりが……
でも、そんなものなんでしょう、多分。
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