ざーざー、と。
たたきつけられるような雨。
蠢いていた。
神無月も終わりつつある。
朝晩の冷え込みがきつくなってきて、
秋の深まりを実感するような、
そんな季節。
バタンッ と。
部長が出て行くと、また独りになった。
ちょっと安堵する反面、淋しくもある。
全奏の合間に、わざわざ様子を見に顔出してくれたのが、嬉しかった。
いつもたよりないけれど、こういうところはしっかりしてるな、と。
しばらくすると、隣の音楽室から、「リンツ」が聞こえてくる。
公演の大曲。でも、遅れて入ったわたしには関係なかった。
そこまで手が回るはずもないから。
……こうやって、全奏の時にひとり練習することにも、そろそろ慣れてきた。
誰の目も気にせず気ままにふけるのは、それなりに楽しい。
「でもなあ……」
また、腕がしびれている。
我ながらあきれるくらい筋力がないようで。
数十分クラリネットを吹いているだけで、痛くなってくる。
特に、右手。これだけでささえているようなものだから。
手のひらあたりはしびれて感覚もないし。
腕も、普通の高さに構えているのさえ辛くなってきてた。
「……休むか〜」
独りだとついついサボりがちだから。
それなりの躊躇はあったけれど。
さすがにもう限界のようで。
そっと。机の上にクラリネットを置いて。
ぼーっと椅子に座ってるのも、どこかむなしいものがあるし。
そういえば、会議室の中をしっかりと見たことなんてなかったから。
ふらふらと、備品なんかを見ていた。
誰も見ないであろういくつかの新聞。
あることさえ、今まで知らなかった。
本棚の中には、代々の卒業アルバムとかが入ってるみたい。
ちょっと見てみたかったけれど、鍵がかかっていた。
そして、流し台。
リードを湿らせたりするのに良く使っているけれど、
何のために会議室なんかにあるのかは、いまだ謎。
あたりを見回していると。
隅でほこりを被っている数台のマックがどうも気になって。
生徒に解放するなりすればいいのに……、とか思う自分。
すっかり、パソコンに毒されているみたい。
ふふ、と。
苦笑しながら、ゆっくりと歩く。
隣から聞こえるはずの楽器の音まで消していく、なつかしいようなその音に
誘われて、窓際へ。
白い無数の糸が、まっすぐにおちていった。
ただ、ただ。
ざーざー、と。
ざーざーざー、と。
ひたすら降りつづける雨に惹かれる。
もっと、見たい。
もっと、はっきりと。
こんな曇ったガラス越しなんかじゃなくて。
ちょっとだけ窓を開けた。
案の定、窓枠にあたったりしたしずくが、あたりに飛び散る。
窓枠のすぐ下にあるヒーターまでぬれているのがちょっと心配だったけど、
そんなことで壊れるくらいやわなら、とっくに壊れているはずだろう。
もちろん、わたしの手や顔にも、時折吹き付ける風に乗った雨粒たちが、あ
たってくるけれど。雨にぬれることなんて、中学の部活でなれてはいたし。ほ
てった腕と顔にはその冷たさが心地よかった。
今までも椅子にされてきたのか、所々へこんでいる一昔前のヒーター。
その上にそっと座る。
顔は、外を見つめたまま。雨を見たまま。
アスファルトの前庭にも、その奥のコート面や校庭にも、
人気は感じられなかった。
まだ、4時頃だというのに、あたりは闇に支配されていた。
雨が降りしきる音だけが、静かに響き渡る。
しばらくの間、ずっとそうしていた。
漆黒の壁と、それを貫いていく無数の白い針を眺めて。
雫たちの奏でるうたに耳を傾けて。
服が重く湿っていくのも気にせずに。
日常の音には、フィルターでもかけられているような感覚。
廊下を誰かが通る音とか、隣の準備室の音とか、聞こえているはずなのに。
全ては、ぼんやりと、蚊帳の外の音でしかない。
幻の世界にいるみたい。
動くものは、無数の雨粒だけ――。
雨って、嫌なものの代名詞になりがちだけど。
わたしは、好きだな。
ちっちゃいころから、ずっと好きだった。
雨が降れば、嫌な行事なんてなくなるから、っていうのもあるけど。
それ以上に。
いつもとは違った雰囲気があるから。
静けさを運んできてくれるから。
……かもね。
郡山に住んでたときは、2階のわたしの部屋から、
おっきな空が見えたっけ。
こんな雨の日は、ワープロを打つ手をちょっとだけ止めて。
机の横にある、南側の大きな窓から、外を眺めてた。
……なつかしい、ね。
こうやって、ゆっくりとする時間、忘れてきてたような気がするよ。
なんかね、こう陳腐な表現しか思いつかないけど。
全てを洗い流してくれるっていうか……。
ぴかっと。
突然、点滅しだした空に、回想から舞い戻る。
白と黄色の中間のような光が、空一面を駆け抜けていった。
その数秒後、全身を揺るがすような、重低音の轟き。
雷。
ああ、ほんとうに、きらめくっていう感じなんだな、と。
一瞬だけど、闇をかきわけていった。
こんなにおおきなものだったんだね。
その爆発的なエネルギーにちょっと感嘆。
閃光……だね。
一瞬だけど、閃光のようにまぶしく生き抜く――
どこかで聞いたような言葉、ふと思い出す。
とりとめもなく、いろんなことが頭の中を駆け巡って。
気が付いたら、すこしだけどすっきりしていた。
昨日から引きずっていたもやもやも、ようやく解消できたみたい。
ありがちだけどさ、
『天が泣いたの。わたしの分まで。』
そんな空想していると。
視界の右端にうつる音楽室の窓に、暗幕がひかれてゆく。
なんとなく見ていたけれど、はっ、と。その特異さに気づく。
原因はすぐに想像できた。
「……そっか。望くんか………………(苦笑)」
あいつ、爆音とか駄目だったんだよね……。
つらい、だろうな……。
その様がありありと想像できるから、
雨を無条件に喜んでいた自分を、ちょっと責めたくなる。
親友なのに……ね。
さ、いい加減もどろっか。
ヒーターからはねるようにして、立ち上がる。
ちょっとぬれた手を机の上に置いておいたタオルで拭いて。
またクラリネットを手にした。
後残り一週間ほど。
がんばらなきゃねっ。
1999年10月末。大粒の雨が降っていた日の放課後。
公演を間近に控えた璃慧。
大雨を見て、想うもの……。
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