小説103『春色の陽射しの下で』


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小説103『春色の陽射しの下で』


登場人物

 水瀬璃慧(みなせ・あきえ):
    :吹利学校高等部1年。小説書くのが好き。最近どうも忙しい。

 白月悠(しらつき・はるか):
    :璃慧のクラスメイトにして親友。

 雪丘望(ゆきおか・のぞむ):
    :璃慧のクラスメイト。寝不足でもないのによく寝ている。



どっか行こっ

 10月も残りわずかとなったある日。
 昨日の大雨が嘘のように空は澄みきっていて。
 真っ青な空と輝く太陽が目に眩しかった。

「はるかー、どっかいこーよお」

 3階にある教室で。自分の机に伏せている悠に声をかける。
 5限目は珍しく休講だった。せっかくの天がくれた時間、騒がしい教室でく
すぶっていたくはない。

「ねぇ、悠?」
 しゃがみこんで、顔を見つめる。
 でも、何も言ってくれなくて。すぐに顔をそむけちゃった。

「望ぅ、手伝ってよ〜」

 ぼーっと、後ろで見物を決め込んでいた望に声をかけると。

「がしっ」

 と。返事代わりに効果音を発して。悠を引っ張りにかかる望。

 連れて行こうとしたり、この場にいさせようとしたり。
 笑いながらしばらくじゃれあっていた。
 もう、すっかり日常になったこの光景――。



どこへ?

 しばらくして。
 ようやく悠も、この場を離れる気になって、レポート用紙だの、筆記用具だ
のをまとめ終えた。

「行こっか」
「でも、どこに?」
「どっか」

 あてもなく歩き出してから。
 悠が問いかけた。
 冗談めかして答えたあと。

「別にどこだっていいよ。ただ、教室にいたくなかっただけ」

 と。ぶっきらぼうに。こんな自分、ちょっとだけ淋しくもあったから。

「席、占領されちゃってるしね〜。……僕は寝たい……」

 望君の呟きに、二人して苦笑。
 望は、いつもそう。なんか、ぼんやりしてるっていうか、マイペースってい
うか……。おひさまのひかり。そんなイメージ。

「それで、どうするの?」
「うーん、図書室は…………」

 とか言ってると、ちょうど図書室の前で。廊下側の窓から中をのぞくと、異
様な雰囲気に包まれていた。そろそろ切羽詰まってきた3年生たちが勉強して
いるのだろう。苦笑して。

「駄目だね。……うーん、音楽、授業やってるかなあ?」
「あ、練習ってのもいいなあ」

 すっかり、3人の避難場所(?)と化している音楽室。朝や休み時間、放課
後はあいているが、さすがに授業中は……。

「えっとお……授業、やってるはずだよ」

 確かに、ピアノの音がかすかに聞こえてきた。

「むー。どうしよっか?」

 決めかねているうちに、一階まできていた。



外で

 何とはなしに校舎の外に出て行くと。
 やわらかい陽光が惜しみなくふりそがれていた。
 コート面では、ボールを追いかけるもの、ラケットを手にするもの、
 みな思い思いのこと、している。

「どうしよっか?」

 問い掛けると。

「……寝たい……」

 望くん。そのままほおっておいたら10秒としないうちに寝ちゃいそう……。

「望くんを寝させてあげない?」
「いいけど……でも、どこで?」

 あたりを見回すと。
 中学との境目あたりに目が止まる。
 少し小高くなっている場所、芝生と草木が生えている。
 ひなたにはなっているものの、ちょうど周りからはほとんど見えない場所。

「あそこにしよっか」
「いいけど……」
「いいね♪」
「じゃ、けってー。いこっ」

 歩いていく。
 幸い、体育の授業はないようで、校庭には同級生たちしかいない。

 なんか、おだやかだね。そう思って。
 くすっ、と。
 そういえば、最近ゆっくりとできなかったから。
 なんか忘れてるような気がしてた。

 芝生の上。柔らかい地面は足に心地よい。
 ころっと。
 倒れこむようにして、横になるふたり。
 悠はそれを苦笑しながら、ゆっくりと腰掛ける。

「あったかいね〜」
「……気持ちいー♪」

 思い思いの格好で寝て。少しの間、無言。
 仰向けで、蒼い空と、流れ行く雲を見ていた。
 その時。一陣の風が吹き抜けて。

「きゃっ」

 暖かい気持ち言い風ではあったけれど。ちょっといたずら好きのようで。
 わたしの黒いスカートをめくりあげていこうとして。
 あわてて、起き上がった。
 立ち上がって、隣を見おろすと。
 望は即座に熟睡モードへ移行したよう。
 寝るまでに1分とかかっていない気が……。
 苦笑いと共に呟く。

「よく寝れるなあ ……わたしも、ねよっかなあ……」

 最近、慢性的に寝不足だった。
 今日はまだ気分がいい方だけれど、暖かい午後ときては、眠くもなる。

「別にいいよ。起こしてあげるから……」
「まあ、別にそんなに寝ないとは思うけど……ね。」

 といって、再び横になる。
 あまり手入れされていない芝生はちょっと足に痛いけれど、
 慣れてしまうとどうってことはない。
 草の上につぶれて、目を閉じていると、お日様の匂いがした気がした。



ひかりのしたで

 ちょっと時間が過ぎて。

 目をうっすらと開けて、悠の方を見ると。
 座り込んでなにやらスケッチしているようだった。
 視線が合う。

 お互い、ただ無言のまま。顔合わせて、にっこりと。

「何、書いてるの?」

 ちょっと止まって。でも、気まずい沈黙じゃなくて、お互い、微笑ってた。

「……ないしょっ」

 と言って、再び視線をレポート用紙に移す。
 いつもなら、強引にといつめるところなんだけど、
 でも、なんか今日は……今はそうしちゃいけないような気がして。
 この穏やかな時間を壊したくないからかな。
 だから、

「そっか……。終わったら見せてね」

 とだけ言って、再び目をつぶった。
 なんとなく、邪魔したくはなかったし。

 目をつぶっていると。普通、見える……というか、感じるのは、闇。
 真っ暗で、何もない。
 だけど、眩しいところにいると、目をつぶったとき、その奥に
 あるのは真っ白な光。
 いつもは、それは蛍光灯とかの人工的な光だから。うっとうしいし、目も痛
くなるけど。
 でも、今、見える光は。白ではなく……、あの人工的な冷たい色ではなく、
黄色――陽の光の色で。不思議な色。きれいだった。暖かく、安らいで。

 しばらく、微睡(まどろ)んでた。
 何ていうか……、こう、日常にぽっかりと空いたこの時間。
 「大切」――ちょっと違う。「好き」――そんな単純じゃない。
 えっと、そう……ちょっと変に聞こえるかもしれないけど、「いとおしい」、
そんな感じ。

 なんか、ぼんやりといろいろ考えてた。
 その間、何回か、目を開けて――目を覚ます、じゃなくて、本当に「開ける」
という感じ。ただ開いて、周囲の様子を見ただけ――、そのまま視線の方にい
る悠を見ると。
 いつも、視線がぶつかった。そして、にこっと。
 ああ、わたしは、独りじゃないんだ。いつも、そばにいてくれる。
 今さらながらだけど、そんな安堵感とほんのちょっとの幸せ。

 人間嫌い――、何も……誰も、信じない――、
 いろいろ強がってきたけど。そして、きているけれど。
 やっぱり、独りは、嫌なんだよね。たぶん。
 ……わたし、弱い人間だな。卑怯……かもね。

 いろいろ考えちゃうけど。
 決して、いつものように負の方向に考えが進むことはなく。
 ああ、時間って大切なんだなあ、と。
 余裕、失っていたね……、と。

 夢と現(うつつ)の間で。
 考えると言うほどしっかりとしたものでもなく、ぼんやりと感じていると。
 ようやく、気力が出てきたようで。

 チラッと悠の方を見たあと、ばっと起き上がる。

 描いているの……わたしのような気がしたから、
 動かないでいようかとも思ったんだけど……。
 もういいよねっ。


会話


 草の上に腰掛けて。
 両手を後ろにつくようなそんな格好で。
 空を見上げながら話した。

「もう……いいの?」
「うんっ。」

 問う悠に。
 いろいろ思うところはあったけれど。
 言わなくてもある程度は分かってくれているだろうし、わざわざのんびりし
ているところにいろいろという必要もないと思ったので。
 ただ短く答えた。

「望くんは…………まだ寝てるね」
「ほっといてあげなよ」
「う”〜、分かってるよう」

 何かしたそうに望を見ていると、悠に釘さされちゃった。


「……気持ちいいね〜」
「そうだね」
「ここのところ寒かったのにね。こうゆう日にたまたま休講でよかった♪」
「そーだね。……なんかさ、春って感じじゃない?」
「うん。なんか、柔らかい陽射し、とかね」
「この、穏やかな風もね」

 といってると、ぱっと、また風が吹きぬけた。

 そう、冬を飛び越して、春がきたみたい。
 冬も大好きだけど。一日くらい、そんな日があってもいい。

 でも、見える空は。あんなにも遠い。
 どんなにはばたいても、とどかないんじゃないか、そう思うくらい。
 やっぱり、秋だな、と。実感。

「ね〜、璃慧?」
「なに?」
「なんか…………秋、だね。……きれい」

 指差された方を見ると、鰯雲が広がっていた。柔らかい、まっしろな綿のよ
う。あの上で寝れたら、気持ちいい……かもね。

「そーだね〜」

 とか言ってると。

キーンコーンカーンコーン

 と。あたりに鳴り響く、独特の鐘の音。

 鐘がなる時――、それはシンデレラの変身がとける時。日常に、帰らなけれ
ばいけない――。

 名残惜しくなかったと言ったら嘘になるけれど。でも、妙に気持ちはすっき
りしていて……。止まった時間は、いつか動かなきゃいけない、それは哀しい
ことじゃない、動かなきゃ始まらないから……だから?

「いこっか」

 と、立ち上がって。

「望っ! ほら、なったよ」

 悠は優しく触っていたけれど。そんなのじゃ起きるわけもない。
 ぐいっと。痛くない程度に気を使いながらも、ちょっとゆすると。

「????」

 頭は案の定、ぼーっとしていたようで。

「チャイム鳴ったよ」

 と悠が声をかけても、まだぼーっとしてる。

「今、5時間目が終わったのっ。」

 と、ようやく分かったようで。
 顔をごしごしこすったあと。

「あ〜、よく寝たっ」

 と、伸びとともに立ち上がる。

「いこっ♪」
「いこっか」

 校舎に向かって歩き出した。



悠が描いたもの

 そして放課後。今日は、珍しく、オケラは自主練の日。
 階段にて。

 無言のまま凝視していた。視線の先にいたのは、悠。
「だから、今日は帰らなきゃいけないんだってばあ(汗)」

 じーっと見ているわたしと、帰ろうとする悠と。
 さっきっからこの繰り返しである。
 音楽室のそばで。わたしの手にはクラリネットがあった。
 悠が音楽室に顔を出してから帰ろうとしたのを、引き止めている、といった
状況。

「ぶーー」

 最近、すっかり幼稚化している。

 でも、それもいいのかもしれない。
 下手に、強がっていた頃よりもはずっと自然。

「一緒に帰る?」
「さすがに、練習しないと……ね」
 半ば疲れたような問いに、首を振って答える。
 そんな言葉の繰り返し。

「何が不満なのさあ?」
「……絵っ! ……何かいてたの?」

 この言葉、意外だった。
 さっきまで教室で、あれだけしつこく奪おうとしていたのだから、わたしが
休講の時間に悠が描いた絵を見たがっていること、分かっていると思っていた。
 が、悠はわたしが一緒に帰れないことを不満に思っていると勘違いしていた
ようで。

 いくら、目だけで分かりあえるときもあっても……
 それで全てを、何て不可能なんだね…………

 と。
 誰のせいでもないけど、ちょっとだけさびしかった。

 そんなわたしの心のうちとはお構いなしに。

「璃慧……だよ」

 やっぱり、と。
 自分の絵かもしれない、そう思うからこそ、見てみたくて。
 悠がどうゆう風に描いてくれるのかは、すごく気になる。

「見せて〜〜」

 と。さっきまでのように、しがみついたり――、じゃれあい。
 でも、そう長い間ではなく。

「わかったよう」

 と、鞄の中から一枚の紙、手渡す。

 うれしそうに笑ってると。
 悠は……

「璃慧はしつこいんだから…………」

 と。

 まあねえ……。今回のは特別だし。
 それでもまあ、わたしの執念深さは並じゃないか。

「じゃーね」
「ばいば〜い。ありがと……ね」
「それじゃ、また明日」

 急いで去っていく悠の背中を見送ってから。
 階段を上って音楽室へと戻る。

 もう一度、絵に目を落とすと。
 やっぱり、くすっと。笑わずにはいられない。
 なんか、嬉しくて。

 何があったというわけではないけど、ちょっとした幸せがあった日。




時系列

 1999年10月末。



解説

 オーケストラ部の公演を間近に控えた3人。
 忙しない毎日の中で、偶然訪れた「止まった時間(とき)」。
 思い思いのときを過ごす――

 璃慧の一人称の小説です。



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