小説110『荒野のサボテン争奪戦』


目次



小説110『荒野のサボテン争奪戦』



登場人物

 サボテン			:植物のくせに何故か夢を見る奇妙なサボテン
 佐古田真一(さこた・しんいち)	:無口不愛想ギター少年。さこったー
 富良名裕也(ふらな・ゆうや)	:佐古田の親友、お気楽少年
 平田阿戸(ひらた・あど)	:トリガーハッピーな吸血鬼ハンター。ひらったー
 水島翡翠(みずしま・ひすい)	:水島緑から生まれた別人格の義体。ひすーい


ベーカリーの午後


 その日は平和な午後のひとときであるに違いなかった。

 店のテーブルは綺麗に拭いてあり、清潔そうに光っている。窓際の席に座っ
た我が家主とその向かいには家主の友人の小柄な少年が座っている。我が家主
と同じアパートにすむ家主の親友で、家主の部屋に遊びに来ているのをよく見
かける。今日は休日であり我が家主と一緒に昼食を食べに近所のパン屋に来て
いるとのこと。思うに、たまの休日くらいはできれば自炊することをおすすめ
したい、階下の永久カレー鍋の御仁もそのことをよく嘆いていた記憶がある。

「休日くらい己で食事を作らんか!」

 しごく納得できることである。当方にできることならお手伝いをしたいので
あるが、あいにく植物では調理に携わるには無理がある。我が家主の健康のた
めにもきっちり栄養をとって欲しいのであるが、気持ち空回りである。



謎の二人組


 ドアベルの高い音色が聞こえる、耳はないが。
 入ってきたのは背の高い少女と青年の二人連れであった。
「あ、平田さーん、ひすいーん」
 どうやら二人とも知り合いであるらしい。笑顔でぱたぱたと手を振る向かい
の友人と黙って会釈する家主が妙に対照的である。
「はーいる……む、それは……」 
「これ?」
 青年の視線はまっすぐ当方にのびている。はて、当方これといった特徴も無
いごく普通の一サボテンのつもりであるが?
「なにゆえ、サボテン……」
「佐古田のだよ」
「持ち歩いているのか」 
 うう、申し訳ないがあまりトゲをつつかないでいただきたい。
「そういえば知っているか?」 
「何?」
「サボテンから作れる酒があるのだぞ」 
「あーテキーラのことだろ」
「ひすいん詳しーね(^^)」
 なんとも物騒な話である。

「サボテン……か」
 ちらり、と少女がこちらを見た。
 何故であろう?
 今、一瞬背筋に冷たいものが走ったような気がした。
 気のせいであろうが……



何故か西部劇


 ふと、気づいた時。
 店の雰囲気が一変していた。

「……またやられたな……」
「ああ、三丁目の山田んとこだ……根こそぎもってかれたらしい」

 木目も粗い木のテーブル、座っているのは妙に細い紐がひらひらちついた服
に身を包んだ男達である。そろいもそろってふちのめくれたつば広帽子をかぶ
り、疲れきったように椅子に座り込んでいた。
 当方の目の前に座っている家主も全く同じ格好で座っている、いつのまに着
替えたのであろうか?

「このまま、ひすーいを放っておいていいのかよ!」
 激昂した男がカウンターを荒々しく叩いた。何が起こっているのかは当方全
くわからないが、とにかく大変なことが起こっているらしい。
「俺のメアリー……メアリーは今ごろ……」
「落ち着けよ、メアリーはあきらめろ……」
「あのひすーいとひらったーに逆らったらそれこそ命がないんだぞ」
 話から推測するに、ひすーいと呼ばれる人物にメアリーなる者を奪われたの
であろうか。
「残ったのは……あんたんとこの坊やだけだ……さこったー、次に狙われるの
はお前さんだぞ」
 はて……男の目がしっかりと当方を捕らえているのは気のせいであろうか?
そも、今何が起きているのか、なぜ当方のいた店が一瞬で変ってしまったのか、
ひすーいとは何者かなど全くわからないままである。

「HAHAHAHAHA!」

 外から妙な笑い声が聞こえてくる。

「あっあの笑い声はっ!」
「ひすーいだ! ひすーいがくるっ!!」
「ああ、ここにも魔の手がっ!」
「逃げろっ逃げるんだっ!」
 よく分からないのだが、危険な人物であるらしい。

 ばぁぁぁん

「うひゃあー」
「きたー」
 轟音とともに木製の壁が半解し、砂煙をあげて二人の人物の影が現れる。
ずかずかと店に入ってきたのは背の高い少女と青年の二人連れであった。
 はて、どこかで見た記憶があるのだが。

「はーははは、ありったけのサボテンを出せぇ!」
「酒作るんだヨ! 出しやがれ!」
「ひーひっひっひっひっ(ぱんぱんぱんぱん)」
「出さないと死ぬよ!」
「うけけけけけけけけけ(ぱんぱんぱんぱん)」
 失礼だが、何かが破綻してないであろうか?
 少女の片手には小さな同胞が捕まえられていた。
「ああっメアリー!!」
 何故にメアリー?
「ふ、そこのサボテンを渡しなっ! 痛い目見るよ!」
 前後の話から判断する、つまりはこの二人はサボテンをさらって集めて酒を
つくるという恐怖の狩人であるらしい。

「はーっはっはっは(ぱんぱんぱん)」
「……」
 我が家主がゆっくりと立ちあがった。その目はまっすぐ少女と青年(まだ錯
乱しているらしいが)を捕らえている。

「覚悟を決めたようだなっ!」
 少女が左腕を家主に向ける………のだが、腕に妙な筒が取り付けられている。
「死になっ!!!」

 閃光。



誰が為に


 当方が我に返ったのは、食事を終えた家主が当方を持ち上げた時である。

 はて、当方白昼夢でも見ていたのであろうか?
 どうにも記憶が曖昧である、なんとも奇妙な出来事が起きていたような気が
したのであるが……?

 しかし、植物はそも夢を見るということがあるのであろうか?
 本来、植物は眠るという概念は無かったはずであるが……

 植物が夢を見るか否かのメカニズムは置いておくとして、どうにも隣のテー
ブルの少女と青年が夢に出ていたような気がするのである、非常に珍妙な行動
をしていたような記憶はあるのだが、なにがなにやら全く思い出せない次第。
 しかし、珍妙なものであったならば、むしろ思い出さないほうが彼の少女と
青年の為であろう。
 きっとそれは当方の為でもあるに違いない。

 休々


解説

 白昼夢(?)を見るサボテン。夢に出てくるのは見覚えのある凶悪サボテンハ
ンター二人組だった。



連絡先 / ディレクトリルートに戻る / TRPGと創作“語り部”総本部