小説111『梅花香夜』


目次



小説111『梅花香夜』


登場人物

 平塚英一(ひらつか・えいいち)	:書店瑞鶴店長。単純にして時に寡黙。


本文

 夜桜というのはよく聞くのだが。
 夜梅というのは………

「……あまり無いな」

 夜中の、既に12時は廻っている。
 商店街は街灯のもとで、しんとしたままである。
 先程の雨で濡れたコンクリートのタイルに、弱々しげな灯りが反射している。

 微かに、風。
 香。

 この季節、雨でも降らない限りは、匂いなどわからないのだが。

 ゆっくりと、商店街を歩いてゆく。
 闇の中、細く縒ったこよりのような香が、やはり細く流れる風に添うように
流れる。
 それを、なんとなく……追う。

 しばらく歩いて、辿り付くのは河原の横の、白梅の木々の下。

 香。

 ……ああ、雨に叩き落されるほどにやわではないのだな、と、ふと思った。

 香。

 白梅の花は、闇を跳ね返すほどの艶やかさを持つわけではない。
 けれども、闇を貫くように……その香だけが流れる。

 ……どちらが本望なのだろうか、花としては?

 ひとつくしゃみをして、白梅を見上げる。
 すう、と、やはり細く、香が流れる。

 かすれるような、記憶。
 例えば色が、闇の中で変じてゆくこと。
 闇の中で、己が腕を見失うこと。

 
 総じて……それだけのことと言い得るもの。


 香。

 既に鋭さを喪いつつある月が、白梅の枝の間で傾いている。

「……梅見月……か」
 呟いてみる。
 言葉がすうと闇にまぎれてゆく。

 白梅の枝が、つう、と月を刺した。


 ある夜の風景である。


時系列

 2000年三月初め


解説

 書店瑞鶴から滅多なことでは動かない、平塚英一の風景。
 夜になると歩き回るあたりは……家系というかなんというか。



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