平塚英一(ひらつか・えいいち) :書店瑞鶴店長。単純にして時に寡黙。
夜桜というのはよく聞くのだが。
夜梅というのは………
「……あまり無いな」
夜中の、既に12時は廻っている。
商店街は街灯のもとで、しんとしたままである。
先程の雨で濡れたコンクリートのタイルに、弱々しげな灯りが反射している。
微かに、風。
香。
この季節、雨でも降らない限りは、匂いなどわからないのだが。
ゆっくりと、商店街を歩いてゆく。
闇の中、細く縒ったこよりのような香が、やはり細く流れる風に添うように
流れる。
それを、なんとなく……追う。
しばらく歩いて、辿り付くのは河原の横の、白梅の木々の下。
香。
……ああ、雨に叩き落されるほどにやわではないのだな、と、ふと思った。
香。
白梅の花は、闇を跳ね返すほどの艶やかさを持つわけではない。
けれども、闇を貫くように……その香だけが流れる。
……どちらが本望なのだろうか、花としては?
ひとつくしゃみをして、白梅を見上げる。
すう、と、やはり細く、香が流れる。
かすれるような、記憶。
例えば色が、闇の中で変じてゆくこと。
闇の中で、己が腕を見失うこと。
総じて……それだけのことと言い得るもの。
香。
既に鋭さを喪いつつある月が、白梅の枝の間で傾いている。
「……梅見月……か」
呟いてみる。
言葉がすうと闇にまぎれてゆく。
白梅の枝が、つう、と月を刺した。
ある夜の風景である。
2000年三月初め
書店瑞鶴から滅多なことでは動かない、平塚英一の風景。
夜になると歩き回るあたりは……家系というかなんというか。
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