小説112『白犬の墓参』


目次



小説112『白犬の墓参』


登場人物

 白犬  :本名不詳、仙号「白雲」。魍魎喰らいの仙犬。


本編

 葛城市西部、JR西葛城駅からさらに西の山の方へ進むと、トンネルの脇を、
地元の人間しか使わない古い道が細々と山を越えている場所に出る。
 実際にはここは、江戸時代までは葛城藩の城があった今の葛城市と大阪とを
結ぶ、清滝峠や大和川沿いと並ぶ有数の街道であった。交通量が増え道に高い
利便性が求められるようになり、やがてこの道は、林業や農業を営む地元民が
使うだけの農道になり果てた。

 その道に、ある夜訪れる影があった。
 それは、一匹の白く大きな犬であった。
 犬は道をどんどんと上がっていく。口には、一本の骨。
 つと、犬は道を逸れて路肩の林の中へ入っていった。そして、どんどんと坂
を駆け上がっていく。
 まるで迷う様子もなくある処まで駆け上がると、犬はくんくんと木々の根方
の匂いを嗅いで回った。何本かの根方には片足を上げてお決まりの儀式を済ま
せ、ちょうど……それらの木々の真ん中の地面に、くわえてきた骨をそっと置
いた。そうして、その傍らに腰を下ろす。
 ふと。

 オオオオオウウウウゥゥゥゥゥ…………オウ、オオオウウゥゥゥ…………

 犬が啼いた。
 長く、遠く、寂しげに。高く深い夜空を、その声で満たさんとばかりに。
 喉を伸ばし、空を仰いで、犬は長く遠く啼いた。
 答える声はなかった。ただ、木々が寂しげに震えた……ような気がした。

 やがて、鳴くのを止めた犬は、くるりときびすを返して道へ、そして街へと
下りて行った。
 その途中の路傍には一基の碑が建っており、以下のような事が書かれていた。

『葛城藩藩士慰霊碑』
『明治元年戊辰戦争の折り、幕府方についた葛城藩に対し倒幕軍(官軍)が差
し向けられた。同年二月この峠において両者の間で戦いが行われ、葛城藩側は
多くの戦死者を出し……』


(終)



解説

 魍魎喰らいの仙犬の、とある時代における飼い主(?)にまつわる話。


時系列

 2000年2月初頭。



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