小説『酒井三彦、意外な一面』


目次



小説『酒井三彦、意外な一面』

 文章型エピソードとして書かれたもの。
 エピソード147『2日おくれの……』と連動している。
 阪井六郎氏による作品。


本文

 はああぁぁ。と、ながいながーいため息をさっきから連打しているのは城島
由加梨。その前に座っているのは、みなさんご賢察の通り浅井素子。
「で、何て言ったの?」
 なぜか、突然声を掛けられたみたいに驚いて、由加梨さんは顔を上げる。
「何が? 誰が?」
「何が、って……。三彦に何か言われたんでしょ?」
「え? 誰が」
「は?」
「だ、だから三彦君に、その、何か、誰が?」
「……あんたね、三郎じゃないんだから正しい日本語を使いなさい」
「え、その、つまり……」
 完全にとんじゃってる由加梨さんを治す手だてを探る素子嬢。そんな方法見
つかるはずがない。
 はああぁぁ。と、こちらもため息を打ちそうになった時。
「ああっ。もう。最初から話すから」
 由加梨さん自身が、事態の収拾にいちばん効きめがありそうな方法を見つけ
たのである。

 その日。つまりは3月14日で、いわゆるホワイト・デー。この日は木曜日に
なっていて、当然三彦君も由加梨さんも学校に行っている。平日に学校をサボ
る癖は、三彦君には、無い。由加梨さんにももちろん、無い。だから何かとい
うと、この二人はその日、学校で会うはずなのである (吹利高校では定期テス
トが終わった後はだいたい休みになるんだけど、この日は答案返却で学校があっ
たのだ)。
 ホワイトデーという日であるからしてまわり一面見渡せば物品トレードの山
……かといえば、そうでもない。由加梨さんは、あたり一面物品トレードの模
様を毎年想像し、そして学校に来て、それがあくまで想像の域を出ないもので
あることを確認するのである(どこの世界に目立つよーにして本命と物品トレー
ドする奴がおるか)。
 その年も状況は例年と同じ。違うのは、由加梨さんの個人的な状況だけ。
 だけ、ったって、本人には大問題なような気もするのだが、作者には関係無
いから好きな事言えるのであるけけけけ元ォいこんな文体ではイメージが違う
還元だ諌言だ換言だ。
 会おうと思えば隣の組なんだから行けばいいんだけど、それができない。
 そういうものなのか? そういうものなんだろうな、きっと。
 かくして世の常、無常の時間に、由加梨さんの回想は昼休みまで飛ぶ。

 答案返却の日には食堂はやってないので、由加梨さんは昼休みには自分の席
で弁当を広げていた(食堂やってる時も弁当なんだけど)。なぜ三彦君に会いに
行かなかったのかは、そういうものなのだと思って納得しておいて下さい。そ
ういうものなんです、きっと。
 とはいえ、ずっとそういうものですませるわけにもいかないみたいなので、
ちょっとだけ分析してみます。なぜ会いに行かないか……理由1。最悪の事態
を想定していて、怖くてとても行けない。この場合最悪の事態とは簡潔にいう
と、嫌われているってやつ。三彦君に好き嫌いの感情を解れと要求する時点で
すでにこの理由は破滅しているんだけど、そんな事は由加梨さんには解らない。
そういうものなんでしょう、きっと。
 こんなことでは話がすすまないので強引に進めてしまうと、その後三彦君が
こっちに来るのであります。この場面から回想を始めればいらない寄り道をし
なくてもすんだのに、といっても、まあ、そうはいかないか。
 で、由加梨さんの教室の後入口に現れた三彦君は、そのまままっすぐ由加梨
さんの机に向かって軍隊の行進よろしく規則正しく歩んでいったのです。もち
ろんこれは三彦君にとっては普通の歩き方なわけなんですが。
「城島氏」
 と、やっとのことでそれだけ言って(こんな男がまだ、いたのだ)、右手に持っ
ていた手のひらサイズの箱を由加梨さんの前に置いた……つもりだったんだろ
うけど、その箱は机の角に触れただけで、あとは重力に逆らわずに床のほうへ
と。それでも中空でキャッチできる所が、さすが帝国軍人(?)。
「贈答する」
 吐き出すように (本人にしてみれば、本当に苦労して吐き出してるんだろう
けど)それだけ言って、 というよりそれだけしか言えないで、机の前にずーっ
と立ってる。一方由加梨さんのほうも、右手の箸でちくわの煮付けをつかんだ
まま動きが止まってる。端からみればおそらく異様な光景にしか写らないと思
う。そういうものなんでしょう……とは思えない、この場合。
 先にこの状況を打破したのは、ちくわの重みで感覚を取り戻した由加梨さん
のほうだった。まずちくわを箸の圧力から開放して、
「あ、ありがとう」
 いろいろとこの状況を想定し、いろいろと気のきいた返事を考えていたとは
思えないような、間の抜けた声。ま、そういうものなんでしょう、きっと。
「いやまあ、我が大日本帝国においては贈答品に対しては返礼をというのが慣
習となっておりましてな」
 と、三彦君、フォローのつもりなのか、インチキ外人に日本を案内してるみ
たいな訳の解らない事をいう。もしかしたらこの一言が由加梨さんの後の混乱
の遠因になってるのかもしれない。
「あの……開けていい?」
「うむ」
 大日本帝国においてはこういう時に「つまらない物ですが」とか何とかいう
ものだけど、三彦君はそんな事はいわない。というより、言えない。大日本帝
国が矛盾してるような気がする……。
 それはともかく、なかなか上品な包み(もちろんどこかの店で梱包してもらっ
ているのである。三彦君はこんな事はしない……できない)を開けて出て来たも
のは、桧の箱。さらにそれを開けて出て来たのは、銀の懐中時計。銀、といっ
ても黒い錆が全面に浮いていて、いわゆるいぶし銀、なんとも渋い色合いになっ
ている。
 由加梨さん、間違いなくとんでもない物が出て来るものとして箱に取り掛かっ
ていたぶん、あまりのまともさ(ま、たしかにあまりまともじゃないけど、三彦
君にしてみればこれは極めてまともな部類なのだ)につい声の調子も変わってし
まう。で、よせばいいのに、素直に感想を述べてしまう。
「すごい! まともなのだ!」
 ……いくらなんでも、それはまずいと思う……。
「……地雷火や毒瓦斯でも出て来るとでも思っていたのか?」
「あ、いや、そーいうのじゃなくて」
「……確かに、何を渡せばいいのか、少し悩んだ」
 少しのはずはないんだけど……ま、ここは聞き流しておきましょう。
 で由加梨さん、懐中時計の蓋をあけて、中の字が変わった形してるので、さ
らにびっくりしてる。三彦君それを見て
「日本精密社の航空時計だ」
「え? もしかして戦時中のやつ?」
「……複製品だ」
「……そうなんだ、ふーん」
 裏返したり蓋を閉めたりいじくってた由加梨さん、ふと、あるとても大事そ
うな事に気付く。……銀って……高いよね。
「鍍金品らしい」
「あ、そうなの……そ、そりゃ無垢は高すぎるよね、あはは」
「……何を渡そうか迷ったが。それでよろしいか」
「あ、うん、そりゃ、勿論、その、うん。ありがと」
 よくわからない笑いを精一杯うかべながら、由加梨さんはこんな時はどうす
るべきなのかということを一生懸命考えてる。
 で、なんとかこの場をもたそうと思って。
「チョコレート、どうだった」
 という、自分でも訳の解らない間抜けな質問が出て来たのであった。
 三彦君も予期せぬ質問にたじろぐけど、すぐに体制を整えるところあたりは
さすがに帝国軍人(?)。
「あ、ああ、どうも西洋菓子は甘いように思う所存である」
 三彦君は訳の解らない問いに見事に答えになってない答えを返し、それを最
後に自分の教室へと引き上げたのであった。

「……もう一度、言ってくれる? 三彦が何て言ったか」
「『西洋菓子は甘いように思う所存である』」
「……西洋菓子は甘いように思う……」
 素子嬢はその言葉を反芻してみた。けど、どこか……変? そりゃ、たしか
に変なことは変です。チョコレートは甘い。だから何……。
 素子嬢までを迷宮に入れようとしている三彦君の言葉の解説を、由加梨ちゃ
んが始める。
 もっとも以下の解釈って、私的見解とでも言うべきだろうけど……。
「三彦君、常日頃から『男女7歳にして……』とか『この非常時に』とか言っ
てるじゃない。『甘すぎる』というのはつまり私みたいにチョコ送ったりする
人のことを非難してるんだ、きっと。そう思わない?」
「……はぁ?」
 素子嬢、再びじわっと始めた由加梨さんを正面から見据えて、おもいっきり
疑問の表情。しばしの沈黙。
 二人は同時に、はああぁぁ、とながいながーいため息を打ったのである。



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