小説『闇に潜む鴉』


目次



小説『闇に潜む鴉』

 SW0111 ラプラスさんの作品。


序章 影跳の日記

四月五日 (晴)

 今日は姉ちゃんの小学校の入学式だった。
 楽しそうな姉ちゃん(いつも楽しそうだが)見てると幸せだなぁと思う。
 姉ちゃんには口が裂けても言えないが……暗殺学校にいた頃には自分がこん
な幸せな生活を送るとは夢にも思わなかった。
 あと、かなみちゃんのお父さんにもあった。感じの良さそうな人だったが、
かなみちゃんは隠し子らしい。でも、かなみちゃんを心から愛しているのは解っ
た。母親の解らない子をあそこまで愛せるのは凄いことだ。
 今度、観楠さんの経営しているパン屋に行くことになった。楽しみだ。

 このまま、幸せな日々が続きますように……。


第一章 鴉の招待状

 春の陽射しが気持ちいい。と言う理由で、何故か獅堂の買い物につきあわさ
れている影跳。
「しかし何で俺がお前の買い物につきあわなければならないんだ」
「良いじゃない。僕みたいに可愛い子と歩けるなんて幸せだよ」
「何処に可愛い子が居るのかな?」
「目の前にいるじゃないか!」
 と言って殴る。
 彼女は空手の有段者なのでそのパンチは痛い。
 ドカ! いい音がした。多分痛いだろう。
「痛〜〜〜。お前せめて拳をひねるのはやめないか? 本当に痛いから」
 しかし環はそんなこと聞いていない。
「前から思ってたんだけど、影兄ってホントに暗殺者だったの? その割には
弱くない? 僕もっと強いと思ってたけど……」
「女、子供に本気を出せるわけないだろ」
「ぶ〜、勝負の世界に女も男もないよ。
 それに寧さんのことを子供扱いした事言ってやろ」
「わー、ごめん。俺が悪かった」
 影跳の目にはうっすらと涙が浮かんでいる。
「影兄ぃ、男がそれくらいで泣かないでよ。情けないなぁ」
「そんな事言うなよ。それに俺は暗殺者というより見習いだったんだから。人
を殺したことがないッて言うと嘘になるけどな」
 影跳の脳裏にあの辛かった日々が思い出される。
 初めての殺人、親を殺されて泣く子、その子も殺さねばならなかった事、一
緒に学んできた友人を殺さねばならなかった事、友人の死体を呆然と見つめる
自分、見ると赤く染まっている手、死が身近に在りすぎて、死という感覚がな
い日常……どれもこれも、二度とゴメンだと思う。
 暗くなりかけた影跳を気遣ってか環は影跳を茶化す。
「なんだ、落ちこぼれだったのか。それなら納得いくよ」
「失礼な、これでも主席とは言わないが、上位グループには入ってたんだぞ」
「ま、そういう事にしておくよ」
 環は、にこやかにそう受け流し歩き出す。
 しばらく行くと、道を尋ねている男がいる。何人かに断られ今度は影跳達の
方に来る。
「あのーすいません、人を捜してるんですけど。ここらへんに不破影跳という
方の家知りませんか?」
「それってたぶん俺の事の事だけど」
「よかった、実はこれ渡してくれと頼まれてたんだ」
 と言って手紙を差し出す。
「誰からなの?」
「さぁ名前が書いてないからわからないなぁ。兄ちゃん、誰に頼まれたんだ?」
「えっ、そういえば誰に頼まれてたんだろう?」
 男は冗談を言ってるようには見えない。
「そんなバカなこと在るわけないでしょ。早く言いなさいよ」
「獅堂、もういい。だいたい誰からか解った」
「えっ誰なの?」
「多分昔の知り合いだよ。たぶん催眠術で自分に対する記憶を消したんだ」
 手紙を開けると、そこには真っ黒な紙と鴉の羽だけが入っていた。
 それを見た瞬間、影跳は真面目な顔になる。
「何それ?」
「何でもない。兄ちゃん、おおきに助かったわ」
 きょとんとしながらも立ち去る男。その姿が見えなくなってから
「何でもないこと無いんじゃない? 顔つきが変わってるよ」
「これは死の予告状だよ。ダークレイヴンって言う名の暗殺者からの……」
「でも何で暗殺者が予告状なんかだすの?」
「自分が殺したとアピールするためだよ。
 例えば俺なら現場に黒いブレードの投げナイフを置いておく。
 そうすれば俺が事件を起こした奴だと裏世界に知れ渡るだろ。
 奴の場合はそれが予告状の鴉の羽なんだよ」
「ふーん、それで勝てるの?」
「解らない。はっきり言って勝てる見込みは10%もないと思う。
 しかし奴はすぐに行動を起こさないからもう少し時間があるはず、そのあい
だにやれるだけの事はやるよ」
「僕も手伝ってあげるよ。影兄ってなんだか頼りないから」
「駄目だ! お前まで殺されてしまう」
 影跳は思わず怒鳴ってしまう。
「でも……」
「駄目な物は駄目だ!!」
「また3年前みたいに何にも出来ないなんて嫌なんだ」
 と言って不意に泣き出す、環。
 空手を始めたのも、言霊の修行を始めたのも、3年前からだ。
 目の前で影跳を連れて行かれたあの日、悔しかったあの時からだ。
 環の心の中は、影跳に対する負い目でいっぱいだった。
 それなのにまた何もできないなんて……やるせなさは、悲しみにとって代わ
り涙は止まらなかった。
 始めてみる環の涙に面食らいながら、
「解った、解った。連れていってやるよ。どうせ言い出したら聞かないんだか
ら」
 とため息混じりに言う。
 それを聞いても環は泣きじゃくっていた……



第二章 告白

 カラン。ベーカーリー楠のドアが開き、影跳が入ってくる。
「いらっしゃい、影跳君」
 笑顔で言う観楠。
「実は頼みたいことがあって……」
「頼み?」
「ええ、スイマセンけどちょっと良いですか?」
「素子ちゃんちょっとお店頼むよ。端の席でいいかな?」
「解りました」
 二人はそこに行き座った。
「実は……」
 影跳は、自分や寧の体質、そして自分が暗殺者をしていて今自分の命が狙わ
れていることを話した。
「……」
 観楠は驚きのあまり声が出ないようだ。
「それで頼みなんですけど、実は僕にもしもの事があったら、姉ちゃんのこと
を頼みたいんです。
 ああ見えても何百年と生きてますから大概の事は一人で出来ますが、寂しが
りやなのでたまにかなみちゃんと遊ばしてやってもらえないでしょうか?」
「ええ、それぐらいなら……でもちゃんと帰ってきてあげるのが寧ちゃんにとっ
て一番だと思いますよ」
「ええ、出来るだけのことはします。ではよろしくお願いします」
 一礼して立ち上がり出ていく。


第三章 見えざる敵

「影兄、観楠さんに話してしまってよかったの?」
「多分あの人だったら悪いようにはしないだろうから……」
 その事については、同意見だったのか、環は他のことを訊く。
「それでダークレイヴンってどんな奴なの?」
「奴は隠形に長けている。それがダークレイヴンの名前の由来なんだ」
「どうしてそれが名前の由来になるの?」
「日本に、『夜に飛ぶ鴉を描いた絵』といって、真っ黒に塗った紙を教師に差
し出すという笑い話があるだろ?
 あれと似たような物で、『闇に潜む鴉ほど見つけにくい物はない』というロ
シアの諺が在るんだよ。
 奴の隠形だったら俺でも見分けられない。この前会ったとき俺の未熟な隠形
ですら解らなかったお前なんて問題外だしな」
「あれは知らなかったから……」
 負けず嫌いな環は、言い訳を始めるが影跳は訊いてない。
「とりあえず、奴でも殺す瞬間には隠形を解くはずだから、その時相打ちに持っ
ていけたら……」
「相打ちって死ぬ気なの? 勝負は投げ出したら終わりなのよ」
「死ぬ気はないよ。俺はよっぽどの傷でもない限り死なないけど奴は、普通の
人間、傷ついた者同士の持久戦なら俺の方が有利だからな」
「とりあえず俺は、いつでも戦えるように公園にでも行くけどお前はどうする?」
「もちろん、ついていくよ」
「まぁいいけど一応お前は言霊を使って隠れておけ。とりあえずお前は今回の
キーカードだからな」
「うん、とりあえず頑張るよ」
 戦力にされていることが嬉しいのか、環には緊張感がない。
「いいか。俺が死んだらそのまま逃げろよ。それが連れてく条件だからな」


第四章 公園

 夕方、赤い夕日が影跳の影を長く引き延ばす。
 とりあえず障害物が背後に来るようにしておく。
 環も影跳同様に障害物を背に姿を隠している。
 しばし待つ、急に右手からあふれでる殺気。
 おもわず前に飛んで避ける影跳、
(ちっ思わず避けちまった。これで背後を取られる可能性も出てきたな)
 クスクス……どこからか女性の笑い声が響く。
「恐怖するがいい、そして弟を殺したことを後悔しながら死にな!」
 またもや右手から殺気がふくれあがる。
 今度は避けすに体当たりをする影跳。
 手応えはあったが同時に影跳も右手に傷を負う。
「クスクス、これで利き腕は封じたわ。切り刻んであげる」
「さっさと殺さないと後悔するよ」
「お前には弟を殺したことを後悔してもらわないと気が済まないんだよ」
 今度は頭上から殺気がふくれあがる。さすがに出血が酷いのか、影跳は避け
ようともせずそれを肩で受け止めてしまう。
「おやおや、もう避けられないのかい? それとも諦めたのかい?」
 油断したのか隠形が一瞬崩れる。その隙を見逃さず影跳は投げナイフを投げ
る。
「ちっ!!」
 ダークレイヴンは避けるが顔に一筋赤い線が走る。
「だから、後悔するって言っただろ」
 うっすらと笑う影跳。
「忠告を聞いて次でしとめてあげるよ」
 再び隠形を使うダークレイヴン。
 永遠にも思われる一秒が過ぎる。
 突如背後からナイフが押し当てられる。
「弟にあの世で詫びを入れなさい」
 その瞬間、今まで沈黙していた環から、言霊が飛ぶ。
「影跳、転じて、影を跳ぶ」
 刹那、影跳の姿がかき消える。そして次の瞬間、影跳のナイフはダークレイ
ヴンの首に刺さっていた。
「すまないがまだあの世にはいけないんだ。困った姉ちゃんがいてね。今度行
くときに詫びは入れさせてもらうよ」
 崩れ落ちるダークレイヴン。
 それを抱き抱える影跳。そして公園の木の下に埋めてやる。公園から離れて
しばらく影跳と環は無言であるいていた。
 不意に影跳が声をかける。
「獅堂、サンキュー。おかげで何とか助かったよ」
「3年前の借りを返しただけよ。少しはお役に立てました?」
 照れ隠しなのか環の最後の口調は冗談混じりだった。
「それはもう」
 微笑みながら影跳も冗談口調で返す。
「今度は僕と勝負してよ。もちろん素手で」
「お前みたいなおてんば娘に勝てる奴なんかいないよ」
「ぶー、ふんどうせ僕はおてんばですよ」
 すねたように言い、殴る
「いてて、怪我人なんだからもうちっと丁寧に扱ってくれんか」
「自業自得ですよーだ」
 環は振り返ってアッカンべーをした。


終章 影跳の日記

四月六日 (晴)

 今日は、大変だった。
 こんな血に汚れた命、無くしてもかまわなかったが、観楠さんの言葉が心に
残って死ねなかった。
 今の心配は獅堂の事だ。直接手は下してないが、殺しの手伝いをさせてしまっ
た。茶化していたがかなりショックを受けた顔をしていた。あれの親御さんに
会わす顔がない……
 ダークレイヴンと奴があの世で再開できることを願う。
 出来れば生まれ変わるときにまた二人が兄弟でありますように……そして二
人の後世が幸せになりますように……。



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