小説『守るべきもの』


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小説『守るべきもの』

 暗い部屋。鏡台の前に座り髪を梳く尊。
 純白の薄物をまとった姿が闇に浮かぶ。
 櫛を置き、長い髪を結い上げひっつめると、まとめきれなかった髪が顔の両
側に一房づつ、流れた。
 鏡台に置かれた金銀の細工が施された貝殻をそっと開けると中には真紅の粉
が入っていた。
 小指の先に付け、ゆっくりと唇に紅を差す。
 薄桃色の唇が真紅に染まって行く。

 女は魔性。

 紅は高野砂、丹塗りは魔除。

 紅は己が魔性に呑まれぬためのまじない。


 化粧紙を咥え余分な紅を落とすと、側の漣丸を手に取り立ち上がる。
 「お父さん、お母さん、行ってきます。あたしを……尊を守って下さい」
 鏡越しに背中の写真に語り掛ける。
 「行くのか」
 何時の間にか背後に祖父の、いや、師たる十兵が立つ。
 「はい」
 「今の生活が……壊れるかも知れんぞ」
 十兵の柔和な顔が痛ましげに歪む。
 「……壊しません。いえ、壊さないためにも、行きます。あの人たちは……」
 目を閉じるとベーカリー楠を訪れる人々の笑顔が脳裏に浮かぶ。
 「私の正体を知っても恐れなかった、拒まなかった。それどころか暖かく迎
えてくれた」
 ぎゅっと胸を押さえる。まるでそこに大事な物が在るかのように。
 「……」
 「やっと……見つけたんです、あたしの居場所を。あたしは、あの人たちの
笑顔を、あたしの居場所を守るために。行きます」
 顔を上げ十兵をふりかえる。
 「強く……なったな、尊」
 穏やかな好々爺に戻った十兵が慈愛に満ちた目で尊を見上げた。
 「お爺ちゃん……」
 「行ってこい尊!如月の名に懸けて、守るべき物に仇為す者を祓ってこい!」
 「はいっ!」

 今、闘い始まる。



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