小説『たんぽぽの花が散るとき』


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小説『たんぽぽの花が散るとき』

 ぽかぽか陽気の午後、日の光りが差し込む部屋、透明なデキャンタは日差し
を受けて自分がここにいるのを誇示するように輝く。
 その中にバサっとたんぽぽが飛び込む。摘んできたばかりなのだろうか? 
切り口も新しい。
「たんぽぽ……か」
 ジャケットをその辺に放り投げ花に振れる。
 断片的な記憶が頭をよぎる。
 たんぽぽの綿毛に包まれていていつも顔はぼやけている人。……いや、思い
出したくないから頭がぼやかしているだけ。

 けっこー便利にできてるもんだな、人の頭って。くすりと口元に笑みがこぼ
れる。自嘲的な笑み……。
「たんぽぽ……」
 すうっと目を閉じる。思い出すのは一面のたんぽぽの綿毛だけ挿しだされた
手、髪をなでる手、にこやかな笑顔……でもその手をはね付けたのは私……。
『わかってたよ……』
 無機質な壁、機械的な音、冷たい手……、しろいしろい……肌
 後悔も押し寄せる焦燥感もとどかない……
 ずきんと手首が痛む、手首にあるうっすらとした筋
 昔の……古傷

 痛覚なんてもう無いはずなのにね
 魂のなかに刻まれた痛みはまだ……癒えることはない
「言い訳くらいさせなさいよ……馬鹿」
 ピンっと、たんぽぽを弾いて部屋を出る。
 この事は誰も知らない。
 知っているのは涙の粒を受けた蒲公英だけ……


補足

 なおなみさんによる、柳直紀のモノローグ的ストーリー。



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