小説『鬼人逍遥』


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小説『鬼人逍遥』

 昔、鬼を見たことがある。
 ふらふらと、大晦日の街を行く姿を見たことがある。
 殴られ蹴られ、足を引き摺り歩いてゆく姿を見たことがある。

「ああいう者って、何時まで存在するんでしょうか」

 花澄は振り返ろうとはしなかった。

「存在するだけで、悪いといわれるのでしょうか」
「私たちは、あなたたちより沸き出でたものであるというのに」
「何故、あなたがたは見ることもせずに」
「何故、わたしたちが」
「何故」

 地の底から沸き上がるような声が、ふつりと途絶えた。

「莫迦者」
 振り向きざま、花澄は相手を見据えていた。
「鬼ともあろう者が、人相手に泣言を言うの」
 相手の額の濁った黄色の角を見据えつつ。
「鬼ともあろう者が、怒りを忘れるの」

 ざん、と、鬼がはじけた。

「人だって、いざとなれば鬼になる」
 さらさらと、風に溶けて流れる。それを手に受けながら、花澄はぽつりと言った。
「せめて、怒りぐらいは憶えているつもりだけど」
   

「さて」
 鬼の残り香を片手で打ち払って、花澄はとことこと歩き出した。
「牛乳が切れてるし……メモっとけばよかったな」

 逢魔が刻の、一風景である。



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