小説『復讐特急』


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小説『復讐特急』


札幌を昼過ぎに出た北斗14号は、
定刻通り夕方5時前に函館に到着した。
4月上旬。
北海道の中でも南に位置する函館には、ほとんど雪は残っていなかったが、
桜が咲くのはまだまだ先だ。
「別れの時が来たのだ…」
健太郎は、網棚から荷物を降ろしながら、母親に目をやった。
母親は、黙って健太郎の目を見つめ返した。
その顔は笑っているようにも見えたが、瞳には涙が浮かんでいた。

「吹利に行く…」
薬から目を覚ました母親に向かって、健太郎はそう告げた。
「そう…」
母親は、全て悟ったように悲しそうに作り笑いをした。
母親の表情の強張りは、寒さのせいではなかった。
「貴方のお母さんは、貴方が父親の事を知るのを恐れている…」
健太郎に語った伏見匡平の言葉が、母親の気持ちの全てだろう。
もちろん健太郎は、母親も一緒に来るよう説得したが、
母親は頑なにそれを拒んだ。
「お母さんは…。海のない街は嫌いだから…」
そんな言い訳にもならない言葉で、
母親が昔、吹利にいた事があるのだと健太郎は確信した。
「いったい吹利で何があったのか?」
だが健太郎は、それ以上の事を母親から聞く事ができなかった。

伏見匡平から受けた傷は、決して軽いものではなかったが、
健太郎は驚異的な回復力を見せ、背中に大きな火傷の痕を残したものの、
2週間程で痛みも消えた。
もっとも、引っ越しや転校の手続きに追われ、痛みを感じる暇も、
健太郎にはなかったのだ。
「まるで、夜逃げだな…」
友や知人に、別れの言葉も行き先を告げずに、健太郎と母親は家を出た。
北十会の報復も考えられる為、母親も一緒に小樽を出る事になったのだ。
母親は生まれ故郷でもある、函館の姉夫婦の家に身を寄せる事になった。
「だが、これは“逃げ”はないのだ…」
「吹利には、自分を待ち受けているものがある…」
「俺は、闘いに“行く”のだ…」
だが健太郎には、まだ自分の本当の敵が何であるのかは分からなかった。

函館に着く数分前から、二人に会話はなかった。
北斗14号から、大阪行きの日本海4号への乗り継ぎの時間は10分もない。
健太郎と母親は足早にホームを移動した。
別れの時を惜しむ間もなく、健太郎は列車に乗り込んだ。
「健太郎…」
健太郎に母親の悲しそうな声がかかった。
健太郎が振り返ると、列車のドアの前で母親が泣いていた。
「元気でね…。夏休みには帰ってきて…」
「ああ…」
沈黙の時間が流れた。
健太郎から、別れの言葉は出なかった。
「今…。一歩ホームに出れば、自分は母親と幸せに暮らせられるのだ…」
健太郎の心に、初めて迷いが生まれた。
その迷いをかき消すように発車のベルが鳴り、
閉まるドアが、健太郎と母親を隔てた。
健太郎は、窓越しに母親を見つめた。
母親は、涙を隠すように下を向いたままだった。
大阪に向かう列車は、滑るようにゆっくりと動き出した。

明日の昼には、健太郎は吹利の街に立っているだろう。


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