小説『記憶の底』


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小説『記憶の底』


本文

 ワシの記憶は10歳の頃からしかない。 当然、赤ん坊の頃や5歳までの記憶
なんかない。
 ならば何故に10歳からか? 空いた5年は何処に行った?

 くわれた?

 そう、喰われた。

 あの事件以来、ワシの5年間はヤツに喰われた。
 忘れた? いや、思い出したくないあの時。ワシの手は朱に染まっていた。
目の前には幼馴染みの子が引き裂かれていた。正確に言うと引き裂いた。何か
がワシを包み込む。
 逆らえぬこの衝動。殺す、裂く、食らう。ワシは必死で押さえ込む。
 その時ふと考えた。ワシを斬れば、このワシを動かしているワシを斬れば。
ワシの眼の前に御神刀があった。
 気が付くとワシは胸に刺していた。心の中の闇に光が差し込む。そして、ワ
シはこの忌々しき過去を自分で封じた。
 何故だか分からぬ。だが、何処からか透き通った声がした。

「今はまだ早い。ただ癒すことだけ考えろ。全てを無に返し、再び歩むのだ」

 次に眼を覚ますとワシはある部屋のベッドで寝ていた。日付は1990年11月29
日。あれから、5年が経過していた。
 目の前にいた老人がワシに声をかける。
「お前の名は津久見神羅。それ以外の何者でもない。」
 そう、ワシの名は津久見神羅。陰陽五行を見定める陰陽師。
 この手で奪ってしまった二人分の人生を歩む者なり。


解説

 月夜龍神丸さんによる津久見神羅の過去を紹介するためのスケッチです。



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