小説026『闇の夜に』


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小説026『闇の夜に』


本文

 風を捕らえる。
 風に乗る。
 自在に。

 闇の夜。
 月はない。
 秋が深まるにつれ段々と鋭さを増す風が、無数の糸のように流れている。
 その風を、駆る。

 ……と。
 妙な手応えがあった。
 今までさらさらと流れているだけの風が、ふと、どこかで絡まったような。
 敵意では、無い。が、素直に自分の意のままになるわけでもない。
 興味が湧いた。
 風を操り、絡まった風の元へと降りる。

 ばさり、と、ダークグレイの上着の裾が風を大きく孕んで鳴った。

「ぢいっ!」
 鋭い、獣の威嚇に似た声が、闇を破る。
「……大丈夫よ、ゆず。人みたいだもの」
 闇を透かしてこちらを見る気配。そしておっとりとした女の声が続く。
「こんばんは」
「こんばんは」
 闇の中を歩いていた者と、闇の中に降り立った者は、ごく当たり前のように
 挨拶を交わした。
 季節はずれの春の風が、ここには静かに渦を巻いている。
「驚かれませんね」
「…鳴かぬ烏かと思いました」
 肩に乗せた人形の頭を撫でながら、相手は微笑しつつそう応じた。
「うまれるまえの父ぞ恋しき、ですか」
「まあそんなところです」
 周囲の家の灯りも殆ど消えている。街灯もここら辺には無い。
 悠々と飛ぶ者も、悠々と歩く者も、どちらも尋常ではないのかもしれない。
 春の風が微かに手元まで流れて、そのまますう、と消えた。
「お邪魔しました」
「いえ。お気を付けて」
 双方共に一礼する。そのまま、片方は風を駆り、片方はゆるゆると歩き出す。
 

 秋の夜の一光景である。



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