風を捕らえる。
風に乗る。
自在に。
闇の夜。
月はない。
秋が深まるにつれ段々と鋭さを増す風が、無数の糸のように流れている。
その風を、駆る。
……と。
妙な手応えがあった。
今までさらさらと流れているだけの風が、ふと、どこかで絡まったような。
敵意では、無い。が、素直に自分の意のままになるわけでもない。
興味が湧いた。
風を操り、絡まった風の元へと降りる。
ばさり、と、ダークグレイの上着の裾が風を大きく孕んで鳴った。
「ぢいっ!」
鋭い、獣の威嚇に似た声が、闇を破る。
「……大丈夫よ、ゆず。人みたいだもの」
闇を透かしてこちらを見る気配。そしておっとりとした女の声が続く。
「こんばんは」
「こんばんは」
闇の中を歩いていた者と、闇の中に降り立った者は、ごく当たり前のように
挨拶を交わした。
季節はずれの春の風が、ここには静かに渦を巻いている。
「驚かれませんね」
「…鳴かぬ烏かと思いました」
肩に乗せた人形の頭を撫でながら、相手は微笑しつつそう応じた。
「うまれるまえの父ぞ恋しき、ですか」
「まあそんなところです」
周囲の家の灯りも殆ど消えている。街灯もここら辺には無い。
悠々と飛ぶ者も、悠々と歩く者も、どちらも尋常ではないのかもしれない。
春の風が微かに手元まで流れて、そのまますう、と消えた。
「お邪魔しました」
「いえ。お気を付けて」
双方共に一礼する。そのまま、片方は風を駆り、片方はゆるゆると歩き出す。
秋の夜の一光景である。
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