狭淵美樹(さぶち・みき) :医学生。留年中。 狭淵麻樹(さぶち・まき) :研修医。美樹の妹。
美樹はコップの縁に口を付け、ちびりちびりと含んでいく。 麻樹はコップを傾けて、飲み干していく。 麻樹が自分のコップに日本酒を注ぐ度に、ゆっくりと、一升瓶の中の酒の量 は減っていく。 「親父様は、お元気でしたか」 美樹が尋ねる。 尋ねながら思い出している。過去を。 「元気だ」 麻樹が答える。 答えながら思い出している。過去を。 「そうですか…………」 美樹が呟く。コップの底にわずかに残っていた液体が喉の奥へと過ぎ去って いく。 「相変わらずな」 麻樹が呟き返す。コップの中の液体を飲み干す。 過去はもう遠い。 虫が鳴く。 霞川の河原は、兄妹の他に人影もなく。 川表を吹く風が、兄妹の皮膚から暑気を払っていく。 兄妹は、互のコップに透明な液体を注ぎあう。 それが透明であるかという事すら不明確な闇の中で。 (fin)
1999年5月
連休に実家に帰った妹と、河原で酒を酌み交わす狭淵兄妹。