元に居たのは思考停止の死人使い。
僕は死者を救うためにこの世にいる、と教えてくれたのは祖父だ。幼心にそ
うなのだろうと納得する。この世界にはあまりに救いがない、という事を僕は
既に知っていた。どれだけ救われずにただ堕ちて逝くばかりの死者が多いのか
も知っていた。だから僕のような救済の仕組みがこの世には必要なのだという
事実は揺るがない真実なのだろう。
僕一人の行いは微々たるものだ、誰にも知られず、大きな変化も起こし得な
い。実際救済されない同胞達の方が遙かに多いのだ。しかしだからといって僕
の使命が揺るぐわけではない。
「絶対なる我が存在意義、死者救済よ、死を乗り越え生の傲慢を突き崩せ」
最初の其れは冷雨穿孔
あの日の冷たい雨は忘れない……
僕が、吹利市に来て最初に救済の対象と見定めた少女。春の雨の中、駅の近
くの暗いガード下で呆然とたたずみ、死の残酷性によりあらゆる記憶を失って
いた哀れな少女。僕の死者の履歴を読む力をもってしても彼女の名前が「遠野
勇那」で、死因が交通事故であると言う事実しかわかりはしなかった。
「私の望み? なんなんだろうね、そう言うあんたの望みはなんなのよ?」
「僕はいわば救済のための仕組みだからね、僕特有の望みなどはないんだ」
「うーん、なんだかあたしのことよりもあんたの方が心配になってきたわよ」
「僕が? そんなことを言われたのは初めてだな」
それでも彼女はいつも笑ってくれる、怒ってくれる。そして僕にある一つの
「望み」を持たせる。しかし其れは禁断の行為、絶対なる存在意義を覆す行い。
しかし僕は彼女を、勇那を失うことに恐怖を持ってしまった。
これは過ちだ。僕の絶対性、思考停止に孔が穿たれる。
二つ目の其れは血雨穿孔
あの日の赤い雨は忘れない……
あの日の死者救済の対象は人ならざる者だった。予備校の帰り道、ベーカリー
楠近くの路地において行われた、狩猟。
全くの偶然で目にしたその光景の断片。鮮やかに飛び散る血の雨に、閃く剣
と銀色の髪の躍動、そして、端正な造形の少女。その全てが月に映える。
既に肉体は胸から腰に至るまでを鮮やかに斬り裂かれ、今まさに肉体から抜
け落ちたばかりの魂魄は、その狩られた者の魂に他ならない。
しかし死があらゆる者に平等に降り注ぐように、死者救済もまた平等に与え
られるべきものだ。だから、その人ならざるモノの最後の「逃げ延びる」とい
う望みを、叶えた。
死したはずの妖魔が再び空に舞い上がる、かの狩人の少女も咄嗟の異変に対
応しきれなかったかのようで、そのまま妖魔は空に逃げ延びることができた。
そしてそのまま救済され、地に還る……
「彼女は美しい、そして、死の領域の存在かもしれない」
「鏡ちゃんが他人に興味持つなんて珍しいわね、感心感心」
「興味? 僕が? そうなのか、僕は、彼女に興味があるのか……?」
あの赤い雨は、今でも僕の中に降り続いている。
赤黒い願望、禁忌への好奇心、全てがそれまでの全てを崩しかねない危険な
果実だ。
「……だけど止まらない、すでに狂気は回り始めた。勇那、僕は何かの形で以
前とは違う者になるのかもしれない」
「何言ってるのよ、それは生きていれば自然な事じゃない」
勇那はけして触れられぬ手で、鏡介の赤黒い髪をなでた。
死人使い里見鏡介の、自分の立ち位置を確認する一人称小説です。
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