小説074『11年目の真実』


目次



小説074『11年目の真実』


序章 『少年の頃の日々』


 昭和19年 夏……

 それは、蝉の嘶く、暑い夏の日のことだった。
 少年はいつものよう、山へ遊びに行っていた。
 この所、少年は毎日の様に山へ遊びに行っている。

 別に、山が大好きな訳ではない。
 夏なのだから、海にも行きたいし、川で遊んでもいいだろう。
 しかし、少年は山へ毎日の様に遊びに行くのだった。
 そう……伊吹山へと……。

「今日も、会えるかなぁ……」

 少年は、ぽつりと呟く……。どうやら、何かに会いたがっている様だ。
 しかし、こんな山奥で、誰に会えると言うのだろう……。
 でも、少年は会いたがっている。
 少年が、山に遊びに行く様になって、もう、数ヶ月が経つ。

 伊吹山は、本来霊山として祭られている場所なのだ。
 だから、少年が一人で行くには、比較的危険な場所でもある。
 その様な場所なのだから、大人達が一人で行くのを許してくれるはずも無い
のだが、でも、少年は大人達に黙って、あくまで一人で行くことに決めている
のだった。

「……うーん……今日は来ないかなぁ……」

 少年は、息せき切って、山を歩き進む…。
 暫くして、山の頂に到着した少年は、周りを見渡す。
 伊吹山の頂には、何かを祭っているモノがあるが、少年にはそんなものに
 興味は無かった。

「……あ、居た……」

 少年は、人の姿を見つけた。
 その人は、腰の下まで伸びた黒い髪と、美しい容姿、そして異国の着物を
着ていた。

「……こんにちは」

 少女は、少年に軽く会釈をし挨拶する。

「あ、こ、こんにちは……」

                  ☆

「君は、何時もここに居るんだねぇ……」

 少年は、何度この言葉を繰り返したことか……。
 しかし、少女はその問いに対してだけは、決して答えてはくれなかった。

「今日は、どうしたの?」
「え? ……い、いや、その…君がどうしてるかなぁって気になって……」

 少年は、少女の顔を見つめられなくなって、顔を赤くし目を逸らす。

「…そう…」

 少年は、疑問思うことがある。少女は一体何故、何時もここに居るのだろう。
 少年は他愛のない話しをしつつ、少女に聞いてみるのだが、はやり、その問
いに答えてはくれない。
 そう言う日々が、数ヶ月と続いている。ただ、その他の話には、ちゃんと反
応してはくれる。……と言っても、ただ、少年の話に微笑んでくれるだけだが。

「やっぱり、お父さんとかが、戦争に行ってまだ帰って来ないから、ここで、
見守ってるとか……なの……かな?」
「……」

 少女は俯いたまま、答えなかった。

「……ご、ごめん。気に障ったかなぁ……も、もう、そんな話しないよ……」

 その時、少女が何かを決心したかのように、口を開く。

「……あのね」
「……何?」
「私……ここから、離れられないの……」

 少女は、始めてその問いに答えてくれた。しかし、少年には、全く意味が分
からない。
「ここから、離れられない?」その一言に、少年は返す言葉が見つからない。

「……えっと、えっと…(ぽりぽりと頭を掻く)」
「……だから、いつもここに居るのよ」
「……もしかして、帰り道が分からないとか?」
「そうじゃないよ……だって、ここが私の家だから……」
「そうなの? ……で、でも……」

 どう考えたって、ここに住んでるとは言えないだろう…。畑があるわけでも
ないし、近くにお店がある訳でもない…ましてや、「家」と言える様なものす
らない。
 少年は、答えを見いだすことは出来なかった。
 しばしの沈黙が続き、少女が話を切り出す。

「賢治君…」
「……え? 何?」
「もし…もしだよ…私が『助けて欲しい』と言ったら、助けてくれる?」
「え…あ、ああ、もちろんだよ。ボクで出来ることなら、なんでもするよ」
「本当に?」
「もちろんさ」
「約束だよ」
「うん。約束するよ」

 そう言うと、少年は小指を差し出してみる。少女は意味が分からずに、ただ、
少年の小指をじっと見ていた。

「指切りげんまんだよ。知らないの?」

 と言って、少年は少女の手を取り、小指を絡ませる。

「ゆーびきりげーんまーん、うーそついたーら、はりせんぼーんのーーます。
ゆーび切ったっ!」

 そう少年が言うと、少女は嬉しそうな顔をして「約束だよ」と、もう一度少
年に言った。

 日が暮れ、そろそろ少年が帰ろうとした時、少女は最後に……。

「また会おうね」

 少女は、始めて少年に対して、その言葉を言った。少年は、ちょっと照れな
がら。

「う、うん。また明日ね」

 少年は、そう言って少女と別れた。

 次の日、少年はいつものよう、山へ遊びに行っていた。
 そして、何時もの様に伊吹山の頂へと到着する…。
 しかし、少女の姿は、そこには無かった。

 次の日も、その又次の日も少年は、伊吹山の頂へと行くが、少女に会うこと
は二度と無かった。

                  ☆

 ――――若き日の思い出

 そう、忘れてはならない約束……

 昭和59年 春

 木原教授は、机の上で目覚めた。
 昨日から、研究室に隠って、去年調査した遺跡のレポートを書いていた。

「うーむ、眠ってしまったのか……おっと、まだレポート書いていなかったな」

 眠い目を擦りながら、遠くを見つめる。

「……しかし……ずいぶんと昔の夢を見たものだ……」

 教授の見た夢。それは、幼い頃に出会った少女のこと。
 そして、それが、これからの人生に、大きな影響を与えるとは、この時気づ
くことはなかった。



第一章 『忘れられぬ約束』


 昭和59年 春……

 私は研究室に居た……。
 去年発掘作業をした、遺跡のレポートを書くために。
 この頃の私は、東京の某大学の教授をしていた。

「……まぁ、なんとも懐かしい夢だな」

 そう、私はさっきまで疲れて眠っていたのだ。
 「夢」……そう、夢を見た……懐かしい……そして、忘れてはならないこ
と……。

『約束だよ……』

 少女は確かにそう言った。

「しかし、何故今頃になってこんな夢を見たのだろう?」

 私は多分疲れていたせいで、そんな夢を見たのだと思っていた。
 ……少女……それは、摩訶不思議な出会いであった……。
 しかし、あれからその少女には一度も会っていない。
 多分、親が帰ってきたのだ……そう私は、自分に言い聞かせ、少女の後を追
うのを止めた。
 それから、40年ほどの年月が経ち、少女との約束など、当の昔に忘れていて
大人になり、そして考古学者となっていた。
 私が考古学者になった理由は、これと言って無い。歴史に興味持った……た
だ、それだけのことだった。

 コン、コン……研究室のドアをノックする音がする。

「せんせー、居ますかー?」
「ん?ああ、開いてるよ」

 静寂を破る様に、私の教え子が入ってきた。

                  ☆

 あの夢を見てから数日……私は、どうにも気になって仕方がなかった。
 少女の『助けて欲しい』と言う言葉が、どうしても頭から離れなかったのだ。
 少女は何を助けて欲しかったのだろう?
 これと言って思い当たる節も無い。もっとも、それほど親しい間柄になった
わけでも無いので、彼女の素性については全く知らない。

「助けて欲しい……か……」

 私は、大学の廊下を歩きながら、もう一度その言葉を繰り返してみた。

「やあ、木原先生」

 ふと、私の名を呼ぶ人が居る。

「おぉ、伊佐見君じゃないかね」
「お久しぶりですね、先生」

 伊佐見泰三……元は、私の教え子だった男だ。大学を卒業してからは、私と
同じ考古学の道を歩み、今では世界各国を周り遺跡の調査、発掘をしている。

「どうしたのかね、こんなところに来るなんて……」
「いえね、丁度昨日イタリアから帰って来たところなんで、挨拶だけでもと思
いましてね」
「ほうほう、今はイタリアかね?」
「いや、来週から南米なんですよ」
「君も、忙しい身だねぇ……」
「ええ、お陰様で。日本に居着くことすら出来ませんよ」

 伊佐見君は、そう言って私に苦笑いを浮かべる。
 この男、少々変わった所はあるが、なかなか優秀な考古学者である。
 私と違い、日本国内に拘らず、主に国外の文明遺跡を調査しているのだ。

「先生は、今何の発掘をしているんですか?」
「ん? ……あぁ、今は去年発掘調査をした奴のレポートに追われているよ」
「そうですか……大変ですねぇ」
「何を言っとる。君の方が、よっぽど大変じゃないか」

 私のような、研究室に篭って仕事をしているより、世界を飛び回っているの
だ。年寄りには、出来ない仕事である。

「いやー、まぁ、机の上で書き物してるより、現場で動いている方が、楽です
よ」

 私も年を取った。そろそろ引退して、こういう若い世代に譲る時期に来てい
る。
 そう実感せずにはいられなかった。

「先生もどうです? 今度の南米の遺跡の調査に加わりませんか?」
「いや……私は、もう国外の調査をやるには、年を取りすぎたよ」
「何言ってるんですか。まだ先生は若いですよ」

 廊下を歩き、研究室へと入る。
 確かに、国外の遺跡に興味が無い訳ではない。しかし、私は国内の遺跡に拘っ
ている。
 何故かと言うと……別にこれと言って無い。
 多分、国外に出るのが嫌なのだろうか…。私は、やっぱり古い人間なのだ。
 私は、彼にお茶を入れながら、ふと考えてみた。

「そう言う伊佐見君は、国内には興味が無いのかね?」
「いえ、そう言うわけではありませんよ。ただ……」
「ただ?」
「……ただ、老後の楽しみに取っておこうかと」

 そう言って豪快に笑う。
 老後の楽しみか……確かに、この男なら、死ぬまで現場で働いていることだ
ろう。

「はっはっはっ……、なら、私は老後の楽しみで、国内の遺跡の調査をしてい
ることにしておこうか」

 と、私はお茶を濁してみた。

「あ、そう言えば、先生って吹利の出身でしたよね?」
「うむ、そうだが……確か、君もそうだったねぇ。それがどうかしたのかな?」
「いや……確か、吹利には色々興味深い、古代の文献や神社などがあったなぁ
と思いましてね」

 故郷の吹利。
 古い街並を残した小京都で、古代から色々文明が栄えたと言われている。
 だが、どれ一つ取っても、根拠の無い話が多い。

「ふむ……胡散臭い噂なら、色々知っているがね」
「まぁ、考古学とは、そう言う所から、きっかけが出来るモノでしょう?」
「ふふふ……興味が湧いたら、それとなく調べておくよ」

 吹利か……私の故郷だ……そう言えば、もう何年も帰っていないことに気づ
く。
 久しぶりに里帰りでもしてみるか……
 私は、何故、少女の夢を今頃見たのか……多分、そろそろ里へ帰ってこいと
言う暗示なのだろう…そう考えてみる。と途端に故郷が恋しく思えた。

                  ☆

 ――――懐かしき故郷

 そして、再会の予感……

 昭和59年 夏……

「……おぉ……この駅も久しぶりだな……」

 蝉の嘶く頃……私は、吹利元町駅に降り立った。
 駅も古いままで、当時の面影を残し、此処だけは時が止まっている気さえ感
じていた。
 懐かしい……私はふとそう思ってみた。

「あ、あのー……」
「ん? ……私を呼んだかね?」
「はい」

 其処には、私を呼び止める少女が居たのだった……。



第二章 『再会』


 昭和59年 夏……

「おお、由依ちゃんじゃないかね。大きくなったなぁ」
「こんにちは、木原のおじちゃん」

 私を呼び止めたのは、私の従弟の娘の由依ちゃんだった。
 私は一人っ子なので、両親も既に他界したこの吹利に自分の家は無い。
 だから私は、ここ十数年、里帰りなどしなかったのだった。
 だが、今回は何かが私を里帰りさせたいと心を駆り立てる。
 それは、あの「少女」のせいだろう。

                  ☆

 その夜から暫くの間、私は従弟の家に厄介となることとなった。
 次の日、昔の幼なじみ達と出会って、宴会をしようと言う話になった。
 さながら同窓会と言ったところだろう。
 ただ、私は数年前に肝臓を悪くして、酒を止めてしまった。
 でも、昔の仲間と語り合えると言うのは、酒が無くても私は嬉しかった。

「いやー、けんちゃん久しぶりやのう」
「おぉ、懐かしい、会うのは何年ぶりかな〜……」

 などと、お決まりの文句を言う。そして、子供の頃の話に華を咲かせた。
 川で遊んだこと、山で木登りをしたこと、近所の小うるさい爺さんの家に悪
戯したこと…全て懐かしい思い出だった。

「そういや、けんちゃん、昔よう伊吹山に登っとったなぁ」
「お? そうだったか?」
「子供の頃……せやな、確か小学校の頃やったと思うんやが……親に黙って伊
吹山によう登っとったって、自慢しとったやないかい」
「そうだったかなぁ……もう忘れたよ……」

 私は、苦笑しながら曖昧に答えた。戻ってきた理由が「その伊吹山での話」
なんて言えるわけもない。
 確かに、私は伊吹山に登っていたのは自慢していた記憶はあった。
 がしかし、少女については誰にも言ってない。
 当時は、恥ずかしくて少女のことなど人に言えるはずもない。もっとも今と
なっては、誰も信じてくれないだろうし……。

「伊吹山っつーたら、なんや公園を作る話が出てるそうやで」
「ほほう、あんな山の中に公園かね?」
「よう知らんけど、学園都市化事業の一環やいうて、あちこち工事しとるんや
わ」

 幼なじみ達との思い出話……私は、やはり伊吹山に登ってみたくなった。
 年のことを考えると、普段ならそんなことは思いもつかないだろう……。
 がしかし、登ってみたい……そして、会えるなら会ってみたいものだ……あ
の「少女」に……。

                  ☆

 暫く経ったある日の夜、私は又あの「夢」を見た。
 夢の中で少女は、ひたすらあの「言葉」を繰り返していた。

『約束だよ……』

 どうして、少女は私に助けを求めたのか……。
 腑に落ちず、何度も何度も考えていた。だか、答えは見つからない……。
 私は、焦りと苛立ちにも似た感覚に襲われていた。
 どうしても答えを見つけたい。何故、そんなに考えるのか……?
 それは、今の私にも分からない…、が、少女の言葉だけが耳から離れることは無
かった。

「……良し、伊吹山に登ってみるか……」

 私はそう決心する。
 もっとも、伊吹山に登ったからと言って、答えが見つかるとは限らない。
 だが、心の取っ掛かりくらいは取れるだろう。そう私は考えた。

                  ☆

 次の日、私は先祖の墓参りの後、伊吹山へと向かう。
 今では、道も整備され、登るのには楽だ……と言っても山道は年寄りには堪
えるものだ。

「ふぅ〜……しかし、良くこの山を登ったものだなぁ……」

 私は、流れる汗を拭いながら、ふとぼやく……。
 子供の頃とは言え、子供の体力で良くこの山に登れたものだと、子供の頃の
自分に感心していた。
 都会に慣れた、初老の私には、流石に山道は辛いものだ。
 しかし、心の蟠りを晴らすには、この伊吹山を登るしかなかった。

 歩くこと2時間……私は、とうとう伊吹の頂に登ることが出来た。
 其処には、相変わらず「伊吹神社」がそびえ立っていた。
 と言っても、子供の頃見た伊吹神社では無い。
 その社は、数年前にでも新しく立て直したのだろか。
 そこから見える景色も、変わらないのは山並みだけ……伊吹山の頂から見え
る吹利は、子供の頃見た景色とは大分違いを見せていた。
 吹利の中心街は、ビルが建ち並び、あちらこちらに空き地も目立っている。

 そして、私の目指す「頂」これからもう少し奥に行ったところにあるのだっ
た。
 更に奥に進む……暫くして、こそに「何かを祭っているモノ」が見えた。
 一体何を祭っているのかは、未だに私にも分からない。

「はぁ、はぁ……ここだ、ここだ」

 私は息を整え、其処へしゃがみ込んで、見える景色を眺めた……。
 そして、変わらない眺め……社も山並みも……そして、少女も……。

 ……少女も?

 私は目を疑った……。
 そう、其処には昔と変わらないままの、あの少女が立っていたのだった。

「こんにちは、賢治君……」
「き、君は……?」

 そして、私は少女と再会することが出来たのだった……。
 だが、この歳にになっては、その現状を理解することが出来ない
 子供の頃に会った少女……そして、今見ている少女……
 この少女は同じ娘なのか……だが、私のことを「賢治君」と呼んだぞ……。
 一体、何が起こっているのか…私は堅くなった思考を、張り巡らし考えに考
えた。

「賢治君……変わらないね」

 その一言で、私は考えるのを止めた。
 ふと、周りの景色が更に輝いて見えてくる……。
 まるで、子供の頃にタイムスリップしたかの様に思えた。

「や、やあ、又会えたね」
「くすくす……約束だからね」

 確かあの時、少女は私に約束した。

『また会おうね』

 そう言ったことを思い出した。

「私との約束覚えてる?」
「うん、覚えているよ」
「そう、良かった……」

 そう言うと少女は、嬉しそうに微笑んだ後、私の手を取りこう言った。

「お願い、助けて欲しいの……」
「……うん、助けるよ。……絶対にね」

 少女は、事実を語ることは無かった……が、しかし、私には少女が何故助け
て欲しいのか……そして、何処に居るのか……何となく分かった様な気がした。

                  ☆

 ――――少女との再会

 私は不意に目が覚めた。其処は、伊吹神社の前だった。
 日は暮れ、既に辺りは夕刻となっていた。
 その後、私は「頂」へと向かったが……其処には何も無かった……。
 やはりあれは「夢」だったのだろうか?
 ……いや、そんなことは無い。確かに少女は居た。
 そして、私の手には、模様の書かれた、何かの「かけら」があったのだった。



第三章 『約束を果たす為に……』


 昭和60年 冬……

 私は吹利に居た……。
 少女との約束を果たしたい……その理由だけで、又吹利に戻って来たのだ。
 しかし、この一年半、これと言って収穫は無いも同然だった。
 結局、あの少女から貰った「かけら」だけが頼みの綱となっていた。

 あの日から、私は吹利に度々戻っては、何かの「きっかけ」を探していた。
 いくつもの文献を漁り、いくつもの社を訪ね……
 それでも、少女に繋がる「きっかけ」を見つけることは出来なかった。

「ふう……やはり、ただの幻だったのか……」

 私は「かけら」を見つめながら、ふと呟いてみる……。
 一体この「かけら」は何なのか? 私は、考古学的に考えながら、これが何
かの文明を示すものだと、目星は付けていた。
 だが、如何せん「かけら」に書かれた模様だけでは、それが何を示すものな
のか私には、其処までは分からない……。
 少女との約束を果たせぬまま、ただ、徒に時は過ぎていた。

「どうしました、賢治兄さん?」

 私の従弟の晴樹だ。
 両親が既に他界した私には、吹利に家は無い。
 だから、吹利に来た時は、従弟の晴樹の家に厄介となる他無いのだ。

「そうそう、賢治兄さんが言ってた物、借りてきましたよ」

 私は、晴樹に吹利にまつわる文献があるかどうか、探してもらっていた。
 晴樹は、知り合いにお願いして、集められるだけの文献を集めてもらってい
るのだ。

「ああ、悪いね晴樹。其処に置いといてくれ」
「しかし、賢治兄さんも研究熱心だねぇ。何も田舎に帰って来てまで、文献を
漁ることないのに……」
「うーむ……いやどうしても調べておきたいことが有ってな……」

 晴樹の持ってきた文献を傍らに置き、私は一息ついた。
 ごろっと、畳に寝転がり、天井を見ながら物思いにふけこむ……。

「賢治兄さん、あまり根を詰めると体に良く無いですよ」
「……ああ」
「気晴らしに散歩にでも出かけたらどうです? 今日は日が出て暖かいですか
ら、散歩日よりですよ」
「……ふむ、そうだな」

                  ☆

 私は晴樹の薦めもあって、散歩に出かけることにした。
 吹利は四方を山に囲まれ、冬は寒い。今日はいつもより暖かいと言っても、
東京に比べたら、まだまだ寒い方だ。

「そうだな……久しぶりに町中にでも行ってみるか……」

 私は、吹利の中町まで、足を伸ばしてみることにした。
 吹利中町は、元々吹利の中心街で、私の若い頃は活気に溢れていたものだ。
 最近は、近代化の波に押されて、昔ほどでは無くなってしまった様だ。
 昔ながらの建物が建ち並ぶ、趣のある町並みとなっている。
 その中を歩いていく……。私はふとした表示に気づいた。

 『吹利県立民俗資料館』

 私の子供の頃には、こんな所無かったな……。
 建物の外観から言って、多分、古い銀行か何かを改装し、利用しているもの
だろう。
 ……民俗資料か…此処に何か「きっかけ」はないだろうか?
 と思うと、私は中へと入っていった。

「……すいません……誰か居りませんか……?」

 私は、中へと入った後、人が居ないか呼んでみた。
 ……しかし、返事はない。
 仕方がないので、もう一度呼んでみる…。
 ……暫くすると、奥の方でガタンと音がして、人が出てきた。

「よいしょ……あー、はいはい……えっと……何でしょう?」

 男は、山積みの本を抱えて、私の前に現れた。
 見た目は、私と同い年くらいの初老の男だ。私は用件を彼に言ってみる。

「私は、東京の某大学で教授をしている『木原』と言うものです」

 と言って、私は彼に名刺を渡した。

「……ほうほう、考古学者なのですか? ……なるほど。それで、何か御用で
すか?」
「ええ、実は、とある資料を探しているのです」
「とある資料? ……と言いますと?」
「実は、吹利に纏わる昔の文献を探しているのです」
「昔と言いましても、どのくらいの時代のものでしようか?」
「まぁ、なるべく昔……出来る限り昔の資料が欲しいのです。……そうです
ねぇ……少なくとも、南北朝時代よりは前になると思います」

 南北朝時代より前……それについての根拠は無い。ただ、私の知る限り、あ
の「かけら」に書かれた模様が、それより後の時代には無いものだと言う感じ
だった。

「はっはっはっ……いくら何でも、そんなに古い文献は無いですよ」
「いや、それより古い時代のことが書かれている物で良いのですよ」
「そうですか……そうですねぇ……」

 と言うと、男は暫く考えてから……。

「……まぁ、無くはないですが、ちょっと待ってください……」

 男は、そう言うと、奥に入って行った。
 暫くして、男がドアから顔を出して、私を手招きする。
 私はそれに従って、奥へと入ってみた。

「いやー、今、新館を建設してましてね、それに伴って、この旧館の書物の整
理をしてるんですよ」
「ほう……」

 ふと見渡すと、あちらこちらに本が山積みになって、散らかっている。
 男と話しながら、私は奥へ奥へと歩いていった。

「ここですよ。……ちょっと待ってください」

 と男は、ポケットから鍵を出し、掛かっている鍵を外した。
 其処には「民族資料室」と言うプレートが書かれていた。

「そうですねぇ、南北朝時代より古いとは限らないと思いますが、時代が不
 確定な物や、時代背景が掴めていない古代資料などなら、此処に有る物だけ
 ですね」

 男は、そう言って私を中へ案内した。

「ほほう……これはこれは……」
「ただ、民話紛いな物ばかりなのでねぇ……ご参考になるかどうか……」
「いえいえ、そんなことはありませんよ……」

 この日から私は、数日の間、この資料館に通うことにした。

                  ☆

 数日経ったある日のこと……。
 私は、いつもの様に、この「民族資料室」に隠って調べていた。
 ここに有る物は、主にこの吹利に纏わる伝説や民話など……民話紛い所の騒
ぎでは無い。
 正に、そのものと言う資料ばかりだろう。
 だが、行き詰まっている私には、もう、伝説や民話レベルでの資料探ししか
残されていなかった。
 どんな「きっかけ」だって良い。そう縋る以外に道はない。
 などと思いつつ、既にここに来て数日経っているのだ。たが、未だ道は開け
ていない。

「うーむ……必ず『少女』に繋がるきっかけはあるはずなのだ……」

 などと、呟きつつ……

「……おや? これはなんだろう?」

 私は、一つの書物の中から、何かとっかかるものを感じた。
 それは、民話として語り継がれている物らしい。
 ある国の姫が、国の滅びようとしている時に生け贄として、神に捧げられた
と言う話の様だ。
 その時に王は、何時か姫が蘇ることが出来る様にと、魂を一緒に封じ込めた
と言うことになっている。
 そして、その魂が「加由羅」付近にて、彷徨っていると言うことらしい。
 「加由羅」とは、かなり昔の伊吹山周辺の地名らしい。
 何となく、胡散臭い気もするが……何故かとっかかりを感じたのだった。
 そう思いつつ、私はその本をペラペラと捲っていく……。

「ん? ……こ、これは!?」

 私は、驚愕した……。なんと、その本には、少女から貰った「かけら」に書
いてある模様と同じ模様が書かれていたページが有ったのだ。
 どうやら、その模様はその「国」を象徴するものの様だ。

「……しかし……いや、間違い無いだろう……だが……」

 如何せん、民話である。民話と言うのは、何かの根拠があって成り立つもの
だが、あまりにも、この場合根拠が無さ過ぎるとも言える。
 その時、私は少女の声を聞いた……。

「約束だよ……」

 私は、心で少女が呼んだと思い、ふと天井を見上げる……。
 そう、私は約束を果たさねばならないのだった……。

「約束だからね、賢治君……」

 いや、空耳では無い……、私は振り向くと、其処に少女が立っていた。

「……き、君は、一体……」
「約束……守ってくれるよね?」
「……ああ、守る……絶対、守るとも……」
「良かった……」

 少女は安心した様に、微笑みながらすーっと消えていった……。

                  ☆

 ――――加由羅と少女

 その日から、私の「加由羅」探しが始まった。
 だが、私は、このことを論文にしてみたが、あまりにも根拠が無い。
 あるのは分かっている……だが、存在を実証出来ない……。
 こんな根拠ない話に、大学が金を出してくれるはずも無い。
 私は、悶々とした日々を送るより仕方がなかった……。
 そう、昭和62年の「あの出来事」が来るまでは……。



第四章 『加由羅』


 昭和62年 夏……

 吹利県吹利市……
 既に区画整理もある程度落ち着き、次第に新しい吹利へと変貌していく……。
 しかし、私の悶々とした日々に終わりはなかった。
 あれから、更に1年半の年月が過ぎた……だが、『加由羅』はまだ発見して
いない。
 それと言うのも、『加由羅』についての調査がほとんど出来ないせいだった。
 それは、伊吹山が公園工事に伴って一部関係者以外立入禁止になってるせい
だ。
 だが、それ以上に個人での遺跡調査には限界があるのだ。
 まさか、スコップ片手に、掘り探すことも出来ない……。
 かと言って、この話を学会が承認するはずも無いのだった。

「約束は……果たせぬかもしれんよ……」

 私は、誰も居ない虚空へと呟く……。
 そう、私には時間があまり残されていないのだった……。
 なんと言っても、私は今年53歳になる……。他人には「若い、若い」と言わ
れるが、私の体力も、かなり衰えがきている。
 若い頃が懐かしい……何故もっと早く気づかなかったのか……。
 私は、悔しさがこみ上げてくる。後、10年早ければ、もっと活発に活動出来
るはずなのに……。

 そんな折りに、私は教え子に出会った。名を「新見隆康」と言う。
 その教え子は、元々京都の生まれだと言っていた。大学卒業後、地元に戻り
地質調査の仕事をしてるらしい。

「先生、お久しぶり」
「おぉ、新見君か。いや、懐かしいねぇ」
「先生にこんなところで会えるなんて、思ってもいませんでしたよ」
「そう言う君こそ、こんなところで何をしているんだね?」
「吹利の地質調査ですよ。最近、宅地開発や区画整理なんかで、地盤の調査を
しないといけないんですが、人でが足りないと言うんで、わざわざ、京都の業
者も参入してるんですよ」
「なるほど、君も大変だねぇ」
「いやいや……あ、そう言う先生は、ここで何してるんです?」
「まぁ、里帰りがてらに、吹利の遺跡の調査をな」
「へぇ……で、どの辺りの調査をしてるんですか?」
「伊吹山の辺りなんだが……」
「ほぅ……奇遇ですねぇ、ボクもその伊吹山の地質調査に来たんですよ」
「ほほう、そうかね」

 私は、久しぶりに会った新見と学生時代の話に華を咲かせる。
 そこで、私はふと新見に遺跡の話をしてみた。

「うーん……伊吹山に遺跡が眠ってるんですかぁ……」

 どうも新見は、うさん臭く感じている様だ。まぁ、どだい無理な話だとは思っ
てる。

「……じゃあ、先生も地質調査の一員として、参加してみます?」
「ああ、よろしく頼むよ。……仮に何もないと出たなら、それはそれでいいと
言うわけだから」
「しかし……先生も、随分と思い入れがある様ですね」
「ああ、私の考古学者人生の全てを賭けたいと思っているんでね」
「へぇ……そこまでに……なら協力しない訳にはいかないですねぇ」

 新見は、軽く笑って了承してくれた。

                  ☆

 数日後。
 私は、伊吹山周辺の地質調査の一員として携わっていた。
 そもそも、この調査とは、伊吹山近くに「伊吹公園」を作ると言う関連工事
らしい。
 まぁ、ある意味私の仕事とは、筋違いな部分も多いものだ。
 最近の地質調査は、何やら色々な機械を使って行うらしい。昔の様に、土を
掘って土の質や度合いなどを調査するわけでは無いようだ。
 それから、数日の間、私は地質調査の一員として携わったが……これと言っ
て何も無い日々が続いた。

「うーん……これと言って、変化は無いですねぇ……」

 新見は、機械のモニターを見ながら、私に呟いていた。

「そうか……」

 私は、「又か……」と言わんばかりの、ため息混じりの言葉を吐き出す……。

「うーむ……ここにも無いと言うことか……」
「そうですねぇ……しかし、まだ後何点か、調べる場所はありますけど……」
「もう良いよ……これ以上は君の仕事に支障をきたすだろうから……」

 私は、又振り出しに戻ってしまった……。
 仕方がない……又明日から、山積みになった文献を調べよう……。私は、脱
力感に苛まれながら、次の調査のことを考えていた。

「あの〜……」

 その時、一人の男が、私たちを呼び止めた。

「はい、なんでしょうか?」
「どうも、ご苦労様です。私は、今向こうで地盤工事に携わっている現場監督
なんですが……」

 男は、そう言うと、私たちに一つの「石」を見せた。

「いや、丁度、地面を掘り起こしてたら、何かこんな物が出てきましてね。
 あの辺りは、この間、別の業者が地質調査した時は、何も無いと言ってたん
ですが。……何やら、石と言うよりは、土器とかそう言う類ものの様な感じが
したんで……それで、丁度こちらに、考古学者さんが来ていると言うので、
ちょっと見て貰おうかと思って、持ってきたんですよ」

 私は、男に言われた様に、その「石」を見つめた。
 ふむ、確かに自然に出来たものでは無いことは、私が見ても分かった。

「そうですなぁ……確かに土器の様な物みたいですな」
「先生……もしかして、先生の探している『加由羅』に、何か関わっている物
なんですかねぇ?」

 私は、ハッと気づいた。そう、もしかしたらそうかもしれん。

「で、これはどの辺りで、見つけたものなのですか?」
「こっちですよ、ちょっと来てくれますか?」

 私は、その男の案内されるがままに、現場へと行ってみることとなった。

                  ☆

「せ、先生! これは……!?」

 新見が、私に一つの「かけら」を拾って見せた。
 その「かけら」は、さっき男が持って来たものに似ている。しかも、その「か
けら」がそこら中から、掘り起こされていたのだった。

「……こ、この模様は!?」

 私は全身で震えていることを感じた。そう、私が「少女」から貰ったあの「か
けら」と同じ模様が書いてある物まであるのだ。
 私は感激に涙した……。
 とうとう、あの少女との約束が果たせる……、そう実感していた。
 その後……この現場の徹底調査が行われた。
 そして、ついに『加由羅遺跡』の痕跡を発見したのだった。
 私は、慌てて、伊吹山を降りていく。そう、全てはこれからなのだ。



第五章 『遺跡の向こうに……』


 私は、伊佐見泰三……大学で助教授をしている。
 専攻は考古学……今では、世界中を飛び回って、あちらこちらの遺跡調査を
している。
 周りのみんなは、アクティブな研究者だと言っているが……何、要はじっと
しているのとデスクワークが嫌いなだけだ。

 こんな私を可愛がってくれる人が居る……。
 私は彼を師と仰いでいる。
 それが木原教授だ。
 そんな彼が取り憑かれた『加由羅』とは……。

                  ☆

 昭和62年 冬……

 私は、東京に居た。
 その頃の私は、木原教授と同じ大学にいたのだ。
 それと言うもの、木原教授が私と共に研究したいと言ったらしいので、私は
同じ大学へと来ることとなった。誠に有り難い話だ……。
 そして私は、殺風景な研究室で、嫌なデスクワークをしていた……。

「うーむ……あー、止めだっ! 止め……」

 私は、デスクワークに嫌気がさし、その場で放り投げた。
 と言っても、誰かがやってくれる訳ではない。やっぱり私がやるしかないの
だ。

「はーっ……早くどこかの調査に行きたいものだ……」

 私は、溜まった書類を憎々しげに眺めながら呟いた。

 コン、コン……
 その時、研究室のドアと叩く音がした。私は、「はい」と言って答える。
 すると、ドアを開けて入ってきたのは、私の恩師、木原教授だった。

「あー、伊佐見君、ちょっといいかね?」
「ああ、木原先生……いいですよ、今、書類整理が一段落した所なんで」

 本当は、書類整理などほとんどやっていない。
 まぁ、木原先生と話をするもの、気分転換にはいいだろう……私は、そう自
分を納得させた。

「話と言うのは……実は、吹利である遺跡を調査したいのだよ」
「吹利に遺跡? ……と言いますと?」
「ほら……前にも一回話しをしただろう? あれだよ」
「……もしかして……『加由羅』ですか?」
「ああ…その『加由羅』だよ」

 加由羅……それは、木原先生が数年前から、吹利で探している遺跡のことだ。
 詳しいことは、私もよく分かっていないが、何でも歴史的発見の価値がある
ものだそうだ。

「それって、伊吹山付近に作っている公園の工事中に見つけたと言う奴ですか
ね?」
「ああ、その通りだよ。……とうとう、その『加由羅』の発掘調査の辞令が降
りたんだ」
「へー、それは、おめでとう御座います先生」

 私は心から、先生に祝福の声をかけた。

「ついては、伊佐見君にお願いがあるのだよ」

 木原先生は、急に真剣な顔立ちで、私に話しかけて来た。

「そんな……改まってお願いだなんて……私は先生の為なら、何でも協力しま
すよ」
「実は……二つお願いがあるのだ」
「二つ? ……いやー、先生の頼みなら、二つでも三つでも好きなだけ構いま
せんが」

 私は、苦笑いを浮かべる。

「一つは……今回の発掘調査に君も参加して欲しいんだよ」
「そりゃ、願っても無いことです。こちらからお願いしたいくらいですのに。
 ……で、二つ目とは?」
「実は……誠に言いにくいこと何だが……資金のことなんだよ……」
「資金?」
「ああ…実は、辞令が降りたことは降りたんだが……経費が足りないかも知れ
ないのだよ」
「ほほう……しかし、大学もケチですなぁ…もっとぱーっと出してくれてもい
いのに」
「確か、伊佐見君の家は、資産家だったと聞いたんでな……」
「資産家だなんて……そんな大層なものじゃないですよ」

 まぁ、確かに、私の家系は元々武家の家柄で、戦前はかなりの土地を所有し
ていたと聞いたけど、今では、その半分も無い。と言っても、普通の人から見
れば、余裕があるだろうと思うが……。

「うーん……まぁ、時と場合によっては、資金提供もしますが……そんなに予
算が足りないんですか?」
「いや、それほど深刻な問題でもない。ただ、今回の調査自体、まだはっきり
した歴史的根拠に基づく遺跡の調査では無いんでなぁ……」
「はぁ……」
「歴史的価値が無いと分かれば、大学側も資金を削減してしまうことだろう。
 ……が、今回ばかりは、中途半端に終わらせたく無いのだよ」
「そうですか…… うーん……まぁ、そこまで言うなら、助力は惜しみません
が……」
「……理由を聞きたいかね?」
「出来れば……あ、言いたくないなら、別に良いですよ。私は、そんなに心の
狭い男じゃないですから」

 木原先生の『加由羅』に対する思いは、かなりのものだ……私は、先生の話
を聞いてて、それがはっきりと分かっていた……いや、もしかしたら、私が、
単なるお人好しなのかもしれない……。

「すまないね、伊佐見君……。理由を言ってもいいのだが…これから言う話を
信じてくれるかね?」
「……分かりました、心して聞きますよ」

 木原先生は、『加由羅』に取り憑かれた経緯を、私に話し始めた……。
 幼い頃出会った少女のこと、少女から貰った「かけら」のこと、その他色々
なことを、私に話てくれた。
 確かに、先生の話だけを聞いたなら、馬鹿げてると言う人も多いだろう。
 だが、私は、先生ほどの人格者が、夢幻の出来事だけを鵜呑みのして、今回
の調査をしている訳がない……やっぱり私は、ただのお人好しなのだろうか?

「分かりましたよ、先生。要は、その遺跡を調査してみれば、全てが分かるで
しょう。それだけのことですよ」
「すまない、伊佐見君……」

 木原先生は、私に深々とお辞儀をして、謝っていた。
 私は、そんなことより、その『加由羅』の方の興味が湧いてきた……と言う
より、今のデスクワークから逃れたいだけかもしれないが…。

                  ☆

 昭和63年 春……

 吹利県伊吹山……
 
 その頃、『加由羅』遺跡の発掘は既に行われていた。
 幾つかの出土品も出てきている。が、しかし…どうも、木原先生の言ってい
たものとは違っていた様だ。
 私が見るに、この発掘した出土品は、恐らく縄文時代の物だろう。

「……違うな……こんな物じゃない……」

 先生が、何かを噛みしめる様に呟いていた。

「違うんですか……困りましたね」
「うむ……まぁ、この吹利にも縄文時代に、集落が存在したと言う証明にはなっ
たがな……」

 先生は、腑に落ちない趣の様だった。先生の言っていたのは、もっと高度な
文明の様に聞こえた。とても、こんなありがちな遺跡ではないはずだ。
 と言っても、これだけでも十分歴史的価値はあるのだが…。

「やはり……長期戦になりそうだな……」
「そうですな……」

 私は、先生の言っていた「中途半端に終わらせたくない」と言う言葉を思い
出した。
 本当、このままでは、長期戦になりかねない……。遺跡はあるのだが、求め
ていたものと違う……こんな例は、世界でも珍しく無いものだが……、少なく
とも、私は今までのこんなことを味わったことが無かった。

「まぁ、仕方ないですな。やれるだけのことはやりましょう」

 私は、先生を励ます様に言ってみせた。遺跡調査とは、こんなにも難しいも
のだったのだ……私は、改めてそう実感せずにはいられなかった。

                  ☆

 昭和63年 初夏……

 まだ、『加由羅』の発掘調査は終わってない……。
 しかし、未だに先生の言っている文明に関する出土品はおろか、痕跡も発見
出来ていない。
 やはり、先生の言っていたことは、夢幻のことだったのか……。いや、そん
なことはないはずだ……とにかく、今はやれるだけのことをするだけだ。

「先生……ちょっと休みましょうよ」
「ん? ……ああ、そうだな、少し休むか……」

 私は、休憩所へと足を運んだ。

「うーむ……間違いだったのか……いやいや……」

 先生は、何やら独り言を言っている様だ。私は、何とかして先生の願いを果
たしたい……。
 しかし、こうも当てが外れると、何を言って励ましてあげればいいのか分か
らない……。

「先生……場合によっては……」
「……いや、私は諦めんぞ……諦める訳にはいかないのだ」
「しかし……」

 その時だった……調査隊の一人が、私たちを呼んでいたのだった。
 私たちは慌てて駆けつける……。

「教授!! こっちです、こっち」

 教授の助手である、三木君が何かを発見した様だ。
 その場所は、実際に調査している場所より、更に伊吹神社よりの方だった。

「こ、これは……!?」

 そこには、ぽっかりと穴が空いていた。しかし、意外に大きな穴だ。人が入
れるくらいはあるだろう。

「先生……もしかして、これが……」
「ああ……かもしれん」

 見た目でも、人工的に掘った穴だと言うことが、私たちには分かった。

「実は……出土品を掘り出してした時、随分大きな岩が出てきたので、邪魔だ
と思い退けてみたら、いきなりこんな穴がぽっかり空いていたんです」

 そこは少しなだらかな、斜面になっていた。だが、その辺り一帯は、最低で
も10m以上掘っているはず……この辺り一帯で、10m以上の位置なら、多分、縄
文期以前だろう。
 私は、掘り起こした岩を見てみる……。岩と言うより……何かの蓋の様にも
感じる……。
 色々な角度から見てみる……うーむ……自然の岩だが……何か手を加えた感
じがする。

「……やはり、私の探していた『加由羅』だよ……」

 そう言った先生の視線の先にある壁には……何かの模様が書かれていたのだっ
た……。



最終章 『11年目の真実』前編


 昭和63年 5月30日……

「誰か、懐中電灯を持ってきてくれ……」
「先生っ! 調査無しに、いきなり入るのは不味いですよ」
「うむ……しかし……」
「はやる気持ちは分かりますが……今日は、もう時間が時間ですし……」

 その時、時刻は、既に4時を回っていた。私は、このまま調査を続けると夜
になってしまうと思い、はやる木原先生を宥めた。

「それに……穴の中には、幾分か土砂が入ってるようです。ですから、その除
去をしてからでも遅くはないですよ」
「そうだな……では、今日の作業は此処までとして、明日、此処の調査をする
ことにしようか」

 そして、今日の調査は終わった。だが、今日の収穫は、これまでにないもの
であったことは言うまでもない。そう、とうとう「加由羅」にたどり着いたの
だ。

 ――その夜

 私たちは、宿舎に戻り、今日の作業の経過と明日の作業の打ち合わせをして
いた。

「先生……あの穴は、一体何の穴なんでしょうか?」
「そうだな……多分、縄文期に儀式か何かで使われた洞窟かもしれん」

 私には分かっていた……先生がそんな物に使われた代物では無いと考えてい
ることを……。
 だが、あえて私は口を挟まなかった。

「……そうですなぁ……では、明日はあの穴の土砂の除去と、近辺の地盤調査、
それに引き続き、他の出土品の整理……と言う感じでいいですか?」
「よろしい。では、みなさん、明日も頼みますよ」

                  ☆

 その夜、私は、興奮して眠れなかった。
 流石に、目指していた目的の加由羅の痕跡が、とうとう目の前に現れたのだ。
 これぞ、考古学の極みだなと思う私であった。
 そして、用を足しに起き上がり、トイレへと向かう途中。

「……おや? ……先生……?」

 廊下の窓から、外を眺めている先生を見かけた。
 窓は、月明かりに照らされている。

「伊佐見君かね……君も眠れないのか?」
「ええ……やっぱり先生も?」
「ああ……とうとう見つけたからな……」
「そうですね……いよいよですね……」

 私は、先生の横に立ち、一緒に外を見る。
 月明かりの照らされた、宿舎の裏庭。
 今日の月は、一段と綺麗に見える。

「先生……少女は、一体、何を助けて欲しいのでしょうか?」

 私は、はやる気持ちを抑えられず、先生に聞く。
 もっとも、その答えは、あの『加由羅』に眠っているのだ。
 その為の遺跡発掘とも言える。

「そうだな……今はまだ分からないが……きっと、あの加由羅を発掘すれば必
ず、少女を助けることになるはずだ」
「そうですね……助けましょう。絶対」
「ああ……伊佐見君……明日もよろしく頼むよ」

 そして、私と先生は、寝床につき、朝まで眠りについたのだった。

                  ☆

 昭和63年 5月31日……

 翌日は、あの穴の土砂除去から始まった。先生は、その穴のそばで、そわそ
わしていて妙に落ち着きがない。

「先生……そんなに、そわそわしなくても、『加由羅』は逃げませんよ」
「ん? ……うーむ……」

 先生は、何処か上の空と言う感じだ。私の声など耳に届いているかどうか分
かったものじゃない。
 と言う私も、実は期待に胸を躍らせているのだ。なんと言っても、日本にも、
かなり高度な文明があったと言う証拠が眠っているかもしれないのだから。
 しかし。その真実を知っているのは、私は先生だけだ……。
 そう今回の発掘は、あくまで、縄文期の遺跡の発掘なのだから。

 暫くして、穴の土砂の除去は大体終わった様だ。

「ごくっ……いよいよですね、先生」
「ああ……いよいよだよ、伊佐見君」

 私たちは、ついに『加由羅』の扉を開けたのだった。
 中は暗い…当然と言えば当然だ。その中に、私たちは慎重に入っていった。
 遺跡の中は、幾つかの分かれ道になっていた。さながら迷路と言ったところ
だろう。
 こういう遺跡の類には、良くあることだ。

「先生……どうしましょう……かなり奥は深い様ですが……」
「そうだな……別れて調査してみよう」

 私たちは、3班に別れ、それぞれ調査することになった。
 まず、私と先生に更に一人、そして、三木君とその他2人、後は残りのメン
バーと言う構成となった。

「三木君達は……そうだな、こっちの調査をしてくれ。君たちは、そっちの調
査を…私たちは、この道の調査をしてみる」
「分かりました……しかし、別れて調査して大丈夫でしょうか?」
「まぁ、あまり深追いはしない様にな。危険を感じたら、直ぐに外へ出てくれ」

 3班は、それぞれ別れた。

「……先生……先生の目指すものは、この先にあるんでしょうか?」
「……さあな……しかし……呼んでいるんだよ……」

 呼んでいる? ……私は、耳を澄ましてみた…しかし、何かが呼んでいる様
な声はしない。
 と言うか、聞こえないのは当たり前だ。誰も立ち入ってない遺跡から、声が
聞こえたらそりゃ大変な騒ぎだろう。その時、きょとんとした私に、先生はこ
う言った。

「いや……呼んでいるよ……あの少女がな……」

                  ☆

 それから、数十分奥へと進んだ…、意外に奥は深い様だ。

「先生……意外に深い様ですね」
「うむ……む? ……伊佐見君、見たまえ」

 木原先生の視線の先には、壁が見えた……行き止まりの様にも感じる……。

「あら? 行き止まりですかね?」

 そこは、何か扉の様にも感じたが……これと言って、殺風景にも見える……
ただ、行き止まりの左右に、なにやら模様の書いてある岩があるだけだ。

「うーむ……」

 先生は、その近辺を色々調べている。すると……

「伊佐見君……今何時かね?」
「え? ……えっと、今、昼過ぎですが」
「そうか、なら一旦戻るか……あー、そこの君」

 先生は、私たちの同行している、発掘調査の一員に声をかける。

「先に行って、他の連中に昼食を取る様に言っておいてくれ。私たちは、もう
少し調べてから戻るから」

 そう言い、一員を戻らせる。うむ、意外に先生は冷静の様だ。この発掘調査
が行われた時大層、張り切っていた。さっきだって、妙に落ち着きがなかった。
 だから、私は少々不安だったのだ。

「さて、伊佐見君……私は、ここが遺跡の本当の扉だと思うが……どう思うか
ね?」
「そうですなぁ……私もそう思います」
「なら……この先、どうやって進むのだろう?」
「うーむ……そうですなぁ……」

 私は、周囲をもう一度良く見回して見る……。

「多分、あの模様の書かれた岩が、何らかのカギになっていると思いますが……」

 と言って、私はその岩の前に立った。

「こういう類のものは……大抵……動く様に……なってる………ものですよ……」

 そう言いながら、私は、岩が動くのではないかと無理やり動かそうとする。
 すると、岩が崩れてしまった…。

「あ……」
「……伊佐見君……壊さんでくれよ……」
「すいません……」

 しかし、その時、何もない壁だったところに亀裂が入り……そして、中に入
れるほどの隙間が出来たのだった…。いわゆる「結果オーライ」と言う奴だな。
 いよいよ、本当の遺跡へと入って行く、私たちだった。



最終章 『11年目の真実』中編


 昭和63年 5月31日……

 私たちは、とうとう、遺跡の最深部へと到達することが出来た様だ。

「……先生……これは……」

 私は驚いた。そこには、何体もの石像が立っていたからだ。
 規則正しく、通路の両脇に一列になって、何十体もの石像があるのだ。

「うーむ……おそらくは、この遺跡を見守るために作った守護像だろう」
「……不気味ですな……」

 私たちは、その守護像(ガーディアン)達の間を、静かに歩いていった…。そ
う、何かに、監視されている気がする感じを受けながら…。
 そして更に奥へと進んでいった。

「おおっ……これはっ!?」

 そこで、私達の見たものは、少しばかり光を発する壁に囲まれたドーム状の
空間だった。
 なにやら、不思議に感じのする光景……宛ら「幻想的な神殿」といった雰囲
気だろうか……。
 その空間の中央には、何やら楕円形の球体があり、その一番奥の壁には、人
間を象ったレリーフがある。
 その時だった……突然、何処からか私達に語りかける声がした…。

『……そこの者達……何の故あって此処に参った……?』

 私は、辺りを見回したが……人が居る様子は無い。

『……私は……この神殿を見守りし者……そなた達は盗掘か……?』

 声は、ドーム全体から発している気もする……いや、どう表現していいか分
からないくらい声の出所が分からない。

『……もし……盗掘だと言うなら……此処のは、そなた達が欲する様なものは
無い……早々に立ち去るが良い……』
「……見守りし者よ……私達は盗掘ではない……」
『……なら……何の故あって参ったのだ……?』
「……私は、少女の導きがあって、此処に来たのだ……」

 先生は、自分達の立場を主張し、声の主と話し合っている。
 そう言えば、先生は「少女」に教えられて、遺跡の発掘をしたいと言ってい
たっけな。

『……そうか……皇女の導きによって参ったのか……』

 皇女? ……私には、話の内容がさっぱり分からない……。と言うより、こ
の遺跡がどのような目的で作られたのか?
 そっちの方が早く知りたい……もしかしたら、私は結構不謹慎かも知れない
な……。
 私が、そんなことを考えていると、突然、『神殿』の奥にあった人型のレリー
フにひびが入ったかと思うと、中から人が現れたではないか。
 私は、驚きのあまり声も出なかった……。

「……案ずるな……私に敵意は無い……」

 しゃ、喋った!? ……しかも日本語でだ。一体、どういうことだろう? ……
まさか、数千年前から日本語は、標準語として喋られていたとでも言うのか?
 もし、それが事実なら、これは歴史を覆す大発見だろう。

「……そこの者……私が何故、そなた達と同じ言葉を喋れるか知りたいか?」

 まるで、心を見透かされているかの様に、見守りし者は、私に語りかけてき
た。
 いや、実際に心を見透かされていたのだ。
 話によると、その「見守りし者」には、人の心を読む能力があるらしい……。
 いや、読むだけでなく、直ぐに得た情報を、活用出来る能力まで持っている
と言うのだ。
 だから、日本語が喋れたのか……ちょっと残念だった…。

「つまり……あなたは、ここの守護神ですかな?」
「……守護している訳ではない……そなた達の言葉で言えば『管理』している
とも言えよう……と、言っても、かなりの間機能していなかったがな……」
「だから、『見守りし者』と言うわけか……」

 見守りし者は、ゆっくり歩きながら私達に近づいてきて……。

「私は……長い間に、大半の機能を失っている様だ……今出来るのは、そなた
達と、こうして話が出来るのが限度と言うところだろう……」

 すると、先生は口火を切った様に、見守りし者に尋ねた。

「なら……教えてくれんか? ……此処に一体何があるのか……」

 先生は、静かに……だが、力強い口調で……何かを……真実を聞きたがって
いた。
 そう尋ねる先生へ、見守りし者は、静かに答えた……。

「……それは……経緯を語らねばなるまい……そう……そなた達から見れば遥
 か昔……私にとっては……つい昨日のこと……」

                  ☆

    遥か昔……

    ここには、ある王国がありました……

    平和な王国に……

    やがて、終焉の時が迫りました……

    厄災が迫っていたのです……

    王は、国の者達に命じて、厄災を防ぐ様に努めました……

    ですが、厄災を防ぐことは出来ませんでした……

    しかし、王は……

    このまま国が滅ぶのを……

    どうしても防ぎたいと思っていました……

    そして、王は、ある決意をしました……

    王は、娘に言いました……

    『おまえが居れば、王国は又復興できるのだ』と……

    娘は、何も言えませんでした……

    王は、娘の体を「器」に封印するよう命じました……

    こうして、娘は長い眠りについたのです……

    そして……王国は滅んでしまいました……

    いつか、復興を夢見て……

                  ☆

 娘は、何故なにも言わなかったのだろうか……まぁ、遥か昔の慣習など、私
には分からない。
 ただ……娘は、過酷に運命を背負ったまま、眠りについたに違いない…それ
だけは、私にも分かったような気がした。

「まるで…繭の様だな……」

 先生は、神殿の中央にある楕円形の球体を見ながら呟いた。
 先生は一体何を感じただろうか……

「先生……一体どうします?この状況を……」
「……」

 先生は、時々頑固なところがある……私は、ふと思い出した。
 おそらく、先生は、今の話を聞いても考えを変える気は無いと思う……。

「で…どうやれば封印は解けるのかな?」
「封印は……直ぐには解けない……今の私に、その力が無いからだ…」

 見守りし者は、表情を変えず、淡々と語りつづける。

「先生! 封印を解くつもりですか?」
「私は、元々そのつもりで来たのだよ。伊佐見君……」

 先生は、私を一瞥してから、もう一度、見守りし者へ聞いてみる。

「……直ぐ解けないと言うなら、どうすればいいかね?」
「封印は、直ぐには解けないが『器』は活動することが出来るはずだ」
「『器』が活動?」
「そうだ……『器』を活動させることが、封印を解く手助けとなる様になって
いる」
「ふむ……なら、直ぐ活動できる様にしてくれんかね?」
「それなら、お安い御用だ」

 そういうと、見守りし者は、中央の楕円形の球体に歩み寄っていく……。
 そして、球体に触れると……突然、その球体が光を発した……。
 かと、思うと、その球体を構成していた繊維状のものが解けてゆき……その
中には「少女」が横たわっていた……。
 私は、驚きの連続だった…。超古代文明の遺産……それが「少女」だったと
は……。

「直ぐには、目覚めることが出来ないが……まぁ、それほど時間はかからない
だろう」

 すると、突然、神殿の入り口の方で、何やら物音がした……。

「ん? ……なんでしょう?」
「多分、三木君たちが、私達の帰りが遅いのを見て、迎えに来たに違いない……」

 しかし、それは間違いだと言うことが判明した……。
 その時、見守りし者の表情が始めて変わったのだ……何やら、神妙な面持ち
だった……。

「……しまった……うかつだった……」
「どうかしたのか?」
「ガーディアン達が、活動を再開してしまう……」
「ガーディアン?」

 私は、一瞬意味がわからなかったが……しかし、直ぐに気づいた……そう、
神殿の入り口にあった多数の石像…………それら全てがガーディアンだったの
だ……。

「ガーディアンか……それは厄介だな……」
「ええ……って落ち着いてる場合じゃないでしょう?」
「そうだな……」

 しかし、先生は少しも動じていない。

「……して、見守りし者よ、ガーディアンを止める方法は無いのかな?」

 おおっ、そうだった。見守りし者は、この神殿の管理している……なら、止
める方法も知っているはずなのだ。
 だから、先生は落ち着いているのか……流石は先生、こういうのを「年の功」
と言うのだろう。

「……無い」

 その希望は、直ぐに絶望に変わった……。

「今の私には、直接止める方法が無いのだ……」

 私は、考えに考えて見た…。

「……あ、何も止めなくても、今のうちに逃げ出せれば……」
「ガーディアンが、遺跡の外へ出てしまったらどうするのかね?」

 間髪入れずに、先生の突っ込みが入る……、ちょっと考えが浅はかだな……
私は……。

「直接止める方法が無いというなら、間接的に止める方法は無いのかな?」
「無いことも無い……が……」
「が、何かね?」
「……この神殿自体を、倒壊させなければならないことになる」
「この神殿を破壊すると言うのか?」
「そういうことだ……」

 しかし……私達にそれだけの力は無い……もっともあるくらいなら、ガーデ
ィアンと戦っているはずだが。
 ……ちょっと待て……その方法も無理と言うのか?

「神殿自体を倒壊させるのは、それほど困難ではない。私の居た場所にある仕
掛けを動かせば良いだけだ。だが……」
「だが?」
「動かすと同時に、神殿は瞬時に崩れ去る……逃げている暇は無いな……」
「ふむ……そういうことか……なら……」

 先生は、そう言うとゆっくり歩き出し、そして……振り返って、私に言っ
た…。

「伊佐見君……私は、決めたぞ」
「な、何をですか? ……ま、まさか……」

 私は、瞬時に先生の考えいてたことが分かった……。

「伊佐見君……見守りし者と、その少女を連れて、直ぐ遺跡を脱出するのだ」
「しょ、正気ですか先生!?」
「ああ、私は正気だよ、伊佐見君」

 そう、先生は、自分を犠牲にして、ガーディアンを食い止めるつもりだった。

「先生!! やめてください!!」
「何を言っとる、考える時間などあまり無いぞ」
「で、ですが……」
「見守りし者よ、ガーディアン達が動き出すまで、どれくらいかかるかな?」
「直ぐと言うほどではない……が、それほど時間はかからないだろう」
「そうか……なら、今のうちに逃げ出した方が良いぞ、伊佐見君」
「しかし、先生を見捨てるなんて、私には出来ません」
「何を言っとるかっ!!」

 先生は、弱気な私に向かって、一喝した。私は、これだけ怒った先生を始め
て見た……そして、もう二度と見ることのないことだと悟った……。

「私は……実は、もう長くないのだよ……」

 もの凄い剣幕だったかと思った後、直ぐに俯き加減で、私に淡々と言った。

「長くは……無い……?」
「ああ……実は、去年暮れに風邪を引いて…医者に行った時……」

 先生は、癌だった……それも、末期だと言う……医者には、長くて、半年だ
と言われていたそうだ。
 しかし、先生は、そんなことをおくびにも出さないで、発掘作業を続けてい
たのだ…。
 最近、妙に痩せていたのは、疲労の為ではなかったのだ……私は、何も言え
ず、ただ先生の言葉を聞くしか出来なかった……そう、最後の言葉を……。

「……あ、そうそう……それと……」
「なんですか?」
「少女が目覚めたら、伝えておいてくれ……」

 先生は、もう一度、私に振り返って言った。

「『賢治は、約束を守ったよ』とな……」

                  ☆

『賢治君……』

『……え? 何?』

『もし……もしだよ……私が『助けて欲しい』と言ったら、助けてくれる?』

『え……あ、ああ、もちろんだよ。ボクで出来ることなら、なんでもするよ』

『本当に?』

『もちろんさ』

『約束だよ』

『うん。約束するよ』

 そう言うと、少年は小指を差し出してみる。少女は意味が分からずに、ただ、
少年の小指をじっと見ていた。

『指切りげんまんだよ。知らないの?』

 と言って、少年は少女の手を取り、小指を絡ませる。

『ゆーびきりげーんまーん、うーそついたーら、はりせんぼーんのーーます。
ゆーび切ったっ!』

 そう少年が言うと、少女は嬉しそうな顔をして「約束だよ」と、もう一度少
年に言った。

                  ☆

「約束は守ったよ……でも、私が居ないと知ったら、怒るかな……」

 私は、先生の最後の伝言を聞くと、神殿を脱出する準備を始めた。

「伊佐見君……元気でな」
「先生も……って、ちょっとおかしいですかね」
「ふふふ…そうだな」

 私には、もう躊躇いも戸惑いも無かった……先生が望むこと……それが達成
出来たのだから……。
 それに、先生の最後が、笑顔だったことがなによりだった……。
 そして……私達は、神殿を後にした……。



最終章 『11年目の真実』後編


 私は、今、走っていた……。
 少女を抱えて走っている……。
 何故か? ……それは、この遺跡が崩れ始めているからだった……。
 こんなに走ったのは、どのくらいぶりだろうか……。
 多分、高校生の頃にやった、マラソン大会以来ではないかと思う……。
 ひたすら……ただ、ひたすら走っていた……遺跡の入り口目指して……。

 ゴゴゴゴゴゴゴゴ……

 地の底から我々を飲む込もうとするほどの地響きがする……。
 しかし、ゆっくりその地響きを聞いてる暇など無い……。
 ただ、ひたすら走るしかないのだった……。

「教授〜〜〜〜!!」

 遺跡の入り口の方から、声がする……。

「……はぁっ、はぁっ…もう少しだ……」

 私は、限界を感じながらも、入り口が後少しだと思い、挫けず走る。
 その時、調査隊の一員が、私達の視界に入った。

「あ、助教授っ! ……早く、早く……もう少しです!」
「……はぁっ、はぁっ……おまえ達も早く脱出しろっ……」

 入り口が見え、私は、慌てて外へ脱出する。
 間一髪のところで、私達は外へ出ることが出来た。しかし……

「伊佐見さん、教授は? 教授は、どうしたんです? ……ま、まさか……」
「……先生は……」

 私は、それ以上言葉が出なかった……。

 今回の事故で、幸いけが人は少なかった。
 外も、ある程度の被害は出た様だったが、迅速な対応によって、被害は最小
限に食い止められたそうだ。
 だが……私達は、今回の事故によって出た代償は、あまりにも大きかった。
 木原教授は……眠りについた……加由羅と共に……。

 その後、今回の事故によって、見守りし者と少女の存在は、有耶無耶になっ
てしまった様だ。
 知っているのは、私と、一部の人だけとなっていた……。

 ――――それから数日後……

「……伊佐見さん……一体、これからどうしましょうか?」
「どうする……と言っても……出来れば、もう一度遺跡の再調査したいな」
「そうですね……教授の亡骸も、掘り出さないといれませんしね……」
「……」

                  ☆
 
 昭和63年 7月……

 あの事故から、一ヶ月の月日が流れた。
 そして、遺跡の再調査をすべく、私は、まだ吹利に居たのだった。
 地盤の調査には、先生の教え子である新見君が、立ち会ってくれた。
 しかし……地質調査を行った結果、地盤は、私達が考えている以上に緩くな
っているらしい。

「……これだけ、地盤が緩いと、もう一回掘り起こすのは無理ですね」
「……なんとかならないのか?」
「無茶言わないでくださいよ。それに、業者側としても、これ以上工事を遅ら
せるわけには、いかないそうですから……」

 だが、私は諦めきれなかった……しかし、現実は厳しい……。
 既に、打てる手は尽くした……。
 こうして、先生を飲み込んだ、加由羅は真実をも飲み込み、長い眠りについ
たのだった……永遠と言う長い眠りに……。

『少女が目覚めたら、伝えておいてくれ……『賢治は、約束を守ったよ』と
な……』

「先生……出来れば、先生の口から伝えた方が良かったんじゃないですか?
 ……その言葉を……」

 私は、夏の青空に向かって、心の中で囁いた……。
 どうにもならない、焦燥感……だが、諦めるしかなかった……。
 そして、私には、まだ仕事が残っている……少女に伝えるのだ……。
 『賢治は、約束を守ったよ』と……。

                  ☆

 平成11年 夏……

 そして、私は、又遺跡の前に立っていた……。

「ここへ一緒に来るのも、何年ぶりになりますかね、父さん」

 私は、光を連れて久しぶりに、遺跡へとやってきた。

「そうだな……一緒に来るのは、10年ぶりか……」
「……もう、そんなになりますか……早いものですね……」

 前に一緒に来たのは、先生の一周忌の時だった……その後、私は仕事の都合
から一緒に来ることが出来ないでいた。
 その間、光が私に代わって、出ていたと言う……私の息子として……。

「それに……『父さん』と呼ぶのも、大分慣れましたよ」
「そうか……そりゃ良かった……」

 私は、なにやら複雑な心境だった…… 良く考えれば、今そこに居る光は、
元々、超古代文明の遺産……そして、由摩も……。
 まぁ、今更そんなことを気にしても仕方が無い……。

「そう言えば、由摩はどうした?」
「由摩ですか? 由摩なら、お弁当を買いに行ってますよ」
「お弁当!? ……一人で大丈夫なのか?」

 少々……いや、結構不安だった……。

「大丈夫ですよ…………多分」

 私は、益々不安で一杯になった……。

「ま、まぁ、由摩もそろそろ子供じゃないからな。(苦笑)」
「由摩は……子供ですよ……」
「……」

 光は、もう一言付け加えたい言い草だったが、それを飲み込んだ感じだった。
 私を、気遣っているのだろうか……。

「あれから、もう11年……来年は先生の13回忌だな」
「そうですね。来年こそは、一緒に出られる様にしないといけませんね」

 全く……当事者が、3回忌や7回忌出ていないなんて、大問題だな……。
 私は、先生に申し分けなく感じていた。

「それに……まだ……あの言葉……『少女』に伝えてなかったな」
「今は……まだ、その時ではないですよ」
「そうか……」

 『少女』と由摩……それは、全く別の者……いや、正確に言うと、人格が別
の者だと光は言う。
 由摩は、あくまで、『少女』を封印する為の「器」に過ぎないのだった。
 今は、その時でない……それは、本当に封印が解けた時の言うべきだ……そ
ういう意味だった…。

「……お父さ〜ん、お兄ちゃ〜ん、買ってきたよ〜」

 その時、丁度由摩が、お弁当を抱えて帰ってきた。

「……んでね、これがお兄ちゃんの分、これがお父さんの分だよ〜♪」
「それで、由摩の分はどうした?」
「由摩? 由摩の分はねぇ〜……これ」

 そう言うと、何処から出したのか、大きなフランスパンが出てきた。

「……ゆ、由摩は、相変わらずパンが好きだなぁ」
「うんっ♪」

 由摩は、結局、フランスパンと格闘することになった……。

 平和だった……私は、しみじみ思う。
 『少女』が背負った、過酷な運命……由摩には、そんなものを微塵も感じさ
せない。
 もしかしたら、封印は解けない方がいいのかも知れない……永遠に……。
 こんな平和が、もっと続けばいい……私は、ただ、そう願った。

「先生……もしかしたら、先生との約束は果たせないかも知れません……
 でも、平和なら、幸せなら、それで良いですよね、先生……」


 それは、平和な夏の日々……。

 思い出が……

 どんなに悲しくても…

 辛くても……

 今が……

 未来が…

 幸せなら、それで良い……。

                              完



付属資料


解説

 幼い頃に、木原少年が出会った「少女」。
 その少女の最後の言葉を思い出し、加由羅遺跡発掘に、人生の最後を費やす
木原教授。遺跡に隠された真実とは?
 伊佐見教授の師「木原教授」の半生を描いた作品。由摩や光が、加由羅遺跡
から発掘された頃のお話です。



『11年目の真実』年表

昭和19年頃  太平洋戦争のまっただ中
(1944年)   この頃、木原が伊吹山付近にて、「謎の少女」と出会う。

昭和20年   太平洋戦争終結
(1945年)

昭和24年   伊佐見泰三、吹利県にて生まれる。
(1949年)

昭和28年   木原少年、東京の某大学に入学の為、上京。
(1953年)

昭和31年   木原氏、某大学院へ進学。
(1957年)

昭和34年   木原氏、某大学教諭になる。
(1960年)

昭和43年   伊佐見氏、木原氏の教諭をしている某大学に進学の為、上京。
(1969年)  この頃、木原氏、伊佐見氏が出会う。

昭和47年   伊佐見氏、考古学研究の為、渡米。
(1972年)

昭和59年   木原氏、またあの「謎の少女」に再会する。
(1984年)

昭和60年   木原氏、文献から伊吹周辺に古代の遺跡があると目星を付ける。
(1985年)   (その後、遺跡があると思われる周辺の古い地名を取って『加
       由羅』と名付ける。但し、学会で認められなかった為、調査出
       来ず)

昭和62年   伊吹山に公園建設の話が出てきて、それに伴う地質調査に加わる。
(1987年)   そして、『加由羅』の物と思われる土器(?)を発掘する。

昭和63年   工事を中断し『加由羅遺跡』の調査が開始される。
(1988年)

同年5月   木原発掘調査隊、ついに『加由羅遺跡』を発掘する。
       しかし、発掘作業中に、大規模な落盤事故が発生し、死者、け
       が人が出る。
       この時の事故によって、木原教授死亡(享年54歳)

同年7月   伊佐見助教授による再調査が行われたが、地盤が緩い為、調査
       を断念。
       『加由羅遺跡』周辺は、以後立入禁止となる。

平成元年   伊佐見助教授、二人の養子をもらう。しかし、正確な素性につ
(1989年)   いては分からない。(この時に、光、由摩両名が養子となる)

平成2年以後 この頃から六年ほど、伊佐見助教授は又世界を飛び回っている

平成8年   伊佐見助教授、日本に戻ってくる。同年、助教授から教授となる。
(1996年)

平成11年   伊佐見教授、親子共に吹利に戻ってくる。
(1999年)




登場人物

 木原賢治/教授(きはら・けんじ)	:
    :伊佐見教授の恩師。幼い頃に出会った少女の導きによって、人生の
    :最後を、加由羅遺跡の発掘に費やす。

 伊佐見泰三/助教授(いさみ・たいぞう)	:
    :光、由摩の義父。加由羅遺跡の発掘に協力し、その後、木原教授に
    :代わって、光、由摩の面倒を見る。

 見守りし者/伊佐見光(いさみ・ひかる)	:
    :超古代文明の生体データバンク。由摩共々、遺跡に封印されていた。
    :本来は、超古代文明のあらゆるデータを記憶する予定だったのだが、
    :スペックが足りず、おまけに長きに渡って眠りについていた為、大
    :半のデータが壊れてしまっている。

 少女/伊佐見由摩&優麻(いさみ・ゆま&ゆうま)	:
    :本当は、超古代文明の王族の血を引く皇女。だが、王国復興の為、
    :有機DNAバンク(由摩)に「DNA」「記憶」「魂」を封印され長い眠り
    :につくことになる。
    :即ち、「少女(優麻)」が目覚めると言うことは、同時に王国復興の
    :運命を背負うことになるはずなのだが……。

 君島晴樹(きみじま・はるき)	:
    :木原教授の従弟。遺跡発掘時に、吹利でお世話になっていた。

 君島由依(きみじま・ゆい)	:
    :君島晴樹の娘。1999年時には、26歳にになっているばず…。

 新見隆康(にいみ・たかやす):
    :木原教授の教え子の一人。遺跡発掘のきっかけに協力した。

 三木義之(みき・よしゆき):
    :木原教授の助手(当時)。その後、昇進し、現在では東京にある大学
    :で、助教授をしている。



スタッフ

 原作、脚本、監督……球形弐型
 キャラクターデザイン……球形弐型
 「関西弁」監修……sf氏
 ディベロップ協力……sf氏
 スペシャルサンクス
 ……不観樹露生、Djinny、その他多数
 資料提供……語り部総本部、その他色々
 製作……「語り部総本部」



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