エピソード15『……以上だ』


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エピソード15『……以上だ』

(某月某日
学校にて)
涼介 
「(電話中)……はぁ、そ、そうですかわかりました…… どうも。はい、失礼します……(チン) はぁ〜、やっぱり遅かったかな……あれ? 浅井さんだ。浅……」
素子 
「きゃあぁ! 遅れた遅れた!(隣の電話機へ) 店長に 電話しなきゃぁ(焦) え〜とえ〜と……(発信音) あ、もしもし? 浅井です……えぇ、はい、そういうワケなんで、少し遅れます……(かちゃ) ふうっ、連絡はしたわ、と。さぁ急がなきゃぁ!」
涼介 
「あの……」
三郎 
「よぉ素子! なにあわててんだ?」
素子 
「バイトに遅れちゃってるのよっ! 急いでるんだから…… じゃぁねっ!!(走り去る)」
涼介 
「えっと……(あーあ、行っちゃった……)」
三郎 
「相変わらず忙しいヤツ……あれ? 涼介、どした?」
涼介 
「(少し落ち込んでいる) えっと、バイト始めようと思っ たんだけど、もう締め切った……って。今、電話で」
三郎 
「バイトぉ? なんの? 『ボランティア』ならこの俺が 紹介してやるぞ」
涼介 
「え、いいよ……三郎の紹介だったら、なんかヤバそうだ し(苦笑)」
三郎 
「むぅ、ばれたか(笑) で、なんのバイトだったワケ?」
涼介 
「うん……駅前にパン屋があるだろ? あそこで募集中の 張り紙を見たんだけど。学校帰りにいいかなぁって」
三郎 
「駅前って……ひょっとして『ベーカリー楠』か? でも お前、帰り道は駅と反対方向じゃ無かったか?」
涼介 
「(ぎくっ) え、え〜と(瀑布の如き汗)」
三郎 
「ははぁ、ひょっとして……? 涼〜介〜君(笑)」
涼介 
「な、なんだよ(焦)」
三郎 
「隠すな隠すな(笑) 俺も影ながら応援してやるから…… しかしなぁ。そうか、そうだったか(笑)」
涼介 
「な、なに一人で納得してんだよ!(赤面) もう帰るから ね、僕は!!」
三郎 
「まぁまぁ(笑) でも真面目な話、ちょっと行ってみよう や。俺、あそこの店長知ってるし、ひょっとしたら雇ってくれるかもしれんぞ」
涼介 
「でも、もう締め切ったって……」
三郎 
「いーからいーから! さぁ行こうか!!」

一方その頃、「ベーカリー楠」……
 この日はやたらと静かな「ベーカリー楠」だった。
 なぜかかなみもいない。
 常連といえば、朝しか来ていない。

朝  
「ああー暇やなぁ……」
観楠 
「おひ! 就職活動はせんでええのか?」
朝  
「んー? まあぼちぼちやってるから何とかなるし……」
観楠 
「俺はしらんからな!」
朝  
「心配するな、つっこみは控える」
観楠 
「そーゆーことじゃなくて……」

滅多に仕事のない電話が、ここぞとばかりにけたたましく騒ぎまくる……

朝  
「俺がでてやろう(笑)」
観楠 
「あ! やめろ……」
朝  
「ハイ、お電話ありがとうございます、『ベーカリー楠』 でございます……(笑いをこらえている) あ、はい、はぁ、バイトの件ですか……? 少々お待ちください……」
観楠 
「ちゃんと応対できるやないか、しかも商売用の声で」
朝  
「馬鹿にするな。で、バイトしたいって子から……」
観楠 
「あー、もう来てもらったからなー。でもせっかく電話し てきてくれてるのに、わるいかなー」
朝  
「判断の参考になればやけど、女ではない」
観楠 
「……そろそろなれてきたわ……おまえのつっこみ……」
朝  
「これがつっこみと思ってか?」
観楠 
「……」
朝  
「で、どうすんねん?」
観楠 
「悪いけど断ってくれへんか?」
朝  
「まあそうやな。給料払われへんし、女と違うし……」
観楠 
「あ……」
朝  
「あ、もしもしお待たせいたしました。申し訳ございませ んが、あいにく締め切らせていただきましたので……またの機会にしていただけませんでしょうか? はい、どうも申し訳ございません、失礼いたします」
観楠 
「あ、名前聞いとけばよかったかな? 今度また人がいる ときに……」
朝  
「いつの話や?」
観楠 
「……」

しばらくの沈黙……
 観楠はうつむいて皿を拭き、朝は椅子にもたれ掛かって煙草をくゆらす……
 普段なら、この沈黙を破るのはドアの鐘なのだが、今日は電話のベルだった。

朝  
「また電話やな。今度はおまえの番やな(笑)」
観楠 
「ほんまは全部俺の番なの! はい『ベーカリーくすの  き……、あ、素子ちゃん? うん、うん、あ、そう、じゃあしゃあないね。今どうせお客もいてないから……(朝を ジロッとみる) そんなにあわてなくてもいいから、うん、じゃあ」
朝  
「俺が取ると男で、お前が取ると女……偶然とは思えん  な……」
観楠 
「おまえなぁ……(怒) こんなこと……」
朝  
「かなみのおる前で言うなって事やろ? わかってる“言 わへん”って」
観楠 
「ほんまやろうな?」
朝  
「大丈夫や、信じろ! やれへんって言った事はやらへん」
観楠 
「まあ、とりあえず信じとこう……」
朝  
「口止め料としてコーヒー入れて(笑)」
観楠 
「……」

コーヒーを飲み終えた頃、ふたたび観楠、朝の両者のあいだの空間を占拠していた沈黙を破ったのは、今度は電話のベルではなく、ちゃんといつもの通りにドアの鐘だった。

三郎 
「店長!!」
観楠 
「ああ、三郎君。速いね。」
三郎 
「店長、さっきここにアホそうな男の声で電話こんかっ  た?」
観楠 
「アホそうな……?」
朝  
「さっきの電話のことやろ」
観楠 
「ああ、バイトの……うん、来た、来た。しかし『アホそ うな』って何?」
三郎 
「いや、まあ、接頭語や。(意味不明) でな、そいつな、 店長の人格にふかぁぁく感じ入ってるんや。あんなすばらしい人はみたことがないって」
観楠 
「俺、その子見た事ないけど……(笑)」
三郎 
「うん、むこうもそう(笑)」
朝  
(見てておもろいな、こいつら)
三郎 
「でな、まあ、やつも商売の勉強をしたいといっとるんや。 んでここに時給は半額でいいから働きたいっていっとったけど……」
観楠 
「半額……でも、人手は足りてるしなぁ……」
三郎 
「まあ、いいたい事はそれだけ。では、さらばだ!!(撤退)」
朝  
「うーむ、今日はやたら速いな。」
観楠 
「いや、実は近所の本屋にいてて、後でもう1回来ること もあるんや」

三郎は学校への道を戻る。

三郎 
「おお、浅井!!」
素子 
「あっ、あれ? 確か学校で、あんたより早く帰ったはず なのに」
三郎 
「浅井!!」
素子 
「……?」
三郎 
「……以上だ(笑)」
素子 
「ぱーん」
三郎 
「では、さらばだ」

たったったったっ……



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