- (某月某日
- 学校にて)
- 涼介
- 「(電話中)……はぁ、そ、そうですかわかりました……
どうも。はい、失礼します……(チン) はぁ〜、やっぱり遅かったかな……あれ? 浅井さんだ。浅……」
- 素子
- 「きゃあぁ! 遅れた遅れた!(隣の電話機へ) 店長に
電話しなきゃぁ(焦) え〜とえ〜と……(発信音) あ、もしもし? 浅井です……えぇ、はい、そういうワケなんで、少し遅れます……(かちゃ) ふうっ、連絡はしたわ、と。さぁ急がなきゃぁ!」
- 涼介
- 「あの……」
- 三郎
- 「よぉ素子! なにあわててんだ?」
- 素子
- 「バイトに遅れちゃってるのよっ! 急いでるんだから……
じゃぁねっ!!(走り去る)」
- 涼介
- 「えっと……(あーあ、行っちゃった……)」
- 三郎
- 「相変わらず忙しいヤツ……あれ? 涼介、どした?」
- 涼介
- 「(少し落ち込んでいる) えっと、バイト始めようと思っ
たんだけど、もう締め切った……って。今、電話で」
- 三郎
- 「バイトぉ? なんの? 『ボランティア』ならこの俺が
紹介してやるぞ」
- 涼介
- 「え、いいよ……三郎の紹介だったら、なんかヤバそうだ
し(苦笑)」
- 三郎
- 「むぅ、ばれたか(笑) で、なんのバイトだったワケ?」
- 涼介
- 「うん……駅前にパン屋があるだろ? あそこで募集中の
張り紙を見たんだけど。学校帰りにいいかなぁって」
- 三郎
- 「駅前って……ひょっとして『ベーカリー楠』か? でも
お前、帰り道は駅と反対方向じゃ無かったか?」
- 涼介
- 「(ぎくっ) え、え〜と(瀑布の如き汗)」
- 三郎
- 「ははぁ、ひょっとして……? 涼〜介〜君(笑)」
- 涼介
- 「な、なんだよ(焦)」
- 三郎
- 「隠すな隠すな(笑) 俺も影ながら応援してやるから……
しかしなぁ。そうか、そうだったか(笑)」
- 涼介
- 「な、なに一人で納得してんだよ!(赤面) もう帰るから
ね、僕は!!」
- 三郎
- 「まぁまぁ(笑) でも真面目な話、ちょっと行ってみよう
や。俺、あそこの店長知ってるし、ひょっとしたら雇ってくれるかもしれんぞ」
- 涼介
- 「でも、もう締め切ったって……」
- 三郎
- 「いーからいーから! さぁ行こうか!!」
一方その頃、「ベーカリー楠」……
この日はやたらと静かな「ベーカリー楠」だった。
なぜかかなみもいない。
常連といえば、朝しか来ていない。
- 朝
- 「ああー暇やなぁ……」
- 観楠
- 「おひ! 就職活動はせんでええのか?」
- 朝
- 「んー? まあぼちぼちやってるから何とかなるし……」
- 観楠
- 「俺はしらんからな!」
- 朝
- 「心配するな、つっこみは控える」
- 観楠
- 「そーゆーことじゃなくて……」
滅多に仕事のない電話が、ここぞとばかりにけたたましく騒ぎまくる……
- 朝
- 「俺がでてやろう(笑)」
- 観楠
- 「あ! やめろ……」
- 朝
- 「ハイ、お電話ありがとうございます、『ベーカリー楠』
でございます……(笑いをこらえている) あ、はい、はぁ、バイトの件ですか……? 少々お待ちください……」
- 観楠
- 「ちゃんと応対できるやないか、しかも商売用の声で」
- 朝
- 「馬鹿にするな。で、バイトしたいって子から……」
- 観楠
- 「あー、もう来てもらったからなー。でもせっかく電話し
てきてくれてるのに、わるいかなー」
- 朝
- 「判断の参考になればやけど、女ではない」
- 観楠
- 「……そろそろなれてきたわ……おまえのつっこみ……」
- 朝
- 「これがつっこみと思ってか?」
- 観楠
- 「……」
- 朝
- 「で、どうすんねん?」
- 観楠
- 「悪いけど断ってくれへんか?」
- 朝
- 「まあそうやな。給料払われへんし、女と違うし……」
- 観楠
- 「あ……」
- 朝
- 「あ、もしもしお待たせいたしました。申し訳ございませ
んが、あいにく締め切らせていただきましたので……またの機会にしていただけませんでしょうか? はい、どうも申し訳ございません、失礼いたします」
- 観楠
- 「あ、名前聞いとけばよかったかな? 今度また人がいる
ときに……」
- 朝
- 「いつの話や?」
- 観楠
- 「……」
しばらくの沈黙……
観楠はうつむいて皿を拭き、朝は椅子にもたれ掛かって煙草をくゆらす……
普段なら、この沈黙を破るのはドアの鐘なのだが、今日は電話のベルだった。
- 朝
- 「また電話やな。今度はおまえの番やな(笑)」
- 観楠
- 「ほんまは全部俺の番なの! はい『ベーカリーくすの
き……、あ、素子ちゃん? うん、うん、あ、そう、じゃあしゃあないね。今どうせお客もいてないから……(朝を ジロッとみる) そんなにあわてなくてもいいから、うん、じゃあ」
- 朝
- 「俺が取ると男で、お前が取ると女……偶然とは思えん
な……」
- 観楠
- 「おまえなぁ……(怒) こんなこと……」
- 朝
- 「かなみのおる前で言うなって事やろ? わかってる“言
わへん”って」
- 観楠
- 「ほんまやろうな?」
- 朝
- 「大丈夫や、信じろ! やれへんって言った事はやらへん」
- 観楠
- 「まあ、とりあえず信じとこう……」
- 朝
- 「口止め料としてコーヒー入れて(笑)」
- 観楠
- 「……」
コーヒーを飲み終えた頃、ふたたび観楠、朝の両者のあいだの空間を占拠していた沈黙を破ったのは、今度は電話のベルではなく、ちゃんといつもの通りにドアの鐘だった。
- 三郎
- 「店長!!」
- 観楠
- 「ああ、三郎君。速いね。」
- 三郎
- 「店長、さっきここにアホそうな男の声で電話こんかっ
た?」
- 観楠
- 「アホそうな……?」
- 朝
- 「さっきの電話のことやろ」
- 観楠
- 「ああ、バイトの……うん、来た、来た。しかし『アホそ
うな』って何?」
- 三郎
- 「いや、まあ、接頭語や。(意味不明) でな、そいつな、
店長の人格にふかぁぁく感じ入ってるんや。あんなすばらしい人はみたことがないって」
- 観楠
- 「俺、その子見た事ないけど……(笑)」
- 三郎
- 「うん、むこうもそう(笑)」
- 朝
- (見てておもろいな、こいつら)
- 三郎
- 「でな、まあ、やつも商売の勉強をしたいといっとるんや。
んでここに時給は半額でいいから働きたいっていっとったけど……」
- 観楠
- 「半額……でも、人手は足りてるしなぁ……」
- 三郎
- 「まあ、いいたい事はそれだけ。では、さらばだ!!(撤退)」
- 朝
- 「うーむ、今日はやたら速いな。」
- 観楠
- 「いや、実は近所の本屋にいてて、後でもう1回来ること
もあるんや」
三郎は学校への道を戻る。
- 三郎
- 「おお、浅井!!」
- 素子
- 「あっ、あれ? 確か学校で、あんたより早く帰ったはず
なのに」
- 三郎
- 「浅井!!」
- 素子
- 「……?」
- 三郎
- 「……以上だ(笑)」
- 素子
- 「ぱーん」
- 三郎
- 「では、さらばだ」
たったったったっ……
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