エピソード214『夢、そして希望……』


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エピソード214『夢、そして希望……』


★Message  #5447 is from: HG0070 ワーレン大尉
★Time: 96/04/28 23:38:45 Section 3: フリートーク
★Subj: スクラム(緊急停止)
★ 今、成績がヤバい! 
★ 9割必要なセンター試験(数学)のなんと7割程度しかない!! 世間一般に
★言う、緊急事態(エマージャンシー)です。
★ わしの受入先は、某大学しかないのだぁぁっ! ということで、5月中に
★アクセスをスクラム(緊急停止)します。おそらく復帰は3月でしょうが、月
★に数回ログだけはとりに来ますので……


 という書き込みがなされた翌日。
 昼間の気温が残る中、西日が微かに店内を照らすベーカリーに琢磨呂はいた。

琢磨呂
「おのれセンター試験め……9割だと、人の足元見やがっ て(そうは言いつつもちゃっかり参考書を読んでる)」

似合わぬ勉強をする余り、注意散漫となっていた琢磨呂を背後から覗きこむ様にして、竜胆が話し掛ける。

竜胆
「受験生か……大変ね」

普段なら、『何似合わない事やってんのよォ』と突っ込みが来るはずだったので、この一言は琢磨呂の心に微かな揺れを与えた。

琢磨呂
「おう。でもこれも夢のためだ。やるしかねーだろ」

普段の彼なら『ロシア軍がちかじか攻めてくるからなぁ』などと、気の抜けたやまとな(軍事的な)返答を返すところであるが、初夏の夕日とその余りの鮮やかさに少し迫力を失いぎみなベーカリー楠の地味な照明が、琢磨呂を素直に話したい気分にさせた。

竜胆
「……かっこいいこと言うじゃない」

竜胆も、普段にはない反応を見せる。店内には、ほかの客も少しはいたが、すでに琢磨呂と竜胆の座るカウンターの端の席は、二人だけの別空間と化し始めていた。

琢磨呂
「俺は何やってもかっこつくからな、ははははは」

いつに無く乾いた笑い。
 ここで高笑いするのが普段の琢磨呂であるのだが……。センチメンタリズムは人格をも変える。たとい一瞬であっても。

竜胆
「……」
琢磨呂
「(お? いつもならあきれたよーな反応するのに……)」
竜胆
「夢か……あたしにはそんなのないからなあ」

決して自分の弱い面をさらけ出さず、常に自分に強く生きる竜胆であったが、初夏の夕日が作り出す空間の前には、その強がりももろくも崩れ去ってしまったようだ。悲しそうに窓の外を見つめてこう言った竜胆を、琢磨呂はとてもいとおしく思い、雰囲気をかえねば……と考えた。

琢磨呂
「帝国築いて女王として君臨……いてーな!」

いつもなら、竜胆の派手なアッパーカットが炸裂するはずの、下世話なタクマロ・ジョークも、またもや初夏の橙色光の作り出す神秘的な空間に飲み込まれてしまったかのようだった。

竜胆
「誰がするかっ! あたしだってあんたの勉強の邪魔した くはないんだから、変なこと言わないのっ」

竜胆は、一瞬恐い顔をして反論したが、すぐにまた黄昏の表情に戻ってしまった。その頬には、見えない過去の涙の代わりといってはあまりにも少ないかもしれないが、心の涙とも言うべき夕日が流れていた。

琢磨呂
「(……すまん……姐さん……)」

自分のことをこういう風に考えてくれているのに、下世話な洒落を飛ばした事を、琢磨呂は内心後悔していた。

竜胆
「この年にもなれば、いいかげん出来る事とやりたい事の 区別くらいつくよーになるから……」
琢磨呂
「姐さんには……さ、やりたい事って……ないのか?」

悲しそうに語る竜胆の言葉を最後まで聞ききらないうちに、琢磨呂は言った。

竜胆
「かじる程度ならいっぱいあるんだけど……本気でやりた いかって言われると……何もないかな……」

そう言って気恥ずかしそうに笑う竜胆は、まさに、顔で笑って心で泣いている様であった。

琢磨呂
「姐さんはなんで法学部なんだ? あんまりそーは見えな いんだけどなあ」

いつもは『そーですか、そりゃワるぅござんしたね!』と突っ込まれるはずの質問も、夕日の光流に乗って琢磨呂の口から流れ出てゆく。

竜胆
「あたしもそー思うわよ(苦笑) なんでなのかな……よく わかんない。惰性っていうか、周りに流されて……っていうか……目的意識はなかったな。その点、岩沙がうらやましいの」
琢磨呂
「は?」
竜胆
「先になりたいものとかやりたいことがあって……それを 実現するために大学選んで……それで勉強してるわけじゃない。そーいうのが、うらやましいし、かっこいいかなって思ったの(カウンターに投げ出した自らの腕に顔を埋める)」

琢磨呂には竜胆のその姿が、たまらなくいとおしかった。だが、ここで何か励ましの言葉をかけてやるのは、必ずしもプラスの方向に走るわけでないと解っていた。その上で、琢磨呂はぽつりと呟いた。

琢磨呂
「……らしくねーな」
竜胆
「そーね……でも……でも、こうやって岩沙が何か夢に向 かって走ってるのを見ると、自分にも……何か出来そうな気がするわ……」
琢磨呂
「姐さん……俺な、絶対に行きたい所に行くぜ! 何が あってもな!」

突然、二人を覆うセンチメンタルな空間が、輝きを増したかに思えた。

竜胆
「前からずっと言ってるじゃない……
そんなもの当然だ!(C)タクマロ じゃなかったの?」

無言で虚空を見つめる琢磨呂。

琢磨呂
「……」
琢磨呂
「……あのな、姐さん……俺、今凄く好きな人がいるんだ」
竜胆
「えっ?」

琢磨呂の突然の発言は、輝きを増したセンチメンタルな空間の中でも、竜胆に驚きと戸惑いを与えた。

琢磨呂
「めちゃくちゃな性格でよ、自分のことを転生戦士だの究 極のビショージョだの(竜胆、一瞬息を飲む)ほざくバカ女だけどな……俺には絶対に必要な人なんだよ。 姐さん、さっきの『絶対合格する』ってのはな、合格したらその人に告白するって決めたから、ああ言ったんだ。戦士に二言はねェぜ!」

竜胆にとって、高度8000mからMK83-2000ポンド爆弾の直撃を受けたかのような発言だった。反応しようとしているカンマ数秒の時間に、琢磨呂は再び言葉を続けた。

琢磨呂
「じゃぁ……俺は家かえって勉強しなきゃなんねーし」

なんとなくきまずそうな背中を見せて、琢磨呂は立ち上がった。『言ってしまったからには』 ……そんな文字が書いてありそうだった。
 背後から、ただひとこと、愛しい人の声がした。

竜胆
「……頑張って……ね」

琢磨呂は、溢れる涙を抑える事が出来なかった。
 嗚咽しながら、辛うじて「ああ……負けない……さ」と、それだけ言うと、ベーカリーのドアを蹴破る様にして店の外に走り出していった。
 夕日はまだ照り続け、琢磨呂の長い長い影をアスファルトに映し出していた。
 #こーゆーことやってながら、あとで麗衣子が出てくるのね。(苦笑)



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