エピソード260『恥ずい名前の男』


目次


エピソード260『恥ずい名前の男』

登場人物

炎野火虎左衛門(えんの・ひこざえもん)
  国民的スタントマンを目指す熱い男。今回の主役
大門喬(だいもん・たかし)
  不幸なエンパス。今回はあまり不幸でもないらしい丁寧語で喋るくせがついている。
蔦枝信子(つたえ・のぶこ)
  制御しきれないテレパスで、看護婦研修生。強がりで素直に話すのが苦手。すごく背が低い。
獅堂環しどう・たまき)
  負けず嫌いな女の子
不破寧、影跳(ふわ・ねい、かげと)
  不老姉弟
炎野火命子(えんの・ひめこ)
  炎野火虎左衛門の妹にあたる。
湊川かなみ(みなとがわ・かなみ)
  下記二人の恋愛の対象(笑)
望、智博(のぞむ、ともひろ)
  恋のライバル(?)
毅、大樹(たけし、だいき)
  叫び屋(笑)
茂(しげる)
  妙に落ち着いている子供
滝沢聖水(たきざわ・たかみ)
  滝沢剣道場道場主の長女
滝沢清水(たきざわ・きよみ)
  変わり者の剣道家。滝沢剣道場道場主
滝沢湖太郎(たきざわ・こたろう)
  軟派な大学生。火虎左衛門の悪友
滝沢いずみ(たきざわ・いずみ)
  滝沢家の末っ子、高校2年生

見舞いの日

ある木曜日、大門喬は左腕を骨折した大学生、炎野火虎左衛門の見舞いをしに京大吹利学舎近くの下宿に立ち寄った。
 彼の住む部屋のドアを叩く喬。そしてそこから2歩ほど横へ移動

火虎左衛門
「(ドアを蹴り開けて躍り出る)とうっ!!」
でもって、特撮ヒーロー系のファイティングポーズ)
「颯爽とした登場はいいんですが、三角巾に吊られた左腕 が情けないですな」
火虎左衛門
「ほっとけ。しかし珍しいな、喬が来るなんて……。仕事 やめたのか?」
「どやかましいですね、人が見舞いに来たというのに…… オマエには何もあげません」
火虎左衛門
「私が悪うございました(ふかぶか) ってパンかい。俺は 白米党なのに……」
「戯言は食ってから聞きます(にやり)」
火虎左衛門
「残念ながらそれはできんな。これから医者に診せに行く んだ」
「そうですか、では私も一緒にその左腕がどこまで深刻な のか見てあげましょう(ふふふ)」
火虎左衛門
「もう治るところなんだが」
「ちっ」
火虎左衛門
「……その残念そーなツラぁ止めろ」

学舎からさほど離れていないところにある吹利医大
 火虎左衛門の診察も終わり……

「今日で全快だったなんて(とほーっ)」
火虎左衛門
「ふふふ、大事なアクションショーを目の前にして、いつ までも骨折してられるかってんだ」
「ギプスにいろいろ落書きしてやろうと油性マジックまで 持参した純な青年の心を弄ぶなんて(ぶつぶつ)」
火虎左衛門
「そう言いつつ直接腕に書こうとするのはやめぃ」

このまま、このような他愛のない駄弁りを続けながら学舎に戻るところだったが……。

信子
「あーーーーーーーーーーっ!!(きいぃぃん) たかちゃん じゃないかぁ!!」
「(振り返って) げ……(ひくひく)」
おしんちゃん、なんでこんなところに?)
火虎左衛門
「ん? なんだァ? まさか、たかちゃんってオマエのこ とか?(ぷぷっ)」
「しんちゃん、ちょっちこちらに来なさい(手招き)」
火虎左衛門
「しかしオマエ高校生活でも浮いたウワサのひとつもない と思ったら、こんな可愛い女の子に手ぇ出してたのか、このロリ野郎(ティーソーク)」

火虎左衛門が言うとおり、信子は幼顔で背のほうも150センチもなさそうで、服が白衣じゃなければ中高生あたりにみえる

「バカ言いなさい、あれでも私らより4つ上ですよ」
火虎左衛門
「う、嘘だろぉ?」
信子
「来てあげたわよ、たかちゃん」
「私、もう20歳なんだから、たかちゃんっはやめなさい(小 声)
信子
「いいじゃない、ほとんど誰もいないんだから」
「(確かに、大勢人のいる場所にはいられない筈だからな)
……念願の看護婦になれたの?」
信子
「うん、でもまだ研修中なのよ。っと……まだまだ忙しい から今度ね」
「ああ、前みたく毎日は無理だけど」
信子
「うん、会わなくなってた5年間のことを……じっくりと 話そうね(ぎろり)」
(う…… まだ恨んでるな。もっとも、許してくれるとは 思ってないけど)
火虎左衛門
「(喬の背後から)おい」
「どわっ!!」
火虎左衛門
「無視される者の気持ちをわかってくれ(目の幅涙)」
「かまってあげるから落ち着きなさい、とりあえずは学舎 に戻りましょう。ヴァンパイアハンターもしたいし、聞きたいこともありますし(にやり)」

学舎の火虎左衛門の部屋。
 粗大ゴミ置き場で発見&修理した27インチTVに中古のサターンをつなぎ、ヴァンパイアハンターで対戦している

火虎左衛門
「なんだよ聞きたいことって?(シェルキック)」
「オマエ京大に通ってますね?(GCギガバーン)」
火虎左衛門
「そうだが(小中中大チェーン)」
「なんで、わざわざ遠くなるこの学舎にいるんです? リー クされた情報によると……(メガスパイク) 《好きな人がいる》とのことでしたが?(にやり)」
火虎左衛門
「知ってるンじゃないかっ!!(汗) ……言いふらさないよ な?(VICTOR WIN)
「安心しなさい、私は口がかたい」
火虎左衛門
「わかった。……吹利駅の近所にあるベーカリー楠って知っ てるか?」
「し、知ってますが(汗) パン嫌いなのによく知ってます ね」
火虎左衛門
「そこによく出入りしているポニーテールの女の子がいる んだ。吹利学校の制服着てたから高校生だと思うけど……」
「名前は?」
火虎左衛門
「知らん」
「それじゃあ、教えたことにはなりませんよ。(火虎左衛門 の腕をつかむ) 今からベーカリーに行きましょう」

ベーカリーの舌戦

大門喬は炎野火虎左衛門を引っ張ってベーカリー楠の店内に入っていく……。

観楠
「いらっしゃい……あ、大門さん」
「こんにちわ」
火虎左衛門
(おい)
(なんです?)
火虎左衛門
(喬、ここの常連だったのか?)
(そうでもないですよ。ま、ちょくちょく行ってる程度で す)
観楠
「お友達ですか?」
「まぁ、そんなものです。とりあえずアイスミルクティー を二つお願いします」

店内を見渡せるよう店の隅っこに座る二人。
 店内をせわしなくきょろきょろ見回す火虎左衛門がとても怪しい。

「いますか?」
火虎左衛門
「いない(がっくし)」
「もうちょっと待ちますか? 
火虎左衛門
「ああ、そーする(氷をガリガリ)」

時計の分針がひとまわり……。

「まだ来ませんかぁ?(くるみパンもぐもぐ)」
火虎左衛門
「来ないぃ(フルーツゼリーぱくぱく)」
「今日は諦めますか?」
火虎左衛門
「そーする」

二人肩を落としつつレジへ向かう。

観楠
「今日は粘りましたねぇ、誰か待ってたんですか?」
火虎左衛門
「(ぎっくぅ!) ちっちちちちちちちちがちが……ちがゐ ますっ!!(裏声)」
観楠
「図星のようですね(笑)」
「ははは……(乾いた笑い)空振りでしたけどね……どうも ごちそうさまでした(財布をがさごそ)」

二人分の代金を支払う喬。
 給料日前で財布の中は寂しい限りである。

火虎左衛門
「あーあ、無駄足かぁ(ぶつぶつ)」

そうつぶやいてドアを勢いよく開ける火虎左衛門。
 ……ごんっ!!
 ドアの外でなにかが盛大にぶつかったらしい
 そのままドアを開けてみると……。

「……っいったあーーーーーっ」

ドアにぶつけられた額とその拍子についた尻餅とで、ふたつの打撲傷を被った環が額を押さえてうずくまっている。

火虎左衛門
(呆然)
うあーーーーーっ、やっと会えたというのに
なんてことをしてしまったんだ俺ーーーーーっ)
金縛り状態続く……)
(おつりを受け取っている最中エンパシーを使用)
炎野のやつ、なにかうろたえてますね
……もうちょっと傍観しますか)「(観楠に)やっぱりもう少しいさせてもらいます」
「(……なに、こいつ。さっきから変な表情で僕のことじ ろじろ見て) なにじろじろ見てるのよっ!!
ひとに怪我させといて黙ってる気っ!!」
火虎左衛門
「ご、ごめ……」
「(まったく聞いていない) 女の子が倒れてるのに助け起 こさずにじろじろ見るなんておかしいんじゃないの?」
火虎左衛門
(むっかぁーっ ひ、人が黙っていればぁっ!!)

環が火虎左衛門をののしり続けているところで、ベーカリーの前を通りかかった不破姉弟……。

影跳
(ん? 環のやつドアの前でなにやってるんだ?) 「おーい、たま(どむっ) きぃ(声フェードアウト)」
「なんかおもしろそうだから、見物しましょ。私がいいっ て言うまで声かけちゃダメよ」
影跳
「はい(なにも鳩尾狙わなくても……)」
「変なこと考えてたんじゃないでしょうね」
火虎左衛門
「なんだよ、変なことってのは」
「アンタの今考えてることよ」
火虎左衛門
「俺の考えてることだって? そりゃあ、なんてウルサい 女だ、ってことだな」
「ぬわんですってゑ(注・語尾裏声)!! アンタこそ女の子 に怪我させといて謝りもしない失礼でサイテーな野郎じゃないかっ!!」
火虎左衛門
「なにが失礼だ、謝まろうとしているのに耳も貸さないで 一人でべらべら喋ってる方がよっぽどひどいぞ」

すでに傍観者となっている喬。

(なんか……懐かしいな。昔はおしんちゃんとよく言い争っ てたっけ……)
観楠
「いいんですか? ほっといても」
「なるよーになるでしょう。
これ以上私が干渉するべきではないですしね」
観楠
「干渉って……
ははぁ、そうか。彼の待ってた人って彼女のことだったんですね」
「ご名答です。私も今知ったんですがね(笑)」
「なによっ!! ぶっとばすよっ」
火虎左衛門
「ふん、女の子のパンチなぞ怖くないさ」
「ふーん、そう。なら黒帯のコブシってのをたっぷりと味 わうんだね、サンドバッグさん(指をパキポキ)」
火虎左衛門
「ちょ、ちょっと待てっ!! 有段者が無抵抗な人間を殴っ ていいのかっ」
「別にいいよ、殴り返しても。どーせ、あたんないんだしぃ」
火虎左衛門
「馬鹿言うな、俺は女の子には手を上げない」
「安っぽいうえに嘘クサいフェミニズムだね」
火虎左衛門
「なんて性格の悪い女」
「アンタほどじゃないよ。
……しかし、アンタのくそ生意気な顔を見てると、なにがなんでも謝らせたくなってくる」
火虎左衛門
「同感だ」
「ケンカ、する?」
火虎左衛門
「さっき言ったが女の子は殴れない」
「ふうん、じゃ、スポーツで勝負する?」
火虎左衛門
「おいおい、なんでそこまで勝負にこだわる?」
「アンタを打ち負かしてやりたいからだよ」
火虎左衛門
「それは俺も同じだな」
「ボーリングは? 負けたほうがゲーム代を払うってやつ で」
火虎左衛門
「俺、球技ダメ」
「じゃ、楽勝だね」
火虎左衛門
「ほほう、楽して勝ちたいのか。そんな勝利、ただの自己 満足にすぎんな」
「(むっ)じゃ、球技やめ!! ……てなにするんだ? まさ かカバディじゃないよな」
火虎左衛門
「そんなのよりも数億倍素晴らしいスポーツは存在するぞ。 スポーツチャンバラってのがな!!」
「す、すぽぉつちゃんばらぁ? ……あ、あっははははは。
バカみたいだよ、それじゃあ!!」
火虎左衛門
「ば、バカみたいだとぉ?!
いいか、スポーツチャンバラってのはなぁ、安全性を追求した、すべての人々が楽しめる数少ない格闘技なんだぞ!!
武器だってスポンジ状のウレタンでできてるから怪我なんてしないしな」
「それじゃあコドモの遊びじゃないか」
火虎左衛門
「……ほう、怖いか? ウレタンの棒で殴られるのが」
 環
「(ひくっ) 僕を挑発するつもり?」
火虎左衛門
「いや、ここで勝負しないって言ったら、弱虫で臆病で自 分の土俵でしか相撲を取れない女だって思うだけだが」
「(カチン) 誰が勝負しないって言った?」
火虎左衛門
「(にやり) よぉぉし、決定だ!! 次の土曜日か日曜日どっ ちが都合がいい?」
「なんで土曜と日曜?」
火虎左衛門
「そりゃおまえが学……いや俺もいろいろ忙しいしな」
「じゃ、日曜日」
火虎左衛門
「よし、じゃあ吹利学校高等部の近くの滝沢剣道場で勝負 だ。時間は午後1時からな」
「……どうしてアンタが場所を設定するんだよ」
火虎左衛門
「他の剣道場なんて知ってるのか? 吹利でスポーツチャ ンバラの設備があるのは俺の知ってる限りではそこだけだが。あとひとりで乗り込むのが嫌なら見物人を連れてくればいい。
そのほうが恥のかかせがいがあるからな」
「恥のかきがい、の間違いじゃないか? ま、首を洗って 待ってるんだね」
火虎左衛門
「ふん、ごめんなさい、の発声練習でもしてるんだな」

環を睨み付けながらベーカリーを出て行く火虎左衛門。
 環も負けじと睨み返す。
 火虎左衛門が完全に見えなくなって、
 寧からお許しを得た影跳が環に声をかける

影跳
「おーい、環ぃ!!」
「あ、影兄、寧さんも……」
影跳
「さっきの人誰?」
「知らないよ(きっぱり)
そのあいつのことなんだけどさ、さっき店に入ろうとしたらね……」
「いや、話は聞いた」
「……なんだ、ずっと聞いてたの」
「ええ、今度の日曜日、午後1時に滝沢剣道場でスポーツ チャンバラの勝負をするんでしょ?
面白そうだから私たちも応援に行くわね」
影跳
「ところでそのスポーツチャンバラってルール知ってるの?」
「ぜんぜん、ま、なんとかなるでしょ。相手が相手だし」
影跳
「……ドアの真ン前で立ち話もなんだから入らない?」
「却下(間髪入れずにきっぱり)」
「そうだね、パン食べたかったんだ」
「私も」
影跳
「な、なんか対応が違う……」
「影跳の発言は自動的に却下されるようになってるの」
影跳
「しくしく」

どうやら寧は「いや、話は聞いた」で「あんたはヤマさんかっ」と突っ込まれなかったのが気に入らなかったらしい。
 影跳は記憶無しで環は年代が違うというのに……。
 と、それはさておきこちらは店内。

「どうも長々とお邪魔しました。
あ、ちょっと早いですがコレ、日之丸百貨店のお中元好適品のリストです。優待価格でもまだ高いですが、もしよろしければご注文くださいね」
観楠
「あ、どうも」
「じゃ、失礼します」

ベーカリーを出て、火虎左衛門の下宿に向かう喬。
 火虎左衛門がのんびり歩いていたせいで間も無く追い付く。

「すごいデートのお誘いでしたね」
火虎左衛門
「皮肉か」
「そんなところです」
火虎左衛門
「おいっ(つっこみ) しかしあんなに生意気だったとは…… えーっと」
「獅堂環さん」
火虎左衛門
「ああ、そういう名前だったのか。名前を聞くどころじゃ なかったもんな」
「今度聞けばいいじゃないですか」
火虎左衛門
「できるかよっ!」
「ま、次の日曜日、私も楽しみにしておきます。その前に 有休がとれるかどうかですけどね」

負けたくない人は……

環が火虎左衛門にあった次の日の放課後。

「ねぇ、京ちゃん頼み事があるんだけど……」
京子
「なに」
「ちょっと、道場貸してくれないかなぁ」
京子
「何で? ……はっ、まさかあなた毎日額に赤い字が書い てある男に襲われる夢みたり、腕から鱗が生えたりしてるんじゃないでしょうね」
「僕は、綾小路葉子か!!」
京子
「冗談よ。それより本当の理由は?」
「なんか、この前失礼な男にあってね、何やかやと揉めて る内に、今度スポーツチャンバラで勝負する事になったんだ。その練習がしたくって」
京子
「なんだそう言うことか、勝負なら仕方ない。
あたしの道着の予備貸したあげるから、鏡の前で素振りでもしてなさい」
「えぇー、指導してくれないの?」
京子
「あら、あたしに指導して欲しいの? あたしは構わない けど、あたしの指導が厳しいの知ってるでしょ」
「(昔、特訓させられたときの記憶がフィードバック) や、 やっぱり、僕、遠慮するよ(^_^;
あっ、でも今日、部活なんじゃぁ」
京子
「何、水臭いこと言ってんのよ。あたしとあんたの仲じゃ ない。気にしないでよ」
「京ちゃん……やっぱり持つべき物は友ね」
京子
「そのかわり今度、パフェおごってね(^^)」
「京ちゃんのおにぃ〜〜〜〜〜〜(T_T)」

滝沢剣道場

金曜の夜10時。
 炎野火虎左衛門は下宿から、滝沢剣道場の滝沢清水(たきざわ・きよみ(男))に電話をかける

火虎左衛門
「あ、滝沢のオヤジさん? 急で悪いけどスポーツチャン バラ用の面を取り寄せておいてくれないっすか?」
清水
「倉庫に5、6個くらい新品があるから、それを使ってい いぞ。
新しい門下生を勧誘してくれたんだから、それぐらいはしてやらんとな」
火虎左衛門
「ははは……。(違うけど、やっぱりやめたって言ったこ とにすればいいや。すまんオヤジさん)
今度の日曜日は剣道のほうの大会があるんすよね?」
清水
「ああ」
火虎左衛門
「また道場借りたいんすけど、いいっすか?」
清水
「また立ち回りの練習か? 道場壊さん程度にがんばれよ」
火虎左衛門
「わかったっす。じゃ、また日曜日おじゃまするっす」
清水
「おう」

負けず嫌い

一方、不破家に押しかけている環

「たまちゃん、特訓とかしないの? あさってでしょ?  スポーツチャンバラの勝負」
「いいのよ。あんなやつ、弱いに決まってるんだから」
影跳
(嘘つけ、放課後剣道部に押しかけて素振りとか打ち込み とかしてたくせに……。
……口止めされてるから言えないけど)

数日前 吹利学校格技場にて……

「やっ! やっ! やっ!(素振り)」
影跳
「よぉっ! 熱心だな」
「かっ、影兄! なんで!! ……こんなことしてるっての は内緒にしといて」
影跳
「なんでだよ、別にいいじゃないか」
「あんなやつに勝つために特訓してるなんて、みっともな いじゃないか」
影跳
「そうかな? 環のそういうひたむきなところ、かっこい いと思うけど、俺は」
「な、なに言い出すんだよぅ(真赤) とにかく誰にも喋ら ないでよ。でないと寧さんに影跳が陰口叩いてたって、嘘、言いつけちゃうから」
影跳
「ひ、ひどいぞ、それはいくらなんでも……」
「喋る? 喋らない?」
影跳
「……喋りません」
「ま、ものの数分でしづめて見せるから、応援お願いね」
「(にやり) そう言うと思って、学校の友達を誘っておい たわ」
「ふふふ、みんなの目の前で大恥かくあいつの顔が目に浮 かぶようだよ(う、ちょいとしたプレッシャー感じるなぁ)」
影跳
「がんばれよ、環」
「うん」

戦いの装束は……

夜も更け、日付が変わろうとしている時間。
 火虎左衛門は……

火虎左衛門
「えーっと、どこにしまったかなぁ。この前の時代劇でも らった浪人の衣装……。
あれじゃないと雰囲気でないしなぁ」

探し物をしているところに、けたたましく電話が鳴りだす。
 散らかしまくってたおかげでなかなか受話器が取れず15コールほど鳴り続けることになった

「もしもし、炎野君ですね」
火虎左衛門
「おう」
「あさって……いや、もう明日ですね。明日有休取れまし たから応援に行きますね」
火虎左衛門
「オマエに応援されても嬉しくないぞ」
「私が応援するのは環さんのほうなんですが」
火虎左衛門
「お、俺を孤立無援状態に陥れるのか?(泣)」
「いいんですよ。炎野君は土壇場が面白いって特撮の監督 が言ってたじゃないですか」
火虎左衛門
「それとこれとはなぁ……」
「環さんが負けると思ってますのでね。勝つほうに応援な んて必要ないですよ」
火虎左衛門
「それが俺に対する応援のつもりか?」
「そんなところです。
あと、ひとつ忠告しますが、チャンバラ勝負だからって武士のカッコをしようなんて考えないように」
火虎左衛門
「……お、オマエの能力って電話越しには通じないんじゃ なかったのか?」
「オマエの考えそうなことくらい分かりますよ。それにエ ンパシーでは人の心は読めませんって。
じゃ、道場で」

その日の夜……

火虎左衛門
「よう火命子(ひめこ)、今日はどうだった?」
火命子
「喬君から聞いたよ。お兄ちゃん、孤独な男になるんだっ てね? ってことは、私の電話も必要ないわけだね。
それじゃ」

がちゃん、つー、つー、つー……

火虎左衛門
「……喬……死なす、か(震えるコブシ&血涙)」

対決の場は滝沢剣道場

日曜日の午後1時15分前、環は不破姉弟と寧の同級生を連れて約束の滝沢剣道場までやってきていた……

「ふぅん、結構大きな道場じゃないか。3試合同時進行で きそうだね」
「ホント広いよな……」
「でかいなー……(屋根に眼を遣る、なにか見つけたらし く……) なんだあれわーーーーーっ!!(絶叫&指差し)」
大樹
「(毅につられて屋根を見る)うっわーーーーーーーっ!!」

全員、道場の屋根を見る。
 そこには火虎左衛門が帝都物語の魔人加藤(嶋田Q作)よろしく腕組みをして環たちを見下ろしている。
 ……古いたとえで申し訳なし。

火虎左衛門
「ふはははは……。臆せずに来たことは誉めてやろう」
影跳&児童6人
(呆然としている)
「バカと煙は高い所に昇るって言葉は本当らしいね。考え 無しに高い所に昇ってるんじゃないぞ」
「ふふ、決闘の際には高いところから現れるってのがお約 束よ、たまちゃん」
火虎左衛門
「ふっ、そーゆーことだ。……とうっ!!」
かなみ
「きゃあああ、とびおりたぁ!!」
男子児童4人
「わーーーーっ!!」
影跳
(なに考えてるんだあの男はっ!!)
「よくやる……(ぽつり)」

植え込みの裏に向かって飛び降りる火虎左衛門。
 あらかじめ準備していた数枚重ねのマットに着地し、急いで道場の門まで走る。

火虎左衛門
「ギャラリーってのは子供たちか?(へぇ、子供が好きな のかな……)」
「ええ、みんなアンタがブザマに負けるところを見に来た んだよ」
火虎左衛門
「夕方も同じ事を言えると思っているのか? 
……それはそうと、そのバッグは何だ?」
「防具と道着だよ」
火虎左衛門
「おいおい、剣道をしにきたんじゃないだろう? 防具な んてフェイスガード以外要らねぇよ。
……奥に女子用更衣室があるから着替えてこいよ。おれはギャラリーを観覧席までご案内すっから」
(大丈夫だろうな?)

火虎左衛門に言われたとおり、更衣室に向かう環。
 そこに……

聖水
「あら? お客様かしら、こんにちわ(超のんびり口調、 以下同じ)」
「こ、こんにちわ(汗)」
聖水
「道場にご用かしら? あいにくお父様は大会に出ており まして留守なんですが」
「え、あ、そぅじゃなくて……ちょっと更衣室を貸して欲 しいんですけど」
聖水
「……まぁ、あなたがヒコちゃんの言っていた……更衣室 でしたら、そちらの突き当たりから入れますわ」
「どうも、ありがとう」

そのころ、火虎左衛門たちは

大樹
「すげーよな、あんなたかいところから、とびおりてもへー きなんて」
「おれなんか、しんぞうとまるかとおもったぞー」
火虎左衛門
「ははは、なんたって俺はカーレンジャーと知り合いだか らな。少しならそういうことできるぞ。
しかし、君らはまだ真似するなよな。俺は毎日特訓してできるようになったんだから」
「(胸を張って) おれだってできようになってやるさ」
かなみの表情を伺う)
智博
「(あわてて)お、おれだって!!」
火虎左衛門
「(二人の肩を軽く叩いて) おう、がんばれよ。それと……
かなみの前に立ち、彼女の頭に手をやってしゃがむ)
おどろかせてしまってすまなかったな」
かなみ
「う、ううん」
影跳
(姉ちゃん、俺、あいつって環が言うほど悪いやつじゃない と思うけど)
(今ごろ気付いたの?)
火虎左衛門
「じゃ、とりあえず道場に入ろうか」

道場の窓という窓はすべて開かれており、今ごろの時期にありがちなむせるような蒸し暑さはそうは感じられない。
 その中で大門喬が黙々と椅子の用意をしている。
 道場に入ってきた火虎左衛門を見て……

「楽しそうですねぇ(ぎろり)」
火虎左衛門
「睨むなよ、子供たちが脅えるぞ」
影跳
「あれれ? 大門さん」
「ああ、影跳君に寧ちゃん、こんにちわ」
「大門さん、この人と知り合いなの?」
「腐れ縁とでも思ってください、おそらく彼もそう思って いますから……。
しかし、この人、ですか(にやり)。まだ名前を聞いてないんですか?」
火虎左衛門
「い、いいじゃないか。そんなこと」
「(なんか面白いことがあるのね) ええ、自己紹介はまだ なのよ(にっこり)」
「そうですか(にやにや) 彼の名前なんですが私がお教え しましょう」
火虎左衛門
「喬っ、てめぇ!!(狼狽)」
「姓は炎野、名は……」
火虎左衛門
「言ぃうぅなあぁぁぁぁぁ!!」
「うるさいよ、バカ」

道場の入口から環のツッコミが入る。
 助かったとばかりに試合の説明をしようとする火虎左衛門。
 こうして、残念ながら火虎左衛門の名前は明かされぬまま、試合へと持ち越されるのであった。

「台車ぐらいあれば楽に運べたんですけどねぇ。運ぶのに は苦労しましたよ、だれも手伝ってくれませんでしたから」
火虎左衛門
「オマエのバカ力が役に立つ数少ない機会だ
「私は見かけ以上に非力ですって」
火虎左衛門
「うるさい、男がぐちぐち言うなって」
「男女差別って言葉、ご存知ありませんか?」

喬のぼやきを始めにくだらない言い合いをしているふたり。
 喬と火虎左衛門はそんな言い合いをしながら箱に入った武器をてきぱきと場にならべる
 喬が倉庫から持ってきた(と言い張っている)武器類の入った箱から2セット取り出された武器は……
 45センチの短剣、60センチの小太刀、100センチの太刀、210センチの槍と薙刀、200センチの棒、140センチの杖。

火虎左衛門
「さ、武器を選んでくれ。得物は毎回変えてもかまわんこ とにするぞ。俺はまず杖にするが」
「僕は太刀にするよ」
火虎左衛門
「ルールは簡単、ただ相手の身体に武器を打ち込めばいい んだ。今回はギャラリーのために5本先取と長勝負にさせてもらう。
あと、経験者でないようなんで、オマエは2本とれば勝ちってことにする。これでいいな?」
「(むっ)ハンデなんか要らないよっ!」
火虎左衛門
「いいんだな?」
「あっったりまえだっ!!」
火虎左衛門
「わかった。あと審判は大門に任せる。副審はそこの兄ちゃ んに任せることにしようか」
影跳
「(自分を指差し) 俺? 別にいいよ」
「応援はわたしが2人分するから、ちゃんと公平に審判す るのよ、影跳(影跳の背を思いっきりひっぱたく)」
「……ちょっと早く来ただけで準備をさせられたと思った ら、次は審判ですか。人使いが荒いですね。
まぁ、黒子の服を用意されなかっただけでもよしとしましょうか」
影跳
「(喬の独り言を聞いて)げ……(汗)」
火虎左衛門
「(環に向かって軽く物を投げる) ほら、フェイスガード だ。わざわざ新品を取り寄せたんだから大事に使えよ」
「そんな恩着せがましい言い方しても、手は抜いてやらな いよ」
火虎左衛門
「ふん、望むところだ」
「では、両者とも場内へ……」

2人とも一礼して場内に入る

「では……一本目、始め!」

環、先手必勝とばかりに一気に踏み込んで面を決めようとする。
 火虎左衛門は杖の先で軽く太刀の軌跡を逸らす。

火虎左衛門
「っと、危ねぇな ……おわっ!」

火虎左衛門の言葉も気にせず、逸らされた太刀を無理矢理横に引っ張って胴を薙ぐ! が、火虎左衛門が後ろに下がったため太刀は空を切るだけだった。

火虎左衛門
「おー、怖い」

環の不必要なまでの大振りの連発をかわす火虎左衛門。

(あたれっ、あたれーっ! なんであたらないんだぁっ!  こんな口先だけのへっぽこ野郎相手に僕は何やってるんだよぉっ!!)

その数多くの大振りの中から特に隙だらけだった水平斬りを杖で下に叩き付け、そのままそれで環の横腹を叩く

「あ……」
「はい、それまで。……炎野君の一勝ですね」
火虎左衛門
「あきらめな(by富家大) 俺はそんな大振りなんかじゃあ 仕留められねぇ、本気だして勝負しようぜ」
「なんだよぅ、避けてばっかりだったくせに」
火虎左衛門
「杖で大振りなんかできないって。杖って俺が使うと防御 重視だからな……不満なら他のに替えてやるよ ……おい、喬」
「自分で取りに行きなさい」
火虎左衛門
「オマエが持ってきてるではないか」
「ふん、これから隠すところだったんですよ(渡す)」
火虎左衛門
「へへ、サンキュ(受け取って構える)」
「おおっ、2とうりゅうだあっ」
大樹
「なんかカッコいいぞー」
火虎左衛門
「(2人の言葉に気をよくして) ははは…… 二天一流、 宮本武蔵ってな巌流島の決戦のような剣さばきを見せてやるぜ」
「たしかそのたたかいでは、むさしはぼくとうをつかった んじゃあなかったか?(ぽつり)」
火虎左衛門
(う……)
「(茂に) まぁまぁ、細かいことはいいじゃない」
「ああ、おとなげないツッコミだったな」
火虎左衛門
(おいおい、おい)

と、いつのまにやら子供相手をしている火虎左衛門。
 それとは対照的に口惜しそうに自分の手にしている武器を見つめている環に心配そうな顔をした影跳が話しかけてきた

影跳
「なぁ環……」
「なに?」
影跳
「余裕勝ちして見せたいと思ってるんじゃないか?」
「……」
影跳
「あいつ弱くはないみたいだしさ、無理して余裕勝ちしよ うなんて思わないで思いっきり戦ってみろよ。
それなら負けたとしても悔いは残らないだろ? 
おまえって昔っからそういうやつだったからな」
「ん……そうだね。ちょっと勝ちに急いで焦ってたみたい ……次からは思いっきりやってみるよ」
影跳
「夢中になり過ぎてコブシだすなよ(笑)」
「そんなことしないよ(笑) ……ありがとね、影兄」
影跳
(ふう、環が負けて落ち込んでると、姉ちゃんが心配して 何とかしろってうるさいからな……)
「(時計を見て) さて、二本目を始めますので両者とも、 場内までお願いします」

二本目から二刀流(右手に小太刀、左手に短刀)に変えた火虎左衛門はさっきとは別人のような猛攻を見せたが、環もそれらを太刀で捌き、手の回らないものは避け、隙を見計らって積極的に打ちにいく。
 茂、望、智博ばかりか、いつもは騒がしい毅と大樹も固唾を飲んで見守り、かなみはたまに起こる大きな音がするたびに「きゃっ!」と言って目を逸らしたりするがじっと見続けている。
 寧だけだったろう。「たまちゃーん、がんばれーっ!!」とかいいそうなほどの余裕があったのは。実際は言わなかったが。

夕日のもとで

結果からいえば5勝3敗で火虎左衛門の勝ちであった。
 最後の一本が入ったとき、環は膝をつき、悔しそうに何度か床に拳を打ち付けていたが……。
 数分もすると落ち着いたようで、火虎左衛門や影跳と一緒に子供たちにチャンバラを教えたり、審判をしたりした。
 2人の闘いに影響されていたのだろう
 子供たちがそれぞれ武器を取って打ち合いを始めた。

火虎左衛門
「カンフー映画を見たあと、取り合えずヌンチャクが欲し くなるのとおんなじ感じだな」
「わかりやすいですねぇ、その言い方。じゃ、おにぎりの 差し入れでも買ってきますか。
子供たちのお相手、がんばってくださいね」
火虎左衛門
「……オマエ、いいところで消えるよなぁ」

ともすれば、喧嘩になりそうな勢いで打ち合う、望と智博。
 必殺技の名前を叫びながらでたらめに打ち合う、大樹と毅。
 遠慮して全然打ち込めない、かなみ。
 何かにつけて、審判である影跳を叩きまわす、寧。
 意外にも他の子と同じように楽しそうに遊んでいる、茂。
 みんなへとへとになるまで、環たちを振り回した。
 で、子供達のバイタリティは夕方になるまでいっこうに衰えることはなかった……そしてなかなかいいタイミングで道場の主が帰ってくる。

清水
「よう、炎野ぉっ!」
火虎左衛門
「あ、オヤジさん」
清水
「スマンがお開きにしてくれや(いずみと湖太郎を指差して)
ブザマな試合をしたボンクラ共に稽古つけてやらんといかんのでな(鬼の逃げそーな笑顔)」
火虎左衛門
「はい(湖太郎の前に行って)
災難だのうコタロー、ひっひっひ」
湖太郎
「ふん、人事だと思いやがって。しっかし……(環に目を遣 り、声を潜めて) あの子、可愛いよなぁ(小声)」
火虎左衛門
「(小声) オマエは見んでいい(慌て)
ちゃんとした彼女のいるやつが他の女の子に興味を持つんじゃないっ!」
いずみ
「(小声) 兄キは手ェ早いからねぇ。ヒコちゃん気にして るんでしょ」
火虎左衛門
「(小声) そ、そんなこと、ないよ……」
湖太郎
「はっ、ガキが」
火虎左衛門
「何だとぅ!」
「こら、手伝えーっ!」

……で、最後の最後まで片付けに参加しなかった火虎左衛門は……。

「(子供たちに目を遣って見せる) みんな片付けを手伝っ てくれたんだから、アンタもちゃんと片付けないとね」

環の監視(何と暇な!)のもと、試合等で疲れ切った状態でひーひー言いながら一人ですべての器具を離れの倉庫まで運ぶことになった。

火虎左衛門
「ぜいぜいぜいぜい……疲れきった人間にこんな仕打ちを するなんて」
「みんな疲れてるんだから文句言うなよ……さて、と。ちゃ んと片付けるとこも見たし、僕も帰る準備でもしよっと」
火虎左衛門
「更衣室はあっちの突き当たりだぞ」
「わかってるよ」

環が更衣室へ行っている間、火虎左衛門は清水に道場の前をしばらく使う許可を貰ってから、そこに行って影跳と子供たちに……

火虎左衛門
「喬がジュースとおにぎりを買いに行ってるから、ここで 少し待っててくれ」

と言ってすぐさま更衣室に向かった。
 更衣室に入る通路の前で環を待つ火虎左衛門。

「あ……(驚) ……(怒)
アンタ…… まさか覗いてた?(拳ふるふる)」
火虎左衛門
「するかよ、そんな事。俺はちゃんとした用事があってこ こに来たんだ」
「へぇ…… その用事ってのがつまらなかったり、ただの 思い付きだったりしたら、遠慮なく殴らせてもらうよ」
火虎左衛門
「(深々と頭を下げて) ごめん……あの時、俺がもう少し 注意して開けていたら扉をぶつけることはなかったんだ。
ちゃんと謝らなかったことも含めて本当に悪かった」
「な、なんなんだよ。(慌て) ぼ、僕が負けたんだから、 謝る必要ないじゃないか!」
火虎左衛門
「勝っても負けても謝るつもりだった。どっちにしろデコ に扉ぶつけたのは事実だし、その上謝らせたとなっちゃあ夢見が悪すぎる」
「その割には僕の負けたところを見たがってたじゃない」
火虎左衛門
「あの時は頭に血が昇ってたからだよ。それに試合前に謝っ てたら試合放棄したみたいでイヤだったんだ」
「へーえ、そうなんだ、ふぅーん」
火虎左衛門
「な、なんだよ」
「……あははっ。君って結構意地っ張りなんだ。僕みたい……
……君が謝ってくれた理由は分かったけど、僕が負けたのも事実だから言わせてもらうよ……ごめんなさい(ぺこり)」
火虎左衛門
「あ、謝らなくっても……」

環が手のひらを出して火虎左衛門を黙らせる。

「いいのいいの、これでみんなチャラだから。もうどっち が悪いってのは言いっこなしっ。
……あーあ、今の今まで、いがんでたのがバカみたいになってくるよ(笑)」
火虎左衛門
「はは…… 俺も(笑顔……近くで見るの初めてだな)」

2人がそうやって打ち解けているところ……買い出しを理由に子供の相手を避けて時間を潰していた近くのコンビニから戻り、おにぎりやジュースを配り終えた大門が道場の角からこっそり見守っていた。
 覗いていたともいえるが……。

(うんうん、なんとか仲直りはできたみたいだ)
「(背後から小声で) やぁねぇ、大門さんって覗きの趣味 があるのかしら?(くすくす)」
「(びっくぅっ!!) (小声)お、驚かさないでくださいよ。 寧さん」
「寧ちゃんって呼んで」
「(ふざけてるのかな?)寧さん……」
「ちゃん! 寧ちゃんって呼んでくれなきゃ、お話聞いて あ〜げない!」
「(これは本気だ)寧ちゃん……」
「配るもの配ったらすぐにどこか行こうとするんだもん、 後をつけたくなるのが人情ってモノでしょ。
ま、おかげで面白いのが見えたわね」

肝心の2人は見られてるのも気付かず、話を弾ませていた。

「面白かったよ、試合。前までは散々馬鹿にしてたけど、 あんなに面白いとは思わなかった。好きになりそうだよ……」
火虎左衛門
「えっ?(どきどき)」
「スポーツチャンバラが」

ずしゃあっ!!
 地面に突っ伏す火虎左衛門。

(こらこら、漫才してる場合じゃないでしょうが)

声には出さずにツッコミを入れる喬。

「どしたの?」
火虎左衛門
「お約束だ」
「へ?(きょとん)」
火虎左衛門
「いや、なんでもない(汗)」
「次は武器を変えてみようかな……また試合してくれる?」
火虎左衛門
「ああ、いいよ」
「ありがと、……えーっと、あはは、そーいえば名前も聞 いてなかったんだね。僕は獅堂環っていうの。君は?」
火虎左衛門
「(う……) お、を、俺のコトぁ【ファイヤー】とでも呼 んでくれ(見栄切り)」
「なんだよ、それ(笑) ちゃんと教えなよ。
言霊って言ってね、どんな名前だってその言葉には魂があってちゃんとした意味があるんだからさ」
火虎左衛門
「(そ、そういうこと言うなよぅ(焦) ほんっっとーに恥ず い名前なんだからよぅ。あーっ、言いたいけど言いたくないっ!!)
(彼女の心に不信ができ始めてる……こりゃあ恥ずかしがっ てる場合じゃないぞ……。
……他人の感情には干渉したくないけど……すまない、炎野)
火虎左衛門
(ん? あれ? なんだか突然言ってもいいような気がし てきた。
……そうか! へっ、喬の覗き野郎、気ぃ遣いやがって……自分の意志で言いたかったけど言えそうにねェんだ、使わせてもらうぜ、この勇気)「お、俺の名前……炎野火虎左衛門って言うんだ……へへっ、変な名前だろ?」
「(気まずそうな表情をして) ……ごめん。ほんとに気に してたんだね」
火虎左衛門
(おいおい、フォローになってないぞ(汗))

……覗き2人組は。

「(小声) 私は別に変な名前とは思わないけど」
「(小声) でも、本人は気にしてるんですよ。
言いふらさないであげてくださいね」
「(小声) うん、約束するわ」
「(小声) ありがとうございます」
「(小声) いいっていいって(笑)」

……2人とも話を続ける事のできそうな言葉が思い付かない。
 やがて環が口を開いて……

「ね、ねぇ、もうひとつ聞いてもいい?」
火虎左衛門
「あ、ああ」
「無理矢理聞いた僕が言うのもなんだけど、言いたくない 名前をどうしてそんなに簡単に教えてくれたの? 
なんかすごく迷ってるような表情してたのに」
火虎左衛門
「そ、そんな表情してたか?」
「うん」
火虎左衛門
(また、返答に困る質問だなぁ。コタローなら気の利いた 言葉を知ってるんだろうけど)
「……そういや、さっきもなんにもないところで転んだり するし……ヘンだよ」
火虎左衛門
「(ん? そうだそうだ。さっきはひくだけひいておきやがっ て……んお? いいこと思い付いたぞ。
ひっひっひ、俺も驚かしてやろっと)
ああ、それは……」
「それは?」
火虎左衛門
「(真剣な眼差しで環の瞳を見つめる) 好きだからだよ」

一瞬の沈黙。

「えーーーーーーーーーーーーーーーーっ!! う、嘘ぉ?!」
火虎左衛門
「(ひっひっひ、驚いてる驚いてる) 嘘じゃないさ、この 空みたいに真赤に燃えている……」
「(あたふたあたふた) やだ、嘘……ぼ、ぼぼ僕そーいう の…… ごめんっ(地面に置いていたカバンを引っつかんで走り去る)」
火虎左衛門
「(聞いてないし、気付いていない) ……真赤に燃えてい るあの夕日が好きだから素直に喋ってしまうんだよ……。
……おや? あれ? どこに行ったんだ?」

環の行動を見ていた喬が火虎左衛門の前まで行って……

「獅堂さん、顔を赤くして走っていきましたよ。あの冗談 を本気にしてるみたいですね」
火虎左衛門
「なにーーーーーーーーーーーーーーーっ!!」
「すみません、私がいらぬ介入をしたばっかりに……」
火虎左衛門
「……いいって、おまえがいなければ名前も言えたか分か らないんだしな」
「しかし……」
火虎左衛門
「バーカ、忘れちまえ。自分の能力を使ったからって落ち 込んでちゃあ、俺なんかタバコの火ィ点けられねェぜ?」
「(苦笑) わかりました。忘れるよう努力します。では、 話を切り替えますが、みんな道場前で待っていますから早く行きましょう。
もう日暮れですから早くお開きにしないと」
火虎左衛門
「ああ、わかった。正直言うと動かずに少し休みたいがな」
「疲れてるのはみんな同じですよ」

道場前に戻ってきた喬と火虎左衛門。
 おにぎりを食べ終わっていた子供たちが今日のことを目を輝かせながら喋りあっている。
 そして、環は……火虎左衛門が視界に入ったとたんに顔を赤くして、
 影跳の後ろに隠れた。

影跳
「お、おい環……」
「……」
火虎左衛門
(うっわー、顔を真赤にしてる。活発で生意気だったイメー ジが崩れるなぁ。……でも、可愛いよなぁ……)
「……」
影跳
「(小声) なぁ、環。あの長髪となんかあったのか?」
「(小声) うん」
「(小声) はい、そこまで。それ以上詮索すると馬に蹴ら れるわよ(笑)」
影跳
「(小声)?? なんで馬?(汗)」

どうやら影跳はあの文句を知らないようだ

「(小声) とにかくこの件には触れないこと、わかった?」
影跳
「(小声) わかったよ、しかし馬って一体……?(悩)」
火虎左衛門
「何話してたんだ?」
「ふふ、今日は楽しかったってことよ。お兄ちゃんの名前 が聞けなかったのが、たったひとつの心残りだけど(にやり)」
火虎左衛門
「(うっ) そ、そんな些細なことはどうでもいいって。
(全員に聞こえるように)……あー、じゃあ、今日はこれで終いにするが、気をつけて帰れよ」
「えんそくいったときのせんせいみたいだ」
大樹
「カタいんじゃないか?」
火虎左衛門
「うるさい(笑) とりあえず心配してやってるんだ。
……あと、スポーツチャンバラに興味があったら、ここで習うことができるからな。本業は剣道だけど……」
ふう、とりあえず宣伝はしといたぜ、オヤジさん)
「じゃ、これでお開きですね」
火虎左衛門
「そうだな。(子供たちに)じゃあな、気をつけて帰れよ」
子供たち
「ばいばーい」
「(小声) またね(照れ)」

子供たちがいなくなり、火虎左衛門と喬は下宿に帰る。

「獅堂さんが別れ際にまたね、って言ってたの、聞こえて ましたか?」
火虎左衛門
「えっ、ホントか?」
「ええ、恥ずかしそうに小さな声でね。よかったじゃあな いですか」
火虎左衛門
「ああ……」
「ご不満ですか?」
火虎左衛門
「いや、不満を漏らすべきじゃあないんだが、ああいう反 応はマジで言ったときにして欲しかったな。
それに俺は彼女とは……」
「息が詰まるような切ない恋愛より、気楽に話ができてふ ざけあえるような……友達プラスアルファな恋愛がお望みですか?」
火虎左衛門
「オマエやっぱりエンパスじゃなくてテレパスだろ?」
「違いますよ。……昔」
火虎左衛門
「ん?」
「ある男女なんですけど、男性は友達として彼女を好きだっ たんですが、女性は恋人として彼を見ていたんです。
で、ある日女性が告白をしたんですが、その日から……」
火虎左衛門
「……」
「今まで気楽に話していたことも言えなくなり、ギクシャ クして……そのうちに会わなくなってしまったんですよ」
火虎左衛門
「……」
「炎野君は……そうなるんですか?」
火虎左衛門
「そ、そんなワケねぇだろ!(汗) 彼女の心を背負えない 野郎と一緒にするなよ(苦笑)」
「……そうですよね(やるせない笑顔) こんなくだらない 人を引き合いに出してすいません」
火虎左衛門
(どうしたんだ? 喬のやつ。友達のことをけなされて黙っ てるやつじゃないのに)
「ま、せいぜいがんばってくださいな(笑) 仲良くなった 暁には冷やかして差し上げますし」
火虎左衛門
「そういうこと言うか? オマエにだって可愛い子がいる くせによぅ(にやり)」
「彼女は…… 違いますよ」
火虎左衛門
「じゃあ、なんだよぅ(へっへっへ)」
「……被害者ですよ」
火虎左衛門
「どうしたんだよ喬! なんか今日はおかしいぞ、オマエ」
「そうですか?(ぎこちない作り笑顔)」
火虎左衛門
「……わかった、もうこの話題には触れねぇよ」
「助かります。助かりついでにお聞きしますが、獅堂さん に連絡先を教えるなり、聞くなりされましたか?」
火虎左衛門
「はぅあっ!(泣)」

マヌケにも連絡先を言い忘れた火虎左衛門は……環に会える可能性のあるベーカリー楠に張り込み続けることにした。
 残念なことに数度の行き違いはあったが、会うことができた。

過去の後悔をひきずるより……

後日。吹利医大にやってきた喬。
 受付の窓口で……

「すみません、そちらで看護婦をしている、蔦枝信子さん をお願いしたいのですが……」
受付
「お身内の方ですか? お呼びだし致しますので、お名前 をおっしゃってください」
「大門喬と申します」
受付
「大門喬様ですね。少々お待ちください」

受付は傍らの受話器を手にとり、呼び出しをかけた。
 しばらくすると……

受付
「はい、外来受付です……。はい……はい、ちょっと待っ て……」
電話の保留ボタンを押す)「あと1時間半ほどであがりますので、それまで待って欲しいとのことですが、それでよろしいですか?」
「はい、でしたら地階の売店にいるとお伝えください」
受付
「かしこまりました」
電話機の保留を解除し、用件を伝え、受話器を置く)
「どうもありがとうございました」

時間潰しに近所にある火虎左衛門の下宿に押しかける喬。

火虎左衛門
「オマエ、人の下宿をなんだと思ってやがる」
「無料休憩所兼無料宿泊施設兼無料ゲーセン」
火虎左衛門
「……滅殺!!」

1時間ほど、格闘ゲームで対戦し、12勝5敗の記録を残し退散する。

火虎左衛門
「勝ち逃げたァいい度胸してやがる(泣)」
「オマエがヘタ過ぎるんでしょうが」

約束の時間の10分前に吹利医大に到着。
 地階の売店は既に閉店しておりシャッターが閉まっている。
 廊下の長椅子に腰掛け、売店横の自販機で買った缶コーヒーを飲む喬。
 待つこと37分。

信子
「(むす〜っ!) やァ、こんにちは(よそよそしく) 大門 くんっ!!(凄みをきかせて)」
「い、いきなりなんですか(おろおろ)」
信子
「別にィ、きみが『たかちゃん』って呼ぶなって言ったか らそうしたまでよ」
「だからって、そんなふくれて言う事ないでしょうに」
信子
「このほっぺは地だよっ!! そんな事も忘れちゃったの?」
「嘘を言いなさい、嘘を」
信子
「(聞いてない) あ、そっか、だから他人行儀に丁寧語を 使うんだ。そっかそっか」
「ですからね、話を聞いてください」
信子
「へ、何を? 赤の他人の大門くん」
「……(ため息) おしんちゃん……」
信子
「私たち他人でしょ、『おしんちゃん』なんて呼ばないで 欲しいな」
「いいかげんにしないと……怒りますよ!」
信子
「たかちゃんに私のこと怒る資格があるとでも思ってるの?」
「う……」
信子
「ひとりにはしない、って言っておきながら、私の気持ち を知っていながら、たかちゃんは……」
「……」
信子
「ねぇ、なんか言って(首を振って) 言ったらどうなのよ」
「……」
信子
「……痛いよ、こんなに苦しくなるなら覗かなきゃよかっ た」
「え?」
信子
「こんなにも後悔してただなんて……たかちゃん……」
「(あ……)私の心を読んだのですね、わざと怒ってみせ、 その変化を探っていた、と……」
信子
「……うん。(自嘲ぎみな微笑) ズルい女でしょ?」
「(首を振って) 心を読むのは私が信じられないからで しょう? そうされても文句は言えません」
信子
「む、ムリしなくてさ、怒っていいよ。傷ついた心を勝手 に覗いたんだもん、怒って当然だよぅ」
「おしんちゃんの心は……私以上に傷ついているハズです から……」
信子
「ううん、それこそ気にしなくていいよ。そんな態度をさ れると胸が苦しくなるからさ。
……私ね、昔みたく気楽に話がしたいの。くだらない冗談でバカ笑いしたり……つまらないことで言い争ったり……」
「……」
信子
「ねぇ……」
「わかりました」
信子
(にこ〜っ) 「よかったぁ」
「はは…… じゃ、またよろしくお願いします」
信子
「うん、こっちこそ……ところでさ、お腹減ってない?」
「まぁ、夕食時ですからね」
信子
「じゃあ、一緒に食べに行こうよ。おいしい店知ってるか らさ」
「それってケーキ屋さんじゃないでしょうね(汗) 夕食が ケーキなんて冗談じゃないですからね」
信子
「そりゃケーキ屋さんも知ってるけど違うよ(苦笑)。 連 れてってあげるんだからくどくど言わないでよっ」

喬の手を掴んで歩き出す信子。
 その表情は喬がエンパシーで探るまでもなく喜びにあふれていた。
 少なくとも喬にはそう見えた。
 信子の言う店は繁華街の通りから一本離れた所にあった。
 小さいがなかなか雰囲気のいい居酒屋で……

店主
「おお、今日最初のお客さんだぁ」

人気も多いとは言えない。
 それに店主も感じがよく、洗ったグラスを拭く手を止め、信子に話し掛ける。

店主
「よぅ、おしんちゃん。久しぶり」
信子
「うん」
(なるほど、彼女の気に入りそうな店だ)
店主
「今日は早番かい?」
信子
「そうなの。ついでに明日は休みなのよ」
店主
「ま、じゃなけりゃあ、ここには来ないわな」
信子
「まぁね、その話は止そうよ(焦り)」
店主
「じゃ、まず注文を聞こうか……なに飲むんだ?」
信子
「私はテキーラ、テキーラサンライズ」
「私は…… 軽くカルアミルクを」
信子
「……ぷっ、きゃははははは、なによソレぇ?」
「アルコールの臭いがダメでしてね」
信子
「それじゃあコドモみたいだよぅ(笑)」
「(ムッ) 笑い過ぎですよ」
店主
「まぁ、いいじゃねぇか、そいつだって酒の内だ。で、つ まみは?」
信子
「ぽてちとナッツ」
「フライドポテトを」
店主
「にーちゃんホントにコドモみたいなモン注文するなぁ。 悪いたぁ言わねぇけどよ」
信子
「……ねぇ、たかちゃんってさ……」
(クチでは気にしていないって言ってたけど……心の傷っ てそんな簡単に癒えるものなんだろうか?
それとも私が考えてるよりも心が強いのかな、おしんちゃんは……)
信子
「おーい、聞いてる?」
(おしんちゃんは何故私を許せるんだろう? 彼女の心の 痛みはどこにあるんだろう?)

ぢゅっ!!

「あづぇっ!!(火傷した手を抑える)」
店主
「ひでぇコトするなぁ……揚げたてのポテトを手に押し付 けるなんて」
信子
「ふん」
「な、なにをするだですかぁ!?」
信子
「人の話聞いてなかったでしょ。頬杖なんかついちゃって、 寝てたんじゃない?」
「寝てませんよ。まぁ、話を聞いてないのは謝りますけど も……」
信子
「じゃあ、話しようよ。お酒飲むだけ飲んでグチたらして たんじゃ、タダのオジサンみたいだしさ」
「はいはい」

二人の話は会わなくなってからの経緯を伝えるものだった。
 家計のため、就職難のため、大学を諦めた話。
 会社についての話、病院で会った時吹利にいた理由。

信子
「へぇ、じゃあエンノ君って人に感謝しなくちゃね」

欠席日数の多いため留年したが無事卒業した話。
 看護学校での寮生活についての話。
 幼なじみの女の子と郊外のマンションを借りている話。

「そう言えば徳子ちゃんとは昔っから仲が良かったんです よね」

今の仕事の話。

信子
「でね、その患者さんってば私のこと看護婦だって信じて くれないのよ。制服だって名札だってあるのに。
結局免許見せてやっと納得してもらったってワケ」
「……免許って、車持ってるんですか?」
信子
「ううん、原付のをね。自転車だけじゃ疲れるし……で、 仕事中は免許証を見せられるようにしてるのよ」

話が進むにつれグラスを空にする速度があがっていく信子。
 すでに耳までもが赤い。

「おしんちゃん、もうちょっと軽めにするか、ソフトドリ ンクに変えた方が……」
信子
「大丈夫よ。
ところでさ、いろいろ話したけど、なんかひとつ忘れてない?」
「……何がです?」
信子
「たかちゃんはあの時言ったよね。人を好きになるっての が良く分からないって。
今はどうなの?」
「……」
信子
「おかしいよね、心を救ってくれたからって、テレパスで あるためにいつもひとりだったからって、同じような能力を持っているから好きになるなんて。
ホント私ってさ……」
「そんなに自分を責めないでください……って、あれ?」
信子
「ぐー」
(寝てる? こんな話の途中で……ヘンなの)

対応に困り頭を掻く喬。時は11時27分。閉店間際の時間……。
 食器の片付けも粗方済んだ店主はテレビを見ていたが、信子が眠ったのに気付き……

店主
「あーあ、やっぱり寝ちまったかぁ、
大量に呑んだらいつもこれだ」
「え? どうゆうことですか?」
店主
「知らないのか? おしんちゃんがここで大酒を飲むとき は決まって何か嫌なことがあったときで……。
飲むだけ飲んで、寝て、帰るんだ」
「そうなんですか……」 (やっぱり、そうなんだな。クチではいい言っていても、やっぱり私を許せないんだろうな。裏切られたキズはそう簡単に消えるワケはない)
店主
「いつも独りで来るから、ソファに寝かせて毛布をかけて 明日の朝に帰ってるんだが……あんたはどうするんだ?」
「……うーん、彼女を送っていくことにします。幸い話の 中で住んでいるマンションの場所も解りましたしね」
店主
「そうか、気をつけてかえれよ」

信子を背負って彼女のマンションに向かう喬。

信子
「あ、たかちゃん……」
(気がついた?)
信子
「心配して……くれてる?」
「してます」
信子
「なら……いいよ。ありがと」
「苦しくないですか?」
信子
「うん、お酒のことなら平気。ただ……ね」
「はい?」
信子
「謝ろうと思っていたのに、そうしなかった自分が……嫌 なの」
「謝るって、いったい……」
信子
「自分勝手な感情で告白したこととか、そのためにその後、 気まずくなってしまったこととか。それに何の話もしないままで、突然吹利の方に引っ越したでしょ……。
たかちゃんだって傷ついてないはずはないよ」
「おしんちゃん……(私と同じに相手を傷付けたと思ってい たのか、おしんちゃんも)」
信子
「それなのに、たかちゃんにばっかり謝らせて……自分で 自分が嫌になるのよ」
(それなのに私は自分が彼女を傷つけた罪ばかりを気にか けて、彼女自身のことも考えずに……)
信子
「私なんか嫌い、嫌いだよぅ。人を傷付けるだけ傷付けて、 自分は勝手にそうした罪に悲劇のヒロインぶって……」
「もういいよ、おしんちゃん」
信子
「どうして?」
「私も同じことを考えていたんですよ自分は最低だ……っ てね」
信子
「……」
「二人で互いに罪の背負い合いをしても虚しいだけです。 過去の後悔をひきずるよりも、また会えたことを喜ぶ方が大事だと思いませんか?」
信子
「……うん」
「よかった……。普段はこんなクサい台詞はクチが裂けて も言わないのですが、言った甲斐があったというものです」
信子
「確かに似合わない台詞ではあるよね」
「……キツいですね」
信子
「あはは、私って昔からこういう子だよ」
「はいはい、解りましたからもう少し休んだらどうです? ちゃんと家までお送りしますから」

喬はそのまま信子を家まで送り届け……

火虎左衛門
「おーまーえーなぁーっ!!(-_-メ) 夜中ふらっとやって きて、泊めろたぁどーゆー了見だ、おい」
「男が細かいことを気にしては行けませんよ」
火虎左衛門
「そーゆー問題かぁ!!」
「あと、ナイトキャップをかぶるのはやめなさい」

火虎左衛門の下宿を借りて夜をしのいだのだった。



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