エピソード305『ぢゅけんせい琢磨呂』


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エピソード305『ぢゅけんせい琢磨呂』

カリカリカリ……琢磨呂は、ベーカリーの片隅で勉強している。普段ならカウンター席に陣取ってしゃべくりまくっているはずなのだが。

琢磨呂
「ぬおっ……センターまであと半年もあるのかよ……しか し、逆にいえば半年しかないともいえるしなぁ……」

呟く琢磨呂は、情けなさそうにこうべを垂れ、顎を机に載せて『ターゲット・ロックオン1900 〜これでセンターは完璧〜』と描かれた単語帳に見入っていた。

琢磨呂
「はひぃ〜……いんびんしぶる……いんびんしぶる……イ ギリスの空母だから……無敵……か。SEEK……えっと……ミサイsルのシーカーって言うから……探す……か……」

湊川観楠は、奇妙なことを呟く琢磨呂を前に、注文された紅茶を出すに出せないでいた。

観楠
「あの、琢磨呂君……」
琢磨呂
「defeat……えー、敵機をデフィートするだから、打ち勝 つ……かな? ……うーん……え? あ、店長?」
観楠
「あんまり熱心だから声がかけにくくってねぇ〜。身体壊 さない程度に頑張ってね」

琢磨呂は出されたストレートティを少し口に含むと、カステラをかじりながらだしぬけに言った。

琢磨呂
「てんちょー、『翼を下さい』って曲、知ってる?」
観楠
「そーいや、かなみちゃんが幼稚園で歌ってたよ」
琢磨呂
「……翼が……欲しいなぁ」

窓の外を飛び去る小鳥を目で追いながら、琢磨呂はつぶやいた。

観楠
「えっ?」

突然の発言に戸惑う観楠。ムリもない。

琢磨呂
「『 悲しみのない 自由な空へ 』って歌詞、そのまん まだよな……受験勉強してると、退屈だとか、しんどいとか、そういうこと言うやつが多いけどサ……。俺は悲しいぜ……何か、心にぽっかりと、魚雷で開けられたようなでっかい穴が開いたみたいなんだ……。
こんなの、俺じゃない……ってね」

普段のぶっ飛んだ行動からは想像もつかない発言を受けて、観楠は更に戸惑い、返す言葉を失っているようだ。

観楠
「……」
琢磨呂
「あと半年とちょっとか……果たして自分で自分を支えら れるか……それが勝負だろうな」
観楠
「琢磨呂君、僕は何にもして上げられないけどさ、見守っ てくれてる人や、琢磨呂君の成功を祈ってくれてる人だってたくさんいるんだからさ。くじけちゃ駄目ですよ!」

さすがに5年も6年も伊達に年食ってるわけじゃない。すかさず、励ましの言葉をかける観楠。

琢磨呂
(く……っ!?)

突然、琢磨呂は頭を抑えてテーブルに突っ伏した。

観楠
「た、琢磨呂君!」

観楠の声は、すでに琢磨呂の耳には聞こえていなかった。

竜胆
(そーよ、ここで負けたらあんたは負け犬よ? それでも 貴方のプライドが許すわけ? まだ元気な『琢磨呂』が心に生きてるなら、ここで負けちゃ駄目だってこと、わかるでしょ?)
美樹
(失敗すれば、もう一年待ってるんですよ? それを考え れば、7ヶ月ぐらい何とか乗り切れるんじゃないでしょうか? 夏が勝負ですよ、頑張って)
彼方
(貴方の現在の勉学進行速度を維持出来れば、確率統計論 的に言えば可能ですよ。ただ、力を抜けば、その限りではない事は自明の理)
麗衣子
(どこかの大学に通って、例え北海道からでも、会いに来 てくれるんでしょ? 志望校、頑張ってね)
(んなもん、たかだか7ヶ月やないけ! んなもんガマンで、 けへんで社会人なんかやってかれへんぞぉ! 気合やで、気合!)
三彦
(貴様が勉学をサボることによって受験戦争に負ければ、 それすなわち貴様の過失。計らずとも、敵前逃亡の汚名を着せられるかもしれぬぞ?)
琢磨呂
「……」
観楠
「良かった、気が付いた。大丈夫?」

観楠は心配そうに顔を覗きこむ。

琢磨呂
「少し、寝てたか? 俺」

琢磨呂は先程までの頭痛は何処へ、きょとんとした顔で観楠を見つめて言った。

観楠
「ほんの1分ぐらい……気を失ったみたいに。身体壊しちゃ もともこもないんだから、気をつけなく……あ!」

琢磨呂は観楠の言葉が終わらないうちに立ち上がると、500円玉をテーブルの上に置くと、何かを思い出したかのように早足でドアへと向かった。

観楠
「琢磨呂君?」

どないしたん? と言う視線を背後に感じながら、琢磨呂は一言呟いた。

琢磨呂
「7ヶ月後の俺を、待ってる人が居ますんで……じゃ」

琢磨呂はゆっくりと歩き始めたが、突然現れた水島孝雄に肩を掴まれた。

孝雄
「はーっはっはっは、聞いたぞお主の心の叫びぃぃぃぃっ
翼が欲しいという叫び)。さぁ、改造手術だ、いますぐにだ、さぁやろう、すぐやろう、おいちい!」

琢磨呂はふと立ち止まる。かたに置かれた孝雄の手を横目で見つめる。

孝雄
「さぁ、私と一緒にすぐにラボに行こう! 費用はロー……」

孝雄がそこまで言った時、琢磨呂は身体を左に捻った……かのように孝雄には見えた。
 だが琢磨呂は、左にほんの少しからだをずらすと、反動で物凄い速度で身体を右に捻り、同時に腰から銃剣を抜いた。
 高速で捻られた上半身、そしてその上半身に繋がった腕、そしてナイフ。ベーカリーの照明に照らされた刃は何かを訴えかけるるかのように妖しく光り、20Cmしかないはずの刀身は、70Cm程もあると青白い光の筋に覆われていた。
 カウンターから事の次第を見守っていた観楠の目には、SF映画に出てくるビームサーベルのように写ったほどだ。

琢磨呂
「……黙っていれば命も長く持つ(ドアを開ける)」
観楠
「水島さん、大丈夫ですか?」
孝雄
「……うきゃきゃきゃきゃきゃ」
 観楠 ;「み、水島さんっ!?」
孝雄
「うひょ、うひょひょひょひょ」

……残ったのは、惚けた孝雄とどうして良いかわから無い観楠であった。
 琢磨呂は、先ほどの事など何もなかったかのように、6月の陽光眩しい歩道へと歩みを進めていった。

琢磨呂
「……待ってろ、麗衣子」

次の瞬間、初夏の歩道の人の流れに、琢磨呂は飲み込まれていた。



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