- 湊川観楠
- う〜ん……素子ちゃ〜ん、かむばーっく!
- 浅井素子
- ……店長……むにゃむにゃ
- 観楠
- 「じゃあ、緑ちゃん、あがっていいよ……」
- 緑
- 「は、はい」
- 観楠
- 「緑ちゃんもどうにか慣れてきたかな……接客以外は……」
接客については生来の内気のせいか、相変わらずの緑嬢。しかし、それ以外の仕事については、飲み込みも早く、店長たる観楠を満足させている。
これで接客ができれば……文字どおり新・看板娘なのだが。
- 緑
- 「あの、それじゃ、お先……失礼します……」
- 観楠
- 「はい、お疲れさん。帰り、気をつけてね……って、慎也
くんがいるから大丈夫か」
- 慎也
- 「何言ってんですか(汗)」
- 緑
- 「……」
二人が行ってしまうと、ベーカリーが急に広く感じる。
- 観楠
- 「……波風立たないのはいいこと……か。竜胆ちゃん、よ
ほど悩んでたんだな……ま、元気になったみたいだから、よかったよかった」
その竜胆は、お土産を食べるとさっさと帰ってしまった。
- 観楠
- 「波風立たない……そういや、最近立ってないな……朝の
やつは仕事が忙しいし、高校生組は受験……受験か」
先の看板娘も、受験を理由に退職した。
さすがに厄介なイベントだ。
- 観楠
- 「元気で……やってるかな……」
ふと片付ける手が止まる。
今は、冷やかす常連もいない。
冷やかされることも少なくなった。
もうだいぶ会ってない……
- 観楠
- 「会いたい……な」
- 素子
- 「ふわぁぁぁぁ……眠」
見飽きた参考書を閉じて、素子は伸びをした。
- 素子
- 「……一年も勉強づけなんて……最悪」
素子は写真立てを手に取った。
前の弾き語りのオフの時……もうしばらく参加してない……に撮った写真。
- 素子
- 「りん姉さんが撮ったんだよねぇ……岩沙のカメラで」
高校生組+年長組勢揃いといった趣。
店長の隣で、自分が映っている。
- 素子
- 「店長……」
店長の言葉は、今も覚えている。
返事は受験が終わってからでいいって……
ホントは今すぐ言いたい。一年前みたいに、自然に、側にいたい。
- 素子
- 「……まだ、片付けは済んでないな……」
素子は受話器を取った。ボタンを押す手が、途中で止まる。
- 素子
- 「今、電話してどうなるの……?」
受話器を置いて、素子はベッドに倒れ込んだ。枕をぎゅっと抱きしめて、ため息をつく。
- 素子
- 「会いたいよぅ……」
声が聞きたい。顔が見たい。会って話がしたい。
しばらく考えて、素子はベッドから起き上がった。
- 観楠
- 「……ふう。ぼーっとしててもしょうがないか。今ごろ素
子ちゃんだって勉強がんばってるんだ。僕ががんばらなくてどうするよ」
観楠は片付けをまた始めた。
しばらくして、ドアを叩く音が聞こえる。
- 観楠
- 「……?」
この時間にくるなんて……馴染みの客じゃないな。
観楠は営業スマイルを浮かべながら、ドアを開けた。
- 観楠
- 「すいません、もう閉店なんです」
- 素子
- 「……知ってます」
- 観楠
- 「わ、え、あ、も、素子ちゃん?」
- 素子
- 「店長……お久しぶりです」
- 観楠
- 「どうしたの……? こんな時間に……」
- 素子
- 「犬の散歩だって出てきました……」
- 観楠
- 「……ま、は、入ってよ(汗)」
- 素子
- 「はい、お邪魔します」
- 観楠
- 「……はい。紅茶でよかった?」
- 素子
- 「はい、いただきます」
- 観楠
- 「……」
- 素子
- 「……」
- 観楠
- 「(どーした観楠ぃ! 会いたかったんだろぉ! なんか
言えよぅ!)」
- 素子
- 「(素子、どーしたの? 会いたいからきたんでしょ)」
- 観楠&素子
- 「あの……^2」
- 観楠
- 「素子ちゃんから……どうぞ」
- 素子
- 「え……はい、その……会いたくて……来ました」
- 観楠
- 「僕も……会いたかったよ……」
- 素子
- 「そ、それだけですから……その……閉店で、忙しいのに、
失礼しました(汗)」
- 観楠
- 「気にしなくていいよ。会いたかったのは……僕だってそ
うなんだから」
- 素子
- 「……店長」
- 観楠
- 「勉強、がんばってる?」
- 素子
- 「は、はい……早く……終わらせたいから」
- 観楠
- 「そうだね」
- 素子
- 「店長を……待たせてるのは……悪いですから」
- 観楠
- 「素子ちゃん……」
- 素子
- 「あの、店長、これ」
- 観楠
- 「……?」
- 素子
- 「ベルの番号です……」
- 観楠
- 「……」
- 素子
- 「それじゃ、もう遅いですし……帰ります」
- 観楠
- 「そ、そうだね、親御さんも心配するしね……」
- 素子
- 「店長……おやすみなさい。かなみちゃんにも」
- 観楠
- 「うん、伝える。おやすみ」
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