- 母
- 「素子、ちょっと夕刊取って来て」
- 素子
- 「そこの机の上にあるよお」
- 母
- 「あ、ほんとだ。……えーと、手紙は。はい、あんたには
塾とか予備校とかの勧誘。この大きい封筒はおとーさんですか」
- 父
- 「む……あれ? いや、これ素子宛になっとるぞ」
- 素子
- 「え? ……誰から?」
封筒を持って2階へ上がる。
- 素子
- 「差出人は……NKVD工作員・石原完爾……なんだ三郎か」
拝み啓す、元気に死んでいるか。
当方は元気に死んでおり、まもなく危篤だろう。さて、先日の
吉野山中決死行を作品にまとめたので送る。くれぐれも破損、
紛失、焼却、爆破、車窓よりの散布、食用、酸もしくは塩基に
よる溶失の無きよう取り扱いに注意すること。インクジェット
プリンタによる印字なので、水に極度に弱い。コーヒーをこぼ
してもこの紙で拭かないように。敬し具る。
追撃 貴君の英語赤点回避を記念して、以下の英国諺を送る。
One idealizes people when they'er away.
発・NKVD工作員石原完爾 宛・浅井素子
また訳の解らんことを……とか思いながら、英文の解釈を試みる。
- 素子
- 「一人のなんたらの人が離れている時。……違うかなあ。
一つのなんたらが離れている人々。離れている人々の一人。……違う。あ、このidealizesが動詞かな。……辞書、辞書……」
- 英和辞書
- idealize v.1.理想化する。理想化。
- 素子
- 「となると……」
どき。
- 素子
- 「……人を理想化するのは人と離れた時である」
どきどき。
- 素子
- 「人と……離れた……。
……また夕方だけど…………行こう」
- 観楠
- 「しかし三郎君、毎日来てるけど大丈夫なの?」
- 三郎
- 「ん? 別におれはガイキチってわけでは」
- 観楠
- 「いや、そーいうのじゃなくて。他の高校生組はみんな勉
強してるみたいだけど君はいいのかなあと思って。ここで本ばっかり読んでるけど」
- 三郎
- 「ああ、そりゃこのへん最近本屋がいっぱいできたからね。
読む本なら無数にある」
- 観楠
- (……答えになってないような……)
- 三郎
- 「だいじょーぶ、少しは学習も敢行しておるます」
- 観楠
- 「あ、そう……」
- 三郎
- 「こーいう訳書だって、本当はきらいなんだけど英語の勉
強にもなるからとりあえず読んでるんだし」
- 観楠
- 「日本語訳された本読んでて勉強になるの?」
- 三郎
- 「文体がそのまんま英語だから……」
- 観楠
- 「原書は英語なわけ?」
- 三郎
- 「うん、Out of sight, out of mindって本」
- 観楠
- 「……去る者は日々に疎し?」
- 三郎
- 「というルカーチの書いたエッセイ集」
- 観楠
- 「ふーん、去る者は日々に疎し……そういえば三郎君、ネッ
トに書いてた『吉野山中決死行』ってあれ実話なの?」
- 三郎
- 「ぬ? いかにも。岩に枕し流れに漱いだ記録です」
- 観楠
- 「ふーん。吹学のほうで行って来たのか……」
- 三郎
- 「最近ほかのやつ滅多にここ来ないんでしょ」
- 観楠
- 「う、え? あ、まあ」
- 三郎
- 「消息または手掛かりといった所も兼ねて書いてます。
……じゃ、そゆことで。そろそろ帰ります」
- 観楠
- 「あ、はい。……もうすぐ月末だから、雁首揃えといてね
……ってもう帰ったか」
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