時は受験戦争も膠着して前線を挟んで睨み合いが続く時は八月も初旬。受験生岩沙琢磨呂は、受験勉強に”飽きた”。
場所は吹利学院高等学校部内部進学生専用集中自習室。
周りはシーンと静まり返った自習室だ。真面目な連中が『うるせぇぞ』と言わんばかりの視線を投げつける。
そう叫ぶと、琢磨呂はドアを蹴り開け廊下へと出ていった。
歩く危険人物と言った物凄い形相で家まで帰ってきた琢磨呂は、各種装備を整え始めた。
まるで出撃する前の特殊部隊員のようないでたちで、琢磨呂は部屋を出た。だが、ふと思い出したかのように部屋に戻ると、1m50cm近くあるのではないかと思われるプラスチック製の長細いケースを持ち出すと、大事そうに荷物の上においてよろよろと歩きだした。
一時間後、琢磨呂はマンション "メゾン吹利" を見下ろせる別のマンションの屋上に這いあがっていた。
妖しい高笑いともに、琢磨呂は装備品を身に着け始めた。爆発性BB弾を装填したハンドガン『コルトガヴァメント』を右腰に。対妖魔破砕BB弾を装填したハンドガン『ベレッタM93R』を太股の大型ホルスターに。愛用の銃剣を腰の後ろに差し、左手手首にはリモートスイッチ付きのマグ・ライトを。花火の火薬と香辛料を練り上げて作った特別製炸薬を使ったスタングレネードをサスペンダーのフックに。そして、左の腰には赤外線装備をフル装備したコンパクトカメラが繰り出し式のワイヤーで括りつけられた。
最後の仕上げとばかりに、大きな細長いプラスチックケースから狙撃ライフル『PSG-1』を取出すと、カメラ用の三脚と繋いで完全に固定し、銃口を"メゾン吹利"の最上階に向けた。
現在時刻、19:30分……西の空から夕焼けが姿を消し、次第に闇が空を覆っていく。
呟くと、今度はどでかいスコープを別の三脚に据え、覗きこんだ。
姐さんこと豊秋竜胆は、ちょうど大学の講義が終わり、バイトが無いので帰宅してきた様子だ。
ヘルゾルトスコープを覗き、微笑む琢磨呂。そのまま立ち上がると、鞄の中から旧型だが大出力タイプの集音機を取出し、竜胆の部屋に向けた。
琢磨呂は、PSG1のスコープを覗きこみ、照準をきっちりと窓に合わせると、リモコンスイッチのような物を握り締めて隣のビルへと急いだ。窓が網戸になっていることをちゃんと確認してから。
数分後……
クソ熱い中、琢磨呂は喘ぎながらも最上階へと急ぐ。たどり着いた最上階の入り口付近で、コンクリートの床に伏せるとミラーで壁の向こう側を確認する。
琢磨呂は、霊感等の能力はある程度持つ方だがやはり”苦手である”コトに変わりはない。だが、ここで引いたら男が廃る! 太股から『ベレッタM93R』を音も無く抜き取ると、セレクターを三連射モードにセットし、階段から最上階の廊下に躍り出た。
自己防衛型の結界だろうか? 低姿勢で銃を構えて突入する琢磨呂に、明らかに敵意を持っているようだ。琢磨呂の耳元を、霊波動弾が数発かすめる。
……この瞬間霊体はこの世から消え去った。琢磨呂の発射した対妖魔弾がヒットしたのだ。だが、琢磨呂は脚の勢いを緩めるどころか早め、竜胆の部屋を目指した。
二度、三度と深呼吸をすると、琢磨呂は竜胆の部屋の前で精神集中を始めた。
琢磨呂は、少しなら物体を透過してその向こう側を垣間見ることができる。……そう、異能である。
琢磨呂は、更に竜胆を焦らせる為呼び鈴を押し込み、そのままテープで固定してしまった。
ここのマンションの呼び鈴は、ボタンを押している間は鳴り続けているタイプなのだ。焦ってバスタオルを巻いてドアへと走ってくる竜胆が琢磨呂の瞼の裏に浮かんでいた。
やがて、ドタドタと言う足音とともに『どちらさーん?』と言う声がドアの向こうから聞こえる。聞きなれた声だ。
呑気な声で琢磨呂が言う。ドアの影に隠れてるので、竜胆から姿は見えない。
普段の琢磨呂なら「さっさと開けんかい!」と文句を言うだろう。だが、今日の琢磨呂は違う。
琢磨呂は瞬間的に手元のリモコンを操作すると、その場に伏せた。
鈍い音。同時に、施錠されているはずの竜胆の部屋のドアが数ミリスライドする。……琢磨呂は、向かいのビルの屋上に設置したスナイピングライフルの照準を、部屋の内側からドアのカギの部分にセットしておいたのであった。恐るべき命中精度! さすがは世界のスナイパーライフル・PSG1である。
竜胆は急いでおり、チャイムの音はまだ鳴り続けている。網戸になっているから貫通音はほとんどせず、鈍い命中音も気付かれるほどの物ではなかった。
スッ……ドアを開けて忍び込む琢磨呂。右手はベレッタからコンパクトカメラに持ち代えられていた。
一瞬琢磨呂は考えた。
琢磨呂 :(洗面所か? クロゼットか?)
0.2秒の賭けだった。琢磨呂は、ここだっ! とばかりに洗面所の入り口に駆け寄り、カメラを突き出す。最新鋭のコンパクトカメラだ。作動音は微小、秒間巻き上げ速度5枚。
シャシャシャッ……シャシャッ……
数百分の一秒ごとにシャッターが下ろされ、豊秋竜胆のあられもない姿が次々と塩化銀を塗布したセルロイド・シートに焼き付けられてゆく。
一枚目……奇麗な形をしたお尻。二枚目、それに続く決して細いとは言えないが奇麗な太股。三枚目、ショーツを穿く為に片方が上げられたその太股。四枚目〜六枚目、開かれた股の間から見え隠れする秘所。七枚目、形の良い太股に引っ掛ってなかなか上がりたがらないショーツと張本人の太股。八枚目、豊秋竜胆左斜め下からの全身図、ショーツのみ装着。九枚目、真性Aカップ拡大図。十枚目、顔ドアップ。表情は驚き。十一枚目、顔ドアップ。表情は怒り。十二枚目、脚。音速を越えているのではないかと思うぐらい奇麗に流れている。被写体ブレか? 十三枚目、脚の裏ドドドドアップ。近すぎてピンぼけ。
……この瞬間、琢磨呂の意識は一瞬途絶えた。
叩き下ろすような素晴らしい破壊力の蹴り。琢磨呂の身体は優に1mは吹き飛ばされ、壁に叩きつけられた。
まさしく仁王のような顔をして洗面所から下着姿で現れた豊秋竜胆。だが、彼女の目には、身長174Cm、体重60Kgの高校生が叩きつけられたであろう壁のくぼみしかうつらなかった。
その頃、琢磨呂は……
まだ、居るのです、それも咄嗟に隠れた押し入れの中に(笑)
御実弾……もとい、後日談。豊秋竜胆はその日の晩、押し入れを掃除したそうな……(合掌)