とある休日の昼下がり。町でナンパしている二人組の姿があった。
- 夏和流
- 「ねえねえ、僕と一緒に遊ばない?」
- 女性
- 「ごめんなさい、いま時間がないの(すたすた)」
- 夏和流
- 「(後ろ姿を見つめ)あ……」
- みのる
- 「これで、十人目。そろそろ諦めたらどうだ?」
- 夏和流
- 「うー、やかましい。僕だって彼女を見つけるんだっ」
懲りずに声をかけまくる夏和流。それを見て、みのるはこっそりとため息をついた。
今日、夏和流がいきなりナンパに目覚めた背景には、ベーカリー楠があった。
二日ほど前の、金曜日。
いつものように、パンを食べて帰ろうとする夏和流とみのる。
いつものように、他の常連もいたのだが……。
いつもより、少しカップルが多かったのがいけなかったらしい。
そして、ほぼ全員が独自のムードを持っていた。
当然、二人はパンを食べることもできずに店をでた。
……そしてその後、「僕も彼女を作ってやるぅぅ!」と夏和流がはりきりだしたのだった。まったく、迷惑なことだ……。
物思いにふけっていたみのるだが、ふと見上げた女性に目が引きつけられた。長く光をはじく、綺麗な黒髪。少しふせがちの、神秘的な瞳。すらりと伸びた手足は細く華奢で、触れるだけにも気を使わなければならない感じすらする。だが、みのるはそれよりも、その女性のもつ不思議な、冷気のような雰囲気を見つめていた。
- 夏和流
- 「おねーさん、僕と一緒に……あの、ちょっと……」
夏和流が十一人目にふられたのが目に入ったが、無視する。
そして、女性に近づく。
- みのる
- 「少し、話をいいですか?」
- 女性
- 「(戸惑った様子で)え……? たしでしょうか?」
- みのる
- 「ええ。より正確には、あなたのそのハンドバッグに、と
いうところでしょうが」
- 女性
- 「(警戒を強める)失礼します」
- みのる
- 「(腕をつかむ)待ってください。話があるんです」
- 女性
- 「痛……」
その小さい悲鳴を聞いたときに、何故かみのるは力を緩めてしまっていた。
むろん、そんなことをすれば『逃げてください』と言っているようなものだ。彼女は素早く腕を振りほどくと、走っていってしまった。
自分の手を見つめているみのる。自分の行動が信じられない。危険が存在するというのに、それをみすみす見逃してしまった。何故かわからないまま、ただ呆然とするみのるだった。
- 夏和流
- 「ねえ君……あ、ちょっと……ねえ……」
十二人目。
- 夏和流
- 「(呆然としているみのるに)綺麗な人だなぁ」
- みのる
- 「(振り返り)……見ていたのか?」
- 夏和流
- 「ちらっとね。一目惚れでもしたの?(笑)」
- みのる
- 「(無視) 明日、あの女に会えるようにしてくれ。おまえ
の力で」
- 夏和流
- 「ふーん(にやり)。まあ、いいけど。そこまで、想ってい
るのなら」
三河夏和流の力。
それは、思い描いた物語が現実になる力。主に、ちょっとした偶然が起こせる。みのるの彼女(候補)を見たい好奇心から、夏和流はその力を使った。
- 夏和流
- 「『明日、みのるとさっきの女性は再会する』……これで
よしっと」
不思議な色のきらめきが空に散っていく。
あとは運次第。もっとも、この程度の偶然ならほぼ100%失敗はないが。
- 夏和流
- 「じゃ、引き続きナンパを。みのるも顔はいいんだから、
お礼として引っかけるの手伝うこと」
だがその日は結局、夏和流は20人にふられた。
運が悪いのか、それとも要領が悪いのか……。
翌日。月曜の(ちなみに祝日で学校は休みだ)朝である。鳥も鳴いている。起きるには気持ちがいい朝だ。
- 夏和流
- 「(ベッドでごろごろ)むー……ぐぅー」
もっとも、気持ちのいい朝だからといって起きる義務は特にない。
まあ、起きるということは、みのるの彼女(候補)をみる、という目的のための手段ではあったはずだが。
それに、義務はなくとも権利はある。
西山みのるもそんな権利を行使していた一人だった。
西山みのるは、『道具』の管理者だ。
ただの道具ではない。
世間には知られていない、科学外、そう言ってみれば『霊的な』道具の。そしてそのうち危険なものを主に封印、破壊している。
そのためにも、あの女性に会う必要があった。
そう固い決意を秘めながら、みのるは街へと出かけた。
あてもなく、人気の少ない通りを回る。
夏和流の力のおかげか、それほど疲れる前にみのるは再会を果たした。
- 女性
- 「あ……」
- みのる
- 「そのバッグを渡してください。それは人を不幸にします」
- 女性
- 「いや。渡さないわ。私はこれで復讐するの」
- みのる
- 「復讐、か(ため息)……それで、何が残る?」
- 女性
- 「何って……(絶句)」
- みのる
- 「一時的な恨みにとらわれ、人を傷つける。そのあと、何
が残る?」
- 女性
- 「……」
- みのる
- 「何も残るはずがない。人を傷つける。それは自分の身を
削ることだからだ。……目を覚ませ。誰でも傷つくときはある。だが、それを乗り越えるのが生きているものの義務だ」
- 女性
- 「あたしは……」
- みのる
- 「……」
- 女性
- 「もう、あたしには何もない……これしか……ないの……」
- みのる
- 「……だから。復讐するというのか?」
- 女性
- (うなずく)
- みのる
- 「それなら俺が与える。何もないと言うのなら俺があなた
へ与える。生きる、すべてを」
- 女性
- 「すべ、て……」
- みのる
- 「だから……。悲しいことは言うな」
- 女性
- 「(涙をこぼしながら)……ありがとう……」
- みのる
- 「(ハンカチを取り出しながら)それでは、渡してもらえま
すね?」
- 女性
- (ハンカチを受け取り、顔を拭く。そして、顔が隠れる)
- 夏和流
- 「(遠くから)あ、みつけた!」
- みのる
- 「(いやそうな顔)……なんの用だ」
- 夏和流
- 「当然、君の彼女を見に来たんだよ(笑) いやー、結構探
したよ、はっはっは。まあ、見つかってよかった。あ、はじめまして、ぼく親友の三河夏和流です」
- 女性
- (無言でゆっくりと顔を向ける)
- 夏和流
- 「……あの?」
- 女性
- (夏和流に向かい手をかざす)
- 夏和流
- 「うっ……わあ!?( 吹き飛ばされ、地面に転がる)」
- みのる
- 「なに!?」
- 女性
- 「礼を言うぞ、少年。おかげで、我は力を取り戻せた」
- みのる
- 「おまえ……!? ハンドバックに封印されていた者か」
- 女性
- 「その通りだ。人の身体は何十年ぶりか」
- みのる
- 「……その女性の身体から離れろ」
- 女性
- 「(にやりと笑い) 残念だが、それはできないな。我は、
人の心の中に在りし者。今はこの女の復讐心の中にある」
- みのる
- 「その人はもう復讐など望んでいない。離れろ」
- 女性
- 「それは違うな。我に復讐の心が移ったのだ。ないのでは
ない」
- みのる
- 「……なるほど。だからただの説得でも応じてくれた、と
いうわけか……」
- 女性
- 「そう。すべて、この女を乗っ取るために我の仕組んだ事。
動揺していればつけ込みやすいからな。さあ、そこを退け。我はこれから少々仕事があるのだ」
- みのる
- 「退くと思うのか?」
- 女性
- 「退かねば、この女の命がないぞ」
- みのる
- 「(キーホルダーを剣にかえる)……そして、退けば何人も
の人の命がない。違うか?」
- 女性
- 「ほう。なかなか鋭いな。だが、そんな剣で我を倒せるか?」
- みのる
- 「……倒す」
- 女性
- 「この女ごとか? やれるものならやってみるがいい」
- みのる
- 「……」
- 女性
- 「どうした? からゆこうか?」
- みのる
- 「はっ!(切りかかる)」
- 女性
- 「(体をかすり)ほう? 当に斬るとはな……」
- みのる
- (なおも切りかかる)
- 女性
- 「(またかする)ふん。だが、我を倒すことはできないな」
- 夏和流
- 「(起きあがってなにかつぶやき)いけ! もう大丈夫だ!」
- みのる
- 「はあっ!」
- 女性
- 「きかないと言って……なにっ?(かわそうとするが足が
動かない)」
裂帛の気合いともに繰り出された剣は、狙いの通り左胸を貫いた。
そして、流れる血とともに憑いていた者は去った。
- 夏和流
- 「……なんだかよくわからないけれど、助かってよかった」
- みのる
- 「もう大丈夫だな(女性に近づく)」
- 夏和流
- 「……胸を貫いたのか。……でも、生きているんだろ?
僕もいっつもやられているもんなぁ」
- みのる
- 「まあな。おまえもなにか援護していたようだが、あれは
なんだったんだ?」
- 夏和流
- 「うん。偶然、落ちてたガムで足が動かないようにね」
- みのる
- 「……俺はガムに助けられたのか」
- 女性
- 「(目を覚まし)……ここは……?」
- 夏和流
- 「あ、気がつきました? 丈夫ですよ、生きています」
- 女性
- 「あたしは……操られて、それで……痛っ!」
- 夏和流
- 「あ、痛いでしょう。こいつの術だと、痛みが残っちゃう
んですよね」
- 女性
- 「あたしは、胸を貫かれたんじゃ……!?」
- 夏和流
- 「見ちゃダメですよ。恐い光景でしょうから(笑) まあ、
何故生きているかというとですね、みのるの力のおかげです」
- 女性
- 「え……?」
- 夏和流
- 「えーと、確か魂と肉体を切り放すことによって肉体が傷
つけられても大丈夫……だっけ?」
- みのる
- 「肉体と魂を、同じ場所でありながら次元をかえることで、
傷が魂には及ばない。従って、肉体が死ぬような状態でも魂は同じ場所で生きていける」
- 夏和流
- 「そうそう、そんな理屈らしいです」
- 女性
- 「あ、あたし……あたし……」
- みのる
- 「傷にはこれを飲んでください。家に伝わる薬です」
- 女性
- 「あたしは……」
- 夏和流
- 「まあ、なんにせよめでたしめでたし」
- 女性
- 「でも、あたしは」
- みのる
- 「……なんでしょう?」
- 女性
- 「……皆さんに、酷いことをしてしまいました……」
- みのる
- (無表情)
- 夏和流
- (困っている)
- 女性
- 「……生きていても、もうしょうがないのに……」
- みのる
- 「俺が言ったことを、覚えていますか?」
- 女性
- 「……はい」
- みのる
- 「あなたは言いました。『自分には復讐しかない』。俺は
こう言いました。『俺が代わりをあげる』。まだ、死にたいのですか?」
- 女性
- 「でも……」
- 夏和流
- 「でもじゃありませんよ(ため息) ようするに、みのるの
言いたいことはこう。『好きです。死なないでください』」
- みのる
- 「(少し顔が赤い) ……誰がそんな事を言った!」
- 夏和流
- 「あっ! が赤い! わあ、めっずらしー」
- みのる
- 「うるさいっ!(切りかかる)」
- 夏和流
- 「ぬわわわ、勘弁!」
- 女性
- 「(しばらくどたばたを見つめ) いいんでしょうか……?」
- みのる
- 「……何がです?」
- 夏和流
- (なますにされて転がっている)
- 女性
- 「こんなあたしが許されるんでしょうか……」
- みのる
- 「……あなたは、ずっとそうだ。悲しい顔しかしない」
- 女性
- 「……」
- みのる
- 「俺は、人が悲しむのは見たくありません。笑って下さい」
- 女性
- 「あたし……(また泣き始める)」
- みのる
- 「(優しく抱きしめ) ……明日からは、泣かないで下さい。
……俺が、守るから」
- 女性
- 「(泣きながら) はい。本当に……ありがとう……」
その日から、みのるは二人分の人生を生き始めた。それは、重いものだ。だが、悪い気はしない。
- 夏和流
- 「はぁ〜〜(悩)」
- 観楠
- 「……なに、なんか悩んでる?」
- 夏和流
- 「悩みたくもなりますよぉ……はぁ(溜息)」
- 観楠
- 「なんなら相談にのるよ? と、言っても金銭問題はパス
だからね(笑)」
- 夏和流
- 「……お気楽ですねぇ」
- 観楠
- 「悩んでるよりはいいからね(笑) はい、コーヒー」
- 夏和流
- 「どーも……って僕は紅茶派なんですが。
まあそれより、率直にお聞きしますが……」
- 観楠
- 「なに?」
- 夏和流
- 「店長と素子さん、結婚するんですか?」
- 観楠
- 「……へ?(汗)」
- 夏和流
- 「なーんか、気になって気になってしょーがないんですよ」
- 観楠
- 「ちょ、っと、それ……はその……あー(大汗)」
- 夏和流
- 「だって付き合ってもぉかなり経つんでしょ?」
- 観楠
- 「いや、ま、そーなんだけど、付き合いが長いから結婚な
んてのはどーかと……そりゃ願望が無いといえば嘘なわけで……でもねぇ……いや、こりゃーまいったな(照笑)」
- 夏和流
- 「琢磨呂さんも片山さんも酒井さんもみーんな彼女がいて、
店長は店長でずっとらぶらぶ状態で……」
- 観楠
- 「あは、そーだね。ま、みんな幸せでいーじゃない(照笑)」
- 夏和流
- 「……僕だけなんだ……」
- 観楠
- 「あー?」
- 夏和流
- 「みんな幸せになっていっても僕だけ一人寂しい思いをし
てなきゃいけないんだっ!」
- 観楠
- 「……そ、そんなことないって」
- 夏和流
- 「いーやそーなんです! で、みんなで僕をのけ者にして
笑うんだぁぁぁぁぁぁぁ!!(キレる)」
- 観楠
- 「か、夏和流君、落ち着いてっ(汗)」
- 夏和流
- 「うぅぉぉおおおおおおお!!(テーブルを持ち上げる)」
- 観楠
- 「お、おーぃ……(汗)」
- みのる
- 「(夏和流にチョップ)」
- 夏和流
- 「う?」
- みのる
- 「おちつけ」
- 夏和流
- 「う、ぅ……うぉぉーん(泣)」
- みのる
- 「泣くな(夏和流を引っ張っていく)」
- 観楠
- 「た、助かった……かな?(汗)」
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