エピソード389『ありふれた日常は……』


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エピソード389『ありふれた日常は……』

からんからん。
 冬のある一日。寒い風が吹いても、この店の中はいつも暖かだ。
 温度だけじゃない。心も暖まる。そんな店があることは、たぶん、最高の幸せの部類に入るのだろう。
 ……だが、そんな店でも今日は少し寒く感じる。

観楠
「あ、夏和流くんいらっしゃい」
夏和流
「……こんにちは」
観楠
「今日も麦茶だねネ(笑) はい、どうぞ」
夏和流
「……(うつむきながら、静かにグラスを傾ける)」
観楠
「……? どうしたの? なんかいつもと違うんじゃない?」

店長さんはいい人だ。日頃は浮気しているだのとからかってはいるものの、本当の姿はよくわかっている。きっと、みんなも同じだろう。
 だから、誰もがこの店へとやってくる。

夏和流
「……」
観楠
「……本当に深刻そうだね」
夏和流
(黙って麦茶を飲み干す)
観楠
「いつも言っているけれど、一人で悩むのって体に悪いよ」
夏和流
「……。おかわり」

店長さんはどんな悩み事でも、真剣にいつも考えてくれる。
 優しさとは、こういう事なんだろう。いつも、見習おうと思う。

観楠
「(麦茶を差し出しながら)……どう?」
夏和流
「……ありがとう、ございます。でも、これは僕の問題で すから。誰かに、たよっちゃいけないんです」
観楠
「……そう。僕に出来ることがあったら、なんでも言って。 力になるよ」

そして、静かなときが流れた。
 グラスの中身を飲み干しながら、考え事に浸る。答えのない悩みなど、きっと存在しないはずだ。
 ……やがて、ぽつりと呟く。

夏和流
「陸地が二つ以上ないと、平凡な日は来ない」
観楠
「……?」
夏和流
「地上が二つで、『にちじょう』だから」

ちゅどぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉん!!!!
 どこからか、爆発の音が聞こえる。……ああ、店長さんの方からか。

夏和流
「……ふう。やっといえた」
観楠
「……。
ひょっとして、だじゃれが言えなくなって、それで悩んでいたの?」
夏和流
「それって、いけませんか?」
観楠
「……いけなくはないけどさ。もっとこう、普通の悩みか と思っていたよ」
夏和流
「誰が何で悩もうと、迷惑がかからなければ、それでいい じゃないですか」
観楠
「……そりゃそうだけれど(……なんか腑に落ちないな)」
夏和流
「それじゃ、ごちそうさまでした」
観楠
「……はい。それじゃ、またね(ため息)」

そして、この店をあとにする。ふと振り向くと、店長さんが悩んでいるようだ。たぶん、真剣につきあったことを後悔しているんだろう。それを見て、すこしおかしくなった。
 ……きっと、それでいいんだ。
 悩み事に、他の人まで巻き込むことはない。ましてやお世話になっている人を。

夏和流
「うそは言っていないし。別に悩み事がだじゃれの事、だ なんて一言も言ってないもんな」

呟き、歩き出す。まだ風は寒いが、心にあの店を思い浮かべるだけで、なにか暖かくなる気がする。きっと、解決策だって見つかるさ。
 ふと見上げた空は、とても澄んでいた。



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