からんからん。
冬のある一日。寒い風が吹いても、この店の中はいつも暖かだ。
温度だけじゃない。心も暖まる。そんな店があることは、たぶん、最高の幸せの部類に入るのだろう。
……だが、そんな店でも今日は少し寒く感じる。
- 観楠
- 「あ、夏和流くんいらっしゃい」
- 夏和流
- 「……こんにちは」
- 観楠
- 「今日も麦茶だねネ(笑) はい、どうぞ」
- 夏和流
- 「……(うつむきながら、静かにグラスを傾ける)」
- 観楠
- 「……? どうしたの? なんかいつもと違うんじゃない?」
店長さんはいい人だ。日頃は浮気しているだのとからかってはいるものの、本当の姿はよくわかっている。きっと、みんなも同じだろう。
だから、誰もがこの店へとやってくる。
- 夏和流
- 「……」
- 観楠
- 「……本当に深刻そうだね」
- 夏和流
- (黙って麦茶を飲み干す)
- 観楠
- 「いつも言っているけれど、一人で悩むのって体に悪いよ」
- 夏和流
- 「……。おかわり」
店長さんはどんな悩み事でも、真剣にいつも考えてくれる。
優しさとは、こういう事なんだろう。いつも、見習おうと思う。
- 観楠
- 「(麦茶を差し出しながら)……どう?」
- 夏和流
- 「……ありがとう、ございます。でも、これは僕の問題で
すから。誰かに、たよっちゃいけないんです」
- 観楠
- 「……そう。僕に出来ることがあったら、なんでも言って。
力になるよ」
そして、静かなときが流れた。
グラスの中身を飲み干しながら、考え事に浸る。答えのない悩みなど、きっと存在しないはずだ。
……やがて、ぽつりと呟く。
- 夏和流
- 「陸地が二つ以上ないと、平凡な日は来ない」
- 観楠
- 「……?」
- 夏和流
- 「地上が二つで、『にちじょう』だから」
ちゅどぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉん!!!!
どこからか、爆発の音が聞こえる。……ああ、店長さんの方からか。
- 夏和流
- 「……ふう。やっといえた」
- 観楠
- 「……。
ひょっとして、だじゃれが言えなくなって、それで悩んでいたの?」
- 夏和流
- 「それって、いけませんか?」
- 観楠
- 「……いけなくはないけどさ。もっとこう、普通の悩みか
と思っていたよ」
- 夏和流
- 「誰が何で悩もうと、迷惑がかからなければ、それでいい
じゃないですか」
- 観楠
- 「……そりゃそうだけれど(……なんか腑に落ちないな)」
- 夏和流
- 「それじゃ、ごちそうさまでした」
- 観楠
- 「……はい。それじゃ、またね(ため息)」
そして、この店をあとにする。ふと振り向くと、店長さんが悩んでいるようだ。たぶん、真剣につきあったことを後悔しているんだろう。それを見て、すこしおかしくなった。
……きっと、それでいいんだ。
悩み事に、他の人まで巻き込むことはない。ましてやお世話になっている人を。
- 夏和流
- 「うそは言っていないし。別に悩み事がだじゃれの事、だ
なんて一言も言ってないもんな」
呟き、歩き出す。まだ風は寒いが、心にあの店を思い浮かべるだけで、なにか暖かくなる気がする。きっと、解決策だって見つかるさ。
ふと見上げた空は、とても澄んでいた。
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