- 本宮
- 「はぁ」
その日、本宮は珍しく一人で歩いていた。ひとりで歩くのはずいぶん久しぶりだ。フラナの奴はたぶん顕先輩と遊んでるんだろう、佐古田は……知らん。
なんとなく溜め息がでる、本宮は自然とベーカリー楠に向かっていた。
カランカラン
- 観楠
- 「あ、いらっしゃい。きみは確か……本宮君だったっけ」
- 本宮
- 「こんにちは、あ、そういえばちゃんと挨拶してなかった
ですね」
- 観楠
- 「いいよ、そんなにあらたまらなくても、顕くんに紹介し
てもらったし」
- 本宮
- 「いや、会場を使わせてもらうんだし……きちんと挨拶し
ておかないと」
- 観楠
- 「生真面目だねぇ、疲れちゃうよそんなんじゃ」
- 本宮
- 「うーんそうかもしんない……、あの、そういえば……」
- 観楠
- 「そういえば?」
- 本宮
- 「確か……水島さんでしたっけ、あの……今日はお休みで
すか?」
- 観楠
- 「ああ緑ちゃん、今日はお休みだけど」
- 本宮
- 「そうですか……(はぁ)」
今日はいないのか……だめだな。
もしいたとしても、たぶん何も話せないままだろうけど。
- 観楠
- 「本宮君? どうしたの」
- 本宮
- 「あ、いえ、べ別に……なんとなく聞いてみただけです」
- 観楠
- 「……」
- 本宮
- 「あれ、店長さんどうしたんですか?」
- 観楠
- 「い、いやなんでもないんだよ(本宮君、まさか緑ちゃん
のこと? ……緑ちゃんには片山君が……本宮君、知らないんだ……)」
- 本宮
- 「そういえば何も注文してなかったですね、すいませんが
コーヒーください」
- 観楠
- 「あ、ああちょっとまってて(どうしようちゃんと言って
あげるべきなんだろうな……)」
- 本宮
- 「ふぅ(遠い目)」
自分は、惚れっぽい……と思う。昔からずっとそうだったし、きっとこれからもそうだろう。ただし、うまくいったためしはない。
でも、自分だって全然もてないというわけじゃない。
ただ、ただ女の子が苦手なだけで……。いいわけばかりが頭の中をめぐる。
- 観楠
- 「はい、おまたせ」
- 本宮
- 「どうも」
- 観楠
- 「……あの、本宮君」
- 本宮
- 「はい? 、何ですか店長さん?」
- 観楠
- 「(なんて言うべきかな……こんな場合) えーと、あのね、
本宮君」
- フラナ
- 「(カランカラン) あ、いたいたっもっとみーっ」
- 本宮
- 「何だフラナ、顕先輩といたんじゃないのか」
- フラナ
- 「だってもとみー1人でどっかいっちゃうんだもん」
- 観楠
- 「や、やあ君がフラナ君か(言えなかった……)」
- 本宮
- 「すいません騒がしくて、こら、フラナ」
- フラナ
- 「なんだよぉ」
- 観楠
- 「仲が良いね二人とも」
- 本宮
- 「まったくこいつは……」
- 佐古田
- 「(カランカラン) 白い雲、まるで霧のように流れ僕にそ
よぐ……」
- 観楠
- 「(びびり) な、き、君は」
- 本宮
- 「(頭をおさえて) こいつ一応クラスメイトの佐古田って
いう奴です。気にしないでください、まともに相手すると頭が痛くなります」
- 観楠
- 「そ、そう? よ、よろしく(うう、言えないよぅ)」
- フラナ
- 「ねぇもとみーもとみーってばぁ」
- 本宮
- 「だぁうるさい」
やっぱこいつらといると楽しいや、思わず顔に笑みがこぼれる。
急ににぎやかになった店内で、こころなしか嬉しそうな本宮、ちょっと複雑な表情の観楠、相変わらずのフラナがいる。
その間佐古田は一人ギターをじゃかじゃかかきならしていた。
金曜日、いつものように本宮・佐古田はフラナの家に遊びに来ていた。
でも、いつもとちょっと違うのは、三人のまとめ役の本宮がいつになく沈み込んでいたことだった。
- 本宮
- 「……」
慎也先輩、水島さん……本宮の頭の中を二つの単語が渦巻いていた。
やっぱり、付き合ってるんだろう……あの二人は。
- フラナ
- 「もーとみぃ」
- 本宮
- 「……」
- フラナ
- 「ねーぇ、もとみー……」
- 本宮
- 「……何だ」
- フラナ
- 「もとみー、元気だしてよぉ」
- 本宮
- 「ああ、心配すんなよ」
- 佐古田
- 「……(おもむろにスローテンポのバラードを弾き出す)」
- 本宮
- 「……」
慎也先輩、水島さん……。俺が水島さんを想ってるってことは、必然的にあの二人の間に割って入るって事になる。
割って入る? 俺が?
- 本宮
- 「できるかよ……そんなの……」
頭を抱え込む本宮。しばしそのまま時が流れる。
しばらくして、遠慮がちにフラナが話し出す。
- フラナ
- 「もとみー。まだ……緑さんからは何も聞いてないよ。そ
んなに悩まなくたって……」
- 本宮
- 「……ほっといてくれよ……。今更……何を聞くんだよ……」
うつむく本宮。フラナは表情を固くし調子を強めて、もう一度話し出す。
- フラナ
- 「……もとみー」
- 本宮
- 「……」
- フラナ
- 「もとみー」
- 本宮
- 「何だよ」
- フラナ
- 「もとみーって、好きな人できても、自分から好きだって
言わないね」
- 本宮
- 「フラナ?」
- フラナ
- 「いつも、自分の中だけで片付けちゃって。結局自分の事
どう思ってるかって聞いたことないでしょ。そんなの……ずるいよ」
- 本宮
- 「……フラナ」
- フラナ
- 「もとみーのバカバカバカ! 意気地なし! 弱虫毛虫!
あたって砕けるのがやなんだろぉっ!(ぽかぽかぽかぽか)」
- 本宮
- 「フ、フラナ……」
普段は怒った顔など見せたことのないフラナだけに、本宮は驚きの表情を隠せなかった。
別段、叩かれても痛くはなかったが、それ以上に、心が……痛かった。
- 本宮
- 「フラナ……ああ……そうだよ。嫌だよ……。でも……そ
れが……悪いのかよ」
- フラナ
- 「もとみーのばかぁばかばか。わからずやぁ(ぽかぽかぽか
ぽか)」
- 本宮
- 「フラナ……」
どん! 不意に大きな音が部屋に響いた。
- 本宮&フラナ
- 「!?」
- 佐古田
- 「……」
テーブルの上に、どこに持っていたのかサントリーゴールドが置かれている。
佐古田はビンをしっかり持ち、無言で二人を見つめている。
- 佐古田
- 「……」
- 本宮
- 「さ……佐古田……。おまえ……一体」
- フラナ
- 「佐古田……」
- 佐古田
- 「飲むぞ……」
- 本宮
- 「おい……佐古田?」
- 佐古田
- 「飲むんだ」
佐古田の目が完全マジになってる。
- フラナ
- 「佐古田……よしわかった、飲もう!」
- 本宮
- 「おい、こら、ちょっと待て。何かが違うぞ」
本宮が慌てるのも目もくれず、コップと氷、つまみを用意する佐古田。
フラナもすっかり乗り気になってる。
- フラナ
- 「もとみー、こーいう時は飲む! 飲むったら飲む」
- 佐古田
- 「飲め」
完全マジな目で無表情にコップを差し出す佐古田。
- 本宮
- 「……わかった」
受け取ったコップになみなみと酒をつぐ佐古田。フラナもそれに習う。
- フラナ
- 「もとみー、頑張れ、応援するぞ。略称MGO結成記念で
乾杯っ」
- 本宮
- 「おい、勝手に……何を……」
- 佐古田
- 「乾杯だ……」
- 本宮
- 「……か、乾杯」
佐古田の勢いに押され、いきなり飲み会に突入。三十分立たぬうちに全員できあがっていた。
- フラナ
- 「ほらいけぇ、もとみーぃ。がつーんといけぇぃ。負ける
なぁっ、ごー」
- 本宮
- 「ま、待て。おまえはもーやめとけ。明日死ぬぞ」
- 佐古田
- 「かまわん、そのための休日だ。本宮、飲め」
- 本宮
- 「佐古田、おまえ……もう知らんぞ俺は」
一時間後、フラナがダウン。今はソファで寝息をたてている。
一番騒がしい奴がダウンしたため、本宮・佐古田の二人で静かな飲み会になっていた。
- 本宮
- 「散らかしたなぁ、まったく」
- 佐古田
- 「……」
せかせかとあたりを片付ける本宮、相変わらずコップをあおる佐古田。
- 佐古田
- 「本宮……」
- 本宮
- 「ん、なんだ」
- 佐古田
- 「あいつもあいつなりにおまえの事を心配しているんだ」
- 本宮
- 「分かってるさ……、俺だって」
- 佐古田
- 「おまえがずっと悩んでるの見てて。見てるだけでなんの
力にもなってやれないっていってたぞ」
- 本宮
- 「フラナの奴……」
- 佐古田
- 「本宮、おまえホントの所どうしたいんだ。水島さんと慎
也先輩の事」
- 本宮
- 「俺……か」
- 佐古田
- 「別に自分から身を引くのが悪い、とは言わん。おまえ自
身が納得していれば、な」
- 本宮
- 「……俺は……多分、まだ……あの人の事が……好きだと
思う」
- 佐古田
- 「だったら、そのままいけよ、まっすぐに。それでだめだ
と納得したら、あきらめもつくだろ」
- 本宮
- 「ああ、……そうだな、そうなんだよな。……サンキュ佐
古田」
- 佐古田
- 「礼を言われる程の事じゃない」
- 本宮
- 「ひねくれてんな……おまえは。も少し飲むか」
まだコップをあおり続ける佐古田。本宮も無言で酒をつぐ。フラナは相変わらずぐっすり寝てた。
翌日、地獄のような二日酔いが三人を襲ったのはしるすまでもない。
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