エピソード392『本宮君の憂鬱』


目次


エピソード392『本宮君の憂鬱』

ベーカリーにて

本宮
「はぁ」

その日、本宮は珍しく一人で歩いていた。ひとりで歩くのはずいぶん久しぶりだ。フラナの奴はたぶん顕先輩と遊んでるんだろう、佐古田は……知らん。
 なんとなく溜め息がでる、本宮は自然とベーカリー楠に向かっていた。
 カランカラン

観楠
「あ、いらっしゃい。きみは確か……本宮君だったっけ」
本宮
「こんにちは、あ、そういえばちゃんと挨拶してなかった ですね」
観楠
「いいよ、そんなにあらたまらなくても、顕くんに紹介し てもらったし」
本宮
「いや、会場を使わせてもらうんだし……きちんと挨拶し ておかないと」
観楠
「生真面目だねぇ、疲れちゃうよそんなんじゃ」
本宮
「うーんそうかもしんない……、あの、そういえば……」
観楠
「そういえば?」
本宮
「確か……水島さんでしたっけ、あの……今日はお休みで すか?」
観楠
「ああ緑ちゃん、今日はお休みだけど」
本宮
「そうですか……(はぁ)」

今日はいないのか……だめだな。
 もしいたとしても、たぶん何も話せないままだろうけど。

観楠
「本宮君? どうしたの」
本宮
「あ、いえ、べ別に……なんとなく聞いてみただけです」
観楠
「……」
本宮
「あれ、店長さんどうしたんですか?」
観楠
「い、いやなんでもないんだよ(本宮君、まさか緑ちゃん のこと? ……緑ちゃんには片山君が……本宮君、知らないんだ……)」
本宮
「そういえば何も注文してなかったですね、すいませんが コーヒーください」
観楠
「あ、ああちょっとまってて(どうしようちゃんと言って あげるべきなんだろうな……)」
本宮
「ふぅ(遠い目)」

自分は、惚れっぽい……と思う。昔からずっとそうだったし、きっとこれからもそうだろう。ただし、うまくいったためしはない。
 でも、自分だって全然もてないというわけじゃない。
 ただ、ただ女の子が苦手なだけで……。いいわけばかりが頭の中をめぐる。

観楠
「はい、おまたせ」
本宮
「どうも」
観楠
「……あの、本宮君」
本宮
「はい? 、何ですか店長さん?」
観楠
「(なんて言うべきかな……こんな場合) えーと、あのね、 本宮君」
フラナ
「(カランカラン) あ、いたいたっもっとみーっ」
本宮
「何だフラナ、顕先輩といたんじゃないのか」
フラナ
「だってもとみー1人でどっかいっちゃうんだもん」
観楠
「や、やあ君がフラナ君か(言えなかった……)」
本宮
「すいません騒がしくて、こら、フラナ」
フラナ
「なんだよぉ」
観楠
「仲が良いね二人とも」
本宮
「まったくこいつは……」
佐古田
「(カランカラン) 白い雲、まるで霧のように流れ僕にそ よぐ……」
観楠
「(びびり) な、き、君は」
本宮
「(頭をおさえて) こいつ一応クラスメイトの佐古田って いう奴です。気にしないでください、まともに相手すると頭が痛くなります」
観楠
「そ、そう? よ、よろしく(うう、言えないよぅ)」
フラナ
「ねぇもとみーもとみーってばぁ」
本宮
「だぁうるさい」

やっぱこいつらといると楽しいや、思わず顔に笑みがこぼれる。
 急ににぎやかになった店内で、こころなしか嬉しそうな本宮、ちょっと複雑な表情の観楠、相変わらずのフラナがいる。
 その間佐古田は一人ギターをじゃかじゃかかきならしていた。

フラナの家にて

金曜日、いつものように本宮・佐古田はフラナの家に遊びに来ていた。
 でも、いつもとちょっと違うのは、三人のまとめ役の本宮がいつになく沈み込んでいたことだった。

本宮
「……」

慎也先輩、水島さん……本宮の頭の中を二つの単語が渦巻いていた。
 やっぱり、付き合ってるんだろう……あの二人は。

フラナ
「もーとみぃ」
本宮
「……」
フラナ
「ねーぇ、もとみー……」
本宮
「……何だ」
フラナ
「もとみー、元気だしてよぉ」
本宮
「ああ、心配すんなよ」
佐古田
「……(おもむろにスローテンポのバラードを弾き出す)」
本宮
「……」

慎也先輩、水島さん……。俺が水島さんを想ってるってことは、必然的にあの二人の間に割って入るって事になる。
 割って入る? 俺が?

本宮
「できるかよ……そんなの……」

頭を抱え込む本宮。しばしそのまま時が流れる。
 しばらくして、遠慮がちにフラナが話し出す。

フラナ
「もとみー。まだ……緑さんからは何も聞いてないよ。そ んなに悩まなくたって……」
本宮
「……ほっといてくれよ……。今更……何を聞くんだよ……」

うつむく本宮。フラナは表情を固くし調子を強めて、もう一度話し出す。

フラナ
「……もとみー」
本宮
「……」
フラナ
「もとみー」
本宮
「何だよ」
フラナ
「もとみーって、好きな人できても、自分から好きだって 言わないね」
本宮
「フラナ?」
フラナ
「いつも、自分の中だけで片付けちゃって。結局自分の事 どう思ってるかって聞いたことないでしょ。そんなの……ずるいよ」
本宮
「……フラナ」
フラナ
「もとみーのバカバカバカ! 意気地なし! 弱虫毛虫!  あたって砕けるのがやなんだろぉっ!(ぽかぽかぽかぽか)」
本宮
「フ、フラナ……」

普段は怒った顔など見せたことのないフラナだけに、本宮は驚きの表情を隠せなかった。
 別段、叩かれても痛くはなかったが、それ以上に、心が……痛かった。

本宮
「フラナ……ああ……そうだよ。嫌だよ……。でも……そ れが……悪いのかよ」
フラナ
「もとみーのばかぁばかばか。わからずやぁ(ぽかぽかぽか ぽか)」
本宮
「フラナ……」

どん! 不意に大きな音が部屋に響いた。

本宮&フラナ
「!?」
佐古田
「……」

テーブルの上に、どこに持っていたのかサントリーゴールドが置かれている。
 佐古田はビンをしっかり持ち、無言で二人を見つめている。

佐古田
「……」
本宮
「さ……佐古田……。おまえ……一体」
フラナ
「佐古田……」
佐古田
「飲むぞ……」
本宮
「おい……佐古田?」
佐古田
「飲むんだ」

佐古田の目が完全マジになってる。

フラナ
「佐古田……よしわかった、飲もう!」
本宮
「おい、こら、ちょっと待て。何かが違うぞ」

本宮が慌てるのも目もくれず、コップと氷、つまみを用意する佐古田。
 フラナもすっかり乗り気になってる。

フラナ
「もとみー、こーいう時は飲む! 飲むったら飲む」
佐古田
「飲め」

完全マジな目で無表情にコップを差し出す佐古田。

本宮
「……わかった」

受け取ったコップになみなみと酒をつぐ佐古田。フラナもそれに習う。

フラナ
「もとみー、頑張れ、応援するぞ。略称MGO結成記念で 乾杯っ」
本宮
「おい、勝手に……何を……」
佐古田
「乾杯だ……」
本宮
「……か、乾杯」

佐古田の勢いに押され、いきなり飲み会に突入。三十分立たぬうちに全員できあがっていた。

フラナ
「ほらいけぇ、もとみーぃ。がつーんといけぇぃ。負ける なぁっ、ごー」
本宮
「ま、待て。おまえはもーやめとけ。明日死ぬぞ」
佐古田
「かまわん、そのための休日だ。本宮、飲め」
本宮
「佐古田、おまえ……もう知らんぞ俺は」

一時間後、フラナがダウン。今はソファで寝息をたてている。
 一番騒がしい奴がダウンしたため、本宮・佐古田の二人で静かな飲み会になっていた。

本宮
「散らかしたなぁ、まったく」
佐古田
「……」

せかせかとあたりを片付ける本宮、相変わらずコップをあおる佐古田。

佐古田
「本宮……」
本宮
「ん、なんだ」
佐古田
「あいつもあいつなりにおまえの事を心配しているんだ」
本宮
「分かってるさ……、俺だって」
佐古田
「おまえがずっと悩んでるの見てて。見てるだけでなんの 力にもなってやれないっていってたぞ」
本宮
「フラナの奴……」
佐古田
「本宮、おまえホントの所どうしたいんだ。水島さんと慎 也先輩の事」
本宮
「俺……か」
佐古田
「別に自分から身を引くのが悪い、とは言わん。おまえ自 身が納得していれば、な」
本宮
「……俺は……多分、まだ……あの人の事が……好きだと 思う」
佐古田
「だったら、そのままいけよ、まっすぐに。それでだめだ と納得したら、あきらめもつくだろ」
本宮
「ああ、……そうだな、そうなんだよな。……サンキュ佐 古田」
佐古田
「礼を言われる程の事じゃない」
本宮
「ひねくれてんな……おまえは。も少し飲むか」

まだコップをあおり続ける佐古田。本宮も無言で酒をつぐ。フラナは相変わらずぐっすり寝てた。
 翌日、地獄のような二日酔いが三人を襲ったのはしるすまでもない。



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