エピソード409『猫まっしぐら』


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エピソード409『猫まっしぐら』

今週もこの日がやってまいりました。更ちゃんが竜胆の家にやってくる日が。

剽夜
「きたぞ〜。外は寒いのじゃ〜、こたつに入るのじゃ〜」
竜胆
「いらはい。気をつけて入ってね」
剽夜
「何に気をつけるというのだ、まったく。洗濯物を踏むなっ てことか?(もぞもぞ)……な、何かいやがる!(汗)」
竜胆
「だから気をつけてねって言ったじゃねーかよぅ。ね〜、 シロぴょん☆」
剽夜
「しろぴょん?」
竜胆
「そ、シロぴょん☆ おいでおいで〜」
シロぴょん
「(とことこ。竜胆に抱かれる)」
竜胆
「ん〜、いい子いい子☆」
剽夜
「ついに猫を飼ったか……あれほど止めとけって言ったの になぁ……」
竜胆
「シロぴょん、このメガネの妖しい人がね〜、最低週一で ウチに来るからね〜、覚えておいてね〜」
シロぴょん
「……」
剽夜
「どれどれ、私にも抱かせるのだ」
竜胆
「ほい」
シロぴょん
「(思いっきり剽夜のセーターにつめを立てる)」
剽夜
「い、痛い痛い! 何すんねん、このバカ猫ぉ!」
竜胆
「あ〜っ、更ちゃん大丈夫? こら、シロぴょん!」
シロぴょん
「……」
剽夜
「か、かわいくないやつ〜(汗) この私につめを立てると はいい度胸じゃねーか」
竜胆
「まーまー。セーターは編めば直るし。シロぴょんはまだ ちっちゃいからそーいうのがわかんないのよ。ね、シロぴょん☆(抱っこ抱っこ)」
剽夜
「……(なんか面白くないぞ)」

それもそのはず。竜胆の腕の中にはシロぴょんが常駐してるからな。
 ご飯食べるときも、お酒を飲むときも、シロぴょんが竜胆の気をひきまくっ
 ているのだぁ! 

剽夜
「(これでは……このままでは、この部屋での私の地位が 下がってしまうじゃないかっ!)」
竜胆
「なんか言った?」
剽夜
「ねぇあきりん。一つはっきりさせておきたいんだけど」
竜胆
「なんスか」
剽夜
「シロぴょんと私、どっちがエラいと思う?」
竜胆
「エラいって……ねぇ。どっちが可愛いかってんなら即答 できるよ。シロぴょん☆」
剽夜
「(こーなったらあきりんがお風呂にでも入ってる間に、 シロぴょんにキツく言っておかないといかんのだ)」
シロぴょん
「(剽夜のひざの上に乗って、仰向けになる)」
剽夜
「くっ、機嫌を取ってやがる……これじゃこの振り上げた 拳が……よしよし、いい子だね〜」
竜胆
「(にこにこ)」

嗚呼更ちゃん、シロぴょんは一日にして相当気に入られてるぞ(笑)
 負けるな更ちゃん! 君が築き上げてきたあきりんの部屋内の地位を守りぬ
 くんだぁ! 
 時を同じくしてベーカリーでは

夏和流
「……猫ですか?」
「そうだ。飼え」
夏和流
「(うつむく)……動物は、ちょっと」
「嫌いなのか?」
夏和流
「……死ぬのが、恐くって。……もう、いやです」
「飼い始めたのは好きだったからだろう?」
夏和流
「……」
「そいつは幸せだったさ。それだけ悲しまれてな。おい パン屋。バトンタッチだ。キャラクター的に私にはこういうのは似合わない」
夏和流
「……」

ドアベルが乱暴な音を立てながらさっていった。

観楠
「え?  あの……困ったな」
夏和流
「……」
観楠
「あのさ……夏和流君。ペット飼った事無い人間が言うの もなんだけど……正さんの言う通りだと思うよ」
夏和流
「……」
観楠
「夏和流君のように、愛情持って最後までつきあってあげ たら、その子も幸せだったんじゃないかなぁ」
夏和流
「……」
観楠
「それに、命がどんなものか夏和流君にはわかったはずだ よね?」
夏和流
「……だから?」
観楠
「え……」
夏和流
「確かに、命の大切さとか、死ぬこととか、そういう事が よくわかりました。でも、それがなんだっていうんです。それを僕が知ったって、死んだ『物』は喜びませんよ。それに……僕がきちんと病院に連れていっていればもっと長く生きられたんです」
観楠
「でも、知らなかったんなら……」
夏和流
「知っていました」
観楠
「……」
夏和流
「知っていて、連れていかなかったんです。僕は……」
「ごちそうさま」

デミタスのカップに残ったコーヒーを飲み干し、静かに席を立つ尊。

観楠
「あ、尊さん、お帰りですか?」
「ええ。ちょっとやらなきゃいけない事思い出したものです から、それじゃ(微笑)」

ふわりと残り香だけを残して出てゆく尊。
 小さく開くドアと柔らかい音を奏でるドアベル。
 カラン、コロン。
 でも、こんな時は何時も明るいドアベルの音さえ遠慮したように聞こえる。

夏和流
「……」
一同
「……」

暫くして、重苦しい沈黙を破りドアベルが再び来訪者を告げた。

「いらっしゃ……尊さん?」
「……」

再び現れた尊は、無言のままツカツカと夏和流に近づくと、手に持った小さな花束をそっと夏和流の目の前に置いた。

夏和流
「……これは?」
「あのね、夏和流君。私は他の人みたいに気の効いた台詞も 言えないし、言うつもりも無いの」
観楠
「尊さんっ! 夏和流君が真剣に悩んでるっていうのに……」

悩む夏和流に対し、茶化してるとも取れる尊の不可解な行動と言動に、如何な温厚な観楠も多少声を荒げた。

夏和流
「待って下さい店長さん……尊さん、続けて下さい」
「夏和流君はもう判ってるわよね。あたし達が何を言っても 一時的な慰めにしかならないって事と、最終的に良かれ悪しかれ、夏和流君自身がこの事にケリ付けて解決しなきゃいけないって事を」
夏和流
「……」
「だから、あたしは何も言わない。ただね、死んで行った者 が与えてくれた思い出に感謝するならこの花を供えて弔ってあげて」
夏和流
「僕に……その……資格が有るんでしょうか?」

尊はそれには答えず、小さく微笑み軽く夏和流の肩を叩くと、再びドアベル
 を鳴らし出ていった。
 そして再び、ドアベルがなる。

文雄
「まいど。(沈んだ雰囲気を見て)……っと、何を落ち込 んでおるのだ?(観楠にささやく)」
観楠
「(同じくささやく)飼犬が死んで、夏和流君が落ち込んで るんですよ。死ぬのが恐いからもう飼わないって」
文雄
「ふむ……はじめて飼犬が死んだなら、気持ちは分からん でもないが……(つぶやく)」
ささやいたりしているつもりでも、文雄の声は大きいのであった。

夏和流
「気持ちが分かるんなら、ほっといてください」
文雄
「そうもいかんぞ。現実は直視してもらおう」
夏和流
「……(反抗的にうつむく)」
文雄
「死ぬのが恐いからペットを飼わないってのは、明確に逃 げ口実だと言えるな。生きていたときには、その犬からどれだけの幸せを与えてもらったんだ? 死んだからといって二度と飼わないなどと思い込むのは、それまでの思い出を自分で否定しているだけにすぎんよ。そうだな……死ぬといえば、親や友人も自分よりも先に死ぬかもしれないな。だからといって、親も友人も不要だと思うかね?」
夏和流
「……違います。違うんです。 ……死ぬからいや、ではなくて『殺してしまうから』いやなんです。……僕には、責任がとれませんから。また……僕のせいで死なせてしまうかもしれないから。だから……。いやです」
「夏和流……さん?」
夏和流
「……」
「あ、あの。そんなに気を落とさないでください、死って 言うのは生ある者の定めなんです、そのワンちゃんはその死がちょっと速すぎただけ……」
夏和流
「……」
「……だから、元気……出してください」
夏和流
「じゃあ緑さんは、例えば店長さんや家族が死んだとき、 その理屈で納得できますか?」
「それは……」
夏和流
「頭でなら、僕だってそんなことはわかります。でも…… 僕のせいで、死んだんです」
夏和流に、何も言えない一同。重い沈黙が流れる。

夏和流
「……なんてね」
一同
「え……?」
夏和流
「大丈夫ですよ、僕だって色々わかっているんです。色々 ……。だから、大丈夫なんですよ。僕は、いつも元気です」
翌日。確かに夏和流はいつも通り元気だった。誰にも心は読ませなかったけれど。どんな能力の持ち主でも、今の夏和流の心はたぶん読めない。その笑顔の下を。



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