エピソード417『不幸のラブレター(ラブレター for you)』


目次


エピソード417『不幸のラブレター(ラブレター for you)』

序章

時は古。
 「来ぬ人と 知りつつ待ちし 日を数え……」
 女が、いたという。
 ろうたけて美しい女であったが、特にその髪は解けば床へと流れ落ち、鏡のような光沢であったという。
 女には、待ち人がいたという。
 都へ行き、会うこともままならぬ男からの文を、女は来る日も来る日も待っていたという。
 文は、日に日に間遠くなり、周りの者達も諦めよと口に出すまでになったが、やはり女は日に日に髪を梳きつつ、男を、文を待ったという。
 やがて。
 女は、風の便りに、男が都で妻を娶ったと聞いた。
 女は、筆を取り、文を送った。
 まことか、と。
 文が返る。
 まことなり、と。
 一夜。
 女の黒髪は庵を包み、地を覆い、天に向かってよじれるように延び。
 そして、ざん、と地に落ちた。
 翌朝、残ったものは、壊れた庵と何かが這い巡った跡だけであったという。
 そして、同じ朝。
 男は、己の黒髪にがんじがらめに縛られて息絶えた妻を見出したという。
 男の悲鳴に近寄った者達の目の前で、妻の髪はゆるゆると男に巻きつき、なぶるように、いとおしむように男を包み込んでいったという。
 以来、男の姿は消えたという。
 そして。
 その日より、夜、悄然と立ちすくむ女の姿があったという。
 男が声をかければ、待つ人のおいでかと問い返す。否といえばそれまで、肯えば御主もか、と一声叫び、頭より食らうという。
 怪異は人の知るところとなり、そして或る時より、ふつりと絶えた。
 後に、春日の宮の端に埋められたものがあった。
 如何にその嘆きの故とはいえ、その罪余りに重し。然れども汝、同じ痛み持つ者の為に、共に嘆き、共にその痛みを負え、と。
 それは、封じられて有るが故に、益ともなる台詞。
 時は流れ、いつしか哀しき娘の話は人々の口の端にも登らなくなり忘れ去られていった。
 しかし……。
 浜の真砂は尽きるともこの世に恨みと恋の尽きる事無し。
 哀しき少女が又一人。
 ある日の放課後、外は急に降りだした雨。
 一人、下駄箱にたたずむ女の子。
 その手にはしっかりと淡い水色の折り畳み傘と白い封筒が握られている。
 「今日こそは、あの人に渡そう……」
 誰もいない下駄箱で、靴箱の前に一人待つ女の子。
 あの人はまだ…教室にいたはず。ここで待っていれば…あの人に手紙を渡せる。
 あの人に傘を貸してあげられる。
 手紙を胸に抱きしめ深呼吸をする。自然と胸が高鳴り、顔が熱くなる。
 そして、かすかに廊下から足音が聞こえてきた。
 あの人が……歩いてくる……。
 「……だめ、……やっぱりできない……」
 そっと、靴箱に折り畳み傘をはさみ、下駄箱を離れていってしまう女の子。
 「……傘、使ってください……」
 小さな…ほんとに小さな声でつぶやき、外に出て走っていってしまう。
 その後で、不思議そうに水色の傘を見ながら校門に歩いていくあの人が建物の陰からかすかに見えた。
 「……いくじなし……」
 水色の傘をさして歩いていくあの人をそっと見送りながら、ずっと握り締めたままの手を開く。
 手のひらの白い封筒……すっかりしわくちゃになっていた。
 「……君へ」、雨で宛名がにじんでしまっている。
 「今日も……渡せなかった……」
 これで何通目だろう、渡せないままになっている手紙は。
 いまだに降りしきる雨の中、女の子は雨にうたれながら一人たたずんでいた。
 そして、バレンタインデーも近いある日のこと、少女はある雑誌の記事に目を奪われます。それは『ふたつの懸想文』という白魔術のお呪いを紹介する記事でした。
 少女は非常に内気で気が小さく、ラブレターを書いては机の奥にしまいこんでしまうような女の子です。机の中には、切なく苦しい胸の裡を切々と綴ったラブレターが、ぎっしりつまっていました。
 「おまじない……やってみようかな……」
 少女が一縷の望みを託し、お呪いをやってみようと思ったのも無理からぬ事でした。
 記事のお呪い。それは、意中の相手をふりむかせ、恋のライバルを退けるお呪いでした。まず赤いインクで意中の相手に贈るラブレターを書き、差出人に自分の名前を書きます。
 そして、まったく同じ文面を黒いインクで書き、ライバルの名前を差出人として書き入れます。赤のほうは好きな相手の写真と重ねて大事にしまっておきます。黒のほうは小さなビンに詰めて清められた地面に埋めます。自分の想いは相手に届き、ライバルの心は届かない。そんなお呪いでした。
 少女は知らなかったのです。そのお呪いは白魔術などではなく、狙った相手の心を虜にし、ライバルの命を奪うための黒魔術であることを。記事のネタに困った無責任なライターが黒魔術を白魔術と詐って紹介したのだということを。
 でも、もしも少女が記事のとおりの方法で実践していれば、これから起こる悲劇は避けられたのです。
 少女は、何としてもこの想いを伝えたいと考えました。そしてお呪いの効果を高めようと、赤いインクに自分の血を、黒いインクには蛇の血を混ぜたのです。それが、本来の魔術の作法であるなどとは、少しも気づかないで。
 稚拙な魔術です。ですが、そこにこめられた想いは本物です。魔術は発動してしまいました。あとは、黒いラブレターを地面に埋めれば完了します。
 どこに埋めようかしら、少女は考えました。そのとき少女の目に、春日神社のお守りが入りました。今日は渡そう、明日は渡そう、そう思いつづけて、結局今まで渡せなかったお守りでした。春日さんにしましょう、そう決めて少女は微笑みました。
 夜になって、少女は春日神社へ出かけます。春日の丘の片隅に、ビンを埋める穴を掘ります。すると、スコップの先に何かが当たりました。石だと思って掘り出したそれは、球形をした陶器でした。何か字の書かれた紙が張り付けてあります。よく見ようと持ちかえたひょうしに、手が滑って落としてしまいました。
 陶器は粉々に割れてしまいました。ちょっと残念ですが、しかたがありません。それに、今はもっと大事なことがあります。掘った穴にビンを収めて、上から土をかけました。
 最後の土をかけおわった瞬間、少女の意識はとだえました。陶器の玉に封じ込まれていたものが、少女の身体を奪ったのでした……。
 そして。
 それはすべての始まりでもあったのです。

本編

平日、PM2:00ベーカリー。
 学期末で、琢磨呂ら高校3年生は学校が休みである。

琢磨呂
「よぉー、店長いるかぁ?」
観楠
「あ、いらっしゃい」
琢磨呂
「しかし最近客がいねーよな」
観楠
「えー、ちゃんと来てるよ?」
琢磨呂
「前言撤回、高校3年組の客」
観楠
「そうだねー、みんな受験だからね」
琢磨呂
「推薦の身としてはヒマじゃ、知り合いがおらんと」
観楠
「麗衣子ちゃんがいるじゃないの」
琢磨呂
「ほー。この時刻に麗衣子が何処にいるってぇぇぇ?(怒り
オーラ噴出)」
観楠
「あ……あーえーそのぉー」
琢磨呂
「なんか高校3年だけ学校休みでも、会えないとやっぱ、嬉
しくねーんだよな(熱い紅茶をすする)」
観楠
「まーまー、あと1年の辛抱じゃない」
琢磨呂
「ま、ね」
観楠
「あ、ガーリックトースト。はい」
琢磨呂
「お、焼き立てだ。サンキュ(ばりぼりと食い始める)」
観楠
「しかしこうやってると平和だねー(店内には琢磨呂しかい
ない平日の昼下がり)」
琢磨呂
「まったくだ。前の俺なら女あさりに東奔西走してただろう
になぁ。わっはっは」
観楠
「2、3年前はそんなだったらしいね」
琢磨呂
「去年までだよ(爆笑) ったく………何でかしらんが、別
の女に手を出す気力が失せた。二股なんてのもやったよな、
昔は(笑)でもな、もうやる気は失せたね」
観楠
「凄い変わりようだねそれは(苦笑) いったい何が原因?」
琢磨呂
「麗衣子を放したくない………それだけだね」
観楠
「いきなりロングの美女が言い寄ってきても?」
琢磨呂
「口説いて、昼飯付き合ってやるぐらいはするけどそこまで
だろうね。ま、美女の友達は欲しいが彼女は要らんぜ」
観楠
「おおお、爆弾禁欲発言!」
琢磨呂
「だから今の俺には爆弾でもなんでもねーっての」
観楠
「ふーん。そこまで入れ込んじゃってるんだ。麗衣子ちゃん、
悲しませるなよぉーーー」
琢磨呂
「…………店長、メモかして」
観楠
「………? 何を唐突に。はい(渡す)」

琢磨呂、ポケットから青ペンを取り出して一筆
 『素子における店長のそれを心配するよ』

琢磨呂
「ほらよ(メモ渡す)」
観楠
「んん? 何々………(轟沈)………………」
琢磨呂
「フッ………沈んだな!」
観楠
「(T_T)←目の幅涙」

その時。

琢磨呂
「ぐっ………」
観楠
「え?」
琢磨呂
「(なに!?)………店長、俺の食器片付けろ!」

琢磨呂は、そう言うとカウンターの内側に転がり込んで気配を消した。

観楠
「え?え?え? どどどどーしたの琢……磨………」
琢磨呂
蚊の泣くような声で(俺の存在は忘れろ!店長)

3秒後、ドアが開くとひとりのロングの少女が入ってきた。

観楠
「(琢磨呂の食べかけの食器を片付けながら)あ、いらっし
ゃいま………せ………」
少女
「すみませんが………」
観楠
(な………なんだこの背中に氷を入れられたように冷たい声は)
少女
「風の噂で、岩沙さんという方がこのお店に良く来られると
聞きましたので」
観楠
「えーあーそのぉ………(カウンターの下をちらっと見る)」
琢磨呂
(人差し指を口に当ててじっと観楠の目を見詰めている)
観楠
「あ、あ、あの人ですか。たまに来ますね」
少女
「そう、ですか。ではこれを貴方に託しましょう」
観楠
「これ?」
少女
「はい。岩沙さんに当てた私からの手紙です」
観楠
「これを、彼に渡せと?」
少女
「はい」
観楠
「わかりました(は、早く去ってくれえええ!恐いいいい)」
少女
「では…………」

少女、店を出ざまに振り向くと、鬼のような表情で一言。

少女
「岩沙以外は、開けてはならんぞ(バタン)」
ガァン………カラン…………ゴロン…………

観楠
(手紙を持ったまま呆然と立ち尽くしている)
琢磨呂
(まだ気配を消している)

3分後

琢磨呂
「く………何だったんだいまのは?」
観楠
「こ、こ、こっちが聞きたいよ!」
琢磨呂
「第六感って奴かな、いきなりものすごい殺気を感じたから
隠れたんだ。店長の「恐怖」という感情が場を支配していた
から、そのフィールドの中に隠れられた………。やばかった
ぜ。ありゃとんでもない奴だぜ」
観楠
「琢磨呂君、まさかややこしいことに頭突っ込んでないよね?」
琢磨呂
「大丈夫だ。そんな覚えはない。しかし、何だったんだあの
冷たい声は」
観楠
「顔は見えてるんでしょ、琢磨呂君には」
琢磨呂
「カウンターを透過索敵なんかあの場でしたら、気配で一発
でばれちまうじゃねーか。見たいけど見れなかったよ。どん
な顔だった、店長!似顔絵かいてくれ」
観楠
「最近書いてないけど……あれ?えっと(汗)おかしいな!」
琢磨呂
「どしたい?」
観楠
「思い、出せない。何でだろう。さっきまで顔突き合わせて
いたのに………」
琢磨呂
「店長、遂にぼけたか?」
観楠
「いや、その前の状況とか、この手紙のこととか、鮮明に覚
えてるけど………あの子の顔だけがすっぽり記憶が抜け落ち
てしまったかのように、覚えてないんだよ」
琢磨呂
「…………おかしいな」
観楠
「うん、ちょっと変だね」
琢磨呂
「まぁ悩んでも仕方がなかろう。忘れてる物は。ところでな
んだ、その手紙」
観楠
「ああ、これね。はい(渡す)」

見ると封緘した場所に、ハート型のシールが張ってある。

琢磨呂
「(まじまじとみる)これは…………」
観楠
「(まじまじとみる)こ、これは…………」
2人
「ラブレター!?」
観楠
「琢磨呂君、あれだけの禁欲発言をしておいて君は………」
琢磨呂
「知るか、ラブレターなんか頼んでもらう物じゃねーだろぉ
が!」
観楠
「それは………そうか。うん、そう……」
琢磨呂
「ぬおおおおおお!(一瞬でポケットに仕舞うとあたりを見
回す)」

精神電波探査中 Range1 ……
 精神電波探査中 Range2 …………
 精神電波探査中 Range3 ………………
 精神電波探査中 Range4 ……………………
 精神電波探査中 Range5 …………………………

琢磨呂
「ふー(また取り出す)、麗衣子はいないな」
観楠
「(いきなりびっくりするなぁ)学校だって言ってたでしょ
うに」
琢磨呂
「バーロー! これ見られたらあいつのこと、どんな誤解を
するか知らん! BB弾の弾痕をキスマークだといって食って
掛かってきたぐらいなんだから(エピソード354参照)、
用心にこしたことはないぜ」
観楠
「…………だね。で、中身読んでみないの?」
琢磨呂
「んー、開けたらドカン………って可能性が」
観楠
「まさか、そんなぺらぺらの………」
琢磨呂
「呪いの線が臭い」
観楠
「呪術か」
琢磨呂
「うむ。マリさんか姐さん探してチョイ見てもらう。さっき
の殺気が嘘だったとは言わせんぜ」
観楠
「解かった」
琢磨呂
「じゃ、そーゆーことで。紅茶は半分しか、トーストも半分
しか食ってないから半額な(チャリン)」
観楠
「え……あ………」
琢磨呂
「GOOD LUCK!(走り去る)」
観楠
「ううっ (・_・;)」

ベーカリー楠でただならぬ事態が発生しつつある頃。
 吹利学院高校芸術科、スナフキン愛好会の溜まり場にて。

本宮
「……くぅぅっ(感涙)」
フラナ
「……? どーしたの、もとみー?」
本宮
「……ラブレター、もらった」
フラナ
「ええーっ! よかったねーもとみー。で、誰から?」
本宮
「え? ああ、ここに置いてあったんだ」
佐古田
「ジャカジャカジャン(疑問を表すギターの音色)」
フラナ
「えー? それじゃあ、もとみーあてのラブレターじゃな
いかもしれないよー?」
佐古田
「ジャン、ジャジャジャン(同意を表すギターの音色)」
フラナ
「ぼくあてのラブレターかもしれないしー」
佐古田
「ジャジャジャジャジャジャンジャカジャンジャン(自分
あてのラブレターだと主張するギターの音色)」
本宮
「ちがーうっ! これはおれがもらったの!」
フラナ
「でもあて名が書いてないよー」
本宮
「あーっ!勝手に開けるなーっ!」
フラナ
「開けちゃったもんね、どれどれ」
本宮
「まて、俺も見る」
佐古田
「ジャジャジャンジャン(見せてくれぇというギターの叫び)」
フラナ
「えーと『突然のお手紙で失礼だと思いますが。私は、いつ
もあなたを見ています。』だって」
本宮
「…見ていますって…そんな…(照れ)」
フラナ
「『校舎の影で、歩く道すがらで、つい、あなたの姿を目で
追ってしまいます』へぇ、そうなんだへへへぇ(照れ)」
佐古田
「ジャカジャンジャンジャンジャン(照れ隠し)」
フラナ
「『夕べ、あなたがパン屋であまったパンをもらって、はし
ゃいで帰る時にも。』…これってぼく?(期待)」
本宮
「なっなに(焦り)」
フラナ
「『駅前で、あなたが一人怪しくギターをかき鳴らしていた
ときも』?ん。あれ…佐古田?」
佐古田
「じゃじゃぎぃぃん(焦りと期待)」
フラナ
「『あなたの部屋で一生懸命ギターの作曲をしているときも』??」
本宮
「なっなんで?俺?(焦り)」
フラナ
「『ずぅっと、あなたを見ています。ただひたすらあなただ
けを見つめています。私だけのあなたになってほしいです。
あなたの私より』……」
しばし沈黙が続く。

本宮
「……おい」
フラナ
「……これ、誰宛て?」
佐古田
「ギィィィン(不安をあらわすギターの音色)」
本宮
「…ずっと見てるっていっても…これは…あんまし…」
???
「…………」
本宮
「! っ……(いきなし後ろを振り返る)」
フラナ
「なに、どしたの。もとみー(きょろきょろ)」
佐古田
「? (同じく)」
本宮
「いや……なんでもない(誰か見てたような気が……気の
せいか?)」

カラン、コロン

「こんにちは、コーヒーくだ……観楠さん?」
観楠
「(さっきのあれ、何だったんだろう……)」
「かぁ・なぁ・み・さんっ(笑)」
観楠
「あ、ああ(苦笑)いらっしゃい尊さん。コーヒー、でしたね」
「何か……あったんですか?顔色、悪いですよ(じっ)」
観楠
「い、いえ、別に(汗)さ、どうぞ」
「変な観楠さん」

何気なく先ほどまで琢磨呂が座っていた席に座る。
 その瞬間、尊は脳髄まで凍らせるような冷たい思念に縛られる。

「あぅ……(何なの!?この強烈な思念は!?)しまっ……障壁
…………まに……ない(ガタッ)」

そのまま、椅子からずり落ち床に崩れる尊。
 必死に起き上がろうともがくがカウンターには手が届かない。

「(確か……ポーチにっ……)くっ……だめっ(汗)」
観楠
「いまの音は……尊さんっ!うわっ!冷たい!」

尊を見つけ慌てて抱き起こす観楠。
 顔色は蒼白を通り越して死人のようになり、体温もかなり下がっている。
 尊の手を取り脈を診る観楠の手には今にも止まりそうな脈が感じられた。

観楠
「しっかり!今救急車を!」

慌てて電話を取ろうとする観楠の手を尊が意外に強い力で押さえ、震える手
 でカウンターの上のポーチを指差す。

「そ……れ」
観楠
「え? これですか、あ!(そうか、薬か!)」
「(小さく頷く)」
観楠
「失礼、開けますよ。薬、薬っと……(汗)……無い(大汗)」

中はコンパクト、手帳、財布等、普通の小物が詰まっていたが、薬みたいな
 ものは見つからなかった。
 只、小さく折りたたまれた幾色もの紙が目を引いた。

観楠
「尊さん、薬無いですよぉ(大汗)こんな紙しか入って無い
です、やっぱり救急車を」
「ちが……それ……赤……紙」
観楠
「赤、紙? これ……ですか?」
「(震える手で手渡された紙を床に押し付ける)『浄』っ!」
観楠
「うわっなんだっ!わぷっ」

尊が呪を口にすると同時に、店内にありえざる突風が吹き、尊と観楠の髪を吹き乱す。
 一瞬後、店内は元の静けさを取り戻した。

「もう……大丈夫です……すみません(辛そうに起き上がる)」
観楠
「だ、大丈夫、ですか?(今のは一体……)」

数分後

「(同時に)あの……」
観楠
「(同時に)その……」

更に数分後

「(同時に)観楠さん」
観楠
「(同時に)尊さん」
「……こうしてても仕方が無いですね、観楠さんからどうぞ
……聞きたい事は判ってますけど(苦笑)」
観楠
「じゃ、じゃあ……さっきのあれ、何です?」
「(じっと観楠の目を見る)」
観楠
「な、何か(汗)」
「(溜息)見られちゃいましたからね、あれ。下手な誤魔化
しはなしにします。……それに、観楠さんはさっき必死にあ
たしを助けてくれたし、嘘を付くのも気が引けますから(くすっ)」
観楠
「あ、あれはただ夢中で……まいったな」
「もう、お分かりだと思いますが、あたしは只の花屋じゃ有
りません。如月流退魔術直系十六代継承者、それがあたしの
正体です……」
観楠
「たいまじゅつ?」
「早い話が悪魔払いやゴーストバスターみたいなもんです」
観楠
「はぁ……」
「あたしの家系は代々、呪符を使う符術、呪を使う呪術、格
闘術を使う闘術の三派からなっていて、あたしはその三派を
束ねる本家の継承者なんです……まだ半人前ですけど(苦笑)」
観楠
「でも、今まで言わなかったって事は、それって秘密じゃ無
いんですか?」
「半人前でも人を見る目くらいは持ってるつもりですよ、あ
たし(にこっ)」
観楠
「いやぁ(大照)……じゃぁさっきのは」
「この椅子に座った途端、とんでもなく強烈な悪念に襲われ
たんです。心構えがあれば結界障壁で遮断出来たんですけど、
油断していてモロに食らっちゃったんです……あっ!
観楠さん!」
観楠
「は、はい?」
「さっきの悪念、あんなタチの悪いのがホイホイ簡単に出て
くるもんじゃ有りません。さっきの様子といい、何か心当た
りがあるんじゃ有りませんか(真剣っ)」
観楠
「じ、実はさっき……」

観楠は手短にさっきの顛末を話した。

「じゃ、じゃぁ……琢磨呂君……その手紙持って……行っち
ゃったんですか(蒼白)」
観楠
「ええ、やっぱりまずいんでしょうか(オロオロ)」
「女の子の残留思念だけでこんな強力なんですもの、不用意
に手紙を開けたりしたら……」
観楠
「(ごくっ)」
「と、とにかく琢磨呂君を探さなくちゃ!観楠さん行き先御
存知有りません?」
観楠
「確か『マリさんか姐さん探してチョイ見てもらう』って言
ってたから、多分竜胆ちゃんの部屋じゃないかな」
「りん姉さん?」
観楠
「あ、(そうか、尊さん知らないんだった!)えーっと(汗)
詳しい話は後にしましょう、とにかく竜胆ちゃん達には私が
連絡します」
「お願いしますっ」

いうが早いか尊は身を翻して扉へ向かう。

観楠
「尊さん何処へっ」
「一旦家へ行って『あれ』に対処できる準備をしてきますっ!」

からん、ころん
 尊、血相を変えて飛び出していく。
 ほとんど入れ違いになる豊中。

居候
『なんだ、あの女の子?』
豊中
『なんか、慌ててたな。読む必要もないくらい。それより飯
メシ。ここのパンはうまいそーだが………と、あれ?』

心配そうな顔で受話器をとり上げた観楠。
 しかし客が入って来たので迷う。
 豊中、感情探知。多分成功(って、そもそも読む必要もないよなこの状況……)

豊中
「(ぼそっと)電話、かけちゃったほうがいいですよ」
観楠
「えっ?」
豊中
「(こりゃー変人と思われたな)緊急の連絡でしょう。それ
終ってから、トーストセットを紅茶で下さい」
観楠
「えーっと、でも」
豊中
「(苦笑)いいから」

豊中、品定めをするふりをして棚に並んだパンを眺める。(実際は友人から何を食べてもうまいと聞いているので、何も考えていない。いずれ全種制覇するつもりでいる)
 終ってから(あろうことか)琢磨呂、尊の座っていた椅子にかける。
 観楠、TEL かけ終り、しばらくして。

観楠
「おまたせしました」

豊中、皿を受けとりながら観楠にうっかり接触(指一本分くらい)。
 知らん顔で食べ始めるが、内心考え込んでいる。

居候
『なにがあったんだ?』
豊中
『俺が接触テレパスだって、おまえ、本っ気で忘れてるだろう』
居候
『役に立ったこと、ないからなー。で、なんだ?』
豊中
『あの女の子が俺達より先にこの店に入っててくれて、良か
ったよ。さっきまで、ずいぶん濃い感情が残っていたらしい』
居候
『感情〜?』
豊中
『それも、怨みかなんかみたいだな』
居候
『なんで?』
豊中
『そこまで読まなかった。まあいいか、あの子が戻ってくる
ってことは確かだし。それより飯。やっぱり聞いた通りうま
い店だな』
居候
『おま、本っ当に暢気だな。……おい』

女の子(に限らず美人なら幾つでも)だけにはいち早く気付く居候、尊が戻ったことを教える。

観楠
「あ、尊さん……」

再び尊が戻ってきたが、先ほどのジーンズ姿と打って変わり、全身をすっぽり覆う漆黒のマントのような物を着込んでいる。
 そして手には肩掛けストラップの付いた細長い皮ケースを下げている。

居候
『美人は何を着てもいいもんだ♪』
豊中
『おまえなあ…………唯事じゃないぞ、あの格好』

観楠、何だか心配そうながらも、入ってきた尊に何やら教える。
 観楠と話しながらも尊の注意が自分に向けられている事に豊中は気付いていた。

豊中
『あんまり歓迎されてないな。早く切り上げた方が無難だ』
居候
『早く切り上げても、お主の部屋には下らんガラクタしかな
いからのぅ。わしとしては、あの美人さんのそばにいたいぞ』
豊中
『じじくさい喋り方するなよ。こーゆー時に限って。とにか
く退散するぞ』
居候
『あ〜あ』

相変わらず尊の視線は観楠に向いているも、意識は豊中に向けられている。
 豊中は努めて平静を装いつつ勘定をするが、うっかり財布から部屋のキーを落としてしまう。
 無駄の無い動作でキーを拾い上げ豊中に渡す尊、表情はにこやかに微笑んでいるが、豊中には張り詰めた意識がビリビリ伝わってくる。
 キーが手渡されると同時に視線がぶつかる。
 一瞬凍り付き、慌てて視線を逸らす豊中。

観楠
「どうかしました?」
居候
『(観楠とほとんど同時に)なんだ、お前でも動揺すること
あるんだな、お若いの』
豊中
「(うっかり声に出して)まあ、普通、これだけヤバそうな
問題なら動揺もするさ……(しまったっ!)」
観楠
「え?」
「……」

穏やかな微笑みが消え、尊の眼がスッと細められる。

豊中
「いやそのえーと」

釣りを受けとるのも忘れ、そそくさと出て行こうとする豊中。
 ついでにいえば、カウンターの上に忘れもの、例の小柄。

「……お待ちなさいな『お二人さん』」
豊中
「っ!」
居候
『!』
観楠
「お二人さん……って……え?もう一人?」

慌ててきょろきょろ見回す観楠、当然いるはずはない。
 豊中、ぎぎぎぃっと振り返る。一見純朴そうな笑顔だが、ひきつっているのは明白。

豊中
「なんのことでしょう?(冷汗)」
居候
『うひゃ〜、恐い(半泣き)』
「貴方、何者?……さっきのはあたしか観楠さんの考えてる
事を読んだんでしょ?貴方かもう一人が」
豊中
「何のことかさっぱりわからないんですが………」
豊中
『(居候に向かって)まじでヤバげだぞ、おい』

カウンターの観楠を庇うように移動し、豊中との間合いをジリジリ詰める尊。

居候
『何とか説得できんのか………(T_T)』
豊中
『俺じゃ無理だ(きっぱり)。お前やれ。口は貸してやる』
「わからないはずはないわ。あなたたち、一体何?」
豊中(居候)
「なにといわれてもな、ワシはただの居候」
豊中
『おまいね………それ言ってどーするんだよ(-_-;)』

観楠、ただひたすら困惑しているだけ。
 尊、さらに間合いをつめる。

豊中
『しかたない、ここは戦術行動三十七番といくぞ!』
居候
『なんだそりゃ?』
豊中
『安全圏へ高速移動。逃げるともいう』
「待ちなさいっ!」

さっと、ドアを開け駆け出して行く豊中。
 尊も追うが、一瞬間に合わない。

「しまった……逃げ足は、速いようね」
観楠
「尊さん、一体何なんです?あの人お釣り忘れてっちゃいま
したけど(困惑)」
「あの人の中に、もう一人別の人格を感じたんです。それで
カマかけて見たら案の定。……まぁ、今の所さっきの事件に
関係あるかどうかは判りませんけど」
観楠
「そんなこと……判るんですか?」
「霊体ならある程度は。でもさっきのもう一人は純粋な霊体
って訳じゃ無いみたいだったから、いる、と言う感触しか有
りませんでしたけど」
観楠
「へぇ……便利なものですね(感心)」
「そうでも……無いですよ……時々見たくないものも見えち
ゃいますし(苦笑して肩をすくめる)」
観楠
「それにしても、お釣……どうしよう」
「やましい事が無ければそのうち取りにくるんじゃ無いです
か(笑)」
観楠
「しょうがない(溜息)ノートに付けておくか、ん?
何だこれ?」

観楠がカウンターに忘れられた小柄に気付いて手に取ろうとする。

「待って!」

驚いた観楠は反射的に手を引っ込めた。

「脅かして御免なさい、でも触らない方が……さっきの事も
有りますし」
観楠
「……そ、そうですね」

多少顔を引きつらせ、爆弾でも見るように後退る観楠。

「こういう物は、込められた力や念を解放する為の条件、つ
まり発動トリガが有るんです。それさえ起こさなければ大丈
夫……の筈なん……ですけど」

そういいながら、そっと手に取る尊。

観楠
「ど、どうですか(ごくっ)」
「……(じっと眼を閉じている)」
観楠
「み、尊、さん?」
「(目を開けて)ふぅ、大丈夫みたいです。別に怨念とかそ
ういう物は感じられませんでしたから」
観楠
「良かった、じゃ、別にたいした物じゃないんですね」
「いえ(真剣)、この中に何かあるのは確かです。あたしの
力じゃそれが何か判らないですけど。それより観楠さん、琢
磨呂君の行き先は?りん姉さんと連絡は取れたんですか?」
「……(う、私じゃもうついていけない話ですぅ〜)」
観楠
「そ、そうだった!」

そのころ、少し行ったところで

豊中
「参ったな、釣りをもらってくるの忘れた」
居候
『万札の釣りじゃなくてよかったな』
豊中
『ほとぼりが冷めたら取りに行くか』

小柄のことは忘れていた。

観楠
「電話してみたんですが、留守電だったんですよ。とりあえ
ずメッセージは入れておいたんですが……」
「そうですか……。あたし、そこに行ってみます。もしかし
たら途中で会えるかもしれない。
 場所、教えてもらえますか?」
観楠
「えーっと、ここからだと……(説明中)」

カラン、コロン。
 そのとき、ベーカリーに入ってきたのは、ダークスーツに黒いロングコートの目つきの悪い男……御影武史である。

「あ、……観楠さん、お客さんが(……ヤクザ?)」
御影
「(ほぉ、喫茶コーナーがあるのか)」
観楠
「い……いらっしゃいませ。(なんでこんなときに限って次
から次と……。ついてないなぁ(T_T))」
御影
「(ホットドッグとハンバーグロール、ポテトフランスにベ
ーコンツイスト……ししゃもパン? こっ、これは食わねば
なるまい……ま、こんなもんでいいか。あ、ダメだ、眠い。
むちゃくちゃ眠い)」
観楠
「ええっと、860円になります」
御影
(千円札を出す)
観楠
「こちら140円のお返しになります」
御影
「(うけとりつつ)あぁ……」
観楠
「(びくぅっ)は、はいっ。なんでしょう(恐いぃぃぃ)」

眠気のせいで目つきの悪さ倍増。声も妙に低くなっている。

御影
「紅茶、もらえます?」
観楠
「は、はい。少々お待ちください(やっぱり恐いぃぃぃ)」

厨房に入り、紅茶を淹れる観楠。御影、尊の横を通って喫茶コーナーへ。

「……」

席に向かう御影に通路を譲るように見せかけて、さりげなく間合いをとる尊、距離は一足一刀の間合い。

御影
(眠いのでマヌケにもぜんぜん気がつかない)

窓際の席に腰を下ろす御影。窓ごしに人の流れをながめつつ、かなりのハイペースでパンを食べはじめる。

観楠
「お、お待たせいたしました(かちゃかちゃ)」
御影
「ども(うまい)」

ひとりでささやかな幸福にひたる御影。ストレスをため込む観楠と尊。

「あの人、なんだか危なそうですけど……おひとりで大丈夫
ですか?」
観楠
「私より、琢磨呂くんたちのほうが心配ですから。行ってく
ださい、尊さん」
「……分かりました。じゃあ、あたし、行ってきます」
観楠
「あ、尊さん。その……気をつけて」
「大丈夫ですよ(にこっ)」

カランコロン……
 漆黒のマントをひるがえし、走る尊。
 無意識に、指の関節が白くなるほど、漣丸を握りしめている。

「だいじょうぶ……じゃ、ないかも……」
観楠
「尊さん、心配だな……。あ……竜胆ちゃん携帯電話を持っ
てたんだ……しまったぁぁぁぁっ!
えーっと、電話番号は……あった(ぴぽぴ、ぷぽぺ、ぴぽぱぷ)
えっ! あ、あれは……!」

電話帳から顔を上げた観楠の視界に、電柱の陰に隠れてベーカリーの様子をうかがう少女の姿がうつる。
 呆然とする観楠の手から受話器がすべり落ちる。

観楠
「(ま、まさか……)」
SE
「がちゃぁん(落下音)」
御影
「(うまかったな〜って……さっきからいったい何を……ん?)
 またか、オイ……(立ち上がる)」

そのころ竜胆は、講義の合間に学食で友人とダベっていた。

友人1
「でねー……」
携帯電話
「ぷるるるるるる、ぷるるるるるる、ぷるるるるるる」
友人2
「あれ? 竜胆、携帯鳴ってるよ」
竜胆
「はいはいはい、ちょっと待ってね〜。
 (ぴっ)ふぁい、豊秋れす。……もしもし? もしも〜し?」
友人1
「どしたの? イタ電?」
竜胆
「なんかぼそぼそ言ってるんだけど、聞こえないのよ。
 もしもし〜、お電話遠いんですが?」
友人1
「やっぱりイタ電じゃないの? 切っちゃえば?」
友人2
「じつは霊界通信(笑)」
竜胆
「冗談でもそーゆーことは言わないのっ!」
御影
「(観楠の背後から)もしもし?」
観楠
「うわああああああああああああっ!」
竜胆
「(観楠の悲鳴が響く)ひわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!
うわったった、っとぉ」

竜胆、危うく携帯を落としそうになってお手玉状態。

御影
「……なにもそんなに驚かんでも」
観楠
「……あ……ああ、申し訳ありません。その……(だから恐
いんだってば)」
御影
「まぁ、後ろから話しかけたわしも悪かったけど……。あぁ、
そうそう。警察を呼ぶ必要はないから」
観楠
「えっ?」
御影
「警察を呼んだところで、来るころにはいなくなってますな。
なんせ、わしにくっついとるだけなんで、呼んだところで意
味ナシ」
観楠
「ええっ?(憑いてる?意味がないって、まさかこいつが!)」
御影
「そういうわけで、えーと、紅茶代って?」
観楠
「に……280円です」
御影
「ああ、ちょうどあるな。……ごちそーさん」

カラン、コロン。
 店を出た御影は、まっすぐ少女のほうに向かった。しばらく少女と言葉を交わしたのち、少女を従えて立ち去っていった。……ように観楠には見えた。

竜胆
『もしも〜し! ちょっとぉ、さっきの悲鳴はなんなの?
恐いじゃないの〜』

我に返る観楠。

観楠
「あ、もしもしっ! 竜胆ちゃん?」
竜胆
『あれ? 店長さん? どーしたんですか?』
観楠
「それより! 大変なんだ!」
竜胆
『そりゃまぁ、あの悲鳴を聞けば大変そうだってことは分
かりますけど。あんまりおどかさないでくださいよぉ』
観楠
「いや、そっちはこれとは別で、琢磨呂くんがラブレター
もらって女の子が恐くて、尊さんが追いかけて琢磨呂くん
は竜胆ちゃんに見せに行くからって、そしたら怪しい男が
ふたりも来てひとりはふたり組みで、もうひとりがラブレ
ターの女の子が憑いててやたら恐くて……」
竜胆
『……え〜っと。もういちど最初から落ち着いてお願いで
きます?』

そのころ御影はというと……

御影
「きみもたいがいとことんヒマやね」
琴璃
「うるさい! 誰のせいだと思ってんのよ!」

そして琢磨呂は。

琢磨呂
「いままでの情報から推察するに、この時間だとゲーセン
で対戦三昧のはずなんだが……」

下校時、校門にて。

本宮
「……いま誰か見てなかったか?」
フラナ
「え? 気のせいだと……思うんだけどなぁ」
本宮
「なんだか、あのラブレターを読んだときから、ずっと誰
かに見られてるような……」
フラナ
「き、気のせいだよぉ……」
佐古田
「ジャン、ジャジャン(不安を訴えるギターの音)」
本宮
「そう……だよな。うん、きっとそうだ(自分に言い聞か
せる)」

 不安げにささやきをかわしながら校門を出てゆく本宮たち。そのうしろ姿を、
 長い髪の少女が校庭の桜の樹の陰から見送っていた。

女の子
「…逃がさない…私だけの…あなた…」
 
 その視線は吸い込まれるように三人組に注がれていた。三人の中の誰を見ていたのかは分からない…。
本宮
「ま、まぁ、忘れて帰るか。これからどうする?(意識して
明るい声)」
フラナ
「ねぇ…もとみーぃ、佐古田ぁ(不安げな声)」
本宮
「ん、なんだ」
佐古田
「ジャジャン(何?というギターの音色)」
フラナ
「うち、泊りに来ない?おとーさん出張だし、おかーさんも
遅いし」
本宮
「ああ、俺はいいけど、佐古田は?」
佐古田
「ジャンジャカジャ〜ン(オッケーだよのギターの音色)」
フラナ
「(ほっ)よかったぁ、んじゃベーカリーでなんかおやつ買
ってこ」
本宮
「ああ。そうだな」
 
 ベーカリーに向かい歩き出す三人。その後を密かにつけていく謎の女の子。でも三人は気づかない……。
 しばらく道を歩き、交差点で信号待ちをしてる三人。信号の向かい側のビルに鏡の様に自分の姿が映っている。
本宮
「(ん…あれは)」

何気にビルに映る姿を見ていた本宮がふと、電信柱の影からこちらの様子を伺っている一人の女の子の姿に気づいた。

本宮
「(あれ、あの子…誰だ)」

見なきゃいいのについ、鏡ごしにその姿を凝視してしまう本宮、不意に女の子の目とかっちり目が合ってしまう。

女の子
「…(にこっ)」(氷の微笑)
本宮
「うっ…(硬直)」(さぁっと血の気がひく音)

無機質に微笑む女の子、一瞬真っ白になる本宮、そのまま硬直して動けない。

フラナ
「もとみー、どしたの。信号青だよ」
本宮
「…(顔面蒼白)」
フラナ
「もとみー?」
佐古田
「ジャジャジャン(心配のギターの音色)」
本宮
「フラナ、佐古田(凍りついた声)」
フ&佐
「?」
本宮
「走るぞぉぉぉぉぉっ(必死)」
フラナ
「うわちっ、なんだよもとみぃぃぃ」
佐古田
「ジャン、ジャカジャカジャジャジャンンンン(抗議のギタ
ーの音色)」

右手にフラナを抱えて左手に佐古田の首根っこをつかんで一目散にダッシュ。

本宮
「(な、なんなんだ…なんなんだよぉっ。あの子はぁっ)」

必死に走る本宮、その後を静かに、しかし確実に後を追っていく女の子…

フラナ
「もとみーっ!もとみーってばぁぁ」
佐古田
「ジャ…ジャンギィィィン(なにすんだぁというギターの音色)」
本宮
「(どこか…どこか、安心できるとこ……ベーカリー!)」

からん、ころん。

花澄
「あの、すみません。…………店長さん、湊川観楠さんって
ご存知ですか?」
観楠
「はい、私ですが……?」
花澄
「何か、丁度そこの角で、女の子にこれ頼まれたんです
けど………」

出てきたのは、先ほどとうりふたつの封筒。

観楠
「こっ、これは……(呆然)」
花澄
「人気がおありなんですねぇ(にこにこ)」
観楠
「かっ、花澄さんっ! その女の子、どんな感じだったか
覚えてませんかっ?(がばっ)」
花澄
「え? きゃ! ど、どうしたんですか店長さん?」
文雄
「まったく、店の外にまで声が響いているではないか。
 ……また別の女性に迫っておるのかね店長?」
観楠
「またってなんですか(汗)」
文雄
「しかし、その状態だとそういう風にしか見えないようだが
どうかね?」
観楠
「……?」
花澄
「あ、あの……店長さん、痛いです……」
観楠
「おぅわぁ!?(汗) すすすすすいませんんんっ(汗)」
文雄
「むう、邪魔をしてしまったようだな。出直すとしよう」
観楠
「だぁぁっ! 違いますってば!
 かくかくしかじかこーゆーわけなんですっ!」
文雄
「……するとつまり、その手紙も呪いのラブレターだと言う
のかね?」
観楠
「ええ、たぶん」
文雄
「そうとも限らないのではないかな? なにしろ明日は世間
一般で言うところのバレンタインデーではないか。本物のラ
ブレターの可能性も否定できないだろう」
観楠
「……本物だったら、なおさら受けとれませんよ」
文雄
「ほう?」
観楠
「理由を言わないと、ダメですか?(笑)」
文雄
「いや、じゅうぶん分かった。聞かされるほうが恥ずかし
いだろうな、それは。
 ところで店長、こちらの方は?」
花澄
「あ、はじめまして。平塚花澄ともうします」

カランカラ…ドン!ずでん!べしゃ…ごろごろ
 ドアベルの音と同時に三人組がベーカリーに転がり込んでくる。

フラナ
「いててててて」
佐古田
「(きゅうぅぅ)」
本宮
「ぜーっぜーっぜーっ…こ…恐かった…」
観楠
「ど、どうしたの?君たち?」
本宮
「ハァハァ、て、て、て、店長さん。で、で、でた、でた、
でたんです」
観楠
「本宮君、落ち着いて。何がでたの?」
「あのぉ…お水、飲みます?」
本宮
「あっ、はい、え、その、あ、え…と、すっすいません」
フラナ
「落ち着いてないよ…もとみーってば…」
本宮
「(ごくごく)ハァ、生き返った。…店長さん…実は…
さっき…」

かくかくしかじか、今までの出来事をかいつまんで説明する。

観楠
「本宮君達の所にも…」
本宮
「俺達の所にって?」
観楠
「さっきもこの人が(花澄を見て)女の子に頼まれて」
フラナ
「それって…こんな手紙?(封筒をひらひら)」
観楠
「そ、それは…(まったく同じ封筒をもって)」
本宮
「…同じ手紙?」
花澄
「あらあら」
文雄
「節操のない」
観楠
「…ともかく、本宮君、その女の子を見たんだよね」
本宮
「え…はい、でも、その手紙の主かどうかは…」
観楠
「まあ、とにかく、どんな子だった?」
本宮
「ん…ロングヘアで…どちらかというと日本人形みたいな感
じの可愛い子でしたね」
花澄
「あら、私があった子とそっくりですね」
文雄
「ふむ、同一人物と考えてさしつかえないだろうな」
観楠
「ますます、あやしいな、琢麿呂くんのこともあるし…。
本宮君、その子の似顔絵描けるかな?」
本宮
「…似顔絵…ですか。(目をそらして)俺、絵はちょっと…」
観楠
「そう、…特徴だけでも、わからないかな」
文雄
「ほら、紙はいくらでもあるぞ(ばさばさ)」
花澄
「私も手伝いますよ」
本宮
「…わかりました。描いてみます」

必死に絵を描く本宮。しかし、どう見ても子供のお絵描きに毛が生えたよう
 なシロモノにしか見えない。だんだん周りはあきらめの表情を浮かべていく。

本宮
「……すいません……俺……(顔真っ赤)」
観楠
「い、いや、いいんだよ。無理いってごめん。ほら、気にし
ないで」
花澄
「人は誰だって得手不得手がありますから」
文雄
「なぁに、気に病むことはない」
本宮
「…すいません…俺、だめなんです、絵描くの…」

その間、フラナと佐古田は例のラブレターを調べていた。

フラナ
「(なんか手がかりないかな)ばさばさ」
佐古田
「ジャンジャカジャーン(何もないよーという音色)」

ぱさ

フ&佐
「?」
フラナ
「なにこれ?(ひょい)」

ラブレターの封筒から、落ちたのは短く束ねられた赤い糸。

フラナ
「糸?だよね」
佐古田
「ジャジャン(そうだねの音色)」

そのほんの一瞬。つまみ出した赤い糸がしゅるしゅると音もなく伸び、フラナ
 の手足に絡み付く。

フラナ
「はにゃ!?」
その他一同
「! どうした」
フラナ
「な、なに、なにこれぇっ、く…苦しいっ」
佐古田
「フラナ!」

なす術もなく赤い糸にぐるぐる巻にされていくフラナ。

観楠
「フ、フラナ君?!」
花澄
「?」
文雄
「な、これは…」
本宮
「フラナぁぁぁっ」

騒いでいる間にも、赤い糸はぎりぎりとフラナを締め上げる。

フラナ
「痛い!いたいよぉ」
佐古田
「この…(糸を引っ張る)切れない」
文雄
「これは…普通の糸ではないぞ…」
本宮
「店長さん、何か…何か、切れるもの!…それ!」

カウンターに置かれた小柄を指差す。

観楠
「え、これ(いいのかな、あぶない代物だって、でも…)
はい、取って」

ぱしっと小柄を受け取る本宮。

フラナ
「う…痛い…苦しいよ…(意識朦朧)」

締め上げる糸に必死に小柄で切ろうとする本宮。しかし糸はまったく切れない。

本宮
「くそっ、フラナぁしっかりしろっ」
花澄
「(切れない糸を浄化するものは?!)………あ」

花澄の視線が引っ張られるように喫茶コーナーへと動く。

花澄
「成程」

テーブルの上のマッチの箱を一つ取り、火をつける。そのままマッチを
 フラナを取り巻く糸へと近づける。

本宮
「何を……!」
花澄
「御免なさい」

刹那、フラナの全身に火が走る。
 異臭。

フラナ
「うわあっ!」

そして、悲鳴にかぶさるように、何かの砕け散る音。
 ベーカリー内に火の粉が舞いあがり、そのままゆるゆると消えていった。

本宮
「フラナ………?」

声に応じるように、フラナがゆっくりを身を起こす。

フラナ
「………今のは?」
花澄
「多分、髪の毛です。………大丈夫?」
フラナ
「う…痛っ(うずくまる)」
本宮
「大丈夫か?(助けおこす)」
よろよろと立ち上がるフラナ。体中に締め付けられた時にできた傷が痛々しい。

観楠
「…あれが…髪の毛…(呆然)」
花澄
「ええ、多分なんらかの呪術…のようなものの影響でしょう」
文雄
「一種、自分の分身のような役割だったのだろうな」
本宮
「…なんで、こんなことを…」

自然、視線が落ちる。と、手にした小柄に改めて気付く。

本宮
「切れなかったね、ごめん」
フラナ
「大丈夫だよ。ところで、それなに?」
文雄
「小柄だ。日本刀の付属品の小刀だな」
観楠
「ああ、時代劇で投げてるあれだね?」
文雄
「うむ、しかし実際は投げて使うことはなかったようだが」
などと言っている間に、今度は花澄が小柄を手に取る。

文雄
「しかし店長、なぜ小柄などがここにあるのだ?」
観楠
「実はですね」
説明しようとした矢先、

花澄
「あら、そういえば店長さんの所にきたお手紙は?」
全員
「!」

全員いっせいに後ろを振り向く。カウンターの上に、ぽつんと置かれたままのラブレター。
 一堂寄り集まって遠巻きに見守る。

観楠
「ひょっとして…あれも…(あとじさる)」
フラナ
「て…てんちょぅさぁん(服のすそをつかむ)…どうするのぉ」
観楠
「…ど、どうしよう(ちょっと弱気)」
本宮
「な、なんとかしないと…また…」
文雄
「うかつに近づけんな…」
佐古田
「ギィィィィィン(恐怖をあらわす音色)」
花澄
「どうしましょう…」
孝雄
「うきゃきゃきゃきゃきゃ、どーも探知機にびんびん反応
していると思ったら、ここでしたか」
花澄
「あ、あの…?」
孝雄
「むふふふ、いいですよ、そうこの私の超科学に解析でき
ないものはないのです、きゃきゃきゃきゃきゃ」
花澄
「……………はあ……?」
観楠
「どこから出てきたんです(呆)」
孝雄
「ふふふふこの私に不可能なことはないので」
フラナ
「……………あ………あっ!」
フラナの指差した先で、カウンターにおいてあった観楠に届けられた手紙が、ゆっくりと開いた。赤い糸が、今度は勝手にもそもそと這い出してくる。糸が延び、観楠の左手に絡み付いた。

観楠
「うわ!?」
文雄
「いかん、これは封じねば」
花澄
「店長さんっ」
紙を取り出す文雄。しかし花澄がいち早く小柄を使い、糸を切りにかかる。

本宮
「それ、切れないで……あれ?」
糸はあっさり切れ、観楠の手に巻き付いていた方の糸は消滅した。

本宮
「なんで切れるんだろう………?」

その後、文雄の資料術により、残った糸と便箋を封印する。
 竜胆のアパートの前。ため息をつく尊。

「はぁ。けっきょく会えなかったわね。行き違いになった
のかなぁ。
 観楠さんに電話して、琢磨呂くんの行きそうなとこ、教
えてもらわないと……」
「ジャマしちゃ、ダメよ」
「くっ! (ふりむく)」」

周囲に人影はなかったはずだ。だが、ふりむいた尊の前に、あの少女がたたずんでいた。気の遠くなるような寒気が、尊の身体を襲う。

「……あなたなのね?」
少女
「人の恋をジャマしちゃ、ダメなのよ。おねえさん」
「……どういうこと?」
少女
「あの人が好きなのは私だけなの。あの人と話していいのは
私だけなの。あの人を見ていいのは私だけ。あの人と歩くの
は私だけ。あの人が笑うのは私だけ。あの人が手をつなぐの
は私だけ。あの人がキスするのは私だけ。あの人が抱きしめ
るのは私だけ。私だけ。私だけ。私だけなの。私だけなのよ。
あの人は私のもの。あの人は私だけのものなの。あなたは邪
魔なの。
 ……ねぇ、おねえさん。死んでくれない?」
「!」

た、たん。と、踊るようなステップで間合いを離し、尊は漣丸を抜き放った。正眼に構えて少女を見据える。

「悪いけど、そうはいかない」
少女
「……死んじゃえ。 (くすくすくすくすくすくす)」

少女がゆっくりと近づく。
 日本人形のように奇麗に切り揃えられた長い髪が印象的な、少女であった。
 抜けるような白い肌とスッキリ通った鼻梁、切れ長な瞳。
 美少女と呼んでもまず何処からも非難は来ないであろう。
 ただ、その瞳に燃える憎悪と狂気の光さえ無ければ。

少女
「(くすくす) おねえさん、どうやって殺して欲しい?
首をねじ切ってほしい? 手足をちぎって欲しい?ねぇ、
どうして欲しい? (くすくす)」
「……どれも、願い下げよ」
少女
「そぉ? 嫌? 真っ赤な血が飛び散ってとっても奇麗だ
と思うけどなぁ(くすくす) ……じゃぁこうしてあげる」

少女が腕を伸ばすと無形無明の何かが飛来した。
 命中寸前、漣丸で薙ぎ払う。
 尊の前で二つに裂かれた力は左右のアスファルトをザックリ抉りとる。

少女
「だめだよ避けちゃ、外れちゃうじゃない(くすくす)
次は外さないよ(くすくすくすくす)」
「言い聞かせて通じる相手じゃ無さそうね……」

スッと目を閉じる尊。
 少女に負けず劣らずの長い髪に燐光が宿り、ゆっくりと舞う。
 目を開き、漣丸を鞘に納め腰を落とし構え直す。
 居合い、抜刀の構えである。

少女
「ねぇ、おねえさん、あの人を私の物にするにはまだ力が
足りないの(くすくす) 私、もっともっと奇麗になって
あの人に振り向いて貰いたいの。だから、ねぇ、おねえさ
んの命、私にちょうだい(くすくす)」

まるでおやつの御菓子をねだるように、とんでもない事を言い出す少女。

「欲しければ取っていきなさい。但し、あたしを倒してか
らねっ!」

残像すら残し一瞬のうちに間合いを詰め少女の眼前に迫る尊。

「(いけるっ!)」

キンッと銀光が鞘走り、空気すら切り裂いて少女を薙ぐ。
 が。

「えっ!?」

漣丸が少女を薙いだ瞬間、尊の脳裏に大量のヴィジョンが流れ込む。
 『雨』『水色の傘』『手紙』『放課後』『紅い文字』『黒い文字』『夜』
 『瓶』『穴』『願』『想』『悔』『慕』
 そして。
 『血』『血』『血』『血』『血』『血』『血』『血』『血』『血』『血』
 『血』『血』『血』『血』『血』『血』『血』『血』『血』!
 『怨』『怨』『怨』『怨』『怨』『怨』『怨』『怨』『怨』『怨』『怨』
 『怨』『怨』!!
             『怨』!!

「嫌ぁぁぁぁっ!」

絶叫と共に漣丸を振り切る尊。
 勢いで二三歩歩き、そのままがっくりと膝を落とす。
 少女の身体は傷一つ無い。

「な……なに……い、今の……(汗)」
少女
「(くすくすくす)だめよ、そんな事したって……(くす
くす) さぁ、大人しく殺されて(くすくす)」
「(ま、まずい) だ、誰が……あんた……なんかに……
(漣丸を杖にヨロヨロと立ち上がる)……しつこい女は……
男の子……に……嫌われる、わよ(力が……入らないっ)」

少女から穏やかな微笑みが消え、能面のような冷たい無表情になった。

少女
「おねえさん嫌い。だから、うんと苦しませて殺してあげ
る……ほら(どんっ)」

少女の突き出した手に弾かれるようにブロック塀に叩き付けられる。
 辛うじて受け身を取り、頭は守ったが、みりっ、と嫌な音と共に腹部に激痛
 が走る。

「ぐぅっ(痛ぅ……助骨1〜2本、かな……)」
少女
「ねぇ、痛い? 苦しい? 悔しい? 私はもっと苦し
かったの、もっと悲しかったの、もっと悔しかったの」

少女の手が虚空の何かをつかみ捻りあげる。
 そのとき、十はなにか異様なものを感じとり、自転車の行き先をコンビニ
 からその『気配』の方に変更した。
 コートのポケットの中で、式神が身動きする。

「行け」

言葉と同時に、2匹のオコジョが闇に消える。

「!?(腕を押さえる)」
少女
「こんなに苦しかったのに、こんなに悲しかったのに、こ
んなに悔しかったのに、こんなに想ってるのに……ねぇ判
る?」

少女の動きに合わせ、尊の腕があらぬ方向へねじ上げられて行く。
 ごきっ。

「くっ……うぁぁあ!」

腕を押さえて倒れ付し、あまりの痛みに一瞬意識が遠のく。
 尊の前に立ち冷ややかに見下ろす少女。

少女
(くすくすくすくす)
「くっ……」

歯を食いしばり無事な右手で懐に忍ばせた礫を弾く。
 小さな礫は狙い違わず少女の胸に命中した。

少女
「? (くすくす)……無駄だって言ってるでしょ?(く
すくすくすくすくすくすくす)
ね?今度は………」

少女は右手を伸ばし、今度は何かを切り裂くような動作をする。
 尊の腕に、一筋の赤い線が浮かぶ。

少女
「お姉さん、とっても綺麗よ………だから、私に…」

2匹のオコジョが、それを見ていた。
 少女はそれに気づき、きっとそちらを睨む。

少女
「誰!?」

一瞬、少女の力が尊からそれる。
 尊は痛む腕を意識の外にやり、飛び起きた。
 漣丸は、もう一方の手で構える。

少女
「せっかく、捕まえてたのに………でも、安心して………
今すぐ………」

自転車のブレーキの音が、少女の言葉を遮った。

少女
「だれ?」
 
 ふりむいた少女のおぼろな影、視線が電柱の脇にたたずむ大柄な男の姿をと
 らえる。
 
「今日はこっちはまずい方角だったっけかなぁ?」
 
 男の声は気が抜けるほど、緊張感がなかった。事実、銭湯の帰りだろうか首から手ぬぐいをぶら下げてさえいる。だが、少なくとも訓練を受けた、もしくはこうした状況になれているのは確かだった。少女の力ある視線を受けてもたじろぐ様子はない。
「な、なにを?早くここから逃げて!」

尊の制止の声に少し照れたように笑うと、男は手ぬぐいをとり直して答えた。

「あぁ、逃げるさ」

少女の指がいとおしむ様に宙に揺れる。空間がきしんだ。

「おまえさんも、いっしょにな」

細い指が空間を一気に握り締める。圧力が二人に向かって襲い来る。
 その時、男は叫んだ。

「キノト、キノエ、今だ!」

瞬間、二匹のオコジョと男の間に意味論的に陣が構成される。
 少女で八卦における「沢」を象徴するキノエ。
 少年で「雷」を象徴するキノト。
 鬼相の少女は陰たる「地」
 そして男は自分に「山」の形相を与える。
 周囲に残りの八卦を配する絶妙な位置にいつの間にか彼らはいた。

「玄初に対極あり、陰陽わかれて両儀生じ、両儀進みて四
相生じ四相生じて、八卦をなす。八卦交わりて、万象生ず!」
 
 少女の周囲に「壁」が生じる。今の彼女にこれを越えることは「できない」
 なぜなら彼女には今、その位置が与えられてしまったからだ!
「動けるかい?」
「なんとか」
「じゃあ、逃げてくれ」
「!?」
 
 男はまた照れた笑いを浮かべた。
「俺が「山」だからあいつは動けない。俺が動けば「山」
を放棄したことになり、陣の意味が「変わる」それじゃ意
味はない。だれか、そう、建設省特殊物件課にでも連絡を
してくれ」
「わかりました、待っていて下さい。すぐに戻ってきます!」
「 湯ざめしないうちに頼むわ」

そういうと十はどっかとアスファルトの上に横になった。

「動かざること、山のごとしってね」

そしてしばらくすると寝息が聞こえてきた。

少女
「(くすくすくすくすくす)」
(熟睡中)
少女
「せっかくおねえさんのこと、殺せると思ったのに。邪魔
しちゃダメって、言ったじゃない。
 しかたがないから、あなたから殺してあげるね」

くすくすと笑いながら、少女の姿が薄れ、輪郭がぼやけてゆく。そして、ほんの数秒後には、少女としての存在は消滅し、本来の姿に戻る。
 桜色の便箋に。
 封じる対象である少女が存在しなければ、陣は意味を失う。そして一陣の風。
 

キノト
「キィィィィッ!」
キノエ
「キュイッ、キキッ!」
 
 二匹のオコジョが警告の声をあげたが、人形をとっていないのでその声は十を起こすには至らない。
 
少女
「ねえねえ、こんなところで寝てると……うふふふ、死ん
じゃうよぉ(くすくすくすくすくすくす)」

少女はそのたおやかな指を十の太い首にそっと絡ませる、羽が触れたかのようにかすかな感触、そして、ぷつりと首筋に赤い点が浮いた。
 だが、十は動かない。この陣を完璧とするため自分に念じつけた「山」の性質のためだ。万全を期したつもりの術法が裏目に出ている。

少女
「知らない、から。(くすっ)」
「うっ?」

竜胆の普段入り浸りたるゲーセンにて。

琢磨呂
「ふうむ………。いねーじゃねーか………チッ」

琢磨呂、ゲームしてるニィちゃんに声をかける。

琢磨呂
「よぉ、こ〜〜んな顔した(顔を歪める)、こーんな性格の
(アタマから角を出す真似をする)大学生の常連ねーちゃん
しらんか?」
ゲーマー
「ひっ!」
琢磨呂
「おおっとすまん(サングラスを外す)………で(ずいっと
一歩前に進む)、兄ちゃんは知らんか?」
ゲーマー
「し、し、しらねっす!」
琢磨呂
「なんだとおおおおおおおおおおおおお!」
ゲーマー
「ひいいいい」
琢磨呂
「姐さんどこいってやがんだよぉ〜〜〜、この一大事に
(ぶつぶつ言いながら去る)」
ゲーマー
(なな何だったんだあの人は………黒のロングコートにレイ
バンタイプ…サングラス………恐い)

琢磨呂、ゲーセンを出る。

琢磨呂
「これを自分で開ける訳にはいかんしなぁ。なにせ危険すぎ
る。マリさん(更毬剽夜)は何処にいるか皆目見当も付かん。
とんでもねー物渡してくれたぜ、全く。まぁこの状態で襲わ
れても生き残る自信はあるが(コートの中をちらっと見る)、
呪いとかまじない関係はごめん被りたいな。ベーカリーに戻
ればあるいは助力してくれる誰かがいるかもな」

琢磨呂、ベーカリーへと戻るべく歩みを進める。十数分歩いただろうか。
 突然、気と気がぶつかり合う波動を感じる。

琢磨呂
(何っ!そこらの馬鹿どもの喧嘩じゃぁない!くっ………)

人気の無い路地へと走り込む琢磨呂。

琢磨呂
(くぅ………この、のしかかってくるような重厚な気のぶつ
かり合い………いったい何が起こっているんだ。これは喧嘩
ではなく、生死に関わるレベルだぞ………!?)

ロングコートの前をはだけると、琢磨呂は儀式の準備を始めた。
 2丁のベレッタM93Rと付随する2本セットの予備マガジン。1丁のコルトパイソン
 2.5in、一振りのコンバットナイフ、2本のシース…ナイフ。そして、琢磨呂
 の新兵器とも言える赤外線探知機能付きサングラス。

琢磨呂
(お………気のぶつかり合いにもう一人参入者!?お………
急速に全ての気が弱まって…………消えた。ふうむ、何だっ
たんだろうな。ヤな予感がするぜ。さっさとベーカリーに行
こう)

琢磨呂、ベーカリーへと駆け出す。
 と、その時。

慎也
「何や。やっぱ相方やないか」
琢磨呂
「(立ち止まって振り向く)と、その声は…、シン。お前か」
慎也
「よ、おひさ。しかし、なんちゅうかっこしてんねん(^^;」
琢磨呂
「うっせぇ、ほっとけ!(^^;」
慎也
「まあ、まあ…。(^^;それより、えらい慌ててたけど、デー
トか?(笑)そーか、そーか。麗衣ちゃんにここんとこ電話
してないから会って脅かしたろうっていう魂胆か。いやあ、
らぶらぶやね(にやり)」
琢磨呂
「きぃさぁまぁ……、頭吹き飛ばして欲しいんか(ちゃき)」
 
 と、懐からM93Rを取り出す、琢磨呂。怒ったときは大体いつもこんな感じなん
 で気にせず会話を続ける、慎也。
慎也
「何や。ちゃうんか。じゃあ、何やねん?」
琢磨呂
「姐さん探してんだよ。シン、お前見なかったか?」
慎也
「いんや。知らん。なんか用なんか?」
琢磨呂
「まあ、ちょっとな。知らんならえーわ。じゃあな、グッド
ラック」
慎也
「おい、こら、待てよ!何をそんなに慌ててんねん!」
 
 走り去ろうとする、琢磨呂のコートをつかむ慎也。そのせいで、こけそうに
 なる琢磨呂。すると、コートのポケットから例のラブレターがひらりひらり(笑)
琢磨呂
「何すんだよ、シン!俺は忙しいんだって!」
慎也
「おやぁ?(ラブレターを見つける)これは何かなあ?岩
沙君(にやり)」
琢磨呂
「だぁああああ!!返せ、シン!それは最重要機密文書だ!」
慎也
「このハートのシールで封したのがか?いやぁ、もてもて
やねえ、お前(にやり)心配すんな、麗衣ちゃんには秘密に
しといてやるから。誰からのかお兄さんに言ってみぃ(笑)」
琢磨呂
「お前なあ……。(呆)そんないいもんじゃねーよ。姐さん
探してんのも、これが原因なんだよ」
慎也
「どういう事やねん?」
琢磨呂
「しゃーねーな。だからよ……」

事の一部始終を語り出す、琢磨呂。
 

琢磨呂
「……だから、姐さんに見てもらおーと思ってさ」
慎也
「何や。そんなんやったら、俺でも見れるやん」
琢磨呂
「お前、そんなん出来たか?」
慎也
「まあね。(笑)もともとは人間の心に干渉するもんだけど
な。でも、お前の予想通り呪術の類やったら、このラブレ
ターにもかなりの残留思念があるはずなんよ。ただ、お前
が長いこと持ち歩いてたのと、俺が物に対して『力』をあ
んまり使ったことがないって言うのが問題やけどね」
琢磨呂
「この際仕方ねえ。シン、頼むわ」
慎也
「りょーかい、やってみるよ」

琢磨呂の手からラブレターを受け取り、左にラブレターを持ち、右手を額に
 当てる慎也。目を瞑り、深呼吸をし、気持ちを落ち着け、ラブレターの中に
 入っていくようなイメージを頭の中に描く。しかし、頭の中に語り掛けてく
 る物はない。

慎也
「(くそっ……!やっぱ、物には干渉出来ねえか)」
 
 と、その時、頭の中に何か大きな物が流れてくるのを感じた。
慎也
「(なっ……、なんだこれは?赤一色だ!なんだろう?恋
愛感情のイメージか?いや、そんないいもんじゃない。
じゃあ、なんだ?血か?)」

考えてる慎也をよそに、さらにイメージは流れ込む。まるで慎也を飲み込む
 かのように……。
 

慎也
「(やばっ!まだ流れてくる。おれを乗っ取るつもりか!
遮断しねえとまずいな、今の俺にはこれが限界か)」

頭の中で遮断するイメージを描く。血のような赤色から徐々に闇が支配する
 無の状態へと戻る。何とか無事らしい。息が荒い。深呼吸をし、息を沈める。
 徐々に瞼を開ける。目に入る光が眩しい。

琢磨呂
「どうだ、シン?」
慎也
「ハァ……ハァ……。正直、よくわからねえ。ただ、これ
は普通のラブレターじゃないことは確かだ」
琢磨呂
「呪い系ってことか?」
慎也
「多分な。断片的なイメージしか入ってこなかったから、
断定は出来ないけど。これを処分する為の弾はあるけど、
どうする?」
琢磨呂
「今、処分した所で解決する問題じゃなさそうだな」
慎也
「呪いかけた本人見つけて何とかせん事には、めでたしめ
でたしって、訳にはいかんだろうな」
琢磨呂
「本人見るけるしかねーかな、やっぱり」
慎也
「そーいや、お前。さっき話の中で大きな力がぶつかって
るとか何とか言ってなかったか?」
琢磨呂
「ああ、それが何か?」
慎也
「もしかすると、そこに行きゃあ、なんか分かるかも知れん」
琢磨呂
「ベーカリーに行くつもりだったが、そっちを先に押さえ
るべきかもな。急ごう、シン!」
慎也
「りょーかい!」

一方、ベーカリーでは。

フラナ
「他にはもう、入ってないよね?」

まだ少し、おっかなびっくり、だが、残った封筒を逆さにして振る。しかし、もう何も出てこない。

観楠
「封筒自体は、普通のものだね」
文雄
「封じたのはいいが、また次の手紙が出現しないとも限ら
んな、これは」
観楠
「どうすればいいんでしょう?」
文雄
「どうしたものか……。形状こそラブレターだが、実態は
強力な呪符だからな(ルーズリーフを見せる)」
佐古田
「ぎゅい〜ん(恐いよぉ、の音色)」
フラナ
「でも、なんでラブレターなのかなぁ?」
文雄
「さてな。呪いにすがってでも相手を自分のものにしたい
のか……本当のところは本人にしか分かるまい」
花澄
「でも……恋愛感情とか……そこまでいかなくても、好意
って、相手が無視する自由まで認めるものでしょう?」
観楠
「そうだね。相手の感情までも自分の思うようにしたい、
そんなの、ストーカーだしね」
本宮
「……でも、この手紙を書いた人……、かわいそうな人で
すよね……」
「(本宮さん……)」
文雄
「……まあ、恋は盲目とはいうわな。これは恋をすると無
分別になるということわざなんだが。思うに、恋の段階で
は相手を自分の理想に押し込めたくなるんではないかね。
相手の不満な点も含めて理解できたなら、それは愛という
ものだと思うぞ」
本宮
「…やめさせなきゃ、こんな事!絶対に間違ってますよ!」

そのころ、竜胆は……

竜胆
「おそーいっ!(がうがう)
 岩沙のやつぅぅぅぅ! このきゅーきょくびしょーじょ
てんせーせんし、りんどーちゃんに待ちぼうけをくわせる
たぁ、い〜い度胸だぁっ!
 ふぅ……ベーカリー、行こ……」

一方そのころ、道を急ぐ別の姿があった。

声1
「ほんとにこっちでいいんだろうな?」
声2
「信じろ。この先、すぐだ」
少女
「あ……」

まさに十の首を掻き斬らんとしていた少女の指が止まる。

少女
「ダメ……」
琢磨呂
「ここだ!」
慎也
「だれもいないじゃないか。……おや?」
琢磨呂
「よぉ、にーちゃん。風邪ひくぜ、こんなとこで寝てっと」
 
 琢磨呂はそう言って、軽く十の腰の当たりを小突く。だが、十はみじろぎ一
 つしない。
琢磨呂
「にーちゃんてば!」
「後五分だけ……」

するとどこからか、二匹のオコジョがやってきていきなり、十の鼻先に噛みついた。
 三十平方メートルに響き渡る叫びに顔をしかめると、琢磨呂は十の顔を正面から見据えた。

琢磨呂
「何やってんだよ、あんた?」
「イタタタ、あれ?お前さんは?」
慎也
「聞きたいのはこっちだって」

下駄バキ銭湯がえりの大学生に、ロングコートと学生服の高校生(二人とも精神年齢は鼻を押えてる大学生より高く見える)と言う図は端から見ても十分間抜けだったが交わされた会話はそれをさらに上回る間抜けさだった。

「あれ? あの女の子は?」
琢磨呂
「あぁ? にーちゃん、夢でも見てたのか?」
「いや、いま確かに……」
慎也
「だれもいませんけど」
「おかしいなぁ」

琢磨呂と慎也は顔を見合わせる、どうも状況がうまく掴めない。と、その時オコジョが一声鳴いて、桜色の便箋を示した。三人の視線はそこに集中する。

「む?(手に取る)」
慎也
「なぁ。ほんっとに、ここでいいのか?」
琢磨呂
「あぁ? 俺の索敵能力が信じられねぇってか?」
慎也
「岩沙、安心しろ。失敗は誰にでもある(笑)」
琢磨呂
「きぃさぁまぁ〜(ちゃき)」
慎也
「ん? なんです、それ?(十の手元をのぞきこむ)」
琢磨呂
「シン、話をそらすな」
「書きかけの手紙……だろうなぁ。どうも……ラブレター
らしいんだけど」
琢磨呂&慎也
「ラブレター!?」
琢磨呂
「おい……まさか……」
「それにしても……(あの結界を越えられるとは思っても
みなかったな)」
慎也
「ちょっとすんません(十から便箋をひったくり、リーデ
ィング開始)」
琢磨呂
「どうだ、シン」
慎也
「…………だめだぁっ。残留思念が弱すぎて話にならん」
琢磨呂
「畜生っ。よぉ、にーちゃん。この手紙持ってきたの、ど
んなヤツだか憶えてねぇか?」
「ん? 手紙? 誰も手紙なんか持ってきてはいないが」
琢磨呂
「ンなわきゃねぇだろ……」
慎也
「おい……岩沙。おいってば!」
琢磨呂
「ンだよ、シン!」
慎也
「見ろ」
琢磨呂
「あぁ?」
慎也
「いいから、見ろ! 読んでみろ!」
琢磨呂
「ったく、なんだってんだ。(読んでいる)……お、おい。
これ……」
慎也
「拝啓、親愛なる岩沙琢磨呂さま。突然このような手紙を
さし上げる無礼をお許しください。はじめてあなたの姿を
見たときから、胸の高鳴りが止まりません……そこで終わ
ってるがな、明らかにおまえあてのラブレターだよな」
琢磨呂
「う……、どうやらこっちのラブレターの主と同一人物だ
と考えたほうがよさそうだな」
「ん? (どうした? キノト、キノエ?) へぇ? こ
の波長はあれじゃないか」
琢磨呂
「な……にぃ? (さっき感じた気配と同じじゃねぇか!)
畜生っ! どーなってやがんだっ!」
慎也
「ところで岩沙、おまえがラブレターもらったこと、麗衣
ちゃんには黙っててやるからな(指で輪を作る)」
琢磨呂
「うがぁっ! 本っ気で死なすぞっ!」
「よし、行け。(式神を先行させ、後を追う)」
琢磨呂
「あ、おい! にーちゃん、話しはまだ終わってねぇぜ!」
慎也
「俺たちも行った方がよくないか?」
琢磨呂
「ンなこたぁ分かっとるわ!(走り出す)」
慎也
「(走り出す)忙しい一日だな」
「急がなきゃ、……いつまでも閉じこめておけるようなも
のじゃないもの。……痛ぅ」

漣丸を持った右手で脱臼した左腕を抱え、急ぎ足の尊。
 足を踏み出すたびに、肩とわき腹が痛む。

「どこか……公衆電話……」
SE
「ぴろりろ、ぴろりろ。ぴろりろ、ぴろりろ」

どこからか聞こえてくる呼び出し音。

「え? あ、携帯電話!」
PHS
「ぴろりろ、ぴろりろ。ぴろりろ、ぴろりろ」
御影
(自販機で缶紅茶を買っている)
「ぬぇぃっ、茶ぁぐらい飲ませろ。
(ぴっ)
 はい、御影です。……はい、そっちのほうは終わりまし
た。問題ありません。ただ、特物(建設省特殊物件課)が
らみの物件が、ちょっと。まだ許可証ができてないとかで
……。いや、担当してるのが一さんなんですよ、これが。
たぶんまた銭湯にでも行ってると思いますねぇ。わはは。
……ええ。はい……。あ、んじゃこのまま直帰ってことで?
分かりました、それではお先に。はい……失礼します。
 (ぴっ)
 ふっふっふ、本日のお仕事終わり、っと」
SE
「どん!(出会いがしらにぶつかる)」
「きゃあっ!(転倒)」
御影
「おっと(支える)」

支えようと伸ばした御影の手が、尊の左肩をつかむ。

「あぁっ! くっ、あぅ……」
御影
「あ、失礼。大丈夫ですか?
(大丈夫なわけがないな。なにアホなこと聞いてんねん、
わしは)」
「大丈夫……です……」
御影
「顔、真っ青やけど?」
「……大丈夫です」
御影
「肩、脱臼してても? 医者行ったほうがいいと思うが」
「そんなヒマ、ありませんから。(にこっ)
 あの……それで、あつかましいんですけど、携帯電話、
貸してもらえませんか?
(あ、この人ベーカリーに来たヤクザな人! まずい、か
な……?)」
御影
「ああ、いいけど(差し出す)」
「すみません(考えすぎかな?)」

左手でPHSを差し出す御影。
 尊が無事な右手でPHSを受けとった瞬間、御影の右手が尊の左手をつかんだ。そのまま左腕を首にまきつけるように尊の体を半回転させ、背後から抱きかかえるような格好になる。

「なっ! ちょっと!」
御影
「(この状態で一気にはめ込む、っと)よっ(ぐいっ)」
「ぐっ! うぅぅ……(そーとー痛い)」
御影
「どお?」
「いきなり何するのよ!(ふりむきざまの左アッパー)
 …………あ。 (わき腹に激痛)くっ……痛ぅ」
御影
「まだ痛む?」
「いえ、肩じゃなくて……あの、ごめんなさい、殴ったり
して」
御影
「いや、それはいいんだが。……肋間神経痛……なわけが
ないか。
 ダンプとケンカでもした?」
「そんなとこです(苦笑)」

(くすくすくすくすくすくすくすくす)

「もう!?」
御影
「?」

突然背後に膨れあがる気配。尊がふりむき、御影が視線を上げた先に、少女がいた。

琢磨呂
「はぁはぁはぁ……おい……シン?」
慎也、後方からゆっくりとついてくる

琢磨呂
「この角を曲がってすぐそこだ。急ぐぜ!」
慎也
「様子を見てからの方が良くないか?殺気がびりびりと伝
わってくるぞ」
琢磨呂
「そんな寝てぇことやってられっかよ!……といいたいが、
ここはシンの言う方が正しいな。あの建物のあたりから様子
を見よう。接近するから、静かに」
琢磨呂、曲がり角で精神を集中し、コンクリート壁を透かし見る。

琢磨呂
(げげげげげげげげげげげげーーーーーーーー)
慎也
(なんだなんだどうした!)
琢磨呂
(花屋のねーちゃんが、893のニーチャンと不倫しと
るぅぅぅぅぅ)
慎也
(なにぃ!……って、その何処からあの殺気が来るねん!)
琢磨呂
(出た! 真打ち登場だ……)
慎也
(くうう、俺もみたい!)
少女
「あー、おねえさん、また違う男の人といちゃついてる。
いけないんだぁ(くすくす)」
「……だから?(怒)」
少女
「うふふふふふふふふ(何かを投じるしぐさ)」
「いけない! 逃げて!」

御影を背後にかばい、尊はマントの内側から数枚の呪符を取り出す。同時に御影は、背後から尊の腰のあたりを両手で掴み、真横に、ぽん、と放り投げた。

「え?」

3メートルほど飛ばされて、ふわりと着地する尊。その視線の先で、不可視のエネルギー弾の直撃を受け、派手にふっとぶ御影。ブロック塀に激突して、崩れたブロックの下敷きになる。

少女
「あ〜あ、はずれちゃったぁ」
「雷!」

尊の投じた呪符から紫電が迸り、少女にからみつく。

「……なんてことを(激怒)」
少女
「効かないって、言ったでしょ?(くすくす)
 今度こそ、殺してあげるね(なにかを掴むしぐさ)」
「(わき腹に激痛)くあっ!(膝から崩れる)」
少女
「ねぇ? 痛い? 苦しい? 辛いでしょ? 楽になりた
いって、思わない? 」

その時。
 爆発音とともにふき飛ぶ瓦礫の山。砂塵の中から飛び出す影。

御影
「YEAAAAAAAAAAA!(殴りかかる)」
少女
「……っ(かろうじて回避)」
SE
「どごっ!(肘まで地面にめり込む)」
御影
「ずぼっ(腕を引き抜く)」
「あ〜あ、はずれちまったぁ(にやぁ)」
「な……なに?」
少女
「…………殺すわ」

その頃、ベーカリーでは……

花澄
「それにしても、誰が目標なんでしょうか」
 少々、沈黙。
文雄
「一通は高校生組、一通は店長宛て、のようだが」
観楠
「何なんですか(汗)」
文雄
「事実を述べただけだが?」
フラナ
「……もとみー、何か思いつくことある?」
本宮
「無いっ!」
佐古田
「ジャカジャン(右に同じ、の音色)」
観楠
「大体、最初の一通は、岩沙君宛てだったんだし」
フラナ
「通り魔っぽい、のかな……」

この場合、思い当たる節など、考える必要も無いのは花澄ぐらいである。

花澄
「誰なんだろう、ね……」

と、空気が動いた。
 花澄の視線が、それを追って動く。

花澄
「……あら」
  
 窓の外に、しんとして立っている女の子。
 能面のような顔が、こちらを向いている。
本宮
「う、うわぁっ!」

少女の視線が、すい、と皆を一なでし、花澄のところで止まる。
 蒼い火の灯るような目である。

少女
「……何故、そこにいるの」
花澄
「居てはいけないの?」
少女
「邪魔をするの?おねえさんも?」
花澄
「邪魔をされると、分かっているのね?」

少女の美貌が、歪んだ。

少女
「……あなたなんか、いらない」

ゆっくりと、右腕が上がる。同時にガラスを通して、潮が満ちるように
 力が押し寄せてくる。

少女
「あの人だけが、いるの」

鬼火のような瞳と、花澄のそれとがぶつかる。

花澄
「……かわいそうに」

刹那、少女の目がかっと見開かれた。長い髪がゆらりと揺れる。

少女
「あんたに……あんたなんかに」
観楠
「花澄さん!」
少女
「何が分かるのっ!!」

声に重なって、右手が振り下ろされる。無形の何かが飛来し、花澄にぶつかる寸前、

文雄
「そこまで」
少女
「何?!」

少女の放った力は、文雄の手のルーズリーフに封じ込められていた。

文雄
「八つ当たりで人を殺めるのは、やりすぎというものだな」
少女
「何を……っ!」

すう、と少女がルーズリーフに吸い込まれた。
 一方、御影達は

御影
「楽な仕事ではないと思うぞ」
少女
「そう……」
御影
「それに、そーいう場合はな、『あなたが死んだら、あな
たの墓石の前で、ワタクシにたてつく愚か者には似合いの
場所ですことおーほほほほほ、って高笑いしてあげるわ』
って言うのがコツなんだがな。(コートを脱ぐ)」
「莫迦なこと言ってる場合じゃないでしょ!」
御影
「ストレートに『殺す』とか言ってしまうと脅迫ざ(被弾)
おっ」
少女
「死んじゃえ!(攻撃)」
御影
「待て。ちょっと待てっ! セリフの途中で攻撃するのは
反則(さらに被弾) おぉっ」
少女
「来るなぁ!(連続攻撃)」
御影
「あ、(被弾)あのな! おてんば娘はけっこータイプだ
が……(被弾)それもほどほどが……(被弾しつつ前進)
可愛いとゆーもんだぞ!(捕まえようとして踏み込んで腕
を伸ばす)」

すかっ。見事に空振り。少女は空中に浮かんで御影を哀れむように見下ろす。

御影
「……空飛ぶのは反則だろ」

直後、迸る電撃。

御影
「うげ……(感電)」
少女
「(御影を踏みつぶして)残念でしたぁ。あ、動いちゃダ
メよ、おねえさん。
 おねえさんが動くと、この人、殺しちゃうから」
「人質でも取ったつもり? 赤の他人なんだけど、その人」
少女
「赤の他人でも、目の前でなぶり殺しにされたら寝覚めが
悪いんじゃないかなぁ?(くすくす)
 どっちでもいいのよ、私は」
「くっ……」
少女
「うふふふふふふ。どうするの、おねえさん?(攻撃準備)」
御影
「(なんとか声は出るか)……それはともかく、スカート
の中、見えるぞ(少女にだけ聞こえる声で)」
少女
「!(御影を攻撃……)」
「暴! 爆! 旋! 烈! 風よ、猛れ!」

いきなり轟々と吹き荒れる風。風圧が少女を御影の上から押し流す。

「……生きてる?」
御影
「とりあえずは。……まだしびれてるなぁ(ぱりぱりと微
弱な放電が体を走る)
 そっちは?」
「なんとかね。死にそうだけど(ずきずき)」

少し離れた場所で十は、『陣』を組んでいた。
 

「(最初の見たては完璧だった。間違いはない。奴を一時と
は言え封じたのだから。ではなぜ奴はそこから出てきた?)」

十の脳裏にある仮定が浮かぶ。

「(陣の中で自分の『性』を変えたか?つまり、奴の形相は
『陰』だけじゃない?)キノト、キノエあいつはどこからど
う出た?」
 
 耳元にオコジョが寄って小さく告げる。「沢の卦」と。そしてそれは八卦では少女を意味する。あの時、十が張った陣ではあの魔生はまごうことなく
 「地の卦」つまり陰の象徴で成熟した女性としての性質を持っていた。食い違っている。一つの存在が二つの性を使い分けられるはずはない。導かれる結論は一つ。奴は二つの存在の重なりあったものだ!
「……!ってことは、奴はすでに積層念体じゃなくって、肉
体を調達してるってのか?」
キノエ
「十、準備できた。速く、とにかく奴を止めなきゃ」
「止めるだけじゃ駄目なんだ!乗り移られた子を救わなきゃ!」
キノト
「御影さんが、やられてる」
「!なんで御影の旦那がこんな所に?」
キノエ
「急がなきゃ」
「くっ、まにあえ!」

再び陣を張る。大きな手ごたえだ。

「駄目だ、これじゃラチが空かない」
キノエ
「どうするさ?」
キノト
「向うは他にも何人か、あのおねぇさんにさっきの高校生二
人もいる」
「結界の安定は任せた。おれも合流する」
キノト
「期待しないでよ。相手は強いから」
少女
「……(消えようとするが果たせず、不可視の壁に阻まれる)
 え?」
御影
「さてと……(起き上がる)」
「(どうして動けるのよ、あの人は……)」
少女
「ぐ……(攻撃)」

少女の放つエネルギー弾が、以前にくらべてずいぶん弱くなっていることに尊は気づいた。

御影
「ふはははははははは! ヌルいわ!」
少女
「来るなああああああっ!(連続攻撃)」
御影
「断わああああああある(弾幕を突っ切って接近)」
少女
(御影の頭上を飛び越えようとする)
御影
「You can’t escape!」

腕をのばして少女の足首を捕まえる御影。そのまま地べたに引きずり降ろす。
 尊を戦闘不能に追いやったビジョンが御影に流れ込む。

御影
「(うわ……。エグぅ……)」

少女を見下ろす御影。実は立ってるのがやっとだったりする。

御影
「(事情知らんヤツが見たら絶対わしが悪人やな。べつに
かまわんが)」
少女
「…………(御影を睨む)」
SE
「(プシン)ドンッ……ドンッ……」

圧搾ガスの吹き出される音に続いて2回の澄んだ爆発音。直後、飛び出す二つの影。
 足もとで二度の小爆発が起きるが、御影はこれを無視。少女にむけた視線をそらさない。

琢磨呂
「この距離でははずさねぇぇぜ! 女の子をいじめるたぁ、フェアじゃねーな」
御影
「フェア、だと? 意味を分かって言ってるのか?」

一瞬にして間合いを詰め、御影にベレッタを突きつける琢磨呂。やはり少女を見据えたまま、琢磨呂を見向きもしない御影。

琢磨呂
「四の五の言うんじゃねえ! どうやらあの娘は俺に用事があるみたいなんでな。おっさんはちょっと引っ込んでてくれ。」
御影
「……」

琢磨呂、憮然とする御影をよそにロングコートを翻し少女の方を向く。

琢磨呂
「で、俺に何の用事だ? こんな物騒なもの渡しやがっ
て(ラブレターを取り出しながら)」

油断無く少女に93Rを向け対峙した慎也と少女、背後からの琢磨呂の声に少女が妖しく微笑む。

慎也
「うっ(ゾクッと総毛立つ)」
少女
「うふふふふふふふ……やっと……見つけた……」

少女がゆっくり琢磨呂をふりかえる。
 但し、身体は慎也を向いたまま。

慎也
「え、えらく、器用な女の子に好かれたもんだな(汗)」
琢磨呂
「ったく、いい迷惑だぜこんな物よこしやがって……目的は
なんだ!(ラブレターを突きつける)」
「あっ!琢磨呂君それ駄目っ……痛っ」

ザワリ。
 ラブレターの中がざわめく。

琢磨呂
「ちっ!やっぱり呪いか!(空中に放り出すと同時にニ
トロ弾を乱射する。闇雲に撃ったように見えるが全弾命中)」

琢磨呂の足元。
 ズルズルとラブレターの中から這い出てくる髪。ニトロ弾の爆発なぞあたかも無かったかのように。

少女
「やっと……やっと見つけた……私の大事な人……もう逃
がさない……ふふ……ふふふふ……あはははははっ(哄笑)」
琢磨呂
「俺に惚れるな、とはいわねぇけどよ、もー少しお淑やかにできねぇもんかい?」
慎也
「おまえ……こんなときによくそんなことが言えるな(呆)」
「ダンナ!(駆け寄る) あの子は、何者なんだ?」
御影
「十か。ここで何をやっとる?」
「そりゃこっちのセリフだって(呆)」
御影
「見て分からんか?」
「殴り合い……って、そうじゃなくて。俺が聞きたいのはあの子のことで」
御影
「過激派大学生ってとこだろう」
「わざとかそれはっ。少女のほうっ」
御影
「わしに聞くな。化け物はおまえの管轄だ」
「そりゃそうなんだが……どうも、妙なんだ。あの少女は存在が二重になってる」
「それ、どういうことなんです?」
「あれ? あんた、逃げろって言ったのに」
「そのつもりだったんだけどね(苦笑)」
御影
「それで、十」
「ああ、詳しく説明すると長くなるんだが」
御影
「結論だけでいい」
「厄介な相手」
御影
「同感だ」
「同感って……あの、それだけ?」
「それだけ分かってれば十分なんですよ、俺たちは」
御影
「式神は?」
「結界を。長くはもたない」
御影
「抑えられるか?」
「ひとりだと難しいな。だが……」
御影
「……無理はさせられないぞ」
「だが……、あの若いのだけじゃ無理だ」
「あたしがバックアップすればいいのね? でしょ?」
御影
「頼む」
そのころ、吹利学院のサッカー部のグラウンド。部活をおえて、帰る二人組の姿があった。

夏和流
「お疲れさん」
みのる
「じゃあな」
後輩達
「お疲れ様ッス」
みのる
(下駄箱を開ける)
夏和流
「今日も大量のラブレター。もてる男は辛いねぇ」
みのる
「……夏和流。少し下がれ」
夏和流
「(さがりながら)なんで?」
みのる
「何通か、呪いがかかっているのがある」
夏和流
「……それはそれは」
みのる
「これか(剣で切りつける)」
数通のラブレターは切り裂かれ、やがて空に溶けた。

夏和流
「危ないもんだね」
みのる
「ああ」
夏和流
「さて、と(下駄箱を開け)あ……」
みのる
「どうした」
夏和流
「僕の方にラブレターが……(あまりのことに驚いている)」
みのる
「……それも、呪われているな」
夏和流
「げっ。なんでだよぅ……」
みのる
(切り裂く)
夏和流
「……なんかむかつく。せっかく、生まれて初めて貰った
ラブレターが……。
こうなったら……犯人をとっつかまえて、もう一遍普通の
ラブレターを書かせちゃる!」

再び、ベーカリー。

本宮
(うろうろうろうろうろうろうろうろうろ)
フラナ
「ねぇもとみー。少し落ち着きなよー」
佐古田
「じゃかじゃん(そうだよ、の音色)」
本宮
「(ぶつぶつと)だめだよ、こんなの……間違ってるよ、
これじゃ……こんなことじゃ、誰も……。人……人を……
に……なるって、それは確かに……い……ことも、ある…
…けど……それだけじゃ、ない……。そうだよ……」
フラナ
「もとみー? ねぇもとみー?」
佐古田
「……じゃららららん、ぎゅいんぎゅいん(壊れてる〜、
の音色)」
「あ、あの……本宮さん、お水……いります?」
本宮
「……あ、あああああのあのあのえっとそのつまり、あの
……はい、ください」
フラナ
「だいじょうぶみたいだね(笑)」
佐古田
「じゃじゃん(そうだね、の音色)」
しばらくして……

ドア
「ばたんっ! からころからん」
竜胆
「店長さん大変! お店の前の空間が変にゆがんで妙なオ
ーラが残ってて、これはきっとさっき電話で聞いた例のア
ヤしげな手紙にからんだ現象に違いなんだわって……あ、
竜王さま、ごぶさたしてますっ」
観楠
「り、竜胆ちゃん、あいかわらずパワー全開だね」
文雄
「うむ」
花澄
「(あ、かわいい……ってそういう場合じゃないのよね)」
文雄
「まぁ、これを見たまえ」

そう言いつつ1枚のルーズリーフを示す。そこに封じられているのは……

竜胆
「手紙……ですね」
文雄
「うむ」
観楠
「あれ? でも……」
文雄
「そう。資料化した瞬間は確かに少女の姿だったな」
竜胆
「え? 女の子を封印したら手紙になったんですか?」
文雄
「いや、むしろ我々の目には少女の姿として写っていたと
言うべきであろうな。本質はこのとおりだ」
観楠
「この手紙、中身を読むことって、できませんか?」
文雄
「ううむ、封筒ごと資料化してしまったからな……。
 まてよ……読むだけなら手があるか。(もう一枚の紙を取
り出す)確か、アカシックレコードを読むためのサンプルが
あったはずだから、そいつを流用しておくか。アカシックレ
コードも資料化された物体も一種のアーカイブだから
Archiveクラスの一員だしな……」
「use Util.Archive.View;
 Object near = new System.PhiObj()->near();
 Object ArcViewer = new Viewer(near->read());
 ArcViewer->dispText(System.PhiObj());
 ……(後略)」
竜胆
「(覗きこんで) 竜王さま、なんです? それ」
文雄
「メタワールドプログラムを念写してみた。頭に思い浮かべ
たプログラムを紙に移す、資料術の一応用だな。……そして
こいつを…… ArcViewer->run();してやれば……」

もう一枚の紙に、手書きの文字が浮かび上がる。
 こぬひとと しりつつまちし ひをかぞえ
  きみめでしかみも つくもとなりぬる

竜胆
「なんですこれ?日本語みたいだけど、字が崩してあるから
読めませんよ」
文雄
「どれどれ、書き直そう。仮名を漢字に変えて、多分こうだ
ろう」

来ぬ人と 知りつつ待ちし 日を数え
  君愛でし髪も つくも(九十九、付喪?)となりぬる

文雄
「歌だね。これは。ほら、そこの高校生組! 古典で解釈は
習ったろう。解釈してみたまえ」
佐古田
「じゃかじゃん(もとみー任せた、の音色)」
フラナ
「僕芸術科で古典の時間少ないもん」
本宮
「ええっと」
フラナ
「むー、はじめの方はなんとなく分かるような気がするなぁ、
誰かをまってたんだよね」
本宮
「ちょっとまってろ(書き書き)」

本宮の解釈
    もう来ない人と わかっていても 日を数えつつ 待ち続け 
     あなたの愛したこの髪も 白髪となってしまいました

本宮
「なんか、うまく表現できないな」
観楠
「でも、言いたいことはわかるね」
花澄
「きっと、恋人を待っていたんでしょうね」
文雄
「しかし、これで少し謎が見えてきたな。おそらくは過去に
男に裏切られた女の恨みが魔性のものとなって…この場合は
髪と考えていいだろう…あちこちで暴れているのだな」
本宮
「…裏切られて…」
フラナ
「そんなぁ、ひどいよぉ。帰ってこない男が一番悪いんじゃ
ないかぁ」
文雄
「男と女は、そう簡単なものではないのだよ」
本宮
「でも、被害者じゃないですか!その女の人も」
文雄
「だからといって、人を殺めていいものではないぞ」
本宮
「それは…(うつむいて)でも…」
「でも……何故、今、そんなものが出てきたんでしょう…」
花澄
「どこから、どうやって…」

言いかけた視線の先で、水の半分ばかり残ったグラスがぱりん、と割れた。
 こぼれた水は、何故か鮮やかな朱の色をしていた。

花澄
「……わざわざ、判じ物をさせなくてもいいのに(溜息)」
観楠
「あ、花澄さん、大丈夫ですか?」
花澄
「ええ。あの、すみません。グラス、割っちゃいました」
観楠
「いえ、そんなの結構ですから。どこか怪我されたんじゃ
ないですか?」
花澄
「いえ、私なら大丈夫です」

てきぱきと割れたグラスをかたづけ、こぼれた水を拭き取る観楠。ふきんに染み込んだ水は、むろん無色透明。

観楠
「(……? 何か、光の具合かな?)」
竜胆
「竜王さま竜王さま。ひょっとして今の方法で岩沙の居場
所とか、わかりませんですか?」
文雄
「むう。それは難しいな……というより不可能だ。その場
合には検索対象物を資料化している必要があるのでな。
 だが……ご同類の場所なら分かるぞ」
本宮
「ご同類……というと」
竜胆
「ほかのラブレターがあるところ……ですね?」
文雄
「そういうことだ。だが、仮にこれの同類が複数存在した
場合、そのうちのどれが彼の持っているラブレターか、と
いうところまでは判別できぬがな」
竜胆
「そのときはそのときです。やっちゃってください、竜王
さま」
文雄
「ふむ、そうだな。ばらまかれた数が把握できるだけでも
収穫だろう。やってみるか……ああ、店長、すまないがこ
のあたりの地図はあるかね?」
観楠
「ええっと、地図……ですか? たしかこのあたりに……」
竜胆
「竜王さま、これじゃだめですか? ツーリングのときに
使ってるやつなんですけど」
文雄
「ふむ、おおいに結構。では……」

おもむろにプログラミングを始める文雄。その背後から興味津々といった感じでのぞきこむフラナと佐古田。

フラナ
「なになに? なんかスゴそ〜だぁ」
佐古田
「じゃかじゃんじゃん」
本宮
「佐古田、静かにしろ」
花澄
「えーっと……(グラスが割れて……それで、こぼれた水
が朱に染まっていたのね……)
 朱色……」
観楠
「はい?」
花澄
「朱色……で、思いつくことって、何かあります?」
観楠
「朱色、ですか? う〜ん……緑ちゃん、なにかある?」
「え? えーっと……あの、ごめんなさい、思いつかない
ですぅ」
観楠
「う〜ん……あ、そういえば竜胆ちゃんの大学って」
竜胆
「紅雀院大学ですよ。使ってる字が朱色と紅色で違うんで
すけどね。
 あと思いつくっていったら朱美ちゃんかな。更ちゃんの
妹さんの」
花澄
「そうですか……(かわいいのかな?) 紅雀院大学とい
うと、確か桜姫様のいる……」
竜胆
「春日の丘に建ってますね」
文雄
「ほう。どういうアプローチかは知らないが、かなり鋭い
ところを突いているようだな」
竜胆
「あ、竜王さま。……鋭い、ですか?」
観楠
「どういうことですか?」
文雄
「まあ、見たまえ(地図を広げる)」
竜胆
「みゅう。なんだか天気予報みたいですね」

文雄の広げた地図には、ところどころに小さな赤い点が浮かんでいた。

本宮
「もしかして、この赤いのが……」
「ずいぶん……多いですね……」
竜胆
「ベーカリーに何個も集まってますね」
文雄
「うむ。どうやら封じたものも検索に引っかかったようだ」
観楠
「検索……ですか。grepかなんかかな。あはは」
文雄
「厳密には違うが、まぁ今はそれを説明している場合では
なかろう。それで、だ」
花澄
「あ。春日の丘の……」
本宮
「ひとまわり……大きい、ですね」
文雄
「うむ」
フラナ
「え? どこどこ? ぼくにも見せて〜」
佐古田
「ぎゅいんぎゅいん」
竜胆
「ぴゅきーんっ! さてはここに元凶が?」
文雄
「その可能性は否定できないが、そうでない可能性も、当
然ある。
 だが今はそのことを詮索するより先にすることがあるは
ずだが?」
竜胆
「そうでした。さすが竜王さま」
観楠
「琢磨呂くんが竜胆ちゃんを探しに行きそうなところって
いうと……」
竜胆
「岩沙の頭の中がどーなってるか、想像しなきゃいけない
わけですね(苦笑)」
フラナ
「……瑞希ねーちゃんがいたらよかったのになぁ」
花澄
「岩沙さんって、軍事関係にすごく詳しい高三くらいの…?」
竜胆
「そうですけど」
花澄
「ああ、じゃ、知ってる人だ。なら、わかります(あっさり)」
竜胆
「わかるって、どこにいるかわかる?」
花澄
「今現在、どこにいるか、どうやって行ったらいいか、は」
竜胆
「それって、じゃ、地図のどこですか」
花澄
「それは、わからないんですけど…案内は出来ます」
竜胆
「な、なんだかよく分からないけど……、と、とりあえず
案内してくれます?」
花澄
「はい」
竜胆
「それじゃ竜王さま、店長さん、緑ちゃん、行ってきますっ!」
観楠
「気をつけてね、竜胆ちゃん」
「あの……怪我しないでくださいね」
文雄
「うむ。場所が分かったら連絡するように。そのあいだに
私は関係のありそうな民間伝承を集めておこう」
竜胆
「お願いします。(花澄に)それじゃ行きましょ……えーと」
花澄
「あ、わたし、平塚花澄と申します」
竜胆
「じゃあ、花澄ちゃん、行こ(年下と思っている)」
花澄
「あ、はい……(ちょっと嬉しい)」
本宮
「あの、俺も行きます!」
フラナ
「えーっ! もとみー、やめようよ。怖すぎるよー」
佐古田
「ぎゅううん、じゃーん!(同意の音色)」
本宮
「俺も、連れてってください。お願いします」
花澄
「じゃあ、3人で行きましょう(あっさり)」
竜胆
「うーん、3人乗りなんかできないわよ」
花澄
「大丈夫ですよ(にこ)。そんなに遠い感じじゃなさそう
ですから」
竜胆
「(本宮を見つめる)……みゅう。そんな顔されちゃダメ
って言えないじゃない。……ん?
 あれ?」
文雄
「どうしたね?」
花澄
「あら?(風が……?)」
竜胆
「来るっ! みんな伏せてっ!」

直後。ベーカリーのウィンドウが無数の破片となって飛び散った。

観楠
「のおおおおおあああああああっ!(目幅滝涙)」
フラナ
「わあああああん! また出たああああああっ!」
少女
「邪魔を……するな。……邪魔をするな!」
竜胆
「ふぅぅん、あんたがみんなの人気者の彼女なわけね?」

風もないのに少女の長い髪が逆立って宙を舞う。続けざまに放ったエネルギー弾は、しかし、ルーズリーフにやすやすと吸い込まれた。

文雄
「……やれやれ」

攻撃をしかける少女と、それを封じる文雄。永遠に続くかと思われた戦いは、唐突に終わりを告げた。

文雄
「……いかん。紙がない」
観楠
「ええっ?」
文雄
「すまないが店長、なにかいらない紙はないかね?」
観楠
「ちょ、ちょっと待ってくださ……うわあっ!」
竜胆
「危ないっ!」

とっさにエーテル弾で相殺する竜胆。だが、相殺しきれなかった一発が、まっすぐ緑へと向かう。

観楠
「緑ちゃん!」
「きゃ……(どうしよう……)」

その瞬間、本宮が動いた。テーブルのグラスをつかみ、迫りくるエネルギー弾にむかって突き出す。
 一瞬の後には、エネルギー弾はコップの中に「片付け」られていた。

本宮
「どうして……どうしてこんなことばっかりするんだよ!」
少女
「……あなたに、なにが分かるの? いいえ、分からない。
なにも分からないのよ!」
本宮
「分かるよ!」
少女
「嘘つき!わかるわけないわ!」
本宮
「分かるよ…その気持ちは…」
辛そうに、表情を曇らせる本宮。

本宮
「分かるよ…辛いよ…想いが通じない事は。でも、
こんなこと間違ってるよ!」
少女
「(びくっ)やめて!聞きたくない」
嫌々をするように、耳を塞ぎ首を振る少女、深呼吸をし、本宮はゆっくりと少女へ近づいていく。

フラナ
「もとみー!危ないよぉ」
文雄
「しっ(手で制する)静かに」
フラナ
「でも!」
文雄
「彼に言わせておこう、相手は明らかに動揺してる」
花澄
「本宮君は…本当に分かるのかも知れませんね…
あの子の気持ちが、だから…」
まっすぐに少女を見据える本宮、少女の目に戸惑いと怯えの表情が浮かぶ。

少女
「近寄らないで!」
本宮
「勇気がほしかったんだろう…気持ちを伝えたくて、
気付いてほしくて」
少女
「嘘!嘘よっ!言わないで!」
再びエネルギー弾を放つ少女、しかし次々と「片付け」られていく

本宮
「やめてくれ!本当はこんなことをしたいんじゃないんだろう」
少女
「やめて!嘘よ!誰も分かってくれるはずないわ!」
本宮
「頼む!聞いてくれ!」
一瞬、間合いを詰め、必死に少女の両手をつかむ本宮。本宮の真剣な表情に少女はびくっと体を震わせる。

少女
「…私は…ただ…」
ざわっ突然、風も無く少女の髪が揺らいだ。

観楠
「なんだ…」
本宮
「!」
長い髪がなびき、少女の顔つきが変わっていく。少女の顔から妖艶な女の顔へ…その顔に憤怒と絶望の表情に歪みきっていた…

女妖
「…お前に…何が分かる!」
叫びとともに、衝撃波が本宮を襲う。

本宮
「うわぁぁぁぁっ」
観楠
「おっとぉ」
佐古田
「…」
まともに吹っ飛ばされる本宮。とっさに後ろの観楠と佐古田が受け止める。

女妖
「待っていたのに!信じていたのに!あの人を…
それなのに…ソレナノニ…」
少女の姿は変わり果てていた、髪を振り乱し、血の涙を滴らせた…女妖の姿に。

文雄
「お前がこの一件の正体か、だがそこまでだ」
説得していた隙に紙を補充していた文雄、ひらり…と紙を女妖にふりかざす。紙に吸い込まれていく女妖。

女妖
「く…ぉぉぉぉっああああああああっ!」
バシィィィィン文雄の手にした紙がバラバラに消し飛ぶ。

竜胆
「そんな、竜王様の技を破った?!」
観楠
「文雄さん!怪我は!」
文雄
「いや、大丈夫だ…」
しびれた右手を押さえる文雄。

女妖
「クッ…オノレッ」
花澄
「殺しても殺しても、空白が出来るだけなのに。
つらくなる、だけなのに(涙)」
女妖
「何がわかる……おまえに何がわかる……知ったふうな口
を聞くな!(攻撃)」
竜胆
「やめなさいってば!」
女妖の放つエネルギー弾と、竜胆のエーテル弾がぶつかり、相殺しあう。

文雄
「やれやれ……。こっちの人格は交渉の余地なしか」
フラナ
「こ、こわいよぉ」
本宮
「おれ、まだあきらめません」
観楠
「も、本宮くん!危ないよ!」
佐古田
「…………」
本宮
「やめるんだ!もう、やめてくれよ!」
女妖
「黙れ!黙れぇっ!」
本宮
「分かって欲しいんだ!信じたいんだ!
そうだろ?だから泣いてるんじゃないか!
分かってほしいけど、分かってもらえないかもしれない
から。信じたいけど、裏切られるのが怖いから。だからそ
うやって、そんなに辛くて、そんなに悲しくて、苦しくて
どうしようもなくて!恐がって、怒って、怯えてるんだ!
そうなんだろ?分かってもらえなくてもいいなんて考え
てたら、こんなことしないはずじゃないか!誰にも分か
ってもらえないって思ってるから、思い込んでるから、そ
んなに苦しいんじゃないか!」
女妖
「うるさい!黙れ!」
本宮
「黙らない!想ってるだけじゃ伝わらないんだ!伝え
ようとしなきゃ何も伝わらないんだ!心の中でどんなに
想っていても、言葉にしなきゃ始まらないんだ!」
佐古田
「……自分に説教してやがる(ぼそっ)」
女妖
「黙れ……黙れぇ……」
少女
「イヤ……イヤぁ……」
女妖
「それ以上言うなァ……」
少女
「お願い言わないで……」
本宮
「いい加減にしないか! 自分の苦しみ、切なさを、人を傷つけることで贖ってどうするんだぁぁっ!」
少女
「い、イヤああああああああ!(頭を抱えてベーカリーを駆け出す)」
文雄
「いかん! あの状態で野放しにしては、まずい」
本宮
「……でも、彼女に考える時間を与えてあげる必要はあるんじゃ……。」
フラナ
「そんな事を言っている場合じゃ……」
「あの、逃げ……ちゃいましたけどぉ…」
一同
「げっ(・_・;)」
文雄
「ぼけっとしていてどうする、追うぞ。」
一方、少女は……

少女
「そんな、こんな事って……わたしは、ただあの人への思いを伝えたかっただけなのに…。」
一方、琢磨呂たちは…。

慎也
「何! 糸……」
少女
「ふふ……」
粉々に消し飛んだ封筒から何事もなかったかのように出現した赤い糸は、琢磨呂の左腕に絡み付くと、腕を締め付け始めた。

SE
「ぎり・・・ぎりっ・・・・」
「く・・・ぅぅっ(退魔呪符を用意するも、力なく膝をつく)」
慎也
「い、いかん! 琢磨呂っ」
「修験蔵王坊瑞真、謹んで今ここに不動三昧火をもちて大聖を迎召す」
「高天原に神留まります八百万の神々、祓の命の御霊の御前に慎み敬い白さく」
「身に秘印を結び、口に真言を修し、意に大聖不動明王尊の御姿を加持し奉る」
「敢え無く此の顕世を神去り坐して遥けき幽世に雲隠給いぬ御霊の安けく鎮らん事を祈奉りつつ」
「願わくはその御力を衆生の前に示し賜え」
「祓い賜え清め賜えと畏み畏み白す」

十と、尊。二人の紡ぎ出す呪が、固く、固く、力場を織りあげていく。

琢磨呂
「……ふん、全く。何処かの組織の者かと思えば(ナイフを抜く)」
琢磨呂の左腕の肉ごと切り落とされ、地に落ちる赤い糸。

少女
「(驚愕の表情)何故! 何故に形有るもので切れるのだ! おのれ、オノレェェェェェ!」
無数のエネルギー波動攻撃。しかし、動揺のため見当外れの方向へと飛ぶものが多い。当たりそうになるものは、身体を揺らして避ける琢磨呂。

琢磨呂
「照準調整しなおしたほうがいいんじゃねーか?」

そして、いくつもの流れ弾が結界を張る二人に向かう。

「くっ……」
「心配御無用!」

二人の前に立ちはだかった黒い影が、エネルギー弾の総てを受けとめる。

少女
「コロス、コロス、コロス!!!」
叫ぶ少女の顔が醜く女妖へと変わって行く。

琢磨呂
「モーフィングか………」
慎也
「(ずるっ)ボケとる場合か!」
琢磨呂
「……うむ。(反応し、左に飛びのく)シン、右だっ」
刹那、二人が先程まで居た場所に無数の髪の毛がつき刺さる。

琢磨呂
「ゲゲゲのなんとやら………かよ。いい趣味してるぜ、まったく(またも飛びのく)」
無数の髪の毛の攻撃を避けるので精一杯の琢磨呂。

女妖
「はあああ!(攻撃、攻撃、攻撃)」
琢磨呂
「(ラチが明かんぜ、畜生め!)」
女妖
「死ね、死ね、死ねぇぇぇ! 死して、我と共に黄泉の国で会いまみえようぞ!」
慎也
「琢磨呂っ! (射撃)」
空中を飛ぶ強化セラミック製BB弾は、飛来する無数の髪の毛で絡み落される。

女妖
「邪魔を、するなぁ!(慎也の方へと向き直る)」
慎也
「ひっ!」
琢磨呂
「こっちだあああああああああああああああ(射撃)」
炸裂弾が炸裂し、女妖の纏う服に焦げ目が付く。

琢磨呂
「チッ、レアーかよォ! 俺はウェルダンが好みなんだ………。」
女妖
「待ち人の苦しみを、待ち人の苦しみを思い知るがいいっ!(集中)」
琢磨呂
「なろォ! (集中)」
 

女妖の何百本もの髪の毛が逆立ち、一点に凝縮して黒い針を作る。女妖はその針を握り締め、剣のように構える。怒りの大きさに共振したのか、エーテルリアクターが作動し、エーテルに包まれ鈍く光るナイフを構える、琢磨呂。

女妖
「黄泉の国で会おうぞ!!」
琢磨呂
「ふん………麗衣子置いて、行けるかよおおお!」

ほぼ同時に地を蹴る二人。閃光。

琢磨呂
「ふ………やるな」
女妖
「オノレェェ!」

次は、女妖の方がほんの少し、ほんの少しだけ動くのが早かった。琢磨呂の左腿を女妖の針がかすり、血を吹き出す。かすり傷だが、一瞬左足の自由を失い、地に崩れる琢磨呂。

琢磨呂
「ち……シクったか」
女妖
「黄泉で、会おうぞ………」

針を振りかざす女妖。そして叫び声………

慎也
「ぐ………(目を閉じる)」
「(どちゅ)きゃああああああああああ!」
慎也
「(恐る恐る目を開ける)!?」

それは、琢磨呂の断末魔の叫びでも無ければ、琢磨呂が突き殺される音でも無かった。そこには、腹を針で貫通され血だらけの少女と、驚愕の表情の女妖が居た。女妖に豹変する前の少女と同じ顔の少女だった。

女妖
「誰だ、邪魔をするのは!」
少女
「(息も絶え絶えに)あなたの……良心よ……」
女妖
「邪魔者は、消す(針を抜こうとする)」
少女
「駄目よ……(自分の腹を貫いている針をしっかりと握って放さない)」
女妖
「何故、邪魔をする! 私はそこの者に、待ちし苦しみを味あわせ、黄泉でそこの者を迎えるのだ。 放せ!!」
少女
「私の彼に、これ以上傷を付けさせない……。わかったのよ。あなたもわかりなさい。」
女妖
「なに?」
少女
「恋は、受け取るものではなく、ましてや強要するものでも無い……。二人で、作る……物……なの……」

しっかと針を握り締めたまま、動かなくなる少女。
 いつの間にか、琢磨呂は女妖の背後に立っていた。その顔は怒りに満ち、手のナイフは先程とは比較にならないほど光り輝いている。

琢磨呂
「何がお前を動かしたのか知らんが……。この子の言う通りだぜ。黄泉で、もう1回良く考えてみな!」

深々と突き立てられたナイフは、女妖の体内をえぐり抜き、そして貫通した。

女妖
「あ………ああ………」

そこにはなにも無かったかのように女妖と少女は消滅した。

慎也
「琢磨呂、これは一体……」
琢磨呂
「さァ、知らんな。ま、わかっているのは俺たちが生きているということぐらいかな」
「こんなことが……」
「予想外といえば予想外かな」
御影
「ほお、予想なんかしてたのか?」
向こうから駆けてくる数名。

一同
「お〜〜〜い」
琢磨呂
「おう、どないした?」
文雄
「少女を、見なかったか? (はぁはぁぜいぜい)」
「見たもなにも………」
一部始終を話す。

文雄
「………2人、居たと言う事か。」
本宮
「どど、どうなってるんだ? 琢磨呂先輩、消えたの、本当に?」
竜胆
「一体全体ナニがどーなってンのかさっぱりわかんないじゃないのよっ! ちょっと岩沙っ! きっちり説明しなさいっ!」
琢磨呂
「答えは、恐らくここに有るんじゃないかな。」

琢磨呂が指差したのは、先程女妖と少女が消滅した地面。

慎也
「げげ!」
本宮&フラナ
「うわああああ!」
竜胆
「こ、これは!」
「まさか………」
文雄
「世間一般に言うところの………」
琢磨呂
「……ラブレター、だな(汗)」
遠巻きに見る、一同。

琢磨呂
「これを開けたら、また最初からやり直し………ってことになったら、俺は嫌だぜ!」
文雄
「とりあえず、封印してしまうか(ルーズリーフを探す)む………ない。 ベーカリーに忘れてきてしまったか。困った……。これを野放しにするわけにはいかんのだが……。」
花澄
「あの、このラブレター、先程の物とは違いますよ」
琢磨呂
「なに?」
花澄
「良く、わかりませんが……暖かい風を感じますよ」
「花澄さん、それ、本当に本当?」
花澄
「ええ、なんとなく(にこ)」
琢磨呂
「……なんとなく……か。ここは花澄さんに賭けてみるかな。エーテルコーティング紋章ナイフでぶった切ったんだ、生きてるわけがないさ(手紙を手に取る)」
文雄
「……お、紙が有った。明日提出の実験結果だが、まぁ良い。背に腹はなんとやら………だな(何か出てきた場合に備えて紙を構える)」

びりびり。

一同
「ごくり………」
琢磨呂
「(中を覗き込む)髪の毛は、出てこないぞ」
慎也
「からっぽ?」
琢磨呂
「いいや、紙が一枚」
文雄
「まだ危険性はある、琢磨呂君、注意だぞ」
琢磨呂
「………何か、書いてあるな」
一同、覗き込む。

琢磨呂
「『毎日、貴方のことだけを思って……(中略)……好きです!大好きです! 私と……』って、ここで終ってらァ」
竜胆
「ひゅーひゅー! 憎いよこの女の敵っ(笑)」
慎也
「モテル男はつらいねぇ〜、イヨっ!」
琢磨呂
「おい、待て」
慎也
「ん?」
琢磨呂
「何で、俺なんだ?」
慎也
「なんでだよ、貴方ってお前のことだろ?」
琢磨呂
「どこに、代名詞だけで文章構成する奴がいる! たまたまこれを拾ったのが俺だっただけで、お前が拾ってたら”貴方”はお前なんだぜ?」
慎也
「………むぅ」

少し離れた場所で、御影と十……

御影
「終わったか」
「とりあえずは……報告しとくべきだろうなぁ」
御影
「その方が良かろう」
キノエ
『キキィ』
キノト
『キュイ』

いつのまに戻ってきたのか、2匹のオコジョが十の足もとで跳ねまわる。

「おっと、おまえたちもお疲れさん。さて、行くかダンナ……ダンナ。……いつのまに(汗)」

十が式神と会話しているあいだに、御影は琢磨呂と片山の漫才を苦笑いしながら見ていた尊に近づく。

「何とか……終ったようね……って(い、痛っぅ)」
御影
「おい、大丈夫か?しゃべくってないで、医者に行った方がいいぞ」

気が抜けた拍子に腹部を襲う痛み。
 助骨が折れてりゃ、そりゃぁ痛いだろう。

「あいたたたたた(うずくまる)」

痛みによろけて倒れそうになった時。
 両肩をつかむ大きな手。

「ん、そうする。……優しいのね(くすっ)」
御影
「ふん(照)」

どうこたえたら良いか判らず、とりあえずそっぽを向く御影。

「ね、名前……教えて」
御影
「御影、御影武史だ」
「あたしは尊、如月尊。そこで花屋をやって(痛っ)」
御影
「おい、無理するな」

再び襲う痛みに座り込む尊。

竜胆
「え?なに?みこちゃん怪我してるのっ!?ちょっと岩沙!手ぇ貸しなさい!」
「また……会いましょ(くす)」

竜胆に肩を借りて立ち上がる尊。
 助っ人二人に極上の笑みを送る。

御影
「ああ、又会おう。それじゃ行くか十。じゃあな」
「ご協力、感謝」

立ち去る二人。

琢磨呂
「シン」
慎也
「ん?」
琢磨呂
「これ、やる」
慎也
「い、いらん!」
琢磨呂
「ほほ〜〜〜〜〜。女の子の想いを踏みにじるか、貴様は」
慎也
「いらん、いらん、いらんつったらいらん! 緑ちゃんがいるのにそんなもん受け取れるかい!」
琢磨呂
「お、俺だって! 貴様、こら、受け取れ(押し付ける)」
慎也
「やだよーーーんだ(ひょいと躱す)」

そこへ………

麗衣子
「先輩っ(くすくす)」
琢磨呂
「…………(はっ!)」
麗衣子
「(手紙をさっと取り上げる)ふ〜〜ん。良かったね、新しい彼女出来て」
琢磨呂
「ちゃうわい!」
麗衣子
「ほーら、ムキになって否定するところが怪しい」
琢磨呂
「……第一、ラブレターなんぞ望んで貰うモンかいな」
麗衣子
「……そういやそうね。肝心の女の子は?」
琢磨呂
「消滅した」
麗衣子
「あのねぇ、冗談も休み……」
慎也
「まーかくかくしかじかで、一応嘘は言ってないよ、こいつ。」
麗衣子
「ほんと? シンちゃん」
慎也
「あんましこいつ庇いたくないけど、ほんとだ」
麗衣子
「んーーーーーーーーーーーーーーー。いまいち信用が……」
琢磨呂
「ぐ………」
麗衣子
「普段の行動が、こういう時物を言うわね(くすくす)」
琢磨呂
「ちっ」
麗衣子
「ね、久しぶりに会ったんだから紅茶でも飲みに行かない?」
琢磨呂
「(引き裂かれた腿を見せて)せめて病院行かしてくれ(苦笑)」
麗衣子
「!」
琢磨呂
「どないした、たこ焼きみたいな目して」
麗衣子
「大変じゃない! 早く病院行かないと。 ほら、その重いジャケット貸して! ほら、肩かしたげるから捕まって! もう、早くしないと……(涙目)」
琢磨呂
「おいおい、大袈裟な。肩なんざ貸して貰わんでもあるけるっての。それから、銃とジャケット返せって……」
麗衣子
「重いもの持って歩いたら傷口広がっちゃうじゃない! いいからほら、行くの。」
偶然通りがかったように見える、少女一人。

少女
(ふふふ……あれには、かなわないかな(苦笑)  お幸せに。そして……ごめんなさい……)

刹那、少女の脳に琢磨呂の心の声が木霊する。

琢磨呂
(次は、正々堂々とアタックするんだな。そんときゃ、待ってるからな)
少女
(え?)
琢磨呂
(精神電波探知/送信能力……ってな。 あばよ!)

麗衣子に引きずられて行く琢磨呂は、通行人の少女に背中でにやりと笑ってみせた。

後日談 〜御影&十〜

御影
「で?」
「つまり、発端はここなんだ」

深夜、春日の丘にたたずむ影がふたつ……

「確かに、女妖が消滅したことで一件落着とすることもできる。だけど、こいつをなんとかしないと、また第2第3の女妖が現われないとも限らない」
御影
「確率は?」
「ゼロじゃない」
御影
「根は残っている?」
「花と葉は刈り取ったがね」
御影
「根腐れをおこしていてもか?」
「なぁ、ダンナ。俺たちはプロだぜ」
御影
「手掛けた仕事は完璧に、か?(にや)」
「そう。巻き込まれたヤマだろうと同じ(にや)」
御影
「つきあってやろう」
「恩着せがましいんだよ」

互いに顔を見合わせ獰猛な笑みをうかべる。
 そして男たちは、戦場へ向かった。
 翌日。市内の病院の一室にて……

御影
「……まったく、情けない」
「……うるせ……」
御影
「敵も味方もまきこんで術を使うのはいいが、自分までまきこむか、普通?」
「うるせっての」
御影
「それで大火傷して入院してたら世話はないぞ」

そういう御影もまきこまれたはずなのだが、こちらはぴんぴんしている。

「……不公平だ」
看護婦
「一さ〜ん、検診ですよ」
「あ、ど、どうも……。ダンナ、なに笑ってんだ」
御影
「い〜や、別に。いいから寝てろ(笑) 特物への報告はわしがやっておく」

後日談 〜文雄at特物〜

建設省特殊物件課吹利分室。

結城
「やあ、ftさん。これは返しておくよ」
文雄
「ふむ、役に立ったようでなにより」

結城から受けとった例の地図をファイルに落としこむ。

結城
「また何かあったら、よろしく頼むよ」

顔の前で組み合わせた指の陰で、高村はにやりと笑った。



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