エピソード「過去の後悔をひきずるより……」===========================================
大門喬(だいもん・たかし)
エンパスの社会人。丁寧語で喋るくせがついている。
蔦枝信子(つたえ・のぶこ)
テレパスの看護婦研修生。強がりで素直に話すのが苦手。すごく背が低い。
吹利医大にやってきた喬。
受付の窓口で……
- 喬
- 「すみません、そちらで看護婦をしている、蔦枝信子さん
をお願いしたいのですが……」
- 受付
- 「お身内の方ですか? お呼びだし致しますので、お名前
をおっしゃってください」
- 喬
- 「大門喬と申します」
- 受付
- 「大門喬様ですね。少々お待ちください」
受付は傍らの受話器を手にとり、呼び出しをかけた。
しばらくすると……
- 受付
- 「はい、外来受付です……。はい……はい、ちょっと待っ
て……」
電話の保留ボタンを押す)「あと1時間半ほどであがりますので、それまで待って欲しいとのことですが、それでよろしいですか?」
- 喬
- 「はい、でしたら地階の売店にいるとお伝えください」
- 受付
- 「かしこまりました」
電話機の保留を解除し、用件を伝え、受話器を置く)
- 喬
- 「どうもありがとうございました」
時間潰しに近所にある火虎左衛門の下宿に押しかける喬。
- 火虎左衛門
- 「オマエ、人の下宿をなんだと思ってやがる」
- 喬
- 「無料休憩所兼無料宿泊施設兼無料ゲーセン」
- 火虎左衛門
- 「……滅殺!!」
1時間ほど、格闘ゲームで対戦し、12勝5敗の記録を残し退散する。
- 火虎左衛門
- 「勝ち逃げたァいい度胸してやがる(泣)」
- 喬
- 「オマエがヘタ過ぎるんでしょうが」
約束の時間の10分前に吹利医大に到着。
地階の売店は既に閉店しておりシャッターが閉まっている。
廊下の長椅子に腰掛け、売店横の自販機で買った缶コーヒーを飲む喬。
待つこと37分。
- 信子
- 「(むす〜っ!) やァ、こんにちは(よそよそしく) 大門
くんっ!!(凄みをきかせて)」
- 喬
- 「い、いきなりなんですか(おろおろ)」
- 信子
- 「別にィ、きみが『たかちゃん』って呼ぶなって言ったか
らそうしたまでよ」
- 喬
- 「だからって、そんなふくれて言う事ないでしょうに」
- 信子
- 「このほっぺは地だよっ!! そんな事も忘れちゃったの?」
- 喬
- 「嘘を言いなさい、嘘を」
- 信子
- 「(聞いてない) あ、そっか、だから他人行儀に丁寧語を
使うんだ。そっかそっか」
- 喬
- 「ですからね、話を聞いてください」
- 信子
- 「へ、何を? 赤の他人の大門くん」
- 喬
- 「……(ため息) おしんちゃん……」
- 信子
- 「私たち他人でしょ、『おしんちゃん』なんて呼ばないで
欲しいな」
- 喬
- 「いいかげんにしないと……怒りますよ!」
- 信子
- 「たかちゃんに私のこと怒る資格があるとでも思ってるの?」
- 喬
- 「う……」
- 信子
- 「ひとりにはしない、って言っておきながら、私の気持ち
を知っていながら、たかちゃんは……」
- 喬
- 「……」
- 信子
- 「ねぇ、なんか言って(首を振って) 言ったらどうなのよ」
- 喬
- 「……」
- 信子
- 「……痛いよ、こんなに苦しくなるなら覗かなきゃよかっ
た」
- 喬
- 「え?」
- 信子
- 「こんなにも後悔してただなんて……たかちゃん……」
- 喬
- 「(あ……)私の心を読んだのですね、わざと怒ってみせ、
その変化を探っていた、と……」
- 信子
- 「……うん。(自嘲ぎみな微笑) ズルい女でしょ?」
- 喬
- 「(首を振って) 心を読むのは私が信じられないからで
しょう? そうされても文句は言えません」
- 信子
- 「む、ムリしなくてさ、怒っていいよ。傷ついた心を勝手
に覗いたんだもん、怒って当然だよぅ」
- 喬
- 「おしんちゃんの心は……私以上に傷ついているハズです
から……」
- 信子
- 「ううん、それこそ気にしなくていいよ。そんな態度をさ
れると胸が苦しくなるからさ。
……私ね、昔みたく気楽に話がしたいの。くだらない冗談でバカ笑いしたり……つまらないことで言い争ったり……」
- 喬
- 「……」
- 信子
- 「ねぇ……」
- 喬
- 「わかりました」
- 信子
- (にこ〜っ)
「よかったぁ」
- 喬
- 「はは…… じゃ、またよろしくお願いします」
- 信子
- 「うん、こっちこそ……ところでさ、お腹減ってない?」
- 喬
- 「まぁ、夕食時ですからね」
- 信子
- 「じゃあ、一緒に食べに行こうよ。おいしい店知ってるか
らさ」
- 喬
- 「それってケーキ屋さんじゃないでしょうね(汗) 夕食が
ケーキなんて冗談じゃないですからね」
- 信子
- 「そりゃケーキ屋さんも知ってるけど違うよ(苦笑)。 連
れてってあげるんだからくどくど言わないでよっ」
喬の手を掴んで歩き出す信子。
その表情は喬がエンパシーで探るまでもなく
喜びにあふれていた。
少なくとも喬にはそう見えた。
信子の言う店は繁華街の通りから一本離れた所にあった。
小さいがなかなか雰囲気のいい居酒屋で……
- 店主
- 「おお、今日最初のお客さんだぁ」
人気も多いとは言えない。
それに店主も感じがよく、洗ったグラスを拭く手を止め、
信子に話し掛ける
- 店主
- 「よぅ、おしんちゃん。久しぶり」
- 信子
- 「うん」
- 喬
- (なるほど、彼女の気に入りそうな店だ)
- 店主
- 「今日は早番かい?」
- 信子
- 「そうなの。
-
- ついでに明日は休みなのよ」
- 店主
- 「ま、じゃなけりゃあ、ここには来ないわな」
- 信子
- 「まぁね、その話は止そうよ(焦り)」
- 店主
- 「じゃ、まず注文を聞こうか……
-
- なに飲むんだ?」
- 信子
- 「私はテキーラ、テキーラサンライズ」
- 喬
- 「私は…… 軽くカルアミルクを」
- 信子
- 「……ぷっ、
-
- きゃははははは、なによソレぇ?」
- 喬
- 「アルコールの臭いがダメでしてね」
- 信子
- 「それじゃあコドモみたいだよぅ(笑)」
- 喬
- 「(ムッ)笑い過ぎですよ」
- 店主
- 「まぁ、いいじゃねぇか、そいつだって酒の内だ。
-
- で、つまみは?」
- 信子
- 「ぽてちとナッツ」
- 喬
- 「フライドポテトを」
- 店主
- 「にーちゃんホントにコドモみたいなモン注文するなぁ。
-
- 悪いたぁ言わねぇけどよ」
- 信子
- 「……ねぇ、たかちゃんってさ……」
- 喬
- (クチでは気にしていないって言ってたけど……
-
- 心の傷ってそんな簡単に癒えるものなんだろうか?
-
- それとも私が考えてるよりも心が強いのかな、
-
- おしんちゃんは……)
- 信子
- 「おーい、聞いてる?」
- 喬
- (おしんちゃんは何故私を許せるんだろう?
-
- 彼女の心の痛みはどこにあるんだろう?)
ぢゅっ!!
- 喬
- 「あづぇっ!!」
-
- (火傷した手を抑える)
- 店主
- 「ひでぇコトするなぁ……
-
- 揚げたてのポテトを手に押し付けるなんて」
- 信子
- 「ふん」
- 喬
- 「な、なにをするだですかぁ!?」
- 信子
- 「人の話聞いてなかったでしょ
-
- 頬杖なんかついちゃって、寝てたんじゃない?」
- 喬
- 「寝てませんよ。
-
- まぁ、話を聞いてないのは謝りますけども……」
- 信子
- 「じゃあ、話しようよ。
-
- お酒飲むだけ飲んでグチたらしてたんじゃ
-
- タダのオジサンみたいだしさ」
- 喬
- 「はいはい」
二人の話は会わなくなってからの経緯を伝えるものだった。
家計のため、就職難のため、大学を諦めた話
会社についての話、病院で会った時吹利にいた理由。
- 信子
- 「へぇ、じゃあエンノ君って人に感謝しなくちゃね」
欠席日数の多いため留年したが無事卒業した話
看護学校での寮生活についての話。
幼なじみの女の子と郊外のマンションを借りている話。
- 喬
- 「そう言えば徳子ちゃんとは昔っから仲が良かったん
-
- ですよね」
今の仕事の話。
- 信子
- 「でね、その患者さんってば私のこと看護婦だって
-
- 信じてくれないのよ。制服だって名札だってあるのに。
-
- 結局免許見せてやっと納得してもらったってワケ」
- 喬
- 「……免許って、車持ってるんですか?」
- 信子
- 「ううん、原付のをね。自転車だけじゃ疲れるし……
-
- で、仕事中は免許証を見せられるようにしてるのよ」
話が進むにつれグラスを空にする速度があがっていく信子
すでに耳までもが赤い。
- 喬
- 「おしんちゃん、もうちょっと軽めにするか
-
- ソフトドリンクに変えた方が……」
- 信子
- 「大丈夫よ
-
- ところでさ、いろいろ話したけど、
-
- なんかひとつ忘れてない?」
- 喬
- 「……何がです?」
- 信子
- 「たかちゃんはあの時言ったよね
-
- 人を好きになるってのが良く分からないって。
-
- 今はどうなの?」
- 喬
- 「……」
- 信子
- 「おかしいよね、心を救ってくれたからって、
-
- テレパスであるためにいつもひとりだったからって、
-
- 同じような能力を持っているから好きになるなんて。
-
- ホント私ってさ……」
- 喬
- 「そんなに自分を責めないでください……
-
- って、あれ?」
- 信子
- 「ぐー」
- 喬
- (寝てる? こんな話の途中で……ヘンなの)
対応に困り頭を掻く喬
時は11時27分。閉店間際の時間……
食器の片付けも粗方済んだ店主はテレビを見ていたが、
信子が眠ったのに気付き……
- 店主
- 「あーあ、やっぱり寝ちまったかぁ、
-
- 大量に呑んだらいつもこれだ」
- 喬
- 「え? どうゆうことですか?」
- 店主
- 「知らないのか?
-
- おしんちゃんがここで大酒を飲むときは決まって
-
- 何か嫌なことがあったときで……
-
- 飲むだけ飲んで、寝て、帰るんだ」
- 喬
- 「そうなんですか……」
-
- (やっぱり、そうなんだな。クチではいい言っていても、
-
- やっぱり私を許せないんだろうな。
-
- 裏切られたキズはそう簡単に消えるワケはない)
- 店主
- 「いつも独りで来るから、ソファに寝かせて毛布をかけて
-
- 明日の朝に帰ってるんだが……
-
- あんたはどうするんだ?」
- 喬
- 「……うーん、彼女を送っていくことにします。
-
- 幸い話の中で住んでいるマンションの場所も
-
- 解りましたしね」
- 店主
- 「そうか、気をつけてかえれよ」
信子を背負って彼女のマンションに向かう喬。
- 信子
- 「あ、たかちゃん……」
- 喬
- (気がついた?)
- 信子
- 「心配して……くれてる?」
- 喬
- 「してます」
- 信子
- 「なら……いいよ
-
- ありがと」
- 喬
- 「苦しくないですか?」
- 信子
- 「うん、お酒のことなら平気。
-
- ただ……ね」
- 喬
- 「はい?」
- 信子
- 「謝ろうと思っていたのに、そうしなかった自分が……
-
- 嫌なの」
- 喬
- 「謝るって、いったい……」
- 信子
- 「自分勝手な感情で告白したこととか、
-
- そのためにその後、気まずくなってしまったこととか
-
- それに何の話もしないままで、
-
- 突然吹利の方に引っ越したでしょ……
-
- たかちゃんだって傷ついてないはずはないよ」
- 喬
- 「おしんちゃん……」
-
- (私と同じに相手を傷付けたと思っていたのか
-
- おしんちゃんも)
- 信子
- 「それなのに、たかちゃんにばっかり謝らせて……
-
- 自分で自分が嫌になるのよ」
- 喬
- (それなのに私は自分が彼女を傷つけた罪ばかりを
-
- 気にかけて、彼女自身のことも考えずに……)
- 信子
- 「私なんか嫌い、嫌いだよぅ。
-
- 人を傷付けるだけ傷付けて、
-
- 自分は勝手にそうした罪に悲劇のヒロインぶって……」
- 喬
- 「もういいよ、おしんちゃん」
- 信子
- 「どうして?」
- 喬
- 「私も同じことを考えていたんですよ
-
- 自分は最低だ……ってね」
- 信子
- 「……」
- 喬
- 「二人で互いに罪の背負い合いをしても虚しいだけです。
-
- 過去の後悔をひきずるよりも、また会えたことを
-
- 喜ぶ方が大事だと思いませんか?」
- 信子
- 「……うん」
- 喬
- 「よかった……
-
- 普段はこんなクサい台詞はクチが裂けても言わないの
-
- ですが、言った甲斐があったというものです」
- 信子
- 「確かに似合わない台詞ではあるよね」
- 喬
- 「……キツいですね」
- 信子
- 「あはは、私って昔からこういう子だよ」
- 喬
- 「はいはい、解りましたからもう少し休んだらどうです?
-
- ちゃんと家までお送りしますから」
喬はそのまま信子を家まで送り届け……
- 火虎左衛門
- 「おーまーえーなぁーっ!!(-_-メ)
-
- 夜中ふらっとやってきて
-
- 泊めろたぁどーゆー了見だ、おい」
- 喬
- 「男が細かいことを気にしては行けませんよ」
- 火虎左衛門
- 「そーゆー問題かぁ!!」
- 喬
- 「あと、ナイトキャップをかぶるのはやめなさい」
火虎左衛門の下宿を借りて夜をしのいだのだった。
連絡先 / ディレクトリルートに戻る / TRPGと創作のTRPGと創作“語り部”総本部