某日、春先。ベーカリー楠
からんころん、とドアベルが来客を告げる。
- 緑
- 「いらっしゃいませ」
- 花澄
- 「こんにちは。……ああ良かった、緑さん、いてくれた」
- 緑
- 「?」
花澄、手に持った大きな紙バックを差し出す。
- 花澄
- 「緑さん、もしお好きでしたら、貰ってやって下さいませ
ん?」
紙バックの中から、体長20cmくらいのテディベアが5、6体出てくる。
- 観楠
- 「どうしたんですか、これ」
- 花澄
- 「いえ、この前から熊作りモードに入って、あげる当ても
無いのに調子に乗って作ってしまって(笑) ここだったら緑さんもいるし、店長さんにもお嬢さんいらっしゃるし、貰っていただけたら、と思ったんですけど」
- 緑
- 「あの……いいんですか?」
- 花澄
- 「ええ、お好きなの、どれでも」
からんころん。
- 尊
- 「こんにちは、……あ」
- 花澄
- 「あ、尊さん、このクマいりま……」
- 尊
- 「(ダダッと駆け寄ってクマを抱きしめる) きゃ〜可愛
い〜! あっ! こっちの子とこっちの子顔が違う! あ、こっちの子も! (数体のクマを見比べる)」
- 観楠
- 「……(呆)」
- 緑
- 「……尊……さん?」
眼が点状態で尊を眺める一同。
- 尊
- 「え? ……(初めて周りを見回し状況に気付く)……あ、
えーと。と、とりあえずコーヒー下さい(大汗)」
- 観楠
- 「あ、はい」
- 花澄
- 「尊さん、このクマいります?」
- 尊
- 「欲しいです!(即答)……って、このぬいぐるみ達、どう
したんですか? 見た所手作りのようですが」
- 観楠
- 「へぇ、手作りって良く分かりましたね」
- 尊
- 「当然です! ほら、この子達全部顔が違うでしょ。機械
で作られるメーカー量産品じゃこうは行きません。ね、緑ちゃん」
観楠にクマを見せる尊。
しかし、観楠にはどれも同じに見える(笑)
- 観楠
- 「はぁ、そうなんですか……緑ちゃん……判る?」
- 緑
- 「ええ、まぁ……」
- 観楠
- 「ヌイグルミって……奥が深い」
- 尊
- 「で……これってもしかして花澄さんが?」
頷く花澄。
- 花澄
- 「作りすぎまして、里子に出さないことには部屋が片付か
ないんです。尊さん、もし良かったら貰って下さいません?」
- 尊
- 「ほんとですか! あたし、こういうの大好きで(喜)」
- 花澄
- 「……何だか意外(しみじみ)」
- 尊
- 「はい?」
- 花澄
- 「尊さんって、しっかり大人だし凛としてるって印象があ
るから、こんなクマとか興味無いかな、って思ってました
にこにこ)」
- 尊
- 「え……そんなこと無いですけど……(そ、そんな風に言わ
れると、あたしの部屋中ぬいぐるみだらけだって言えないじゃないのー)……えーと」
クマを選んでいる緑と尊を見つつ。
- 花澄
- 「やっぱ……可愛いなあ……(にこにこ)」
- 観楠
- 「え?」
- 花澄
- 「女の子って、ほんと可愛いなあ、と思って」
- 観楠
- 「はあ……」
- 花澄
- 「女の子にって、作りがいがあるんですよね。喜んでくれ
るし、それが正直に顔に出るし、そういう時って見とれるくらい可愛いし」
- 観楠
- 「はあ。(賛成は賛成なんだけれど、それを女性が言うと
違和感があるな……)」
- 花澄
- 「そう思うとクマ作るのも、もっと楽しくなるんですよね」
- 観楠
- 「そんなものですか」
- 花澄
- 「そこら辺が動機かも(笑)」
- 夏和流
- 「(からんからん)店長さん、こんにちわぁ〜」
- みのる
- 「こんにちは」
- 観楠
- 「いらっしゃい、二人とも(にこ)」
- 夏和流
- 「いつものくださ……(ふとぬいぐるみに気がつき) あれ?
そのぬいぐるみはどうしたんです?」
- 観楠
- 「ああ、こちらの方が作って、持ってきてくださったんだ」
- 花澄
- 「初めまして、花澄ともうします(にっこり)」
- 夏和流
- 「あ、えと、はじめました。僕は三河夏和流っていいます」
- 花澄
- 「はじめました?」
- 夏和流
- 「(慌てて)あっ、いや、えーと。……間違えました(^^;;;」
- 花澄
- (くすり)
- みのる
- 「西山みのるです。初めまして」
- 花澄
- 「初めまして(にっこり)」
- 夏和流
- 「(気を取り直して) この熊、みーんな花澄さんが作られ
たんですか?」
- 花澄
- 「はい、そうです」
- 夏和流
- 「ふぇ〜。器用なんですね〜」
- 花澄
- 「そうでもないですよ。ちょっと本を読めば、結構簡単に
作れますから」
- 夏和流
- 「そうなんですか……。いいなぁ。僕もほしいなぁ」
- 花澄
- 「よければ、もらってくださいな。ちょうど、余っていま
すから(にっこり)」
- 夏和流
- 「もらっていいんですか!? くくぅ、らっきー! YにE
をつけて、いぇい(発音注意)って感じ!」
- みのる
- 「……馬鹿みたいだぞ」
- 夏和流
- 「いいも〜ん(笑) 尊さん、僕も選ぶの混ぜて〜」
- 尊
- 「え? いいわよ……って夏和流君! その子はあたしが
狙ってたのー!」
- みのる
- 「……やれやれ」
そして、夏和流達が選んだものは。
- 尊
- 「あたしはこの子を頂きます(喜)」
- 緑
- 「じゃ、これを……」
- 夏和流
- 「僕、このひぐま〜」
- みのる
- 「……ヒグマは、首の下に月の輪はないぞ」
- 夏和流
- 「こいつは、月の輪ヒグマっていうんだい(負け惜しみ)」
- 尊
- 「ふーん、新種?(くすくす)」
- 夏和流
- 「尊さんまで……ふーんだ」
- みのる
- 「いじけるな」
- 夏和流
- 「ぶーぶー。(思いつき) あ、そうだ、おまえも貰えば?」
- みのる
- 「折角だが、俺は遠慮しておく」
- 夏和流
- 「ふーん、涼子さんにプレゼントしたら?(にやり)」
- みのる
- 「!?」
- 尊
- 「え? ……ねぇねぇみのる君、涼子さんってだぁれ?
くすくす)」
- みのる
- (無表情のままこめかみに冷や汗が流れる)
- 夏和流
- 「涼子さんって言うのはですね……はっ(汗)」
尊、緑達からの死角、背中に当たる冷たい感触。
- みのる
- 「(夏和流にだけ聞こえるように)俺の言いたいことはわか
るな……ごまかせ」
- 夏和流
- 「り、涼子さんと言うのはですね……えーと、えーと(汗)」
その時、救いの天使がドアベルを鳴らしてやってきた。
からんころん。
- 緑
- 「あ、かなみちゃん、こんにちは」
- 夏和流
- 「こ、こんにちはっかなみちゃん!」
- かなみ
- 「あ、かわるお兄ちゃん、緑お姉ちゃん、こんにちはっ。
父様あのねっ、今日学校で先生が、おうちの人にわたしなさいって言ってたのっ(渡す)」
- 観楠
- 「ん、あぁはいはい……(読みはじめる)」
- みのる
- 「(ぼそっと) 命拾いしたな」
- 夏和流
- 「た、助かったぁ(泣)」
- かなみ
- 「(ふと、テーブルのクマに気が付く) あ! クマさん!
そっと手に取って抱きしめる)わぁ……ふぁふぁ……」
- 花澄
- 「かなみちゃん、はじめまして。そのクマさん、貰ってくれる?」
- かなみ
- 「え?(きょとん)……父様?」
- 観楠
- 「そのクマのヌイグルミはね、この花澄お姉さんが作った
んだ、沢山作ったから貰って欲しいんだって(笑顔)」
- かなみ
- 「くまさん作れるなんて姉様すごーいっ!(驚) かなみこ
のクマさん欲しい!」
- 花澄
- 「そのクマさんが気に入ったの? じゃ、可愛がってあげ
てね(にこにこ)」
- かなみ
- 「うんっ大事にするね! ありがとう花澄姉様っ!(にこっ)」
- 観楠
- 「良かったね、かなみちゃん。すみません、花澄さん」
- 花澄
- 「いえ、こんなに喜んで頂けるなら作ったかいが有りまし
た(にこっ)」
- 尊
- 「観楠さん、そのプリント……何です?」
- 観楠
- 「あ、ああ、これですか……何でも学校の授業で裁縫する
から、裁縫セットの注文を取るそうで……」
- 緑
- 「家庭科……今は生活科でしたっけ」
- 尊
- 「そっか、新学期だもんね」
- かなみ
- 「ねぇ花澄姉様……かなみもお裁縫覚えたらクマさん作れ
るかな?」
- 花澄
- 「そうねぇ、ちゃんとお裁縫を覚えればかなみちゃんもきっ
と作れるようになるわよ、きっと(にこにこ)」
- かなみ
- 「かなみ……クマさん作るのっ!」
- 観楠
- 「(そっか……この子もそういう事に興味を持つ年頃になっ
たのか……何時までも子供じゃ無いって事だな……そして何時かは……)」
観楠、何故か「瀑布目の幅涙」。
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