エピソード464『なんぢゃこれは!』


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エピソード464『なんぢゃこれは!』

4月も半ばとなれば、新入生も現実に目覚める時である。
 そしてここにも一人、現実に目覚めた男がいた。
 その名は岩沙琢磨呂。彼は、ベーカリー楠のテーブルにつき、何か考え込んでいた。
 一杯の香り高いアップルティーも、彼の気分をほぐす役には立たず、観楠は心配そうな視線を琢磨呂に向けていた。

観楠
『声をかけても大丈夫なのかな〜、なんかいつもと様子が 違うけど』
本宮
「あの〜、どうしたんですか?」
琢磨呂
「ん、ああ、いや」

琢磨呂の口は重く、気分はさらに重かった。

琢磨呂
「大したことではない。数学がちょっと、な」
本宮
「大学生になっても、数学やるんですか?」
琢磨呂
「やる。ついでにいえば、レポートも出さなきゃならん」

そう。大学では、数学の講義の際にレポート提出を要求されることもあるのだった。

本宮
「それって、宿題があるってことですよね?」
琢磨呂
「言わないでくれ。考えたくない」

からん、ころん。
 ベーカリーのドアが開き、誰かが入ってきた。
 平にして凡な顔立ちと平にして凡な体格の、平凡を体現化したような青年。チェシャ猫のような笑みだけが、彼の個性を浮き彫りにしている。
 豊中だった。

豊中
「紅茶といわしパンと焼きプリン、おねがいします」
観楠
「750円です」

トレイを持つと、豊中は琢磨呂の近くのテーブルに座った。そして

豊中
「苦労してるな、琢磨呂君」
琢磨呂
「なぜわかる」
豊中
「君と似た方法で」
琢磨呂
「一緒にしないでくれ」

にやにや笑いが気に触ったのか、琢磨呂は不機嫌そうだった。

豊中
「ま、気持ちはわからんでもない。俺も線形代数は嫌いだっ た」
琢磨呂
「勝手に読んだな?」

抜く手も見せずに現れたベレッタが、豊中に突き付けられた。
 豊中は反射的に両手をあげ、しかしにやにや笑いのままだった。

豊中
「この物騒な代物を下ろして欲しいんだけどね」
琢磨呂
「答えろ」
豊中
「簡単なことだよ、ワトソン君。ザックから教科書がはみ 出している」

たしかに、言う通りだった。デイパックのファスナーが一部あいており、そこから線形代数のテキストが見えかくれしていた。
 琢磨呂は銃を収め、豊中は食事にとりかかった。

琢磨呂
「で、たしかあんたも工学部だったな、豊中さん」
豊中
「一応は。数学のレポートか?」
琢磨呂
「ま〜ね。そうだ、わかるか?」
豊中
「なにが」
琢磨呂
「数学」
豊中
「まあ、なんとか」
琢磨呂
「ちょっとおしえてくれ」
豊中
「俺に聞くなら電磁気学かなんかにしてくれ。数学は嫌い だ」

できない、ではないあたりがポイントだった。

琢磨呂
「それが4回生のセリフか?」
豊中
「4回生になったら君も同じことを言ってるよ。多分」
琢磨呂
「しかたね〜な」
豊中
「それより、さっきの銃はなんなんだ?」

琢磨呂は、数学のことをとりあえず忘れることにした。

本宮
(宿題……いいのかな)
琢磨呂
「ベレッタM93Rだ」
豊中
「実銃か?」
観楠
「まさか琢磨呂君でも本物は持ち歩きませんよ。銃に興味 がある?」
豊中
「いちお〜、元射撃選手でして。ピストルの腕は師匠に嘆 かれる程度の代物でしたけどね〜」
琢磨呂
「使っていた銃は?」
豊中
「競技射撃用には .22のルガー。趣味で撃っていたのはS&W のM52。ガバも撃ったことあるけど、師匠がS&W大好き人間でして」

銃の話に入ってしまったことが、琢磨呂の運のつきだった。

本宮
(先輩……ほんとに宿題いいのかな……)

次の週の朝、完成していないレポートを発見した琢磨呂は、不幸を噛みしめた。



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