吹利学校大学部の、それは去年(1996年)の春のことであった。
一は、東北とは桁違いに早い春を満喫しながら、大学構内を歩いていた。大学院生になって、気楽な気分もあったのだ。式神二人(?) はのんびりとコートのポケットの中で昼寝中であったし、バイトを探す必要さえなければ天下太平の世のように、その時は思えた。
しかしその時。
一陣の風が、舞った。
呪術的な風。式神がするっとポケットを抜け出し、一の肩に乗った。
一般の学生たちは、突風に吹き散らされた髪をなでつけ、飛ばされかけたノートをおさえたが、それきりのこととしてそれぞれの行動に戻った。
が、一の耳は、異様な声を耳にしていた。
声の方向を、キノトがささやいた。校舎の裏手の、駐車場。そこに、結界があると。
一は、足早に駐車場に向かった。
一の傍らを、テニスラケットを抱えた新入生の女の子たちが通っていった。
彼女たちの目には、何も見えなかったのだ。
駐車場の真中に張られた結界も、その中にいる3人の青年も。
結界の中にいる3人のうちで一番小柄な青年が、他の二人と対立しているようだった。
一は、思わずズっこけた。
式神二人も、盛大にため息をついた。
結界の中で、豊中と呼ばれた学生が爆笑していた。
一は、どうしようかと考えた。
一の力なら、こんなちゃちな結界は簡単に破れる。が、ここで術を使うのは、いささか気が引けた。それに、小柄な学生は別に危害を加えられているわけではない。
すたすたと結界に近寄り、豊中は腕を突き出した。
妙な角度に突き出したところから見ると、結界が見えているわけではないらしい。が、腕はいくらかの抵抗を受けはしたものの、結界の外に出て、再び引っ込められた。
豊中が指さしたのは、一だった。
気配を絶っているから、常人にはそこにいると意識できないはずの一を、たしかに豊中は指さしていた。
青年たちは、後悔したことだろう。
豊中はにんまりと笑って、ショルダーバッグに片手を突っ込んだ。
取り出したのは、不格好な機械のようだった。
青年1は、たぶん後悔している暇はなかっただろう。
豊中の手にした機械が、火花を散らした。
青年1はあっさりアスファルトに伸び、青年2は仰天し、豊中はがっかりした顔をした。
素人に、消せるものではない。
一は、豊中が何をする気か、じっと観察していた。
豊中は、ショルダーバッグ(工具いり)で青年2の顔面を思いっきりぶん殴った。
結界を維持していたのは、青年2。それを気絶させればたしかに結界は消える。しかし、余波は思いっきり回りに悪影響をもたらす。
一は、とっさに術を使い、余波を吸収した。
豊中は、しっかりそれを見ていた。