エピソード482『今時吹利で行き倒れ?』


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エピソード482『今時吹利で行き倒れ?』

行き倒れ登場? --------------
 ゆうべから続いた雨は、今朝ようやく上がり、こもる湿気を五月の風が吹き払っていった。良く晴れた日曜の朝。それは普通の人間にとっては期待に満ちた幸せな時間になるはずだった。
 そう、普通の人間には。そしてここに普通ではない人間がいた。

「……腹が、痛い」

男は泥だらけのロングコートを体に巻き付け、おぼつかない足取りでベーカリーへの道を歩いていた。

「……物忌みしての仕事なんて、もう勘弁して欲しいな」

彼は三日三晩ほぼ飯を食っていなかった。食べたものはわずかな雑穀、清水ぐらい。そして、昨日の仕事は彼の全精力を尽くさねばならないような仕事だった。結果として彼は今小学校のぞーきんなみにぼろぼろだった。
 不意に足がもつれて彼は電柱の脇にくずおれた。

「あれ……、膝が笑ってやがる(微苦笑)」

やがて彼は微笑んだまま、泥のように眠り込んだ。

拾う神あり

かなみ
「……?(倒れている十をじっと見つめる)」
「……」
かなみ
「お兄ちゃん、どうしたの?」
「……」
かなみ
「お兄ちゃん?」
直紀
「かなみちゃん、どーしたのっ?」
かなみ
「あ、直紀ねえさま、こんにちわっ!(にこっ)」
直紀
「こんちは(笑)なにしてるの?」
かなみ
「お兄ちゃんがねてるの」
直紀
「? ……この人?」
かなみ
「うん」
直紀
「かなみちゃんの知り合い……じゃないよね?」
かなみ
「しらない」
直紀
「ふぅ、ん……しっかしまぁ……(^^; 行き倒れってホン トにいんのね(呆)」
かなみ
「イキダオレってなぁに?」
直紀
「んーと……お腹がすいて、これ以上歩けないよーってなっ ちゃった、例えばこのお兄ちゃんのことかな」
かなみ
「ふうん」
直紀
「でも……まさか死んでんじゃないでしょーね」

脈を診てみるが、焦ってるのか良く解らない。

直紀
「(ああっ、脈ってどこー!(焦) そだ、心臓みればいー んじゃない)……あ、生きてるみたいね。よかったぁ」
かなみ
「このお兄ちゃん、おなかすいてるの?」
直紀
「多分ね(笑)」
かなみ
「じゃぁ、とうさまのとこにつれてくの!」
直紀
「パン屋さん?」
かなみ
「とうさまね、いつも言ってるもん。こまってる人がいた らできるだけおてつだいしてあげなさいって。かなみだけでできなかったらとうさまがてつだってあげるって」
直紀
「そっか(笑)」
かなみ
「お兄ちゃん(十の体をゆする)」
「う……ん……誰?」
かなみ
「あのね、かなみっていうの。お兄ちゃん、おなかすいて るイキダオレだから、たすけてあげるっ」
直紀
「ちょっと! だいじょーぶ(ぺちぺち)」
「べ……」
直紀
「『べ』が何? しっかりせんかぁ!(がくがく揺する)」
「べ、ベーカ……リー……(ばたっ)」
直紀
「あ、こらっ、こっちに倒れるかっ!! うう、重いぃぃ」

ぜいぜい言いながら、十を横にする直紀。
 これだけでぜいぜい言っているようでは、とてもベーカリーまで運べるとは思えない。

協力要請

取り合えず時間を少々戻して。
 瑞鶴、朝。

花澄
「おはようございます。はい」
店長
「?」
花澄
「店長に、協力を要請いたします」
店長
「は?」

差し出されたのは、結構大きなタッパーである。

花澄
「あの、昨日お休みだったからシュークリーム焼いたんだ けど、……で……何でそこで逃げるの」
店長
「俺のとこにくるのが、まともなものの筈がなかろう(確信)」
花澄
「味は、まともです。ただ、ちょっと……」

ぱか、と開けた中に並んでいるのは、

店長
「……これがシュークリーム?」

ちょうど籠状になった皮に、クリームと果物が入っている。別に変ではないが、シュークリーム、というべきものでもない。

花澄
「注文が来たから焼いたんだけど、端から底が抜けて、で も、捨てるなんて勿体無いから、ひっくり返して使ったの」
店長
「努力と気持ちは認めるけど、俺、こんなに食えないぞ」
花澄
「でも」
店長
「まだ、一杯ある、か?」
花澄
「う……」
店長
「他に食べてくれるような友達はいないのか?」
花澄
「……ええと……(尊さんなら……あ、でもあの人お料理 上手いし……)」

結構真面目に悩む花澄である。

店長
「要はこれ、シュークリームの底抜け、って言うから印象 が悪いんだ。ただ単に『お菓子です』って言えば大概騙される」
花澄
「……何だかそれも悲しいけど……」
信子
「こんちわぁ」
店長
「ああ、おしんちゃん、こんにちは、いつもの雑誌だね、
花澄に) 奥の方の『蔦枝様予約分』ってのがあるから、ちょっと取ってきてくれ」
花澄
「あ、はい」
店長
「ちょっと待っててね、すぐ取ってくるから」
信子
「うん。……で、さっきから気になっているんだけど……」
店長
「え?」
花澄
「(ワンテンポ遅れて)はい?」

信子の視線は例のタッパーに……

花澄
「ああ、それはですね……」

かくかくしかじか。

信子
「なぁんだ、そういうことならタルトレットを買って、そ れに底抜けのシュークリームを被せればいいのよ。ちょっと喉が詰まるけど、見栄えはそこそこにはなるんじゃないかな?」
花澄
「はぁ……」
信子
「ほかにも、そのままシュー皮を閉じて、プリッツか何か で刺して止めれば、おでんの巾着みたいで面白いと思うよ」
店長
「なるほど(ぽん、と手をうつ)」
花澄
「へぇ……いい勉強になりました(ぺこり)」
信子
「え……あ、いや、たいしたこと……ないよ(汗)」
店長
「いや、こんな機転が利くなんてすごいよ。まるで、同じ 経験があるみたいに言うんだもんな(悪気なし)」
信子
「(ぎっくぅっ!!) あ、あはははははは、照れちゃうよ、 もぅ(大汗)」

その後、信子は少女漫画雑誌とファッション誌を買って帰った。

店長
「で、どうする? あの子の言うようにするか?」
花澄
「うーん……(思案中)」
店長
「とにかく、だ。三つはもらう。後は自分で何とかしろ」
花澄
「……はぁい。じゃ、冷蔵庫に入れとくね。また後で」
店長
「じゃって……」
花澄
「今日、午後からだから」
店長
「ああ、そうか(お菓子出来損なったからって、朝から持っ て来るかな、普通)」

取りあえず、花澄には聞こえていない。

花澄
「といっても、知ってる人なんて、ベーカリーにしかいな いし、でも、ベーカリーにお菓子持っていくって、ものすごく馬鹿だし」

といっても、花澄の知っている「道」は、尚少ない。歩くに任せると、いつのまにやらいつもの方向に向かっている。

花澄
「……あら?」

視界に入ってきたのは、小柄な、目のくりくりとした女性と、女の子。と。

花澄
「一さん……?」

行き倒れ一名。

花澄
「どうしたんですか?」
かなみ
「あ、花澄ねえさま。イキダオレなの」
花澄
「行き倒れ? ……あら」

しばし、じっと一を見た挙げ句、花澄は手の中のタッパーを直紀に渡した。

花澄
「すみません、ちょっと持ってていただけます?」
直紀
「いいですけど何を……って」

一の片腕をつかみ、よいしょ、と背中の上に引っ張り上げる。たとえは悪いがかなり大きな袋を持ち上げる時の要領である。が、バランスはすぐに崩れた。

花澄
「たっ……(噛み傷が……いたた)」
直紀
「む、無茶ですよ、そんな大きな人(汗)」
花澄
「少々、無茶でした(苦笑)」
直紀
「どーしよ」

十を横にしてから10分経過……そこにまた一人……

「あ、あの……」
かなみ
「あ、緑ねえさまっ、こんにちわっ」
花澄
「こんにちは、緑さん」
「どうか……なされたん……ですか?」
直紀
「あ、この人? ベーカリーに行きたいみたいなんだけど、 行き倒れたみたい」
「……運びましょうか?」
直紀
「え、でも重いよ?」
「だいじょうぶ……です(一時的に戦闘モード、リミット オフ、人工筋肉振動開始)」
直紀
「無理でしょ?」
「……よっ……」

緑が十を持ち上げようとしたその時。

訪雪
「運ぶの? それ。よければこいつに乗っけてこうか?」

道端の直紀たちに、自転車に乗った男が尋ねる。作務衣にロンゲに髭面という、如何にも怪しげな風体。雰囲気的には40代くらいか。錆びた藤色のママチャリの、籠には鉄の茶釜、男が言いながら指差した荷台には緋毛氈が括りつけてある。

花澄
「まぁ、それはご親切にありがとうございます」
直紀
「そうだね、じゃ、お願いします」
(訪雪の怪しさに数歩後ずさって、おじぎをする)
直紀
「ごめんね、折角運んでくれるって言ってくれたのに。で も、緑ちゃんが運んでたら腰悪くしそうだし……」
「いえ……ありがとう……ございます……」
戦闘モード解除……と)

とりあえず、荷台の緋毛氈を外して、十を乗せる訪雪。サドルに腰を下ろして、十を訪雪の背中に持たれさせる。花澄と緑はそれを横から支える形になる。訪雪もみんなの歩調に合わせて走ろうとするので、バランスが取り辛そうだ。

訪雪
「うーん、ちょっと運び辛いなぁ」
直紀
(危なっかしいなぁ……)

そこに突然。

火虎左衛門
「ふっふっふ、はっはっは、ふわーはっはははは。お困り のようだな、おじょーさんたち!!」
直紀
「こ、この紙一重の三段笑いは!? ……って、あれ?」
花澄
「にぎやかな笑い声ねぇ」
(炎野さん? ヘンなカッコしてなきゃいいけど……)

見回す。誰もいない。首をかしげる直紀。

かなみ
「あっ、塀の上っ!!」

かなみの指差す先にソレは居た。高い塀の上から見下ろす火虎左衛門。

火虎左衛門
「ふはははははははははは、とうっ!!」

塀の上からさらに高くジャンプし、伸身後方2回転半ひねり!! 声に反応して上を見上げた直紀の目に太陽の光を受け、宙を舞う火虎左衛門の影が映る。さらに目で追う直紀たち。その先には……

(あ……)
「うあっ!!(がくっ)」
火虎左衛門
「を、何か蹴ったような……」
直紀
「あーあ、顔に土が付いてるよ」
火虎左衛門
「(かすっただけでよかった(汗)) (足を退けて)ああ、ス マンスマン。(十を揺さ振り)傷は深いぞ、がっくりしろ!!」
花澄&直紀&緑
「はぁ?」

その数秒後。

(! 何か来る)
花澄
「え?」

ナイフの形をした赤い光弾が、まだ、正確にそれを捕捉できなかった緑の肩をかすめ、『風』の警告を受けた花澄の頬を抜けて……
 すたむっ!! 

火虎左衛門
「アブねっ!! 刺さったらどーすんだ!!」
直紀
「……って、しっかり刺さってるんだけど(汗)」

どだだだだだだだだだだだだだだ……何かが走ってくる音。
 そして

「それを言うなら、傷は浅いぞ、しっかりしろ。でしょう が(サイキックナイフを引き抜く)」
火虎左衛門
「っ!!(もんどりうって倒れる)」
直紀
(これが本場のどつき漫才なのねっ!!(ぐっ))
「まったく……また、人様に迷惑をかけたんですか、オマ エは」
火虎左衛門
「違うっ!! 断じて違うぞ!! なぁ、おじょーさん、緑ちゃ ん、かなみちゃん、おねーさん、おっさん?」
訪雪
(おっさん、か……まぁ、この見てくれじゃ仕方ないけど……)
直紀
「うん、まぁ……小さなことだし」
(そ、そうかな?)
「そうですか。……で(十を見て) このかたは?」
花澄
「ああ、そうそう。この方をベーカリーまで運んでいるの ですけど……」
火虎左衛門
「女の子達(+1) だけじゃ辛いだろう? 俺達が手伝お うか?」
花澄
「まぁ、それはありがとうございます。お願いできますか?」
訪雪
「ん〜、そうっすねえ。儂の自転車じゃちょっと無理臭い し(重いようしくしくしく)」
花澄
「すみません、一度お願いしておきながら……」
訪雪
「謝ることないですよ。首突っ込んだのは儂の方だし。で も、その行き倒れの人が気になるから……(こんな面白い事態、放っておけるかよ)行くとこまでついてっていい?」
直紀
「うん」
かなみ
「うんっ」
花澄
「……で、お願いできますか?」
火虎左衛門
「よぉし、女性の頼みとあっちゃあ断れんな。ホラ運べ、 喬」
「なんで私が」
火虎左衛門
「些細なことだ、気にするな。で、ベーカリーってのはベー カリー楠でいいのか?」
直紀
「うん、多分」
「(……あそこは病院じゃないんですけど) じゃ、いきま すか(十を背負う)」

ベーカリー楠

からからん

かなみ
「とうさまっ! イキダオレなのっ! かなみひろったん だよっ。イキダオレのひとこまってるからたすけてあげるのっ!」
観楠
「なんだ、かなみちゃんは外にいたのか。そろそろご飯っ て、……なんか大勢だね(^^;;」
直紀
「どうも、店長さん。行き倒れ拾ってきましたっ」
「ご無沙汰してます、店長」
火虎左衛門
「ふう、重い奴だったな」
「あんたは何もしてないでしょうが(ぐっさり)」
火虎左衛門
「きゅう」
訪雪
「ふうん、いい匂いだ。ここは皆さんご存じなですね?」
花澄
「ええ、いつもお世話になって……、店長大勢で押し掛け ちゃいまして、すみません」
観楠
「大勢なのはいいけど……、病院に連れていった方がいい んじゃないの? その人は?」

そのとたん、スーパーウーハーな腹の虫が鳴いた。延々五秒間にわたって、

全員
「……(^^;;」
観楠
「こ、ここでいいみたいだね(^^;;」
直紀
「よっぽど、腹減ってたのねー(じーっと覗き込む)」
訪雪
「何か食べさせてあげたほうが、いいのでは?」
直紀
「そりゃそーだけど、パンって喉に詰まんないかな? 何 か凄い勢いで食べそうだもん、この人」
火虎左衛門
「確かに、このガタイじゃなぁ(うんうん)」
「堂々と失礼なことを言うんじゃありません(チョップ)
(小声) 遠慮して物を言えって言ってるでしょうが」
「あの……花澄さん」
花澄
「はい?(にっこり)」
「先ほどから持っているそれ……タッパー……ですか?」
花澄
「ええ、シュークリーム作ったんですけど、ちょっと失敗 しました」

シュークリームと言う言葉に一の耳が過敏に反応した。

「(がばっ) しゅ……シュークリームぅ!!」
直紀
「わっ」

とっさに近くのフランスパンを突っ込む。し……んと静まり返る、ベーカリー。画面的に、がばっと起きた行き倒れの男の口にフランスパンをねじ込む女……という図である。シュールだ。

「……」
直紀
「……(き、気まずい(^^;)」
「(もひもひ、フランスパンを食べ始める)」
直紀
「……可愛い……かも(ぼそっと)」
かなみ
「直紀ねえさま? なにか言った?」
(……可愛い……か、そーゆー見方もできるかな)
直紀
「なっっなんにも言ってないよっ!!(ぶんぶん)」
かなみ
「(小首を傾げる) そお?」
観楠
「な、なんにしろ気がついたみたいだし、よかったじゃな いか(汗)」
花澄
「ほんとですねえ(にこにこ)」
「とりあえず飲み物を用意しましょう。
( 500mlコーヒーを取り出して)これ、いただきますね」
火虎左衛門
「なぁ、それより青汁とかカロリーメイトとかにしようぜ
^^;)」
「だまりなさい(地獄突き)」
火虎左衛門
「おおう!!(げほっ)」



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