エピソード486『必殺勤め人』


目次


エピソード486『必殺勤め人』

ぴろぴろ、ぴろぴろ。

御影
「こいつが鳴ると、決まってろくなことがないような気が するな……(ぴっ)」

ベーカリーで談笑中、唐突に鳴りだした御影のPHS。ちなみに今日は金曜日なので、めずらしく御影は私服姿である。

御影
「はい、御影です。……わし、今日休みの日なんですけど。 え? ンなことは分かってる? ……はあ。……なるほど。……分かりました。今から行きますけど、休出手当と特殊勤務手当、ちゃーんとつけてくださいよ」
観楠
「お仕事ですか?」
御影
「ん。なんか……わしでないとダメだとかなんとか。ひさ びさにゆっくりできると思ったのに」
「仕事?」
御影
「いや、こいつはその手の仕事とは別だ。おまえさんの出 番はないな(笑)
そういうわけだから、残りのパンはやる」
「おおっ……って、素直に喜べないのはなぜだろう」
観楠
「休みの日に、たいへんですねぇ」
御影
「まぁ、他の誰にもできないなんて言われたら、悪い気は しませんわな(笑) んじゃ、ちょっと行ってきます」

カランコロン。
 Gジャン片手にベーカリーを出てゆく御影。その顔に浮かぶ不穏当な笑みに、通行人が怯えて道をあける。

御影
「ふっふっふっふ……」

さて、場所は変わって御影の勤める法律事務所では、その筋の方々が応接セットに陣取ってわめき散らしていた。

下っ端1
「ぅおらぁっ、とっとと茶ぁ持ってこんかーっ」
下っ端2
「所長はどこじゃぁっ」
下っ端3
「ワレしまいにゃイワすどくぉらぁっ」
若頭
「静かにせんかドアホぅっ! 
コホン。いやどうもうちの若いのが失礼しました。ですがね、先生。私もいつまでもこいつらを抑えておける自信がないものでね。できるかぎりの誠意を見せていただかないことには、なんとも。
お分かりいただけますね?」
先輩事務員
「すみません、私からはお答えのしようが……」
下っ端1
「なんやとくぉらぁ〜っ!」
若頭
「やかましいんじゃボケぇっ! 
いやどうも驚かせたようで申し訳ない……(以下ループ)」

ガチャ。事務所のドアを開けて御影が顔を出す。

御影
「どーも、おはよーさんです」
下っ端2
「なんじゃワレぇっ!」
先輩事務員
「あ、御影くん待ってたんだよ〜。あ、彼がこの物件を担 当してまして、今日は休みだったんですけど無理言って来てもらいました」
若頭
「ほほう、そうでしたか。それではいちいち細かいことを 説明する必要はないわけですね。で、どのように誠意を見せてもらえるんですかな?」
御影
「なんなんですか、こいつら(小声)」
先輩事務員
「ほら、例のマンション。無断転売で居座ってるのがこの 人たち。どーも立退料ほしいらしくてね(小声)」
御影
「誠意見せていいんですね?(にや)」
先輩事務員
「後腐れのないようにね(にや)」
下っ端3
「なにコソコソ話しとんじゃワレぇっ」
若頭
「黙っとらんかいクソがぁっ! 
いや、失礼。……どこまで話しましたかな?」
先輩事務員
「誠意を見せる、というところまでですね。まぁ、うちと してはそれで納得してもらえるならやぶさかでないとゆーとこですか(いきなり自信ありげ)」
若頭
「ほう……話が早いですね。 それで、どのくらい見せてい ただけるんで? その誠意は」
御影
「ここではなんですから、そちらのオフィスで細部を詰め ませんか?」
若頭
「もちろん、結構ですとも」
御影
「では、行きますか?(にや)」

ヤクザカーに乗って相手のオフィス(笑) に向かう御影。こんなときでもないかぎり、メルセデスのフラッグシップモデルの後部座席に乗れるチャンスなどない。

御影
「この手の車にはトップレスでTバックの金髪美人がセッ トでついてくるんが相場だろーが。そのへんどー思う?」
若頭
「ほほう、そうですか。それは期待を裏切ったようで申し 訳ありませんねぇ(こいつ絶対殺す)」

やがてヤクザカーはとある地味なビルの前に止まった。

若頭
「どうぞ……」
御影
「うむ。大儀である、とかゆーてねー(えらそー)」

御影のLLな態度に、構成員たちの殺気が膨れあがる。常人なら正気をたもつことすら困難な、ほとんど物理的な圧力さえともなった視線を平然と黙殺して、御影はその建物のぶあついドアをくぐった。
 バタン。ガチャガチャ。

若頭
「おうコラ! おとなしーぃしとったら調子ンのりくさり よって、このボケがぁっ! この話、どないしてくれるんじゃ、あぁ?(凄む)
言うとくけどなぁ、このビル、隅っから隅まで完全防音やからのぉ! こン中で何があっても絶対外にはもれへんのじゃ! 分かったかくぉるぁっ!」
御影
「何があっても……外にはもれない? それはつまり、こ の中で何が起こっても、一切表ざたにはならない、という意味か?」
若頭
「よぉ分かっとるやないけ。分かっとったら、とっとと誠 意見せたらんかい!」

ドアが閉じ、鍵がかけられた瞬間、若頭の態度が豹変した。
 だが、変わったのはひとりだけではない……

御影
「そーかぁ、ここで何かあっても、なかったことになるの かぁ……そーかそーか。くっくっくっく……」
御影
「ただいま戻りましたー」
先輩事務員
「やぁ、ごくろーさーん。どやった?」
御影
「いやぁ、とりあえずこっちの誠意は伝わったようです。 あっちの社長さんも、立退料はいらないからってことで、気持ちよ〜く明け渡してもらえるそうで。
あ、そーそー、それから法人の解散登記も頼みたいってことでしたね」
先輩事務員
「あぁ、それは良かった。やっぱり最後は誠意だねぇ」
御影
「心をこめて説得すれば理解してもらえるとゆーことで」
先輩事務員
「いやいや、ほんとにねー。あっはっはっは」
御影
「はっはっはっは。なんか最近こんなことばっかりやって ないか、わしって」

後日、ベーカリー。
 カランコロン。

観楠
「あ、御影さん、いらっしゃい」
御影
「や、どーも。えーと、いつものよーに紅茶をよろしく」
パンを選ぶ)
豊中
「そーいや旦那、こないだは急な仕事だったとか?」
御影
「まーな。急ぎの仕事というだけで別に難しい仕事でもな んでもなかったんだがな」
「そんなことでわざわざ呼び出すもんですかね」
御影
「ま、それが仕事ってもんだ」
「? 御影さん、そのGジャン、袖のところに染みがつい てますよ?」
御影
「ん? ああ、仕事の時にちょっとな。……ぜんぶ洗い流 したと思ったんだがなぁ」
観楠
「(汗) ……なんの染みなんだろう」

その日の夜のニュースで、とある暴力団の解散が報じられた。



連絡先 / ディレクトリルートに戻る / TRPGと創作のTRPGと創作“語り部”総本部