エピソード490『十の引っ越し』


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エピソード490『十の引っ越し』

住所不定、職業風水師

きっかけは十の所属する研究室の教授の、鶴の一声だった。

教授
「十君、研究室に住み着くのはやめたまえ」

吹利大学の生協前広場、リヤカーに布団と洗面用具、それにいくつかの書籍を載せて十がさまよっていた。傍らにはぶーたれる豊中の姿。

「ああ、済まないねぇ。実はまだ引っ越し先が決まってい なくってさ(爽笑)」
豊中
「はぁ?」
「追んだされたはいいがいくとこなくって。うむ、まぁま て、豊中。スタンガンをしまうのだ。生協や学生課の下宿はいずれも高くっ住んでられんのだ」
豊中
「(こめかみを揉みほぐしつつ) で、予算は?」
「二万円以内」
SE
「ばしぃっっ!」
豊中
「世の中甘く見るな」
「と、とよなかそのすたんがん、あたらしいやつかい?」
豊中
「セリフがひらがなになってるところ見ると、効き目はあ るらしいな。目が覚めたか? で、予算は?」
「二万百円」
居候
『ガキのオークションじゃないっ!』
「いや、ま、待て。あてはあるんだ。仕事筋で紹介もらっ た骨董屋の隠居が、土蔵の一階を人に貸すっていっててだな」
豊中
「ふむ、そこがそんなに安いのか?」
「ああ、どうも出るらしい」
豊中
「それで安いのか」
「まぁ、屋根があるなら文句無いからな、俺は。で、そこ の片づけに人手がかかるだろうと思ってね。がらくたいじるのは嫌いじゃないだろう?」
居候
『まぁ、いいだろ』
豊中
「飯ぐらいおごれよな」
「パンで良ければ」
豊中&居候
『耳なら却下だ!!』
「しくしく」

松蔭堂にて

吹利本町商店街、表通りを一本入った路地。商家風の古い建物の前で立ち止まる、十と豊中。風雨に曝された看板の字は薄れて読みにくい。

豊中
「まつ……あとはよく読めん。ここか?」
「『松蔭堂』だ。構えは悪かないだろう?」
豊中
「構えはいいが、えらくエントロピーの高そうなところだ な」

店の前の路上まで、中古の洗濯機やら信楽焼の狸やら大八車の車輪やらといったものが並べられている。店の奥は薄暗くて見えないが、まあ推して知るべしといったところだろう。

「家賃は安い。ただし交渉が成立すればの話だが」
豊中
「……まだ交渉してなかったのか。お前」
「だから、『当てはある』と言ったろう」

ともあれ、曳いていたリヤカーを置いて店内に入る。「古い」という以外に何の共通点も見いだせない品々が、僅かな通路を残して天井まで積み上がっている。

豊中
「凄いな。お前の部屋以上にぶっ散らかった所なんて滅多 にないぞ」
「やかましいわ。(奥に向かって) こんちはぁ」

店の奥、一段高い板敷の円座の上で、背中を丸めて茶を啜っていた男が、その声でうっそりと顔を上げる。口元と顎に疎らな髭を生やし、眼鏡の奥に細い目を澱ませた、一見中年に見える冴えない男。
 後ろで束ねた長い茶髪は、生え際と分け目から黒に戻り始めている。

訪雪
「いらっしゃい……ああ、君は。ええと(名前が思い出せ ない。十を指差したまま、指をぶんぶん振る)」
「一です」
訪雪
「そそ、二の舞君」
「(わざとやってんのか、このオヤジ) にのまえ。いいか げん覚えたらどうです。
こっちは豊中雅孝、手伝いに来てくれた俺の友人です」
豊中
「始めまして、豊中です」
訪雪
「(紹介されて初めて、豊中の存在に気がつく) あ、どう も……ここの主人をやっとる小松訪雪です。
こちらこそよろしく。で、(十に向かって) 何の手伝いだっけ?」
「だから……(うう頭痛え) 部屋を借りるのに、片付けと か荷物運びとかの手伝いが要るだろうから、呼んだんですよ」
豊中
「(十の肩を叩いて) あとで奢るの忘れるなよ」
居候
『パンの耳より、この親父に何か出前をとってもらった方 がいいんじゃないかのぅ。でかいのよりは金がありそうだ』
豊中
『おまいね(-_-;)』

自分に対する陰謀に気づかない親父ひとり。

訪雪
(部屋? ああ例の蔵のことか。そういや凍雲先生(先代主 人)がそんな話してたっけ)

古物の山の隙間を通して、店の前の歩道に置かれたリヤカーが訪雪の目に入る。

訪雪
「もしかして、あれ荷物? また気の早いこと」
「ええ、ちょっと事情があって……(言うなよ、豊中)」
豊中
「ねぐらにしてた研究室を追い出されたんですよ、こいつ」
「……(やっぱ止めても無駄だったか) そういうことです。 だから出来たら、一刻も早く交渉を済ませたいと思って」
訪雪
「ふうん……(ってことは金ないのね) ま、いいや。
申し訳ないけど、いま家主の方が訳あって動けないから、私が全部交渉することになるんですわ。とりあえず現物を見てもらって、その上で茶でも飲みながら交渉ってことにしましょ」

靴を脱いで板敷に上がり、狭い廊下を抜ける。立てきった障子の向こうに、微かな熱気と人の気配。

訪雪
「(障子に向かって) 先生。例の部屋に案内してきます」

部屋の中から、何か答えるくぐもった声が聞こえる。

豊中
「失礼ですが、御病人ですか」
訪雪
「ええ……(ぎっくり腰だけど) まあ。なにしろ歳が歳だ から」

物件、土蔵改下宿、但し先住者有

廊下は板戸を潜って縁側に変わり、狭い裏庭の中に建つ蔵へと続く。

訪雪
「すぐ住める状態になっているとは思ってないよね。手伝 いを連れてきたくらいだから」
「まぁ片づけて、寝るスペースだけでも作れればって」
訪雪
「いや、普通に片づけるだけならともかく……」
豊中
「何か?」
訪雪
「ちょっと手がかかるかも知れんのよ。先生から話聞いて ない?」
「(にいっと笑って) 聞いてます。だから安いって」
訪雪
「ふむ、まぁ片づけてから話を聞こうか。いざとなったら 今晩くらい泊めてあげよう」

そう言って訪雪は店の奥に消えた。

豊中
「お前、一人でいいのか?」
「ん、ああそう言うことか。大丈夫。ここに御影のダンナ がいても荷物運びぐらいにしかならんし、だいたい尊さんは仕事中。それに、そんなにヤバイ相手ならこの吹利だ、先に誰かんとこに依頼がいってるはずだからな」
豊中
「つまり、ここの主人は拝み屋代をケチってると」
「まぁ、家賃の値下げ交渉の材料にはなるだろ」
居候
『本当かねぇ』
豊中
『まぁあまり信用せん方がいい』
居候
『今までの経験上、なぁ』
「何かいったか?」
豊中
「べぇぇえつぅぅぅにぃぃぃぃいいい」
訪雪
「どれ、んじゃあ倉に行こうか」

おっきな鍵束を下げて訪雪が戻ってきた。

SE
「ギギギギッ、ガシャン」
豊中
「ごほごほごほ」
「凄い埃だな」
訪雪
「黴が臭うなぁ。どうせろくなもんはおいてないだろうけ ど」
豊中
「真っ暗だな、ここ。何もみえん。……ん?」
居候
『なにかいるな』

三人が真っ暗な倉の中に一歩足を踏み入れたとたん、ざわっと真っ暗な床が、
 「泡立ち」、「波打っ」た。
 得体の知れぬ、霊的物質の甲殻を持った、「蟲」たちが、床を覆っていたのだ。

豊中
「わたたたっ! なぁ?」
「うぉっとぉ(ひょい)」
訪雪
「いるでしょ? やっぱり。たまに風を通してやらないと、 どんどん増えちまうらしくて」

蟲を避ける様子も、驚いた素振りさえも見せない。

訪雪
「もっとも私には何も見えやせんし、感じないがね。その 手の感覚がないのをいまほど有難く思ったことはないよ」
居候
『おひ(^^;』
豊中
「何だ、今のあれは? 存在は関知できたが、指向性が全 くなかったぞ」
「マックロクロスケってしらんか?」
訪雪
「あんなに可愛いもんじゃないがね」
豊中
「……なぁ、ホントにここにすむのか?」
「安くすむならオッケーさ。まずは掃除だな」
訪雪
「貸すのは一階だ。二階の方が住むにはいいんだが、私で もまだ中身を把握しきれてなくてねえ。ああ、ものに触るときは一応聞いてくれよ。素人さんにゃ扱いきれんものもあるから」
豊中
「まず、埃を何とかしよーぜ。掃除道具ありますか?」
訪雪
「はたきと箒ならそこにあるだろう、手は足りるかい?」
「(荷物から二人分の服を取り出して) キノエ、キノト!」

コートのポケットから、二匹のオコジョが顔を出し、服の中に潜り込んだ。やがてもごもごと衣服がうごめき、人間体になったキノエとキノトが姿を現した。

「キノト、掃除頼むな」

見ればキノトの姿はエプロンに三角巾と、「完全おさんどん少年」の姿になっている。キノエの方は十のお下がりのジーンズに素肌にそのままTシャツだ。

キノト
「ミツル……、こういうことに僕たち使わないでよ(嘆息)」
「安部清明だって身の回りの世話式神にやらせてたんだ、 式神の由緒ある仕事だろ?」
キノエ
「(つかつかと十に歩み寄って) 十、そろそろ私の服も買っ てよ。この服臭うよ(怒)」
「もうしばらく勘弁してくれよ、金もないし、その、恥ず かしいんだぜ下着買うの……(汗)」
豊中
「まったく、しようのない奴だなおまえは」
「あのな、下着だぞ下着(;_;)」
豊中
「おまえにもシュウチシンというものが残っていたか。
そ〜かそ〜か」
「お前という奴はぁ……お前が行ってくれるというのか?」
豊中
「まさか。俺なら従姉妹に頼む。茜だったら多分、プリン の一個もおごれば買いに行ってくれるぞ」
「お前の従姉妹ねぇ(^_^;)」
豊中
「まあとにかく、ここは暗いな。電気系統も確認の必要が あるし、照明も替えにゃなるまい。……それより足元のこのうぞうぞもぞもぞしとる連中、殺虫剤じゃぁ……やはり死なないか」
「無理だろうな」
豊中
「あ”あ”やっぱり(ため息)。掃除器で吸いとってやりた いくらい可愛いぜまったく」
「やってみてもいいが、無駄だと思うぞ」
豊中
「う〜む。掃除器と掃除器の紙パックにお前の術をかけて からそいつで吸いとって、まとめてゴミの日に出すというのは」
「できるか阿呆」

馬鹿な会話を後目に、もくもくとお掃除に励むキノト。
 キノエはハタキを手に、天井を見上げている。
 そこには詫びしく揺れる裸電球が一つ。

キノエ
「これはいくらなんでもあんまりよねぇ(ため息)」
キノト
(黙々とお掃除)
キノエ
「電気掃除器、ないのかしら」
キノト
(黙々とお掃除)
キノエ
「もぉ嫌」
キノト
「(ぼそっと) 姉さん、掃除してるのは僕だけみたいだ ね……」

式神とはいえ、姉は姉。キノエがキノトにゲンコツをお見舞したのは言うまでもない。

キノエ
「電気が暗過ぎる」
豊中
「どれ……ああやっぱり、40Wだ。照明器具は替えないと な。他は……う〜む。なあ、この虫をなんとかこき使えないか」
キノト
「こき使うって(汗)」
豊中
「こいつらまとめて発電用の式神にするとか、こいつらに 自分で発光する能力を身につけてもらうとかな。便利でいいぞ」
「あのな(白い目)」
訪雪
「首尾は如何かな? 皆さん」

雑巾バケツを下げた訪雪が蔵の入り口から覗き込む。

キノト
「まだ雑巾には早いですよ」
キノエ
「全然片づいてないんだから」
豊中
「若大家。ここの電灯、蛍光灯か何かに換えられませんか」
居候
『あの親父のどこが若大家じゃ』
豊中
『隠居の爺さんよか若いだろう』
訪雪
「蛍光灯ねえ。どっかに余ってるのなかったかな……有明 行灯か燭台か石油ランプならすぐ出るけど、それじゃ駄目?」
「全く……文明開化も来とらんのですかい、この家には」
豊中
「ソケットも換えなきゃしょうがないな。あとで見つけて こよう」
訪雪
「どっちみち、もう少し手を入れなきゃ住めたもんじゃな いだろうね。床のうじゃうじゃはどうにかなった?」
「相変わらずびっしり、あんたの顔にも二つ三つ這い上がっ てますよ」
訪雪
「うげえ、マジかよ(慌てて顔を手で払う)」
「んなことしたって取れやしませんよ。しかしこの数をど う捌けっていうんです」
訪雪
「それがええと、きみ、」
「にのまえです」
訪雪
「二の舞君の仕事だって先生から聞いたが?」
「一応金は取るんですよ。普通なら……、僕がいる限りこ こで変なことは起こさせませんから、保険と思って月々一万二千円でどうです。家賃」
訪雪
「実際にそれが出来るなら、一万五千円でいいよ」
「もう一声! あ、顔に虫が……」
訪雪
「その手にや乗らない、一万三千五百円だ」
「のった」
豊中
「で、どうするんだ?」
「なに、難しいこっちゃない。こういうのは古くなった気 が滞って、こういう風になるんだ。ちゃんと風水を見て風を通してやればいい。そのためにはと……」

風水師の本領……?

数日後。

御影
「……どれ、ここがあいつの新しい住みか、か。なんかけっ たいなところやな。おーい、十おるかぁ? カレーパンやぞぉ」

訪ねてきた御影は戸を開けたとたん、ちょっとばかしシュールなものを見た。倉の中は一応掃除がなされていた、がらんとした殺風景な一階の中央になぜか、古ぼけた信楽焼の狸が鎮座していた。

御影
「なんなんや? な、何故、狸?」

御影が狸に近づこうとしたとき、

「ああーっ、ちょっと待ったぁ(汗)」

十の制止は遅かった。玄関の上がりがまちに何故か置いてあった電子レンジに御影は蹴っつまづき、転んだ。そのとたん、

SE
「もあぁぁっ」

蟲達がわき出した。
 一時間後

御影
「で、つまりあの狸とレンジは風水に従って、置いてあるっ ていうんやな?(呆)」
「うーん、俺がもっと上手だったらこんな無理な物の置き 方せずにすむんだけどねぇ」

ようやく封印を終えた御影と十の会話だ。買い出しに行ってきた豊中もいる。

豊中
「ところで、一。ど真ん中に狸置いて、お前寝る場所ある のか?」
「あ」
訪雪
「(そこに訪雪登場) にのまい君、店先に置いてあった狸 知からないね」
「あ、あのですね。その(滝汗)」
豊中
「(ながーい溜息) ダンナ、行きましょうか?」
御影
「だな、こんなとこいると阿呆がうつる」
居候
『貧乏もな』
訪雪
「あ、あったあった、ここか。じゃあ持ってくよ」
「ちょ、ちょっと待って」
SE
「もぁぁあああっ!!」



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