プロローグ 夕暮れ、大通り


目次


エピソード『裁きのすべは…』===========================

プロローグ 夕暮れ、大通り

六時半過ぎ…
 夜…にはまだ早い、だが夕暮れ…と呼ぶにはいささか遅い、そんな中途半端な時間帯だった。
 吹利市、大通り。込み合ってはいないが、かといってまばらという程でもない。
 大通りを初老の男が歩いている。ふてぶてしそうな表情、人を食ったような目つきの嫌な感じのする男だった。
 そこへ、人並みに混じってその前から35・6程の男が歩いてくる。ひょろりとした、背広に丸眼鏡、気の弱そうな瞳、典型的なくたびれサラリーマンといったところか。程なく、初老の男とすれ違い歩いていく。何のことはない、ただ通り過ぎただけ。少なくとも見えた限りは…
 そして、初老の男は大通りの駅の方へ、サラリーマンは住宅のある路地の方へ歩いていく。
 
 まったく自然な光景だった。

一章 路地にて…

住宅地の路地を歩く、サラリーマン風の男。
 人気のない路地まできて、サラリーマン風の男は急に立ち止まった。両手を組み、静かに念を込めつつ低い声で術を唱える。

「念針操・殺」
そして、何事もなかったかのように歩き出した。
 その同時刻、大通りを歩いていた初老の男がいきなり体を激しく痙攣させ転倒した。

「おい!どうした。あんたしっかりしろ!」

そこへ、偶然通りかかった一。慌てて初老の男に駆け寄る。

市民1
「どうした発作か?」
市民2
「誰か!救急車!」

周囲の人間が騒ぎ出し、大通りは一時騒然となった。

「おい…あんた…」

初老の男は…驚愕の表情を浮かべ…死んでいた。

二章 帰り道、一人

大通りで騒ぎが起きているその頃、丁度家に帰る途中のフラナ。めずらしく、いつも一緒の本宮と佐古田の姿はない。

フラナ
「今日は暇だなぁ…よぉし、適当に近道してこっ」

道を抜けて、がさがさと近くのフェンスを乗り越えていく。そこが近道かどうかもわかっていないみたいだが。
 

フラナ
「うわ、フェンスぼろぼろに錆びてる。気をつけないとなっ
と、わ、わ、わわわ、うわたぁっ」
「うわあっ!なっなんだぁ」

どさっべりべりっべしゃ足を掛け損ね見事に転げ落ちてしまう。運良く、大した怪我はしてないようだ。だだし、下敷きになった…通り掛かりのおじさんは別だが。

フラナ
「あーびっくりしたぁ、死ぬかと思っちゃった」
「あのー、君、どいてくれないかな」
フラナ
「あ、ごめんなさぁい、おじさん」
「あたたた」

30半ばくらいのひょろりとした、背広の男。丸眼鏡に気の弱そうな瞳、典型的なくたびれサラリーマンといったところか。

フラナ
「おじさん、大丈夫、ごめんね」
「いや、大丈夫。君こそ大丈夫?しかし…無茶するね」
フラナ
「うん、だーいじょーぶ…ってあれ?」

体には怪我はない、しかし、制服が肘からそでにかけてが見事に針金に引っかかって裂けてしまっている。

フラナ
「あちゃあ、やっちゃった…どうしよ」
「どれ、見せてごらん。こりゃ…ひどいねぇ」
フラナ
「まずいよぉ、怒られるぅ」
「よし、ちょっと貸してごらん」
フラナ
「うん」
懐から針と糸を出し丁寧に縫いあわせていく。

フラナ
「わー」
「ちょいちょいちょいっと、ほら、直ったよ」
フラナ
「すごぉいっ!おじさんありがとっ!おじさん器用だねぇっ」
「はは、そうかな。今時の男はこれくらい自分でできないと
ね。わんぱくなのもいいけど、ほどほどにしないとね」
フラナ
「うん、そだねっ。あ、僕ねフラナ、富良名裕也。
おじさんは?」
「ん、おじさんかい。私は木村清治」
フラナ
「じゃ、清ちゃんだ」
「せ、清ちゃん、なんか照れくさいな…」
ぽりぽりと頭を掻く清治。

フラナ
「じゃ!ありがと清ちゃん!」
清治
「あれ?家、フェンスの向こうじゃないの」
フラナ
「ん、あれは大通りへ近道してたんだけど」
清治
「…大通りって、全然方向ちがうんだけど」
フラナ
「あれ?そうだっけ」
清治
「しかも今行こうとしてる方向も全然違うんだけど…」
フラナ
「あれ、おかしいな、戻ってみるかな」

がさがさと落ちたところとまったく別のフェンスをよじ登る。汗一筋浮かべて、フラナの服のすそをつかむ清治。

清治
「わかった、連れてってあげるから降りてきなさい…」
フラナ
「ほんと!ありがとっ清ちゃん」
清治
「やれやれ…」

肩をすくめ、微笑む清治。その笑顔には一点の曇りもなかった…

三章 木村清治

吹利本町の家電修理店にて。

豊中
「おやっさん、これ預けてった客、いっこうに来ませんね」

ぺしぺしと豊中が叩いているのは、一台のビデオデッキである。ぶら下がったタグには、『木村清治様』とこ汚い字。受け付けは………今日は無断欠勤しているバイトである。

店の親父
「ん〜?おまえ、届けにいけ」
豊中
「んじゃおやっさん、車かして下さい」
店の親父
「ぶつけるんじゃねぇぞ」
北関東出身だという親父は、北関東なまりでぶっきらぼうに言って、鍵を投げた。

店の親父
「ついでにビラも配って来い」
豊中
「鈴木のやろ〜、後でシメる。俺の仕事ばっかし増やして
自分はデートかよ(ぶつぶつ)」
店の親父
「いいから行って来い」

そろそろ十年めに突入しそうな軽トラは、見かけによらず元気に走り出した。助手席にビデオデッキ。なんともうら淋しい話ではある。

豊中
『まぁったく、俺は一人で軽トラ転がして、鈴木は今ごろ彼
女といちゃついてんのかよ(ぶつぶつ)』
居候
『彼女の一人もおらなんだとは、淋しい限りじゃのう』
豊中
『うるせー。思考を読ませない女がいたらつき合ってもいい
んだけどな』

自分が未熟なためにシールドし続けられないことを棚にあげる、豊中だった。
 軽トラにゆられていくらも行かない場所。客の家の場所は、簡単にわかった。伊達に配達込みでバイトはしていない。玄関のチャイムを鳴らす。出てきたのは、30半ばくらいのひょろりとした男。ただし、くたびれサラリーマンの姿にそぐわない『なにか』が、男の精神にはあった。…………が。生まれた時からエンパスの豊中である。その違和感は即座に意識の外に追いやった。

豊中
「あの〜、宮田修理店の者なんですが」
「(デッキを見て)ああ、ビデオの修理をお願いしておいた」
豊中
「お引き取りに来られなかったので、こうしてお届けに上が
ったわけなんですが」
「配送料もとられるのか?」
豊中
「(けちな奴だと思うが、営業用の顔のまま)いいえ、初回
ですのでサービスさせていただくことになっております。そ
れから、申し訳ありませんがこちらの受取表にサインか印鑑
をお願いできますでしょうか」
「ちょっと待っててくれ」
ビデオを受取る時、男の手が触れた。最近すっかり馴染みになった、いつもの感覚を覚える。術者に共通の感触。しかし思考の中身は………
 一瞬、豊中の表情が動く。しかし、男は気がつかなかったように中に入っていった。

豊中
『…………ふむ。ちとやばそうな奴だな』
居候
『うひぇぇぇ』
豊中
『いちいちパニくったって意味はないぞ。大体、俺は修理代
を支払ってもらえりゃそれ以上は関係ないんだ』
男が出てきた時、豊中はいつもの営業顔に戻っていた。

四章 ベーカリーにて…

大通りで騒ぎのあった翌日。

御影
「ほう、そんなことがな」
「まったく、警察でさんざ事情聴取されました」
御影
「そりゃ、ツイとるな」
「本気ですかい旦那…でも、どうやらその被害者の男、
あながち俺らと無関係でもないらしいですよ」
 ぴくり、と眉を動かす御影。
御影
「と、いうとどんな関係だ」 
「知ってるでしょう…被害者の名前は門倉善治」
御影
「知らんな」
派手にずっこける一。

「旦那、名前くらいは聞き覚えないですか」
御影
「男の名前は覚えないほうでな」
堂々、きっぱりと言い切る御影。少々呆れ顔になる一。

「本当に覚えてないですか。こないだ特殊物件課で、
土地売買の際に、調査データの偽造、漏洩による
不正土地取引でもめた男ですよ」
御影
「ほう…そんな奴もいたな」
「そうそう、他にも、いわく付きの土地売買でかなり
儲けていたらしくて、恨みも相当買ってたみたいでしたよ」
御影
「で、そいつの死因は?」
「死因は心不全。しかし、どこまで信用できるかは定か
じゃないですね」
御影
「そんなにすぐ死にそうな奴だったんか」
「いや、あと五百年はしぶとく生きそうな奴でした」
御影
「ほぉ」
急に黙り込む御影、一も分かっているようだった。

「…これは」
御影
「…裏に誰かいる、な」

五章 表の顔、裏の顔

ベーカリーのレジで、ユラはふと聞き覚えのある声と名前を耳にしてふりかえった。知った顔と知らない顔が、何やら話していた。本当なら邪魔はしないはずだが、そのあとに続いた台詞が、聞き捨てならなかった。片方は、知った顔だし、いいか。それよりも…紅茶とパンののったお盆を持ったまま、ユラはそのテーブルに歩み寄った。

ユラ
「あのちょっと、お話中、すみません。門倉氏、亡くなった
の?」
御影&一
「へ?」
「あれ、ユラ。おい、どうしたんだよいきなり」
ユラ
「(御影に)あ…すみません。あの、私、一さんの大学での
後輩にあたります、小滝ユラと申します。こちらのお店の斜
めお向かいでバイトしてるんですけど…ううん、そんなこと
はどうでもよくって、門倉氏、亡くなったんですか?」
「…知ってるのか?」
ユラ
「土地転がししてた門倉氏よね?…あたしの担当の、患者だ
ったわ」
「どういうことだよ!?」
ユラ
「ううん、あたしの漢方の先生のとこに通って来てた、まあ、
お客様ね。
やたら高いお薬ばっかり買っていくひとで。ここ二か月くら
いはあたしが担当してたの。すごくいやな人だったから、死
ぬほどよく覚えてる。
…で、変死?」
「まあ、な」
ユラ
「いつ?」
「ゆうべ」
ユラ
「あの人が亡くなったからって、悲しむ気にはなれないけど
…ちょっとまずいな」
「まさかおまえ…」
ユラ
「やめてよ。いくらなんでも毒盛ったりはしないわ。
ただあのひとには、”違法”なお薬さんざん出してたし、あ
のひと自身、私からするとどうして必要だかわからないよう
な生薬、どっかからいろいろ買い込んでたみたいだしね。
…問診のとき、いろいろ話を聞くんだけど、いろいろ喋るの
よ。得意そうに。担当の薬屋で、女の子だからかな。聞きた
くもないことまでいろいろと」
御影
「違法って、鼻から吸い込むと元気が出る白い粉とか、そ
ういう種類のか?」
ユラ
「そういうあからさまに違法っていうんじゃなくて……」
このあたりでようやくユラは自分の無礼窮まりない行動に気づいたらしい。

ユラ
「あ…すみません、取り乱して、こんなことしてしまって。
私、亡くなった門倉さんに、漢方薬をいろいろとお出しして
いました。
あのへんの薬は、公には薬として認められていないものも
多いんです。
でも、私たちは薬としてお出しする、そういうもののことです」
御影
「いろいろと、ってのは?」
ユラ
「ほんとにいろいろ、です。商売の話からプライベートまで。
日常生活のどこに病気の種があるかわからない、というので、
漢方の問診は、かなりつっこんだところまで聞くんです。
それで…」
ユラは小さく息をついて、あとずさった。

ユラ
「すみません、お邪魔して。一、ごめんねいきなり。
そっか、あのひと、死んじゃったのか…」
それから、くるりときびすをかえしてレジにむかう。

ユラ
「観楠さん、これ、やっぱりテイクアウトでお願いします」
「おい、なにもいきなり帰らなくたって…」
ユラ、テーブルのほうを振り向いて、

ユラ
「ごめんなさい、でも私帰らないと。
ひょっとしたら、先生のところに、警察屋さんから呼びだし
でもかかってるかもしれないし…」
からん、とドアベルの音を残して、ユラはベーカリーから出ていった。御影と一は呆然として顔を見合わせた。

御影
「なんだったんだ、ありゃあ」
「さあ…」

顔を見合わせる御影と十。

御影
「知り合いか?」
「大学のね」
御影
「なんとゆーか、竜巻みたいな娘だな(笑)」
「ユラが聞いたら怒るぞ(苦笑)
 それはともかく、なんかにおうと思わん?」
御影
「まぁな。ともかく、ひっかかるものはあるわな」
「そうそう、明日葬儀なんで、俺行ってきます。
で、旦那。ちょっと相談が…」

一、指を組み言い出しにくそうに言葉を続ける。その仕種からぴんときた御影、意地悪そうな目で一を眺める。

御影
「ほう、相談な」
「実は…お香典なんですけど」
御影
「経費で落ちんのか」
「…落ちますよ、でもあれって月末請求でしょうが。
…ちょっと当座が…その…」

知ってるくせにとでもいいたげな一。くっくっくと意地悪な笑みを浮かべている御影。笑いながら懐から財布を取りだし、数枚渡す。

御影
「恩にきろよ」
「はい…(その笑いが嫌だぁぁ)」

六章 フラナ、再び

放課後、吹利学院高校、芸術科教室。

フラナ
「もとみー、今日も委員会なの?」
本宮
「ああ、今週一杯は忙しんだ、ちょっと遅くなる」
佐古田
「じゃじゃぁぁん(俺は美化委員会だ)」
フラナ
「佐古田も忙しいのかぁ」
本宮
「おまえ、飯どうするんだ?一人だろ」
フラナ
「ん、なんか買ってく」
本宮
「寄り道しないで、まっすぐ帰れよ」
フラナ
「ちゃんと帰るよぉ、じゃ明日ね」
本宮
「ああ」
佐古田
「じゃぁぁん(またねっの音色)」
ぱたぱたと走っていくフラナ。心なしか足音にも元気が無い。

フラナ
「今日も一人かぁ…夕ご飯買わなきゃ」

とぼとぼと歩きだしてしまうフラナ、 知らず家路とまったく反対方向へと歩いていってしまう。
 適当にコンビニでオニギリを買い、近くの公園のベンチでぼそぼそと食べはじめる。
 お父さん、お母さんは仕事。姉ちゃんには旦那さんがいる、
 本宮も佐古田も忙しい。

フラナ
「さみしい…な…」

ふいに、鼻の奥がむずむずしてくる…そこへ…

清治
「おや、君はフラナくん?だよね」
通り掛かったのは、昨日のサラリーマン風の男。

フラナ
「あれ、昨日の…清ちゃん!今帰りなの?」
清治
「ああ、結構暇なんでね…ほんとは良くないけどね」
フラナ
「そうなんだ」
にっこり笑う清治。つられてフラナも笑顔になる。

フラナ
「清ちゃん、それ」
清治の手をじーっ見つめるフラナ。

清治
「ん、これかい?」
コンビニ弁当、暖め済みである。

フラナ
「清ちゃん、それ夕ご飯?」
清治
「いやぁ、まあね…、フラナくんも夕ご飯?」
フラナ
「うん、僕んち共働きだから。いつもは友達の家でごちそう
になってるけど、今日忙しいみたいだから、買って食べてる
の」
清治
「そうかい、さみしいね…」
フラナ
「清ちゃんも一人なの」
清治
「え、はは、さみしい独り者だからね」
照れ笑いを浮かべる清治。

フラナ
「ふふ、そうなんだぁ」
清治
「僕も一緒に食べてもいいかな」
フラナ
「うん、いいよっ」
小さな公園、ベンチに二人、夕ご飯を食べる二人。

フラナ
「じーっ、おいしそうだねぇ、フライ…」
清治
「そ、そお。一個食べる?」
フラナ
「(にぱっ)ほんとっ!やったぁっ(はむっ)」
清治
(…一番おっきい奴…)
フラナ
「うん!おいしいっ、清ちゃんありがとぉ」
清治
「ほんと、食べ盛りだね」
フラナ
「お礼に僕のおかず少しあげる、おいしいんだよぉ」
清治
「お、ありがとフラナくん」

夕暮れ、家路につく人で通りがじょじょに騒がしくなっていく時間帯、楽しい夕食が続く…そして

フラナ
「あ、そろそろ帰らなきゃ。それじゃ、清ちゃんまたねっ」
清治
「じゃあね、フラナくん。迷わないようにね」
フラナ
「大丈夫だよぉ」

笑顔で手を振る清治。元気いっぱいに答えるフラナ、すっかりにぎやかになった通りへ向かって走っていく。走っていくフラナを見送り、清治は通りに背を向け、一人歩いていく…

七章 裁く者

外は夜。
 家に帰り着いた清治。部屋の明かりを点け、上着を脱ぐ。
 くたびれた鞄から、数枚の書類を取り出す。手にした書類には、それぞれクリップで写真が一枚留めてある。
 書類ののはじめの一枚には、ふてぶてしい人を食った表情の男の写真が留めてある。そして書類のはじめには、
 「門倉善治」と記されていた…ビリッ…
 写真ごと書類を無造作に破り、丸めて灰皿に捨てる。捨てた紙屑を見つめ、小さく術を唱える。

清治
「滅…」
きゅぼっ
 たちまち書類から火がふき、めらめらと燃えていく…
 無言で次の書類に目を移す。留められた写真は、中肉中背の中年の男、書類の冒頭には「阿古崎 滋」と書かれていた。
 押し黙ったまま、書類に見入る清治。ふいに、無言で壁に掛けた的に向かい腕を振り上げる。その指先には長さ五ミリにも満たない無数の針があった。針には、それぞれに複雑な呪紋が刻まれている。ひゅっスナップを効かせ、指を翻す。
 数え切れない程の針が的に吸い込まれていき、寸分違わず、突き刺さる。
 的をじっと見詰める清治…その目は、ぞっとするほど険しく、冷たかった…

八章 疑問、ひとつ

瑞鶴、午後。

花澄
「ふうん。じゃ、昨日はコンビニのおにぎりで済ませたんだ」
フラナ
「うん」

予約していた本を、取りに来たついでの会話である。

花澄
「……フラナ君、あのね」
フラナ
「え?」
花澄
「お節介かもしれないけど……そういう時、いつでも家に来
てね。私も大概一人だし、料理なんて一人分でも二人分でも
作る手間は同じなんだから」
フラナ
「…うん、ありがとう」
花澄
「それにしても、その、清ちゃんって言う人も、不思議ね」
フラナ
「なんで?」
花澄
「だって、裁縫はそんなに上手いのに、お料理が駄目、
なんて」

ひょい、と手を伸ばし、袖口の縫い目を指差す。

花澄
「目も細かいし、揃ってるし。それだけ家庭科を真面目に
やってる人なら、お料理だって出来そうなのにね」
フラナ
「そうだね」

……そういう問題かどうかは、疑問が残る。

フラナ
「あ、そろそろ行かなきゃ」
花澄
「それじゃ、って、今日は大丈夫?」
フラナ
「うん。今日は瑞希姉ちゃんのところでご飯食べるから」
花澄
「ならよかった」
フラナ
「じゃ、またねっ」

本を抱えて出て行くフラナを見送ると、花澄は手元の注文表に目を落とした。

九章 門倉善治の葬儀

日本庭園を思わせる庭には遠くから読経と、時々すすり泣く声が聞こえる空は重くたれこめていた……

「盛大なことだな」
キノエ
「あんまりいい雰囲気じゃないみたいね。嫌な匂いが
する」
もぞり、とコートの中から話しかける。葬儀の場には鋭い目つきで周りを監視する男達が数人。亡き主の護衛達だろう。キノエをコートの上から撫でながら

「旦那が来てたら間違いなく、ここの護衛に睨まれて
いるな(笑)ん?あれは……」
重い空気の場にはふさわしくない、ショートヘアの小柄な女が、門倉の屋敷から出てくる。

直紀
「にのまえ…さん?」

十章 阿古崎

「驚いたな、あの門倉と面識があったなんて」
直紀
「正確には『社長が』だけどね、あたしは今回が初めてよ。
今日だってお使いで葬儀に出席しただけだし」
場所は、門倉邸から少しはなれた所にある喫茶店。磨き抜かれた古いテーブルが飴色に輝く。客は少ないようだ。テーブルと同じくらい年期の入ったカップに手をかける。

直紀
「で? 一さんは何でこんなとこにいるの?その格好
けっこう目立ってたよ(笑)」
「(言ったら、直紀さんを巻き込むことになるよな)」
直紀
「別に言いたくないなら、構わないけど?」
くすりと笑い、傍にあったナプキンに口紅で何か書き出す。四つ折にして一の手に握らせる。

「これは?」
直紀
「あたしより、その人の方が門倉のことについては詳しいわ
ちゃんと話しは通しておくから、行ってみたらどうかな?」
ナプキンには阿古崎と言う名前と住所が書かれていた。

直紀
「あたしそろそろ会社に帰んないと。じゃあねっ」
かららんとドアベルの音を残し出てゆく

「阿古崎……か」
重く垂れ込めていた空は、いつの間にか雨を降らせていた。

十一章 それぞれの思惑

御影
「……悪知恵のまわる奴だな」

門倉善治の土地転がしの痕跡を調べていた御影は、重いため息を吐いた。デスクには不動産謄本や会社謄本をはじめとする各種資料が、いくつも小さな山を作っている。

御影
「ダミー会社を使って土地売買に自分の名前が残らないよ
うにしてるな。で、その会社も用がすんだらすぐに潰して
いる。あとは、印鑑の偽造……だろうな、たぶん。持ち主
が知らないあいだに名義はダミー会社のもの……か」

ばさばさと紙の束をめくる。

御影
「で、その門倉の片棒をかついでたのが、この阿古崎か」

会計事務所を経営しているが、実際はもっと手広くやっているらしい。門倉の地上げや土地転がしを、法律面から支えていたのが、この阿古崎だった。

御影
「門倉が死んだことで、今まで死んだふりしてた連中がそ
ろそろ動き出すな……警察に政治業者、税務署……。
 その程度ならまだいいんだが……」

すっかり温くなった紅茶を飲みほす。

御影
「十……、あんまり深入りすると、こっちがヤバいかもし
れんぞ」
「本当は、ユラにもうちょっとつっこんだこと聞きたかった
んだがな」

清滝街道から吹利本町方面に少し入ったところにある雑居ビル。一が直紀から受け取ったメモにはそのビルの名前と階数が示してあった。ビルでの居場所はすぐに分かった。
 「阿古崎会計事務所」
 素っ気ないプレートがエントランスに並んでいる。階数と位置を確認すると、一はそのままビルの裏に回った。
 
 かんかんかん。
 非常階段に足音がこだまする。遠くから雷鳴が聞こえてくる。大気に水の匂いが濃くなった。一雨、来る。

キノト
『御影さん、いなくていいの?』
 
 不安な感情とともに思念が伝わってくる。
「確かに、な。けど、今のところ相手は物理的な手段を使っ
た訳じゃない。「あれ」が関わってる以上ただの病死っての
も考えにくい」
キノエ
『評価はしてるのよね、ユラさんのこと』
「幾度もひどい目あってるからな。とにかく、今のところ相
手は呪術的手段を使ってると思う。殴れない相手じゃ、ダン
ナは無理だ。ダンナには阿古崎と門倉の土地売買について法
律事務所の方から洗ってもらってる。俺の役目は、ひとまず
阿古崎を確認することだ」
キノト
『やっぱり、「泥田坊」かな』

「泥田坊」は拝み屋仲間での隠語めいた物で、土地がらみのいざこざを示す。痴情のもつれの「清姫」、荒事が入る「鬼ヶ島」、死人がらみの「比良坂」。
 隠語になるほどの事件はたいていケーススタディが成立している。
 だが、「泥田坊」は中でもやっかいだった。
 本質的な解決は基本的に不可能だからだ。
 正しく言うならば、解決は拝み屋の手だけではできないからだ。土地という動かしにくい物、それでもなおかつ所有が認められる物、このことにまつわる現世のしがらみが「泥田坊」を生み出す。
 そして、拝み屋が必要とされる場合にはすでに悲劇が起こった後だ。
 つまり、誰かが死んだか、呪われたか。
 対症療法しかできず、根本的な解決に口出しできない(少なくとも十はそうした事への拝み屋の介入を嫌っている)事件。
 それが「泥田坊」だった。

「たぶん、な」

雨が降り始めた。
 事務所からは蛍光灯の青白い光が溢れている。

「キノエ、キノト、陣を張る。キノエは未申、キノトは丑寅
に就け。外部からの干渉があったときは頼む」
キノエ
「特物で、人手出してくれても良さそうな物なのにね」

二匹のオコジョはコンクリートの壁に爪を立て、配置に着く。確認して十はビルの中に入った。
 キノエの言葉が耳に残っていた。今回の件は実は独断で動いている、事になっている。話を聞いたときの上司「結城頼」の表情がこの事件のやっかいさを物語っていた。(回想)

結城
「今回のこれだが………、有り体に言って特物では動けない」
「っていうと?」
結城
「微妙なんだ、これ。動いてる連中が、僕らレベルじゃどう
にもならない可能性がある。特物としては、他の所に依頼す
る形になると思う」
「じゃあ、今回は?」
結城
「けど、情報は欲しいんだよ正直なところ。他とのバランス
もあるみたいだし」
「つまり………?」
結城
「ここから先は僕からは言えない。けど、食料費ならまだ余
ってる」
「………分かりました」

いつも通りだった。泥田坊になれば誰もが歯に物の挟まったような言い方になる。
 だが、こうした仕事の方が本来の術師の物だ。
 アルバイトの十が動いて情報収集するのは勝手、けれどその場合特物はサポートをしない、できない。だが、うまく行けば十にとって破格のボーナスが手にはいるだろうし、就職前の実績になる。気がかりなのは、御影を巻き込んでしまったことだった。
 十はビルの中に足を踏み入れた。足下を黒いものが覆った。
 視覚に処理された、瘴気だった。

「やるしかない、か」

十二章 雨、侵入

一方そのころ、直紀もまた雑居ビルのエントランスにいた。

直紀
「雨……か」
くいっと髪をかきあげ、プレートを睨み据える。

直紀
「あたしを利用したこと……きっちり後悔させてやるわ」
手に持っていた資料を握り占める。依頼と称して阿古崎から渡された建築謄本及び土地売却に関する資料だ。葬儀から戻ってみれば社長は慌てふためいて、手元にあった資料を押し付け、資料隠蔽に精を出していた。この際、そんなことはどーでもいい。ようは、自分の利益の為にあたしを利用したってことが気に食わない。怒りに任せ気が付かなかったが瘴気は直紀の足元にも忍び寄っていた。

直紀
「(ゾクッ)この感じ……こっちからか」
非常階段を登る。そのころ、キノエ達は

キノエ
『キノト!陣が乱れてきてる!!』
キノト
『だ、大丈夫。だけどこんなに強い瘴気なんて……ミツル
大丈夫かな』
キノエ
『まったく、なんてモンを相手にしてんのよ。あの馬鹿っ!!』
カンカンと階段を登ってゆく。ふと上を見上げると、白い物体がコンクリの壁にしがみついている。

直紀
「キノエちゃん?!」
キノエ
「直紀さん?なんで??」
直紀
「何でって…こっちが聞きたい。このどす黒いもの何なの?
所どころ、にじんで見えるけど」
キノエ
「中にミツルがいるんだけど、相手の瘴気が強すぎて抑えきれ
ないの。長くは持たないかも」
直紀
「ふむ、(ぐるっと見渡す)陣の大きさはビル一つ分ってトコか」
キノエ
「何…する気なの」
直紀
「陣の上から結界張ってみる。うまくいきゃ、かなり楽にな
るはずよ」
キノエ
「ちょ……(呆)直紀さん!」
 キノエに手を振り、屋上に登る。雨は本降りになっていた。
直紀
「(あんだけの瘴気を持ちながら、隠そうとしない……
意図的に出しているとしか思えないな。ま、なんにせよこの
状態じゃあたしが出てっても足手まといになるだけね。)
やれることから、やってみっか!」
ぱんっと顔を叩き、ちょうどビルの中央に足を進める。指先をちょっと切ると純水の中にいれる。そして、切った指で腕に何事か書き始める。言葉は雨に流されて、何を書いたのかは解らない。だが、文字を書かれた腕は弱い光りを放つ。

直紀
「増幅準備完了っと。さぁて、いくぞっ!」
言葉を合図に、どうっと気流が変化する。純水は直紀を中心に渦を巻き、降り落ちる雨粒を巻き込みじょじょにビルを覆ってゆく。陣からにじみ出た瘴気を、薄赤い霧状の結界が吸い取り始める。

直紀
「………かかったみたいね(くすり)」
ドガッ護衛の一人が崩れ落ちる。

「本当はこーゆう使い方をするもんじゃないんだけどな」
コンと金剛杖をつき苦笑する。突いた先には護衛Aがのびている。

阿古崎
「(白々しく)何の用でしょう?」
「問答無用で殴りかかってきて、よく言うね。アンタも」
護衛B
「仲間がいるな、こちらの影を抑えこむとは(ちぃっ)」
「(仲間?まさか、それとも応援の術師か?)」
一瞬、集中が乱れる。その隙をつき、護衛Bの手から何かが放たれる。鋭い犬歯をむき出しにした口だけの異形の生物

護衛B
「それと遊んでろ、阿古崎様、こちらへ」
「くっ……!」
いっぽう結界内

直紀
「ちょっと……無謀だったかなぁ」
結界は、薄赤からどす黒く変わっていた。瘴気は益々肥大化し、術士を蝕んでゆく。

直紀
「(はぁ)人格を持った瘴気って訳か。相手の力量もはかれ
ない様じゃ、紘一郎に未熟者って言われるのもしょーがないね。
……キノトちゃんごめん。もう、限界みた…い」
ふっと結界が途切れる。同時に抑え付けていた瘴気が行き場を求め暴れ狂う。その矛先は先ほどから自分を抑え付けていた女……刹那、細い銀色の物が飛び込んでくる。複雑な呪紋が刻まれている…針だ。

清治
「浄」
直紀を取り込もうとした瘴気の固まりが霧散する。いつからそこに居たのだろうか?ひょろりとした、サラリーマン風の男が立っている。直紀のそばにやってきて、額にへばりついた髪を払う。

清治
「ずいぶんと無茶なことをする人だな」
直紀
「っっ……うう、だ…れ」
周りに散らばっている紙に目を通す。雨に流され使い物にならなくなった、書類

清治
「阿古崎の関係者か……」
直紀
「あ…こ?な……か、にのまえ…さ…ん」 
清治
「………」
ちくん首筋に打ち込まれる、針。つうっと赤い筋が流れる。ゆっくり、直紀の身体を横たわらせる。

清治
「殺しはしない、今の所はな。だが、次に会ったときは……」
そっとコートを上に掛る。

清治
「さて…阿古崎滋」
きゅっと眉根を寄せる清治。

清治
「何の代償もなく、安易に力を求めた報い、
受けてもらう…」
直紀を一瞥し、階段を降りる。

十三章 危険信号

男が消えた後。スニーカーが床を踏む、かすかな音。

豊中
「…………ふん、奴、やっぱり本業か」
肩をすくめ、豊中は直紀の傍らに膝をついた。

豊中
「さてと………ったぁく、一の野郎も引っ張ってきたら楽だ
ったんだがな」
その一がビルの中にいることを知らない、豊中だった。が、直紀を抱え起こし、気絶している直紀から情報を読みとって、かおをしかめる。

居候
『わ、ワシは帰るぞっ!』
演技ではない悲鳴が、頭に響いた。

豊中
「いちいちパニくるなよ、相棒。それにまずこいつをなんと
かしないとな。この針が厄介だが、…………まあいい」
直紀を背負い、一旦道路へ。そして、止めてあった白いワゴン車に直紀を入れ、自分も乗り込む。針を抜ける道具………まさかペンチで引っ込抜くわけにもいくまい。がたがたしているうち、直紀が物音で意識を取り戻したようだった。

直紀
「ほえ?…………え?」
豊中
「柳直紀さん、ですね。………警戒しなくていいですよ。
ここなら風邪も引かないでしょうから、拾ってきただけです」
直紀
「はあ………え〜と」
豊中
「着替えたければ、後ろに積んである作業着をどうぞ。俺は
外に出てますんで」
細長いトランクを片手に、豊中はワゴンを出た。

豊中
『…………余分なことかもしれんが、な』
居候
『嫌じゃぁ!』
にやっと肉食獣のように笑い、トランク片手に豊中は建物の中へ。ものかげで、トランクを開ける。中身はS&WのM51。

豊中
「見つかったら、逮捕されるな…………」
言いながら、笑っている。久しぶりに手にした銃は、心地よい重さだった。

十四章 利用価値

直紀と一が雑居ビルにやってくる少し前。阿古崎のオフィスの奥の部屋にユラは座っていた。目の前には阿古崎の秘書と称する、今一つ雰囲気の剣呑な男。

ユラ
「おことわりいたします」
秘書
「そこをなんとか…」
ユラ
「私は、私の師匠の伝言を預ってこちらにうかがっただけで
すから。私に頼まれてもお門違いというものかと…」
双方とも笑顔を崩さないが、声の奥には殺気さえただよっている。

秘書
「ま、それはそうですなぁ…。だが、卜庵先生が診てくださ
らないというのなら、貴方にお願いさせていただきたいので
すがね。聞けば、亡くなった門倉先生を診ていたのも貴方だ
ったとか。若いのに腕はたしかなものだとうかがっておりま
すがね」
ユラ
「おほめにあずかるのは光栄なのですが…
とにかく、私の一存ではどうにも。もう、申し上げることは
申し上げましたし、帰らせていただきます」
秘書
「こちらも、そういうわけにもいきませんのでね。まだお返
事を戴いていない」
ユラ
「申し上げたつもりですけれど?」
つい、とユラが立ち上がる。その前に”秘書”が立ちふさがる。

秘書
「ま、こちらとしては貴方にお帰り戴くわけにはいかないん
ですよ。どうも、卜庵先生においては、うちの阿古崎先生を
診てくださるおつもりはおありなさらない、と。
しかとは言えぬが、どうも体調が思わしくない、医者にかか
っても原因がわからない、そういう病をなんとかするのが、
漢方の大家の先生のお仕事だと思っていたんですがねえ。
それだったら、先生にそのお仕事を思い出していただかなく
ちゃあなりますまいよ。ま、うちの先生が門倉先生の二の舞
にならんよう、せいぜい頑張っていただくためにも、ね」
ユラ
「…はぁ…」
大げさなため息をつくと、ユラは、とん、と椅子に腰を落した。

秘書
「物わかりがおよろしいようで…」
ユラ
「長々と解説、どうもご苦労さま」
膝にかかえた鞄の上に肘をつき、そこから”秘書”を見上げる顔には、あいかわらず笑みが貼りついている。

ユラ
「こうまであっさり尻尾だすとは思わなかったわ。あのさ、
あたし、門倉氏に関しては、悔しい話だけどまともにころっ
とだまされてたの。やなやつだけど、ただの狸親父だと思っ
てたの。ほんとよ。医者や薬屋を味方につけたきゃさ、もう
ちょっとうまく立ち回ったら? いっちゃ悪いけど、お宅の
先生、門倉氏にいいように使われてたのと違うの?」
秘書
「何だと黙っていわせておけば…!!」
ユラ
「うん、そういうセリフのほうが似合ってるわ。じゃね。
私帰る!!」
秘書
「こいつ……!!」
そのとき、隣の部屋が急に騒がしくなったかとおもうと、戸が開き、男が数人飛び込んできた。

護衛B
「おい、いつまでもめてるんだ!!いくぞ、そんな娘どうで
も…!!」
ユラ
「だ、そうで。じゃね!!」
つかみかかる手を器用にかわし、ユラは部屋の外に走り出、そのまま立ちすくんだ。見えたのは、化け物。それから、一。

ユラ
「一、いったい…」
「邪魔だ、出てろ!!」
その声に反射的に体が走り出す。しつこくつかみかかる手を手にした鞄ではらいのけ、中からつかみ出した瓶をひとつ背後になげつける。聞き苦しい悲鳴が上がったが、あとも見ずにドアに駆け寄る。

ユラ
「一、ごめん、ちょっとだけ頑張って!!」
部屋を飛び出し、後ろ手にドアを閉める。

ユラ
「ふう…じゃ、なくて、何か役に立ちそうな…」
鞄の中を引っかき回しながら、忙しく辺りを見回す。と、視界を見知った姿が横切った。

ユラ
「…豊中!!」
非常階段を駆け降り、豊中のいそうなあたりに低くよびかける。

ユラ
「豊中、いるんでしょ?あたしなんだけど…」
反射的に銃を持った手を伸ばす。親指でセイフティ解除。そして、ゆっくりと銃を下ろす。

豊中
「脅かさないでくれないかな?」
耳元で声がする。

ユラ
「…………驚いたのはこっちだって。あんた、その銃?」
豊中
「師匠の忘れ物。…………まあ、とにかくどうしてここに?」
耳元で声がする。

ユラ
「説明はあとでね。上に、一がいるの。あと、化けものと、
死ぬほど頭の悪いヤクザさんと」
豊中
「…わかりました。じゃあユラ、あんたはそこのワゴンの中の
怪我人を頼めますか。首筋に針がささっている。ただし、こいつは
一の管轄かも知れない代物ですがね。とにかく、見て下さい」
ユラ
「…わかった」
そのまま、豊中の気配が離れていく。ユラも鞄をかかえなおし、外に出た。豊中の言っていたらしきワゴンは、すぐにわかった。歩み寄り、窓をたたく。人の顔がのぞき、すぐにひっこんだ。

ユラ
「あの…あなた、大丈夫ですか?
あたし、さっきの…豊中の…あいつ、名乗ったかな、
髪の長い学生風の人のかわりに来たんですけど…大丈夫、
あたしも、あなたの、味方だから」
ちょっとの間、のろのろと扉が開く。どーみてもサイズの合わない作業着を身に付けじーっとユラを見る。

直紀
「ええっと……さっきの人の知り合い?」
ユラ
「ええ、小滝ユラと言います」
直紀
「あたしは柳直紀…って?!(ぐらっと前のめりになる)」
ユラ
「大丈夫ですか」
直紀
「ごめんなさい、さっきから身体に力が入んなくって……」
手早く直紀を診察しはじめる。ずっと雨に打たれ続けていたせいか、軽い肺炎の症状がみられる。

直紀
「お医者さん…なんですか?小滝さん……でしたよね?」
ユラ
「ユラでいいですよ。医者というか…医療関係者ですから
少しは解りますよ(にこ)」
こつんとユラの肩に頭をつけ、

直紀
「なんか……すっごく、だる……い(ぼーっ)」
ユラ
「少し休んだほうがいいですよ。これ飲んで、少しは楽に
なるから」
直紀
「そ…ですね。(こくこく飲む)ちょっと……寝ます」
ユラにもたれかかるように、眠りにつく。直紀が寝たのを確認して、首筋を見る。首の付け根のあたりにやっと確認できるほどの針が刺さっている。

ユラ
「(ぎゅっと唇を噛む)やっかいなところに刺さってるわね」
そのとき、バンの後部ドアが音もなく開いた。突然室内の光量が増えたので、はっと後ろを振り向くユラ。

ユラ
「(振り向きながら)豊中?」
闖入者
「動くな………その子から手を離せ」
ユラが振り向ききらない間に、首筋に冷たいものが当る。ユラからは横目でなんとか相手が見える程度だが、逆光で誰だかはまるで分からない。

ユラ
「くっ………」
闖入者
「ここいらからすさまじい霊気と精神波動が伝わってき
たんでな。悪いことはできないってことさ、その刃物を
床に捨てろ」
ユラにも、刃渡り25cmもあろうかというナイフが首筋に当てられていることは分かる。ここで逆らうことは死を意味する。

ユラ
「く………(手にしていた手術用ピンセットを床におとす)」
闖入者
「よーしいい子だ。そうやってすなおにすれば男も寄り
付くさ(ナイフを持つ手とは反対側の手でユラの頭を回
し顔をみる)」
2人の視線が交錯する

2人
「え!?」
ユラ
「た………」
琢磨呂
「ユ………」
2人は同時に双方の名を叫んだ。

琢磨呂
「ふう………なんだ。最初から顔をみておけば良かったぜ」
ユラ
「んもう、忙しいときにびっくりさせないでよ!」
琢磨呂
「ふん………しかし穏やかじゃなさそうだな(雑居ビルの方
を顎でしゃくる)」
ユラ
「そうね………でも一般人のあなたには関係ないわ。
危険だから帰って、お願い。それと、警察には連絡し
ないで………」
琢磨呂
「『キノエ、キノト、結界を緩めろっ、突入するぞ』」
ユラ
「!」
琢磨呂
「俺には中で何が起こっているかすべてわかるのさ…
……彼らは精神波動を解放して戦っている。俺にはその精
神波動の流れを、あたかもラジオが電波を受信するかのご
とく波として把握できる」
ユラ
「(いつのまにか琢磨呂にメスを向けている)」
琢磨呂
「ふん………なんのまねだ?」
ユラ
「あなたいったい何者なの?」
琢磨呂
「………………」
ユラ
「答えられないと言うわけ?」
ユラがじりっっと迫ったその刹那、琢磨呂の左腕がメスをはじき飛ばす。チャキッ…………セフティ・レバーを上げる金属音。ユラの手はメスを持った状態のまま硬直し、眼前にはベレッタM93Rの銃口が突き出されていた。

琢磨呂
「…………俺が誰だか知りたいか、ユラ」
ユラ
「………」
琢磨呂
「俺の名は岩沙琢磨呂、吹利町名物の、プレイボー
イさ(銃を下ろす)」
ユラ
「私はまじめに聞いてるのよ」
琢磨呂
「俺も真面目に答えているさ。ただ言えることは、
俺はあんたの敵じゃないってことだ」
ユラ
「味方って訳でもないというのね」
琢磨呂
「(苦笑して)メスさえ向けられなきゃ味方だよ、
ロングのおねーさん」
ユラ
「………」
琢磨呂
「やばいっ!!!!黒幕が逃げるぞ!!!!」
ユラ
「?」
琢磨呂
「ねーちゃんはその女の人からはなれるなっ!」
琢磨呂は、銃をホルスターにしまうと、分子レベルで呪符の彫り込まれたコンバットナイフを構えて、ビルに飛び込んでいった。

琢磨呂
「きゃぁがれ、バケモンがぁ!」

十五章 堕ちた者達

事務所………なのだろう。悪趣味としかいいようのないドアに、豊中は張りついた。ゆっくりとノブを回す。抵抗感。結界。作っているのは………

豊中
「キノトにキノエか。すまんが、殴り込むぞ」
一瞬、結界が緩む。ドアを蹴り開け、中にとびこむ。飛び込んで次の瞬間、発砲した。用心棒Cの額に、黄色い染み。一の後ろに回り込んでいた用心棒の頭が後ろにガクッと倒れ、体がそれに続いた。

護衛B
「そいつが仲間か!?」
豊中
「ちわっす。動かないでくれよ、動くと弾が外せない」
まぬけた声だが、笑った顔は凶悪である。

豊中
「おい一、バスカヴィルの犬の死にぞこないと遊んでる場合
じゃなくなったぞ」
「これが遊んでるように見えるか?」
苦戦してはいるようだが、言葉を交わせるのだから、追い詰められているわけではないらしい。護衛Bの注意が、豊中からそれた。豊中から見て、4時の方向。足を一歩踏みだし、撃つ。轟音。今度のチンピラは、喉にペイント弾をまともにくらい、蹲った。

豊中
「あ゛あ゛外れた」
護衛B
「ざけんじゃねぇぞわれぇ!」
豊中
「あっそ」
一歩、前に踏み出す護衛B。豊中は片手で銃を構え、左足を一歩前に出した、競技射撃スタイルに体の向きを変えた。

「フッ!」
含気合とともに繰り出した金剛杖が、化け物の牙をくだきまやかしの頭蓋に穴を穿つ。しかし、砕けた牙は次の瞬間には再生し、そいつは逆に金剛杖を伝って牙を剥く。振り払う腕に血がにじむ。

「(苦笑)慣れないことはするもんじゃないな。ダンナに任
せっきりだったからな」
化け物と、筋肉の塊とが殴り合う騒音の中で、護衛Bが馬鹿にしたような顔をした。

護衛B
「ハジキの構え方もしらんのかい、ええ、兄ちゃんよぉ」
豊中
「当たればいいのさ」
再び轟音。今度こそ、弾は心臓の真上に当たった。護衛B、胸を押えて顔をひきつらせる。

豊中
「戦闘訓練用のペイント弾なんでね。実銃で打ち出すんだか
ら、ヒビくらい入るぞ」
護衛B
「なめんじゃねぇぞこんガキゃぁ!」
悪鬼の形相で、護衛Bは豊中に飛びかかった。銃を持たない左手をつきだし、護衛Bの突進を受け止める。いや。力で受け止めたわけではない。愛用のスタンガンがスパークし、護衛Bがのけぞった。崩れ落ちたが、気絶には至らない。

護衛B
「んのガキぃ………ブッ殺す!」
一に向かっていた化け物が、主の声に標的を変更した。

「豊中、避けろ!」
一の警告をうけて避けようとするが、間に合わなかった。牙が、左肩に食い込む。

豊中
「痛っ!」
「はっ!」
牙は一の攻撃に、獲物を捨てて飛びすさった。スタンガンがカーペットに落ちる、かすかな音。

「…………無事、じゃあないな」
豊中
「ドジった、すまん。ところで一」
牙が再び襲う。二人はそれぞれ反対方向にとび、これを避けた。

豊中
「そこのチンピラを気絶させてくれ」
「牙はどうする。律義に俺まで襲っているが」
一、杖で牙を殴る。殴られて下がった牙、今度は豊中に。豊中は専ら避けるだけ。

豊中
「この牙は奴の能力が作ってるんだ。本体は奴だ」
「ほいよ」
一の杖が、護衛Bのみぞおちにめり込んだ。今度こそ、護衛Bは気絶。牙も消滅。静まり返った部屋の中に、マガジンを抜く音が響いた。

「何をしている?」
豊中
「弾を抜いている」
薬室から弾を抜き、セイフティをかけた後、マガジンを再び入れる。

「さてと、阿古崎は」
豊中
「俺なら、奴を今、追いかけるのはやめておくね。お前の
仕事が外にある」
「…仕事?」
いぶかしげに聞き返す十。その瞬間勢いよく扉が蹴り開けられた…

十六章 援軍来る

ばぁん

琢磨呂
「きゃぁがれ、バケモンがぁ!」
いきなり飛び込んできた人影に、中の二人は反射的に身構えた。杖を構える一。セイフティを外した銃を突き付ける豊中。薬室に弾が装填されるガシャリという音。引金にかけられた指は、引き絞られる直前に動きを止めた。

琢磨呂
「うをっとぉ!?」
「誰かと思ったら、琢磨呂君か」
豊中
「和んでる場合か?何しに来た」
琢磨呂
「ご挨拶だな、あんたらの応援にきたってのに」
「第一ラウンドは終了だ」
琢磨呂
「黒幕が逃げてか?」
一瞬、言葉につまる豊中と一。

琢磨呂
「俺は追うぜ」
止めるより早く、琢磨呂は奥へ。肩をすくめ、顔を見合わせる二人。そして

豊中
「俺が行くとしよう。お前は戻れ」
「おい(怒)」
豊中
「言ったろう、外にお前の仕事がある。呪殺の手段がわかっ
た。外のワゴンの中に柳さんがいるから、彼女と合流してく
れ」
「どうしてお前が直紀さんのことを知ってるんだよ?」
ニヤッと笑い、スタンガンを拾う。そして、豊中は琢磨呂の後を追った。

十七章 遁走

一方、ワゴンの中。

ユラ
「一、こっち!」
ビルから出てくる一をみとめたユラは、直紀の身体を肩にもたせなおしながら、窓をあけ、手を振った。

ユラ
「かた、ついたの?」
「まだだ。そっちは………直紀さん!?」
ユラ
「大丈夫、ちょっと肺炎おこしかかってるようだけど、いま
のとこそっちは問題ない。問題なのは………」
首筋に刺さった針を示す。

ユラ
「一週間かけていいって言われたら、あたしひとりでもなん
とかなるけどね」
「これ一本抜くのに………か?」
ユラ
「これ一本がやっかいなの。………さっき、脈をみてみたら、
えらいことになってたもの」
「えらいこと?」
ユラ
「門倉の狸親父のと、よく似てたわ。今なら針の位置もちゃ
んとわかるから、はっきり言えるけど、これ一本がこの人の
脈をせきとめちゃってるの。ついでに………たぶん、誰か、
この針を通じて、干渉して来るつもりね」
「今も………?」
ユラ
「ううん。今のところは大丈夫。でも、早いとこ抜かないと
まずい。放っておくと、そのうち身体の中に入り込むだろう
しね。だけど、抜こうとしたのが、向うに悟られたら………」
「結界を張れ、と?」
ユラ
「この車を干渉から守ってくれればいい。
どんな干渉か、あたしにはわからないけどね。一応、物理的
にいきなり抜いても大丈夫なように………さっき薬飲んでも
らってあるから。ま、抜くのはあたしの部屋ででもいいよ。
薬もそろってるし、そっちのほうが安心だけど」
「車使えないのがつらいな」
ユラ
「タクシーでも拾う?」
「犠牲者が増えるだけだ。交通事故なんていくらでもおきる」
ユラ
「背負っていくの?」
「命には代えられないだろうが!」
ユラは無言で作業着を直紀にかぶせなおした。十は式神を呼ぶ。

「キノエ先導しろ。キノトは周囲の警戒を頼む。行くぞ!」
十はそのままワゴンから走り出た。

十八章 式、遭遇

一方、阿古崎を追う豊中、琢磨呂の走りながらの会話。

琢磨呂
「相手の数は?」
豊中
「今のところ確認してるのは、ターゲットのみ。ただし、
有象無象がいるらしい。補足、追跡はこっちでできる。指示
はそっちに任せた。ツーマンセルの訓練は受けてないもので
ね」
琢磨呂
「まだ奴は補足してるんだな」
豊中
「そこからでた裏口の駐車場だ」
居候
『こ、これ以上は嫌じゃぁ!』
正真正銘の悲鳴。

豊中
「やかましい。パニくるのは勝手だが足を引っ張るな」
琢磨呂
「なんかいったか?」
豊中
「敵に接近中。これが(銃をしゃくる)効かない相手もあり
得る」
琢磨呂
「大丈夫だ、そんじょそこらの奴だったらこれでやれる」
非常ドア、琢磨呂が構えたままポジションにつき、ドアの向こうを探る。

琢磨呂
「三人だな?」
豊中
「攻撃体制に入ってる。来るぞ、右二人任せた」
ドアを開き、飛び込む二人。ベレッタは気化音を、S&Wは明らかな銃声を立てる。三人、ナイフが二人にクロスボウが一人。名前もでずに沈んだ。

琢磨呂
「他愛ないぜ!あの車だな?」
琢磨呂が今しも路地からでようとするクラウンのリヤタイアに狙いを定めた時、

豊中
「上だ!」
豊中の警告。琢磨呂は反射的に横に転がり、銃口を上にむける。矮小な鬼神の影がビルの谷間に躍った。

十九章 探測と、嘆息と

ほぼ時を同じくして、御影。書類面からの捜査を終えると、いくつかの書類をとってバイト先の事務所をでる。普段から厳つい表情が今は更に厳しくなっている。阿古崎はすでに動いていた。自分の危機を悟っていたためか、それとも基からその必要があったのか。御影が調べ上げた金の流れのうち、少なからぬ額が有る集団に流れていた。暗剣党。古くは、明治維新時の廃仏毀釈運動に対し、密教系、修験系の拝み屋たちが自分たちが生き残るために作り上げた結社だ。廃仏毀釈により、拝み屋たちは商売の場を失う。少なくとも表向きは寺社で仕事を受けることも、宗教家として世に出ることもできない。政府はその時、彼らにある話を持ちかけた。呪殺を行わないか。行えば、おまえたちに権限を与えてやろう。なに、この文明開化の世の中に、誰が呪い殺し等で訴え出ようか。訴え出られるものか。そして、幾人かがそれにのり、やがて使い捨てられた。呪殺を行った彼らに対し、どの集団も手をさしのべようとはしなかった。彼らは呪いの技術を高めた。今となっては彼らはその調伏技術のみでこの世に存在を許されていたのだから。

御影
「話には聞いてたが、まさかここまでしてるとはな。
だが、ここまでする必要のある、阿古崎を狙う相手ってのは
何もんだ?」
つぶやきつつ、御影は道路を曲がった。と、目の前に道路工事のフェンスがある。

御影
「朝はなんにも無かったんやがな」
と、その時。御影は周囲にフェンスが巧妙に張り巡らされ、そのだんだらのフェンスに呪符が張り付けてあるのを見て取った。梵字だ。瞬間、御影の脳裏によぎるものがあった。

御影
「(陣か!)」
門前の小僧ではあるが、御影とて幾度か仕事をともにしている。そこまでは、解った。だが、御影は踏みしめた足が不意に頼りなく揺らぐのを感じた。急速に地面が近づいてくる。違う、自分が倒れ込もうとしているのだ。

御影
「(やるやんけ、十と離れてる間に仕掛けるとは………。
しかし、わし等の顔すでに割れとんのか? それとも?
手際よすぎる………)」

倒れふす御影…同時に背後に影が落ちた。
 ばしゃ……
 雨の中、御影がその場に倒れ込んだ。降りしきる雨が容赦無く体温を奪っていく。

二十章 後悔

一方、雨の吹利を駈ける十とユラ。十の広い背中では苦しそうに直紀が息をしている。

「…………畜生」
直紀の息が荒くなるたび、十の顔がゆがむ。

「ついに、巻きこんじまった…………」
キノト
「ミツル………」
「あのときに、なぜ、追い返さなかったんだ!キノエ!」
キノエは答えない。

「この人は、こっち側の人じゃない! この人が傷つく必要
なんて無い! なんで無理をさせた!」
ユラ
「一、そんなこと話してる場合じゃないわ」
キノエ
「あたしにそれを言わせる気なの?ミツル」
キノト
「お姉ちゃん!」
キノエ
「あたしたちはミツルの式神なんだ、主の方を優先するのは
当然だろう? いっとくけどね、ミツルあんたあのまま一人
でいたら絶対にやられてたよ」
「俺なら………」
キノエ
「かまわないなんて言うの? ミツル。あたしたちのことは
どうしてくれるの? あたしは祟り神に戻るのはごめんだか
らね。だからだよ」
ユラ
「いいかげんにして! 一、あなたがこの人巻き込んだの悔
やんでるならなおさら今そんなこと話してる場合じゃないっ
て分かるでしょう? (注・ユラにはキノエと十の会話は聞
こえていない。彼らの意志疎通はテレパシーに似たものだか
らだ。しかし、キノエの感情の動きは分かる)」
「………わかってる。ただ………怖いんだ」

二十一章 裁かれる者

そのころ、車の中。

阿古崎
「くそ…こうも手が早いとは…」
護衛1
「奴等、『狩人』に属するもの…」
阿古崎
「おそらく…門倉を消したのも奴等だ、しかし、私は死なん。
私の後ろには、おまえら暗剣党がついている…いくら『狩人』と
てそうやすやすと殺されはしない…」
護衛1
「もちろんです…阿古崎さま(にやり)」
阿古崎
「ひとまず、ここから離れる。九継に至急連絡を取れ」
護衛1
「は」
阿古崎
「九継、聞こえるか?」
九継
『(電話で)阿古崎か』
阿古崎
「事務所が襲撃をうけた。恐らくは『狩人』の手のものと思
われる」
九継
『ち…次から次へと…』
阿古崎
「とにかく、今は早急に合流したほうがいい。…時に特物の
動向は」
九継
『手は打ってある。どんなに小さくても、邪魔になりうるも
のは排除する』
阿古崎
「わかった、場所は暗剣党本部だ…」
九継
『(くっくっと笑う)ああ、こちらがすんだら、俺も向かう』
電話を切る阿古崎、同時に走り出す車。一方、気配を消し、様子をうかがっていた清治。

清治
「逃げます…か。行く先は…暗剣党本部…そうはいきませんね」
軽く、指をひらめかせる。

清治
「幻…」
無数の針が飛ぶ、走り出した車のほんの隙間に数本の針が吸い込まれていく。

清治
「しばらく、夢を見ていなさい…」

二十二章 沈黙の刻

グリーングラス。二階のユラの部屋。壁にいくつもの薬草が掛かっている。雨の音に混じり、苦しそうな直紀の息が聞こえる。

キノト
『グリーングラスの周りに陣を張ったよ。ミツル。針の共鳴
は少し収まった?』
「ああ、(ユラに向かって)今のうちに頼む」
キノト
『………ミツル、姉さんのこと………』
「いい。言うなあいつなりにしてくれたことだ。おれが、も
っと強かったら良かったんだ。………おれは、弱い」
ユラ
「(脈を取りながら)二十歳すぎた男の「強くなりたい」は
ただの負け惜しみよ。みっともないからよして」
「二十歳前ならいいのか?」
ユラ
「そのころなら、本気で強くなろうとしてるから………。
色々解る前にね。抜くわ、しばらく黙ってて」
静かだった。直紀の息づかいが荒くなるたび、ひきつるたび十の顔がゆがむ。

ユラ
「………っ!」
かすかな吐息と同時に、直紀の首筋にあてたユラの指が動いた。

ユラ
「………抜いたわ」
直紀の息使いが、ふ、と深くなる。ユラの口元だけがかすかに緩んだ。指先に、髪の毛のように細い銀色の針が光っている。

「見せてくれ」
針に指をのばし、一は顔をしかめた。

「………まだ共鳴してやがる」
ユラ
「ちょっとしたマーキングってわけね………それなら」
つ、とユラの手が動いた。次の瞬間、針は深々とユラの手首に刺さっていた。

「なんのつもりだ!?」
ユラ
「獲物をすりかえてやっただけよ」
一の顔を見上げ、にぃ、と笑う。

ユラ
「どんな手段の攻撃だろうと、反応するのは体。それなら薬
で守ってやればいい。私は………」
「思い上がるな!!何をしたかわかっているのか!?」
ユラ
「合わせたつもりの照準を、狂わせてやったのよ」
「どんな相手かわかって………!!」
ユラ
「狙いを定めたままの奴らから、あなた一人でこの人を守れ
るの?」
「守ってみせる!!」
ユラ
「思い上がりはどっちよ。もし何かあったら!?
傷つくのはこの人なのよ!!」
「それは………」
ユラ
「………ひとの体はともかく、自分の体になにかあればすぐ
わかる。対処できる。………甘くみないで」
睨みあった視線が外れる。沈黙。カンカンカンカンカンカンカン………………。グリーングラス、いやベーカリーの近くの踏切だ。赤い明かりが点滅し、けぶる雨の中、くぐもった音が聞こえる。

キノエ
「………十、来たよ。術師じゃ無いみたいだけど」
あくまで冷静にキノエは最悪の現実を告げた。

キノト
「なんでここが解るのさ?」
「傷、つけられたからな。それで奴らと因果ができてる。
式神返しの応用だ」
十は立ち上がり、金剛杖をとった。

「ユラ、花屋の尊さんに聞いて御影に連絡を取ってくれ。
そして、早く 豊中たちに連絡を付けて、この事件に関わる
人間全ての保護を特物に依頼してくれ。結城さんに言えば分
かる」
いつの間にか十の肩にオコジョが二匹戻ってきていた。

ユラ
「一、あなた………」
「おまえが直紀さんの針を抜くまでは絶対に止めてみせる。
が、その後は保証できない。キノエをつける」
直紀
「にのまえ…………さん?」
直紀が火照った顔を上げた。

「巻きこんじまってすまない………。体が元通りになったら
このことは全て忘れてくれ」
十は何かを断ち切るかのように、頭を振り、立った。

「頼んだぜ、ユラ」
ユラ
「……わかった」

二十三章 九継

同時刻、配達先の如月尊。

「毎度ありがとうございました。またよろしくお願いしま
す(にこっ)」
配達に使っている軽自動車に戻ると、携帯電話のヒステリックな呼び出し音が響いていた。

「……なんだか……
(ぴっ)はい、お電話ありがとうございます。FLOWER SHOP
Mikoで……あ、ユラちゃん? どうしたの? え? 大変
って、どういうこと? ……ええっ!」

にこやかだった尊の表情に、スッと刃のように鋭い何かが宿る。

「じゃあ、いい?あたし達が行くまで絶対無理しちゃ駄目よ、
……うん、じゃあ(ぴっ)
御影さんの事務所、たしかこの近くだったわよね」

片手で運転しつつ御影のPHSへ電話をかける。
 だが、聞こえるのは呼び出し音のみ。

(……出ない。嫌な予感がする……こういう時のあたしの感、
嫌になるほど良く当たるのよね)

気ばかり焦り、自然とアクセルを踏む足に力がこもる。
 御影が倒れてから少しして、向かいの道から雨脚の音に紛れて静かな足音が聞こえてくる。

九継
「どうも、お待たせしました」

丁寧な口調で男が近づいてくる。
 やや背が高めの痩せ型の男。その顔はこの場にそぐわないほどの笑顔。

九継
「(携帯をしまう)さて……」

倒れた御影を見下ろす。

九継
「何故我々の事を調べていたのか知りませんが、排除させ
て頂きます……」
御影
「(調べてたわけを知らん? こいつが知らんのか、その
上も知らんのかが問題か……。こいつが知らされてないだ
け、ってのが正解か)」

笑顔で話しかける九継に対して御影は動かない……いや、動けない。
 既に意識は取り戻している。頬にふれるアスファルトのざらつきも感じることができる。だが指先を動かすことも、声を出すこともできない。
 先ほどの陣の呪が御影の身体から力を奪っている。

九継
「では、そろそろ始めますか。
 あ、いや……、終わらせるか……かな(冷笑)」
御影
「(よー喋る奴)」

と言って左手を御影の頭にかざそうとしたが、途中で止まる。
 視線。
 真直ぐ正面、結界の外。
 そこにやや背が低い、少々目つきの悪い男が立っていた。

紘一郎
「その人をどうするつもりだ」
九継
「関係者か……」

九継の表情が人形のような無表情になる。

紘一郎
「いや、通りかかっただけ」
九継
「ならば失せろ、そして忘れろ。そうすれば見逃してやる」
紘一郎
「だがその人を知らない訳じゃない。話しをした事も無いけ
どな。しかし、知った顔が目の前で殺されるのはご免だ」
九継
「偽善か」
紘一郎
「それでも構わない(この結界……普通のものじゃないな)」

紘一郎が九継に向かって駆け出す。
 何も持たない手に意志の力で創り出された矛が出てくる。

SE
「ブ……ン」

矛が唸りを上げて九継に襲いかかる。矛は結界に弾かれること無く、標的を狙う。

紘一郎
(人を守りながらの戦闘か…まぁ、やるしかないか)
九継
「面白い技を使う」

ふわり……絶妙のタイミングで見切る。重力を感じさせない軽い動き。
 連続で叩き込む攻撃は、ことごとくかわされる。矛の風を凪ぐ音、そして雨。
 ざざっと間合いをとる。

紘一郎
(思った以上にやるな。長期戦になったらこっちが圧倒的に
不利か……)
九継
「死にたいらしいな」

身体が宙に舞う。九継から放たれる蛍火のような燐光は、周りの雨を蒸発させながら狂い無く紘一郎に突き刺さる。吹き上がる粉塵。

九継
「他愛もない……」

ふわりと九継が降り立つ。
 紘一郎の方に一瞥をくれると御影のほうへ踵を返す。

紘一郎
「(ぱんぱんと埃を払いながら)……で?」
九継
「体内の結界か……楽しませてくれる」

再び間合いを詰め斬撃を繰り出す、紘一郎。
 それを身軽に避けつつ高熱の燐光を放つ、九継。
 お互いに決定打が無いまま時間だけが過ぎる……

御影
(あいつ、どこかで……くそっ身体がうごかん!!)
九継
「もう限界か?(にぃっ)」

鋭い犬歯が覗く、凍てつくような冷笑。

紘一郎
「さぁ……どうかな(ぜーぜー)」
 
 相手を見据えたまま、ぎゅっと心臓を押さえる。心臓は早く脈打っている。
 そろそろケリをつけないとこっちがやられる。
紘一郎
(まだ……大丈夫だな)
九継
「さて、そろそろ目的達成と参りましょうか」

再び笑顔にもどる。ついと歩く先は……御影。

紘一郎
「させるかぁっ!!」

紘一郎が叫ぶのと同時に手に握っていた矛が消え、複合槍の刃のようなモノが創り出される。

SE
「ヴ……ォン」

低い振動音を立て、放物線を描きながら凶悪な刃が九継に迫る。
 九継は油断していたのであろう……。
 振り返った瞬間、紘一郎が放った刃は右肩に食らい付いた。

九継
「っっ……ぐぅあっ…が!」

九継が声にならない悲鳴を上げる。激痛に耐えながら刃を剥がそうとするが
 思うようにいかない。半物質化した刃は食い込んだ右肩と融合するかのように九継の体内に侵入していく。

紘一郎
「なんとかなったか……ぐ!」

いままでとは明らかに違う刺すような痛みが走る。そしてそのまま倒れ込む。
 刹那、九継の肩に食らい付いていた刃は消えうせた。

九継
「この糞がぁ!消し炭にしてくれる!」
紘一郎
「(この悪寒と…体内を這いずり出してくる感覚……身体の
封印が解けかかっているのか。しかし、何故?!)」

と、そのとき紘一郎の視界に御影を縛っている陣が入った。

紘一郎
「(そうか…さっきまでの戦闘で弱くなった体内結界に、
陣の呪そのものの力が干渉したのか)」
九継
「これで終いだ」

九継の手に再び燐光が灯る。
 しかも、今までのものより倍くらいの光量を放っている。

九継
「安心しろ。誰か分からないくらいまで焼いてやる
からなぁ(にぃっ)」
紘一郎
「今…それを…放てば、おまえが火傷するだけだがな……」
九継
「負け惜しみか?まあいい。(御影の方を見て)あの男の
始末も残っているんでな…さっさと終わらせるか」

九継はまだ気付いていない。
 紘一郎の身体から溢れ出している黒いものに。
 この黒いものは周りの霊的なものに無差別に干渉し暴走を起こす。
 九継はそれに気付いたのか、否か。
 その答えを知る前に……
 光りは放たれた。

二十四章 戦闘継続

再び、琢磨呂たち。

豊中
「いかん、撃つな!」
警告は間に合わない。豊中も発砲できない。琢磨呂めがけて飛びかかった影は、琢磨呂の機敏な動きに追従できず、落下。

琢磨呂
「なんだぁ?」
豊中
「阿古崎の奴、ヤバイのを飼ってるな」
さっき遭遇した牙よりも、さらにはっきりとした姿を持つ、犬。いや、犬にしては大き過ぎる。闇よりも暗い黒の姿に、目だけが殺意に燃える。

豊中
「まいったね」
琢磨呂
「黒幕が逃げるぜ?」
豊中
「そいつは心配無いさ」
豊中が指さした先。うだつの上がらないサラリーマン風の男。ただし、その放つ感情はただのサラリーマンのものではなかった。

琢磨呂
「…………あいつ(冷汗)」
豊中
「阿古崎を狙っているようだ(冷笑)」
笑いながら豊中は銃の安全装置をロックし、S&Wをジャケットの下、ベルトの間にねじこんだ。もはや、これが通じる相手ではない。琢磨呂も、M93Rをホスルターに戻す。手には例のコンバットナイフのみ。巨大な地獄の犬が、飛びかかる。

琢磨呂
「ヘル・ハウンドか。俺とどっちがすばやいかな?
(飛び退く)」
刹那、ナイフがひらめいた。犬が苦痛の声をあげ、距離をとる。

豊中
「ふむ………奴に物理的ダメージを与えるとは。
それは銀製か?」
琢磨呂
「(薄く笑って)特別製だ」
豊中
「(同じく薄笑い)ふふ、便利だね」
犬が再びジャンプ。犬の凶暴な知性は、攻撃対象の選択を変更していた。一見すると、何の攻撃手段も持たない人間。つまり豊中に。琢磨呂の目には、豊中の動きは非常に緩慢なものに映った。避け切れない。透明な体液を滴らせる牙が、喉笛を狙う。

琢磨呂
「ちぃっ!(M93R抜き撃ち)」
だが、犬には通じるはずも無い。 一部の弾丸はむなしく爆発し、一部の弾丸は犬など無かったかのようにすり抜ける。次の瞬間には、豊中の腕に鋭い牙が突き立てられた。

琢磨呂
「ちったぁ避けろよ!」
肩から流れる血で汚れた腕が、まっすぐ伸ばされる。魔犬の口の中へ。その動きに呼応するかのように逆手で振られたナイフは、犬の背をばっさりと切り裂く。スパーク。犬の牙が生身の腕を切り裂く。黒い血が、ナイフのつけた傷から流れる。犬は豊中を踏台に、二人の後方へジャンプ。

豊中
「ちょっと厄介な相手だな。あいつは式神だ」
肩をすくめ、豊中は顔をしかめた。

琢磨呂
「このナイフと俺様相手には丁度いいぜ(冷汗)」
豊中
「三十六計………と行きたかったが、どうやら無理だな」
豊中の腕から流れ落ちる血が、雨に混じる。魔犬はその匂いに牙を向きだし、『笑った』。

琢磨呂
「生意気な犬だ」
豊中
「術者が生意気だからな。雇われ犬のくせに。ところで
琢磨呂君、こいつの急所は普通の犬と同じだ。しかし、でき
れば尻尾を切り離してくれないか?」
琢磨呂
「尻尾?」
豊中
「術者にノシつけて返してやるためにはそうする必要がある
んでね」
琢磨呂
「お安い御用だぜ………!!(殺気関知)来るぞっ!」
笑っていた犬が、目をすっとすがめた。そして三度、今度は犬は低い態勢から飛びかかってきた。豊中の足が犬にヒット。そして犬を蹴り飛ばすが、犬はビルの壁を蹴って二人を狙う。

豊中
「ったく、しつこい犬だ!」
琢磨呂
「遅ぇぞあんた!」
琢磨呂のナイフが、犬の右前足を払う。切り払われて落ちた足が、ふっと黒い霞になって消えた。悲鳴をあげた本体の口に、豊中が手を突っ込む。舌をきつく握られて犬が硬直し、硬直した犬の体を豊中はアスファルトに叩きつけた。二度、三度。そのたびに出血が増えるが、意に介さない。

琢磨呂
「………気合い入ってるなぁ(M93Rを抜く)」
四度目に叩き付けられた犬の尾部に、閃光がほとばしる。M93Rから射出された炸裂弾が、尾部の肉をずたずたにし、尻尾をあらぬ方向へと吹き飛ばした。

琢磨呂
「Finishってやつだ(銃をしまう)」
四度目に叩き付けられた犬の体から、琢磨呂のナイフが尻尾を切り離した。切りとられた尻尾は、白い札に姿を変える。豊中が手を放した瞬間、犬の姿が熔け崩れた。黒い犬から、茶褐色の鬼へと。身構える琢磨呂。しかし、鬼は琢磨呂のナイフにちらっと視線を投げると、そのまま阿古崎の車の方へと飛んでいった。

琢磨呂
「あいつ………?」
豊中
「(にやりとして)犬の形を与えていたのは、術者だったと
いうことさ。頭に来ていたから、今から術者を倒しに行くん
だろう。長居は無用、かな」
琢磨呂
「だな。十のにーちゃんとけが人が心配だしな」
豊中
「そうと決まれば引き上げだな。車で待っているはずだ」
途中で非常階段の影に隠してあった銃のトランクを回収し、ワゴンに戻る。

二十五章 狩人

一方、車にて逃走中の阿古崎達。向かう先は…暗剣党本部。滑るように走っていくクラウン。
 しかし…走っても走っても、外の景色は変らない…まるで空間にべったりと張り付いてしまったかのように…

護衛1
「(驚愕)これは…」
阿古崎
「ち…幻術か…止めろ!」

急ブレーキを掛けるクラウン。飛び降りる阿古崎、護衛二人。その前に立つのは…よれよれのスーツに丸眼鏡、三十半ば程のくたびれたサラリーマン風の男。しかし、全身からは…隠し切れない、強力な術者特有の存在感…

清治
「…お待ちしてました、阿古崎 滋…」

ひややかな声で出迎える清治、底光りする冷たい瞳。阿古崎はおろか、戦いの緊張感に慣れているはずの護衛達でさえ、一瞬ぞくりとするほどの…威圧感。

阿古崎
「…術者…『狩人』か」
護衛1
「阿古崎さま、後ろへ! こいつは我々が仕留めます」
薄く笑みを浮かべる清治。

清治
「…そうは上手くいくでしょうか」
護衛1
「おのれ、言わせておけば!」

印を結び、低く術を唱える

護衛1
「召、餓鬼魂」

虚空が歪み、にじみ出るように現れたのは…おぞましいばかりの無数に混ざり合った餓鬼達。

清治
「ほう…餓鬼召喚ですか…たいしたものですね」
護衛1
「行け!骨も残さず食い尽くせ」
餓鬼魂
「キシャアァァァァ」

咆哮をあげて清治に向かっていく餓鬼魂。しかし、微動だにしない清治。すっ…
 鋭く右手をひらめかせる。ほんの一瞬に空を切って四方に散っていく…針…

清治
「陣・縛鎖」
餓鬼魂
「オオオオオオオオンッ」

四方に散った針で編み出された陣に絡めとられる餓鬼魂。

護衛1
「なっ…なにっ!」

驚愕の表情を浮かべる護衛、阿古崎。捕らわれた餓鬼魂は激しくもがくが、なす術も無い。

清治
「浄!」
餓鬼魂
「アアアアアァァァァァ」

続けて唱えられた破術によって、ぼろぼろと灰を散らすように霧散していく餓鬼魂。

清治
「さて…次はどうしましょうか」

変わらない笑みを浮かべながら、冷静に問い掛ける清治。恐怖にひきつる阿古崎達…

護衛1
「あ…あ…(恐怖に震えた声)」
阿古崎
「(ぞくっ)き…さま…」
清治
「心配なく、苦しめはしません」
護衛2
「この…これで…これでっ」
すいっと懐かから呪符を取り出す。

護衛2
「邪鬼・式符召」

手にした呪符が、めきめきと異形な生き物に変わっていく、牙をむき出し、歪んだ鈎爪を伸ばした鬼の姿へと…かなり精神力を消耗するのだろう…護衛の顔から生気が奪われていく…

清治
「随分と無理をしますね…自らの技量を超えていますよ、
危険です」
護衛2
「(肩で息をしながら)この…まだだ」
清治
「同じことですよ…こちらはなかなか強力ですね」
 
 構える清治、しかし不意に背後に視線がそれる。
清治
「おや?その前に、あなたがたにお客様のようですよ…」

針を手にした右手を軽く振る、わずかだが幻術の空間に隙間が生じる。その隙間から…現れたのは、茶褐色の鬼。

護衛2
「な…に…召鬼が返されただと!」
清治
「術者返しですね…なかなか侵入者の方も知恵がまわる」
護衛2
「な…なぜだぁっ!」 

焦りと恐怖のため、集中力を失い自ら放った式の制御の制御が利かなくなる。制御を失った式は…自らの自由を奪ったもの…つまり術者に向かっていく。ぞぶり…

護衛2
「ぎゃああぁぁぁぁぁっ」
護衛1
「ぐああああああっ」

二匹の式に襲われ、食い荒らされていく…二人の男。ひきちぎられ飛び散る肉片、たちまち血の海に沈んでいく…
 

清治
「安易に力を求めた報いですね。…自らを滅ぼす」
阿古崎
「き…きさ…ま」

目の前で繰り広げられる残虐な光景に怯える阿古崎。表情も変えずに阿古崎に向き直る清治。

清治
「さて、あなたの番ですね…」
阿古崎
「この…むざむざと…殺されてたまるかぁぁぁっ」
叫んだ阿古崎の声は…絶望的な死への恐怖の叫びだった…

二十六章 金瞳の伝言

ワゴンをのぞき、豊中は息を飲んだ。もぬけのからだ。

琢磨呂
「誰もいないぜ?」
豊中
「…まあ、あの連中のことだ、先に引き上げただけだとは思
うが…」
その時、座席の下の床がもぞりと動いたかと思うと、金瞳の黒猫が顔をのぞかせた。

豊中
「あれお前、たしかユラのとこの…」
ひょいと手をのばし、猫をだきあげる豊中。

琢磨呂
「おい、何遊んで…」
豊中
「連中、グリーングラスにいるらしい。考えたなユラの奴。
猫が書置がわりか…
よし、行くぞ、乗ってくれ」
黒猫を下ろし、運転席に乗り込む豊中。琢磨呂は助手席へ。黒猫がするりと運転席に入り込み、不安定な姿勢のままで豊中の傷をなめる。

マヤ
『犬にやられたのね』
豊中
「特別でっかい犬にやられた。汚れるぞ、おとなしく座って
てくれ」
琢磨呂
「誰に話してるんだ?」
豊中
「この猫さ。さてと」
顔をしかめながら、ギアを入れる。

豊中
「警察のいないところを超特急だ」
アクセルを踏み込む。琢磨呂の体が一瞬、シートに叩き付けられた。

琢磨呂
「乱暴なにーちゃんだなまったく」
豊中
「そういう君だって十分攻撃的じゃないか?何でこんなこと
に首を突っ込んだ」
琢磨呂
「俺はただの通りすがりの大学生さ(ふっとわらう)」
豊中
「かっこつけやがって(苦笑)」
グリーングラスにつくまで、あとは無言の時間が過ぎた。

二十七章 美女と野獣

配達用の軽自動車を運転しながら、尊はきょろきょろとあたりを見回している。

「えっと、確かこのあたりって聞いたんだけど……。
 え? これは!?」

何者かの「術」の気配、そして瘴気を感じ取った尊は、急ブレーキをかけて車を止め、ドアを開けるのももどかしく飛び出す。

「……こっち!
 あ、あれ……御影さん!? それに紘一郎くん!?」

尊の視線の先、倒れた紘一郎。紘一郎の体からあふれ出す瘴気。紘一郎にむけて手をかざす細身の男。男の背後、倒れたまま動かない御影。

「いったいどうなって……いけない!」

男の手のひらに光が生まれる。
 尊は走り出し、髪を束ねた赤いリボンをほどく。

「(ダメ! 間にあわない!)」

膨大な量の光が、男の手のひらから放たれた。それが直撃すれば、間違いなく紘一郎の全身は「誰だか分からない」くらいまで焼けただれたであろう。そして、その後ろの尊も、無事ではすまなかったに違いない。
 だが……

九継
「うぎゃああああああああああああ!!」
「な、何?」

光は暴発した。

紘一郎
「……忠告は……したはず……だぜ?」
九継
「ぐ……貴様ァ……」

九継は大火傷を負った両手を腹に抱えこむようにして、血走った目で紘一郎を睨む。

九継
「気が変った。貴様から始末してやる……」

懐から大振りのナイフを取り出し、紘一郎に近寄ると、倒れたままの紘一郎の腹を蹴り上げる。
 そしてナイフを胸に突き立てる……

「このぉっ!(怒)」

髪から抜かれた紅いリボンが鞭のように空を切り、男のナイフを弾き飛ばす。

九継
「おのれ、女ァ!」
「なぁに?(冷)」

ヒュン!
 九継の指先から飛んだ何かが、とっさにかわした尊の髪を数本断ち切った。
 尊はバックステップで間合いを取る。

「くっ……(ちょっち……ヤバイかな……でも負ける訳には
行かないのよね)」
九継
「おのれ次から次と……。もう容赦せん!」

九継の手には、いつのまにか何本もの手裏剣が現われていた。

「(いっぺんに来たら、よけきれるかしら……)」
御影
「……ぅ……み……こ、と…………」
「(御影さん! 良かった無事だったんだ!)
 それなら……!」
九継は尊から距離をとり、呪文の詠唱に入る。牽制のためか、飛礫のようなものを投げる尊。詠唱を途切れさせることなく、九継はそれを易々とかわす。飛礫は、吸い込まれるように御影に胸に命中した。

九継
「どこを狙ってる!(嘲笑)」
「大きなお世話よ!」
九継
「ふっ、ならばこれで!呪法、哭屍弾……」
尊の攻撃を交わした九継は、御影の目の前に無防備な背中をさらしていた。

九継
「ぐわぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
九継の掌から今にも放たれようとしていた黒い霧の塊が、文字どおり霧散していく。

御影
「よぉ。待たせたな(凄笑)」
「(くす)御目覚め?(ウインク)」
御影
「ああ、おかげさんで爽やかなもんや(笑)」
九継は背後から御影に掴まれていた。鋼鉄のような指先が、九継の背筋に食い込んでいる。御影は、九継の背筋ごと背骨を掴んでいた。尊の投げた飛礫。それは彼女が常に携帯している呪符を丸めたものだ。『陣』に捕えられた御影を賦活させる呪符の組み合わせを瞬時に判断し、実行に移す。その思考と決断の早さは、やはり非凡なものがある。

「形勢逆転、と行った所かしら?……ではまず一つ!玄武掌!」

振り回す腕をくぐり、身動きのできない男のあごに、捻り込みのモーションから入る渾身の掌底突きが、ゴッと言う鈍い音と共に叩き込まれる。
 普通の打撃では体重の軽さ、腕力の無さから、御影の一撃には遠く及ばないが、全身のバネを使い、一撃必中で繰り出す掌底突きは男を押え込んだ御影すら揺るがした。

「二つ!白虎脚!ヤっ! ヤっ! ヤアアアアアアアアアアっ!」
背後から御影に掴まれているために倒れることすらできない九継に、皮鞭のようにしなやかな尊の蹴りが次々と叩きこまれる。サンドバッグですら同情を覚える、容赦のない打撃音が、連続して空気を震わせる。
 余りの猛撃に九継は死にもの狂いで御影を振り放し、尊の脇を抜け遁走を試みる。
 が。

九継
「くそっ!(逃げる)」
「三つ!朱雀襲!」

男が脇を抜けた瞬間、ふわりと後ろへトンボを切る。
 同時に男の脳天を襲う尊の踵。
 男は何が起ったか理解できなかっただろう。
 脇をすり抜けたはずの女の蹴りが頭上から降ってこようとは。

御影
「……世話ぁ焼かすんじゃねぇ」

倒れ伏した男の後頭部を御影が掴み上げる。

「最後!青龍昇!ハァアアアアアア」

正に龍が竜巻を身にまといながら天に昇るが如く、嵐の様に繰り出される回し蹴り。

「あたしに気をとられて、御影さんに注意を払わなかった
のが敗因よ。あたしが何を投げたのかぐらい、気にするべ
きだったわね」
九継
「お、おのれ……女ァ!」
「まだやる?しつこい男って嫌いよ」
御影
「まぁたおまえは、わしのこと忘れてるだろ?あぁ?」
九継
「ぐああっ!はっ、離せ!」
御影
「(掴んだまま起き上がる)ったく、このボケが……。
みっともないとこ見られたやないか(ぼそっ)」
思わず指先に力がこもる。

九継
「ぐぎゃああああああああああああああっ!」
御影
「わめくな鬱陶しい」
かなり無理なことを言いつつ、右腕一本で頭上にさし上げた九継の体を、足もとのアスファルトに叩きつける。あまりの勢いに、九継の体が路上でバウンドする。屈みこむ姿勢からくりだす力任せのアッパーで殴り『飛ばし』、無防備に空中に浮かんだ九継を追いかけるようにジャンプ。ジャンプの頂点で九継をキャッチすると、そのままパワーボムで落下する。かつて魔のストレートで黒犬獣を倒した「落差20メートルのパイルドライバー」。及ばないまでも、それに近い状況を強引に作り出す技だ。

SE
「どごぉん!」
御影
「御影武史オリジナル。ファイナルジャッジメントだ。
感想は?(にや)」
むろん、九継が答えられるはずがない。

「御影さん無事っ!?(駆け寄る)」
御影
「ナイスフォロー、尊さん(立ち上がる)
おっ……(ぐらっ)」
「きゃっ」
立ち上がったとたん、足がもつれて尊によりかかるように倒れる御影。支えようとした尊だが、しりもちをつくようにいっしょに倒れこむ。

「もう! いきなりあんな無茶するから!
呪符だって万能じゃ無いんですからね!
ほら、つかまって。よっ、んしょ」
御影
「面目ない。……十には内緒な」
「(くす)ん。分かった」

二十八章 支援者

グリーングラス二階。駆け込んできた二人に、ユラが唇に人指し指を当ててみせた。

ユラ
「静かにしてね、病人が寝てるから。………ちょっと豊中、
あんた、その傷は」
豊中
「後にしてくれ。で、一は?」
ユラ
「出たわ。それと、特物の結城さんに連絡頼むって」
琢磨呂
「OK」
琢磨呂が、まず出て行った。

豊中
「これを預っていてくれ」
銃の入ったトランクをユラに押しつけ、豊中も後を追う。

琢磨呂
「あっちで戦闘中だな」
グリーングラスの外で、琢磨呂がある方向を指さした。

琢磨呂
「誰だか、わかるか?」
豊中
「君の推測通り、あれは一だな。それに、敵が二人。一の奴
が苦戦しているようだ」
腕を押さえて苦しそうに駆け出す豊中の襟を、琢磨呂が押えた。

琢磨呂
「(豊中の襟を押さえる)派手に動くと出血が酷くなる。
任せとけ(走り出す)」
豊中
「(琢磨呂が去ったあとボソリと)あれで通りすがりの大学
生だ何て言っても信憑性ゼロだぞ……」

二十九章 暗躍

美術館の、大きな窓の外に吹利の街が見えた。
 雨が降りしきる。
 時折、雲間に閃光が走る。

和馬
「親父、清の字の居場所は掴んだんやな?」
 
 大理石を刻んだ像は聖母像。ただ、その表情はローマのものではない。
 あえて言うなら、菩薩か。
「ああ、掴んどる。ちゅうより、前からわかっとった」
和馬
「そやったら、なんでもっと早く仲間に知らせへんかったん
や?」

囁く声に力がこもる。憤りを押し殺し、親子は目をあわさぬまま言葉を紡ぐ。
 

「『針打ち』の清は、今阿古崎を狙い、暗剣党と事を
構えとる」
和馬
「なおさら、俺らが出なあかんのと違うんか」
「俺は、元締めとして暗剣党の奴らが清の字を殺してくれん
かと思ってる」
和馬
「……!?」
「『狩人』は人殺しや。それで金もろとる。せやけど、殺し
屋じゃない。『狩人』なんや。俺らは私怨で仕事をせん。利
害の絡む話で仕事はせん。それがただの殺し屋と『狩人』の
最初で最後の違いや」
和馬
「そんなん………!」
「きれいごとちゅうのは百も承知よ。が、そのきれいごとを
通して初めて俺らは『狩人』を名乗れる。だが清の字はその
一線を越えた。奴はもう、『狩人』やない」
和馬
「それで、見捨てるんか?仲間をみすてるんか?」
「和馬、単純な算数や。一人が死んで片が付くのと、それ
以上の人間が死んで片がつくんと。どっちを望む?」
和馬
「…………話は、ついとるんか?」
「ああ、暗剣党は清の字とって今回の件からは手を引く。
これ以上のいざこざはない。特物や零課もそれで今回は納め
てくれる」
和馬
「もう、何もかも話はすんでるんやな………」
「俺らと清の字はもうなんの関わりもない。
そういうこっちゃ」
 
 若き狩人は唇を噛み、神々しい像を見あげ、そして、背を向けた。
 
「どこいく?」
和馬
「清の字は一人や。最後ぐらい誰かが見てやってもええ」
「…………見つかるなよ。元締めの俺は………ゆけん」

三十章 記憶の渦

巡る…記憶…もう過ぎ去った昔、妻と子がいた時の事…
 「狩人」として…より優秀な後継者を残すため、能力を持つもの同士の婚姻。
 不満はなかった、お互いに「狩人」という組織を理解していたから、束縛も無かった…わざわざ逃れようとする気も起きなかった。そして…子供。
 別に子供に対しても沸き上がる感情はなかった。
 妻譲りの茶色がかった髪、大きな黒い瞳。あまり私には似ていなかった、男とはそういうものだろう。
 そして、突然それは失われた。門倉の手のものによって…術への贄として…
 だからどうしようとは思わなかったはずだ。自分自身の力不足と危機感知の認識不足、ただ…それだけの事…ただ…
 「おとうさん」
 あの子がはじめて話した言葉。可愛がった記憶も、構った記憶もないはずなのに…真っ先に私の事を呼んだ子。あの子は…裕也…

三十一章 榊の刺客

かんかんかんかん…………。
 踏切が鳴っている。

キノト
「ミツル、相手は三人」
「術師はいない、そう言ったな」
キノト
「金気臭いな、これは、多分レンチやスパナだよ」
「下手に目立つ傷つけるより、鈍器での撲殺の方が良いって
訳だ。武器と違って所持してるだけじゃしょっ引け無いから」
キノト
「一人、香の匂いがする」

雨が強い。水煙が上がり、傍らを車が行く。十は身を沈めた、頭上をスパナが通り抜け、何本か髪の毛が切れた。
 

「キノト、いくぞ!」
 
 旋風が巻き起こる。合図を受けた式神は車の中に流れるように入り込む。
 耳元でつむじ風の音を聞いた瞬間、一人の男の耳に急激な圧力変化が起きた。
 ビシュッ。
 耳朶が裂け、鼓膜が破れる。
 だが、相手はやはりエキスパートだった。動ぜずにハンドルを切り、そのまま転がり出る。
 十はすぅっと息を吸った。気海に生気を溜め、指を刀印に形作る。
 「臨、前!」
 十文字に空を切り、気を打つ。転がり出た男が体制を整える前に、届く。男の体がびくりとふるえ、レンチが落ちる。口を開いたまま弛緩している。
 九字法の最も早い応用、いわば合気術の遠当てに近い。
垣守
「へぇ、『早九字鞘縛り』か」

声のした方を振り向く。
 

「『暗剣党』か!」
垣守
「答える義務はないね(微笑)」

そこにいたのは一見して年齢不詳の青年だった。十代の外見だがまとう雰囲気が違う。
 きっちりとした詰襟に白手袋、手には緑がかった飴色の肌の日本刀。
 十はポケットに手を突っ込み、榊の葉を確認する。

「日本の警察は何してやがる?銃砲刀の不法所持者がここに
いるってのに」
垣守
「これ、美術品ですから。刀身が」

笑ったままゆらりと前に出る。

「併せるぞ!キノト『木葉式』だ!」

ぱあっと榊の葉が散り、明確な意志を持って垣守を押し包む、その間を縫って式神が牙を剥く。
 そのとき、囲んだ木の葉から刀身が突き出された。切っ先はオコジョの体を貫いた。

「キノト!」
垣守
「呪縛は効きませんよ、この刀身の前には、ね」

垣守はそのまま無造作に木の葉と呪の網を切り裂いた。がくがくとオコジョの首が揺れる。十はキノトを呼び戻す。切っ先のオコジョは命持たぬ毛皮に変わる。

垣守
「それに、式もです。隕鉄刀ですから」

すっと距離が縮まる。かろうじてかわしたと思った。が、肩から一筋、肉を穿たれる。
 そして背後から。とっさに受けた金剛杖が、きしむ。刃が滑る。とっさに離して指は助かった。大きな血管を切られたらしい、出血が著しい。
 狙うとしたらカウンター。だが、相手の踏み込みは幽鬼のように読めない。逃げるべきだが、逃げるわけには行かない。
 垣守の目が細くなり、刃を横たえる。決める気になったようだ。突きなら、殺せる。
 そして、十の体がガッキと羽交い締めにされる。

「ばかな!気を失っているはず?」
垣守
「足手まといをつれてくるはずないでしょう? そいつらは
木偶ですよ」

仲間ごと刺し貫く気だった。そしてそれを当然と、十は思った。

「(こんなとき御影の旦那がいてくれりゃ………な。戦闘中
にこんなことを考えるとは、俺もヤキが回ったかな。
それとも………)」

その時、

琢磨呂
「どこぞの(発砲)ヤクザの(発砲)にーちゃんは(発砲)
どこへ行ったあああああ!(発砲) 俺に代わりを(発砲)
させやがって(発砲) ちくしょおおおおおお(怒りの鉄
拳パンチ)」
SE
バス、バス、バス、バス、バス、バス、どごっ!
日本刀は吹き飛び、垣守は爆風とともに車の窓を突き破った。もちろん本人の意思ではない。

琢磨呂
「防弾チョッキ着てても炸裂弾は防げねーぜ。殺されなか
っただけましと思え」
彼の腕はすでに腕としての機能を完全に喪失していた。見ると、左右の肩が数発ずつの炸裂弾に砕かれ、ざくろのようになっている。肩胛骨は原形をとどめていない。

「………琢磨呂君?」
琢磨呂
「………残弾1発。チャンバーに1発残すのは基本だぜ」
豊中
「いい腕だ」
琢磨呂
「世辞はいらん(弾倉交換中)」

だが、もう一人。キノトに内耳を破壊された男がゆらりと立ち上がる。

「琢磨呂君っ、うしろっ!」

琢磨呂は一よりコンマ三秒早くそれを察知していた。

琢磨呂
「チャンバーに1発。基本中の基本だぜ(脇の下から後方を
射撃)」
ズヴァッ…………

「(こいつ、後ろに目でもあるのか?)」



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