一の新居。(と言っていいのかどうか……)
今日も今日とて黙々とお掃除をしているキノトが、ふと、呟いた。
- キノト
- 「……おなか、すいたなぁ……」
呟きは部屋の中を流れる風に拡散され、消えていった。……ように見えた。
が。
同時刻、瑞鶴、レジの前。閑古鳥が盛大に鳴いている。先日やって来たばかりの木霊の少女が、レジの横に座り込んでいる。
- 花澄
- 「退屈、だなあ……ん?」
さわ、と風が吹く。風使いの窮乏を風が哀れんだのかどうかは定かではない。が、取りあえず花澄の『退屈』は収まったわけである。
- 花澄
- 「キノトくんに伝えて。7時から8時頃にはご飯持ってい
くからって。その時には誘導お願いします」
風が流れてゆく。木霊の少女が首を傾げる。
- 花澄
- 「(ぽむ) あ、そうだ、ついでに聞いてみて。何が食べた
いか」
風は流れる。
- キノト
- 「え?」
キノトは思わず掃く手を止めた。
- キノト
- 「これ、花澄さんの声?」
- 風
- ”どう答える? ”
耳に直接響く声が笑いを堪えているようだったのは……気のせいではないかもしれない。とにかくこの時点で、キノトにその手のことを気にする余裕はない。
- キノト
- 「天ぷらと、あと、きんぴら牛蒡。あと、もしもできたら
卵焼き……、です。こんなにたくさんいいのかなぁ?」
この場合、風が大笑いしていても不思議はないかもしれない。とにかく、少しの間の後に、『諾』とだけ、風は伝えて来た。
- 花澄
- 「天ぷらと、きんぴら牛蒡と、卵焼き、ね。了解」
風がゆっくりと止まった。
- 花澄
- 「といっても、あとはご飯炊いて、……緑が足りないなあ。
あと、キノエちゃんなら甘いもの食べるだろうし」
それなりに作るものが決まっているから、後は考えるのも楽である。
- 風
- ”退屈の虫は収まったか”
- 花澄
- 「それは勿論」
どう、と一吹き風が吹いた。
吹利学校大学部農学部林学科森林利水及び砂防科学研究室にて、
- 助手
- 「一君、宅急便の送り先ここにするのやめてくれないかな?」
- 十
- 「すみません(汗) まだ住所届けてないもので。……これ
は誰からかな?」
宛名には一二三(にのまえふみ)とあった。一の母だ。中身は食料品、だった。乾蕎麦、タラの芽の瓶詰め、つみ取ったばかりの若竹の子、キノコの缶詰に、凍み豆腐、ニジマスの甘露煮そして、日本酒「住吉」。
- 十
- 「おお、これは救援物資! 感謝!!」
- 助手
- 「ふむふむ、これはうまそうだ。ニジマスはみんなで食べ
よう」
- 十
- 「へ?」
- 助手
- 「君まだこの前の懇親会の費用払ってなかったよね(鬼)」
夕方、ベーカリーの前。ATBの荷台に段ボールをくくりつけて、一が上機嫌で歩いて行く。と、ベーカリーからとぼとぼと出てくる学生服の姿。
- 十
- 「あれはたしか……、フラナ君?」
- フラナ
- 「あ、たしか、二の舞さん」
- 十
- 「(なんか定着してるなぁ、この間違い) にのまえだよ。
どうした、今日もまたひとりで飯か?」
- フラナ
- 「にのまえさんこそ、またパンの耳?」
- 十
- 「ふっふっふ、今日の俺はひと味違うぞ」
- フラナ
- 「じゃあ、カレーパン?」
- 十
- 「しかも、チョココロネつきだ。って、ちがーう。今日は
食べ物があるんだ」
- フラナ
- 「ふーん」
と、十はフラナがたまに公園でコンビニのおにぎりをひとりで食べてることを思い出した。
- 十
- 「いつもの仲間はどうした?」
- フラナ
- 「きょうは、みんな帰っちゃった」
- 十
- 「……ふむ」
十はしばらく考えていたようだった。が、いきなりフラナの首をむんずとつかむと、松蔭堂に向かった。
- フラナ
- 「ちょ、ちょ?」
- 十
- 「うちの母さんが食いもん送りすぎてな。全部業務用サイ
ズだから、俺たちだけじゃ食べきれないで三日は同じ物が続く。ついでだ、一緒に食おう」
さて、五時。
- 花澄
- 「お兄……店長、今日、ちょっと急ぐから」
- 店長
- 「へえ、今から何かあるのか?」
- 花澄
- 「うん、差し入れしてくる(嬉々)」
- 店長
- 「……お前って……」
- 花澄
- 「なに?」
- 店長
- 「その年で下宿屋のおばさんやってどうする(嘆)」
- 花澄
- 「……兄さんには言われたくない。とにかく行ってきます」
- 店長
- 「ああ行ってこい……って、こら花澄、こいつ忘れるなよ」
- 花澄
- 「忘れてないって。おいで、譲羽」
ぢい、と一声鳴いて木霊がかばんの中に飛び込む。走ってアパートに帰り、米を洗ってから買い物へ行く。
- 花澄
- 「ああ、そう言えば、何人になるんだろ?」
そういう事は、もっと先に思いつくべきことではないか?
- 花澄
- 「ま、いいや。残るくらいに考えとけば」
買い物を済ませて、戻ってきたのが五時四十五分。あとは牛蒡のささがき、卵焼きの用意、と手を動かしてゆく。海老の殻をとったところで、花澄は、肝心なことを尋ねておくのを忘れていたことに気付いた。
- 花澄
- 「そういえば、一さんのところって、台所あるのかな」
- 譲羽
- 「……ぢい?」
ぱたぱたと動いていた花澄に遠慮していたのか、今までじっとしていた木霊が、くん、とスカートの裾を引っ張った。
- 花澄
- 「なあに?」
- 譲羽
- 『どこ、いくの?』
- 花澄
- 「一さんのとこ……って言ってもわからないか。憶えてな
い? ゆずを捕まえたオコジョと一緒にいた人」
- 譲羽
- 「ぢいぃっ?!」
よほど強烈な印象があったのだろう。小さな少女は花澄のスカートから手を放し、背後の壁に張り付いた。
- 花澄
- 「え? ……あ、大丈夫よ。何にもされないって(苦笑)」
- 譲羽
- 「ぢい(疑いの目)」
- 花澄
- 「じゃ、お留守番する?」
- 譲羽
- 「……ぢい(苦悩)」
壁にへばりついて困っている様に、とうとう花澄は吹き出した。
- 花澄
- 「大丈夫。何かあったら必ず守ってあげるから、ね?」
- 譲羽
- 「……ぢい」
取りあえず、納得したらしい。
- 花澄
- 「じゃ、急ごうか……あ、ねえ、キノト君に聞いて。そち
ら、台所使えるかどうか、それと、何人分で良かったのか」
さわ、と風が吹いた。
# 没になったシーンかな?
その頃、松蔭堂では……
- 十
- 「(ダッシュ) 若大家ぁ、台所貸してくださぁい!」
- 訪雪
- 「別に構わんよ。でも何に使うの?
十の顔を覗き込む)随分と嬉しそうじゃない。さては使うのは君じゃないね……(凶悪な笑い)さぁ言ってごらん、だぁれが使うのかなぁ?」
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